あの日交わした約束がセピア色にかわっても

紫水晶羅

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12年ぶりの再会

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***

「ボクね、大きくなったら、先生のお嫁さんになる」
「ふふっ。それを言うならお婿さんね」
「そっか。じゃあ、ボクがお婿さんで、先生がお嫁さん?」
「そういうことになるかな。紫雲しうん君、先生のことお嫁さんにしてくれるの?」
「うん。だからこれ……」

 紫雲の背後から、真っ白な輪っかがゆっくりと姿を現す。
 小さな両手で大切そうに持ち直すと、しゃがんでいる美空みそらの頭に、紫雲はそっと、それを乗せた。

「ボクが大人になるまで、待っててね」
「わかった。ありがとう」

 美空は、頭の上に乗せられた純白の花冠はなかんむりに手を添えると、嬉しそうに紫雲の頭をくしゃりと撫でた。


***


「遅いなぁ。部活終わったらダッシュで来るように言っといたんだけど……」
 晴斗はるとは腕時計に視線を走らせると、少し苛つきながら入り口のドアを見やった。
「後片付けとかあるんじゃないですか? 自分だけ早く帰ることなんてできないんですよ、きっと」
 美空の言葉にふっと瞳を和らげると、「悪いね」眉間に皺を寄せながら、晴斗が申し訳なさそうに頭を掻いた。

 美空と晴斗の出会いは、十二年前に遡る。
 当時は、保育士と保護者というだけの関係だった。
 美空が受け持った年長児クラスに、晴斗の息子、登坂とさか紫雲しうんが在籍していたのだ。

 保育士二年目の美空にとって、年長児のクラス担任は荷が重かった。明らかな役者不足。日々のカリキュラムをこなすことで精いっぱいだった。
 正直、その当時の晴斗のことはおぼろげな記憶しかない。
『紫雲君のお父さん』
 それだけだった。
 唯一覚えているのは、紫雲の母親が出産と同時に亡くなった為、自分が母親の分まで頑張らなければならないと、涙ながらに語っていた事だけだ。


 晴斗と再会したのは、昨年のこと。
 職場の暑気払いの帰りに、気の合う仲間と立ち寄った居酒屋で、偶然隣に居合わせたのだ。

「早川先生ですよね?」
 同じく職場の同僚たちと飲んでいた晴斗が、美空の顔を覗き込んだ。
「えっとぉ……?」
 猫のような丸い瞳をくるくる動かしながら、美空は隣のテーブルの面々を順に見回した。
「登坂ですよ。登坂。紫雲の父です」
 おいおい、いきなりナンパかよ、と同僚たちが冷やかす中、晴斗がにっこり微笑んだ。

「あ……」
 切れ長の二重瞼が弧を描き、目尻に数本の皺を作る。口角が持ち上がるにつれ、右の八重歯が顔を覗かせる。
 それなりに歳を重ねてはいるものの、人懐っこい笑顔は健在だ。
「紫雲君のお父さん?」
「はいっ!」
 ざっと計算すると四十は超えているであろう晴斗は、恥ずかしげもなく右手を真っすぐ上に上げると、まるで幼児のように大きな声で返事をした。


「ほんと、びっくりしました。まさかあんな所でお会いするなんて」
「いやぁ。あの時はかなり酔っぱらってたからね」
 当時のことを振り返り、晴斗は恥ずかしそうに頭を掻いた。
 あれから二人は連絡先を交換し、何度か食事に行くうちに、自然と男女の関係になったのだ。

「そろそろ息子に紹介したいんだけど……」という晴斗からの申し出に承諾したのが、一週間前。
 日曜日は比較的部活が早く終わるという紫雲に合わせ、本日ここに、会食の場を設けたのだった。

「紫雲君も高三かぁ。テニス部でしたっけ? 頑張ってるんですね」
「ああ。もうすぐ引退試合があるからね。今が追い込みらしい」
 六月の引退試合を終えると、三年生は一気に受験モードへと突入する。学生も何かと忙しいのだ。

「部活が終わったら次は受験……。大変ですね」
「まあでも、俺たちも通ってきた道だからね。今やれっつっても出来ないけど」
「確かに」
 二人顔を見合わせ笑った。
 笑うと更に幼く見える晴斗の笑顔を見つめているうち、美空は肩の力が抜けていくのを感じていた。思いの外、緊張していたようだ。

「紫雲君、将来は何に……?」
 言いかけた時、入り口のドアベルが涼やかな音を立てた。
「いらっしゃいませ」
 店員の「お一人様ですか?」という問いかけを遮り、「待ち合わせで……」という少しハスキーな穏やかな声が聞こえてくる。
 入り口に視線を走らせた晴斗が、「あ、こっちこっち」と大きく手招きをした。

 店内の観葉植物より頭一つ分高い身長。百八十センチはあるだろうか。すらりと伸びた腕と脚。制服の上からでもわかる、引き締まった身体つき。日に焼けた肌に映える、くっきりとした切れ長の大きな瞳と形の良い鼻。若干大きめな口は、父親のそれとよく似ているが、確か八重歯は無かったはずだ。

 通り過ぎたテーブルの女性客が、食事の手を止め振り返った。その後ろ姿に向かって、甘いため息を漏らすのが聞こえた。

「遅くなってごめん。今日に限ってミーティングが長引いて……」
 テニスラケットを椅子の背もたれに引っ掛けると、紫雲は晴斗の隣に座った。

「お久しぶりです。美空先生。覚えてます? 俺のこと」

 晴斗と同じく目尻に数本皺を作ると、紫雲がにっこり微笑んだ。

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