あの日交わした約束がセピア色にかわっても

紫水晶羅

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食べたいのはどっち?

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 いつからだろう? こんなにも深く、紫雲が心に住み着いたのは?
 美空は、初顔合わせから今日までのことを思い起こした。

 初めは懐かしいだけだった。あんなに幼かった紫雲が立派に成長した姿を見て、ただ純粋に嬉しかった。ここから晴斗と三人で、幸せな家庭を築いていくはずだった。
 最初に意識し始めたのは、紫織の部屋で誕生カードを見つけた時。あの時紫雲は、思わせぶりな言葉で美空の心を掻き乱した。あれ以来美空は、紫雲の言動が気になり始めたのだ。

「母親だなんて思っていない」と言った思い詰めた顔。LINEでの恋人同士のようなやり取り。
 子どものように甘えたかと思ったら、急に大人びた顔をする。その一挙手一投足に、美空の心は呆れる程に大きく揺れる。
 会うたび胸が高鳴って、少女のように浮かれている自分に気付く。
 それはまるで……。
 
「大丈夫?」
 恵令奈の問いかけに、美空は首だけこくりと動かした。
「でもさ、どっちにしろ、辛い恋になることは変わりないよね」
「どっちにしろって……?」
 美空は首を傾げた。
「だってそうでしょ? 晴斗さんを選んだとしたら、これからずっと紫雲君の影を引きずりながら生きていかなければならない。反対に、紫雲君を選んだとしたら、これから一生、晴斗さんへの罪悪感を抱えながら生きていかなければならない……。どっちにしろ、心の底から幸せを感じることはないんじゃない?」

「ちょっと待ってよ!」
 美空は慌てて恵令奈を制した。
「紫雲君を選ぶ訳ないでしょ!」
「そんなのわかんないじゃん。人の気持ちなんて、いつだって予測不能でしょ?」
「そうだけど……」
 恵令奈が丼の中の卵をほぐし始めた。それを見て、美空もそっと箸を掴んだ。

 「ねえ、恵令奈だったらどうする?」
「何が?」
 丼をかき混ぜながら、恵令奈が聞いた。
「だから……。もしも紫雲君への想いがどんどん膨らんでいって、どうしても抑えられなくなったとして……」
「え? もうそんな所まで行ってんの?」
「だから例えばの話だって」
 慌てて美空は否定した。
「ふぅん。例えば……ねぇ……」
 含みのある笑みを浮かべ、恵令奈は横目で美空を見やった。
「そうなった場合、恵令奈だったらどうするのかなって……」

「そうねぇ……」
 少し考えたあと、箸の上に、ご飯、鶏肉、卵を乗せると、恵令奈はにやりと笑った。
「どっちも食べちゃう」
「ええっ!?」
 それをパクリと頬張り、「ふふっ。冗談よ」恵令奈は満面の笑みを浮かべた。
「恵令奈が言うと、冗談に聞こえないから」
「失礼ね」
 美味しそうに食べる恵令奈を見て急に空腹感を覚えた美空は、再び親子丼に手を付けた。
 熱も輝きも失ってしまってはいたが、恵令奈お手製の親子丼は、ちゃんと旨みを保っていた。
 
「そういえばさぁ」
 丼の底が見え始めたころ、突然思いついたように恵令奈が話を切り出した。
「もう一つあったじゃん。選択肢」
「もう一つ?」
 ご飯をごくりと飲み下すと、美空は上目遣いに恵令奈を見上げた。
「あんたには、とっておきの切り札があるじゃん」
「切り札……? ああっ!」
「ジョーカー」
 恵令奈がにやりと笑った。
「ジョ……てっちゃん!?」
「そ。てっちゃん」
「ええええっ?」
「ついに使う時が来たんじゃない?」
「うううう……」
 美空は頭を抱え込んだ。脳裏に、自信に満ち溢れた哲太の笑顔が浮かぶ。
 あの自信は、どこから湧いて出てくるのか。

「ちょっと、頭痛くなってきた」
「そ、そうね。とりあえず、温存ってことにしときましょ」
 小さくかぶりを振ると、恵令奈は箸を動かし始めた。
 
「わかってると思うけど……」
 そう前置すると、恵令奈は、喉の奥から途切れ途切れに声を絞り出した。
「この先もし、紫雲君に本気になってしまったとしたら……、最悪、どちらも失うことになると思うよ」
「どちらも……?」
「だってそうでしょ? よっぽど上手く立ち回れる人なら別だけど、あんた、そんなタイプじゃないし」
 箸で残りのご飯を掻き集めながら、恵令奈は目線だけ美空に送る。
「もし、美空が二人の間で揺れ動いていることを彼らが知ったら?」
「あ……」
「赤の他人ならともかく、彼らは親子なんだよ。この先一生、お互いを許せず生きていくんだとしたら……?」

 美空の胸に鋭い痛みが走った。
 あんなに仲の良い親子が自分のせいで壊れてしまうなど、想像するだけで胸が張り裂けそうになる。
 そんな事態は、何としてでも阻止しなければならない。
 例えこの先、自分の気持ちを偽ることになったとしても……。
 
 突然恵令奈が、にまりと笑った。
「でもいっか。そうなったら、ちゃんとしかばね拾ってくれる人いるもんね」
「そのネタ、引っ張りすぎ……」
 自分の為に冗談を交えて話す恵令奈に、美空は心の底から感謝した。
 

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