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背徳のキス
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しおりを挟む「夢……?」
目が覚めると、目の前に紫雲の寝顔があった。
驚いて顔を上げ辺りを見回した美空は、そこが紫雲の部屋だということに気が付いた。
「私……、いつの間に……?」
どうやら紫雲を寝かしつけながら、自分も眠ってしまったようだ。時刻を確認する為スマホを取ろうとした時、美空の肩からグレーの布団がバサリと落ちた。
「これ……」
晴斗の布団だ。美空は晴斗の部屋を何度か見ている。ベッドの上に掛けられた布団の柄が、美空の記憶の中にあった。
あんな夢を見たのは、晴斗の香りに包まれていたからに違いない。
まだ残るほのかな熱を感じ、美空は自身の唇を指でなぞった。
きっと、夜中に目を覚ました紫雲が、晴斗の部屋から布団を持ち出して来てくれたのだろう。
起こさないよう気を付けながら、美空は紫雲の顔を覗き込んだ。
「ん……」
紫雲の瞼が僅かに動いた。眉間に皺を寄せた後、大きな瞳が瞬きしながらゆっくり開いた。
「おはよう」
「美空さん?」
驚いたように頭を持ち上げると、「今何時?」紫雲が慌てたように時間を聞いた。
「え? ちょっと待って」
バッグの中からスマホを取り出し、「五時十分」美空は答えた。
「いてくれたんだ。朝まで」
「そうだね……。結果的に?」
小さく肩をすくめ、美空はぺろりと舌を出した。
「やべぇ。すっげぇ嬉しい……」
どさりと頭を下ろすと、紫雲は両手で顔を覆った。
その姿に、美空の胸は締め付けられる。
晴斗の知らない二人だけの秘密が、一つ一つ増えていく。
晴斗を想えば想うほど、罪悪感に押し潰されそうになる。
「朝ごはん作って来るから、熱測っといて」
紫雲に体温計を手渡すと、美空は足早にキッチンへと向かった。
美空が卵を溶いていると、紫雲がキッチンのドアを開けた。
「どうしたの?」
「熱下がったから、学校行こうと思って」
紫雲が冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出した。
「今日は休んだ方がいいんじゃない?」
「でも……」
美空からグラスを受け取ると、紫雲はそこにドリンクを注いだ。
「そうしないと、完全犯罪にならないし」
「何それ?」
プライパンを火にかけながら、美空が聞いた。
「俺が熱出したことがわかると、美空さんが来たことがバレる」
「なんで?」
「だって、冷蔵庫の中身、変わってるし」
冷蔵庫には、昨日美空が買ってきた惣菜やスポーツドリンクが入っている。増えているものがあれば、減っているものもある。毎日見ている晴斗には、その変化がわかるだろう。
「自分で買ってきたことにすれば?」
「熱があるやつが、こんなに買って来ると思う?」
「うーん……」
溶いた卵をフライパンに注ぎながら、美空は眉根を寄せた。
「今朝熱が出たことにすれば、昨日買って来たことにできるんじゃない?」
「それもそうだけど……」
頭をガシガシ掻くと、「めんどくさ」紫雲は投げやりに呟いた。
「やっぱ無かったことにする。偽装工作しすぎるとボロが出そう」
「確かに」
一つ頷くと、美空は卵を巻き始めた。フライパンの中で、卵がジュワッと音を立てる。
「まあ、ダルかったら保健室行くし」
「わかった。無理しないでね」
「うん」
グラスのスポーツドリンクを一気に飲み干すと、「じゃ、俺、シャワー浴びて来るわ」紫雲はバスルームへと向かった。
「紫雲君」
美空はその背に声を掛けた。
「何?」
ゆっくりと、紫雲が振り向く。まだ本調子じゃないのだろう。うつろな瞳が、美空を捉えた。
「布団、ありがとう」
「布団?」
「うん。掛けてくれたんでしょ? ごめんね。いつの間にか眠ってたみたいで……」
「ああ……」
視線を泳がせながら、「寒そうだったから」紫雲が答えた。
「そっか。ありがとう」
「うん」
紫雲が薄く笑った。
「あれ、晴斗さんのでしょ?」
「そう」
「やっぱり」
昨夜の夢を思い出し、美空は頬を赤らめた。
「じゃ……」
「うん。呼び止めてごめんね」
小さく首を振ると、紫雲はドアノブに手を掛けた。
「美空さん」
背を向けたまま、紫雲がそっと名前を呼んだ。
「ん?」
「ごめん……」
「何が?」
ほんの一瞬、二人の間に沈黙が落ちる。
卵が焼ける香ばしい香りが、部屋中に立ち込めた。
「……いや」
一呼吸おいて振り向いた顔に、紫雲は柔らかい笑みを浮かべた。
「いっぱい我儘言ったから」
「はぁ? 何を今さら」
卵焼きを皿に盛りながら、「そんなの、今に始まったことじゃないでしょ?」美空はわざとらしく紫雲を睨んだ。
「ははっ。それもそうか」
力ない笑みを浮かべたまま、紫雲はドアの向こうへと消えて行った。
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