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1日だけの恋人
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しおりを挟む「これからどうしよっか?」
遊覧船を降りた二人は、湖のほとりのベンチに腰掛け、手漕ぎボートを楽しむカップルをぼんやりと眺めていた。
湖には、手漕ぎボートの他に白鳥の形をした足漕ぎボートが幾つか浮かんでいる。時折聞こえる笑い声が、こちらの気持ちも楽しくさせる。
「乗る?」美空が聞くと、紫雲は「恥ずいからいいよ」と眉間に皺を寄せて笑った。
日は少し傾き、湖面の煌めきが穏やかな光へと変化していく。
「この近くに夜景が綺麗なレストランがあるみたいなんだけど、夕食はそこにする?」
美空の提案に紫雲は「うーん……」と一つ唸り、「いや」と小さく首を振った。
「オムライス」
「へっ?」
「美空さんのオムライスが食べたい」
美空の顔を覗き込むと、甘えるように紫雲が笑った。
アパートに着く頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
もう春とは言え、日が落ちれば急激に冷え込んでくる。
「できるまで上行ってていいよ」
エアコンの電源を入れながら、美空がロフトを指差す。その手を紫雲がそっと掴んだ。
「俺も作る」
「紫雲君も?」
「教えてよ。美空さんのオムライス。これからもずっと食べられるように」
力なく、紫雲が笑う。その言葉が示す意味を、お互い胸に仕舞いこむ。
「そっか……。じゃあ、一緒に作ろっか」
無理に笑顔を作ると、美空はキッチンへと向かった。
ケチャップライスは比較的手際良く作る事ができた紫雲だったが、最後の卵を巻くところでかなりの苦戦を強いられた。
「あとは練習あるのみだね」と笑う美空の横で、紫雲が恨めしそうに二つのオムライスを見比べる。
「俺、そっちがいい」
不貞腐れながら、紫雲が美空のオムライスを指差した。
「しょうがないなぁ……。じゃ、交換しよ」
美空は堪らず吹き出した。
完成したオムライスをテーブルに運ぼうとする美空を紫雲が「待って」と呼び止めた。
「それ貸して。仕上げするから」
自分が作ったお世辞にも上手いとは言えないオムライスを美空の手から受け取ると、紫雲はそれを隠すように大きな身体で覆った。
「何するの?」
覗き込もうとする美空を「見ちゃダメ」と手で制し、紫雲は目の前のケチャップを握りしめた。
「わかった。楽しみにしてる」
ふふっと笑いながら、美空は使った道具を片付け始めた。
「うわっ!」「やべっ!」と一人悪戦苦闘をしている紫雲を横目に調理道具を洗っていると、「できた!」という歓声と共に、紫雲の笑顔が輝いた。
「見てもいい?」
美空が顔を傾けて覗き込む。
にやりと笑うと、「はい、どうぞ」紫雲の陰からゆっくりオムライスが顔を出した。
「ぷっ。何それ?」
紫雲が差し出したオムライスには、震える字で『みーたん♡』と書かれていた。
「意外とムズイね」
腕を組んで眉間に皺を寄せる紫雲を睨み、「いい加減忘れてくれないかなぁ? その呼び名」美空が頬を膨らます。
「いいから俺にも書いて。『しーたん♡』って」
甘えるように、紫雲がもう一つのオムライスとケチャップを差し出した。
「もう……」
呆れた笑みを浮かべながら、美空はケチャップを受け取った。
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