あの日交わした約束がセピア色にかわっても

紫水晶羅

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「ごめん……全然……知らなくて……」
「いいの。恵令奈にも言ってないし」
「なん……で?」
「だって、言ったら絶対、あなたに余計な事言っちゃうでしょ? あなたには迷惑かけられないと思って」
「迷惑だなんて……」
 紫雲は何度も首を振った。
「だって、私が勝手にしたことだから……」
「勝手にって……」
 再び紫雲はスマホ画面に目を落とす。その目が、涙を蓄え煌めいた。

 瞳をふっと緩めると、「なんで産もうと思ったの?」優しい声で、紫雲が聞いた。
「どうしても……産みたかったから」
「どうして?」
「だって……。あなたの子だから」
 ゆっくり視線を上げると、紫雲はいつくしむように美空を見つめた。

「この指輪はね、あなたの代わり」
 薬指にめられた指輪を撫でながら、美空が柔らかく笑った。
「俺の……代わり?」
「ほら。花冠みたいでしょ?」
 美空は紫雲の目の前に、左手をかざした。
 シルバーリングの表面には、ツタの模様が施されていた。その茎に沿うように、無数の小花があしらわれている。
 それはまるで、シロツメクサの花の様な、小さな丸い花だった。
「あなたが、いつも傍にいるような気がして……」

「美空さん……」
 紫雲は美空を抱きしめた。
「どうしよう……。めっちゃ嬉しい……」
 これまでの日々を労わるように、暖かい大きな手が、美空の背中を優しく撫でる。もう一方の手が、美空の頭を大切そうに包み込んだ。

 張り詰めていた美空の心が、みるみるうちにほぐれていく。
 見知らぬ土地で一人、時には孤独と不安に押し潰されそうになる日もあった。それでも愛する我が子の為、母として気丈に振る舞ってきた。
 それら全てが、強がりだったと気付かされる。
 今まで溜め込んできた感情が、一気に溢れて流れ出す。
 強くたくましい腕の中で、美空は声を上げて泣いた。

 花壇の向こうで小さな子どもがはしゃいでいる。駆け回る我が子を追いかける父親の声が、時折近付き、そして次第に遠ざかっていく。
「美空さん」
 美空が落ち着いたのを見計らい、紫雲がそっと身体を離した。
 それから紫雲はおもむろに、パンツのポケットから純白の小さな箱を取り出した。

「覚えてる? 遊覧船に乗って神社に行ったこと」
「もちろん」
 涙を拭きながら、美空は答えた。
「あの時、俺が何を願ったかわかる?」
「え?」
 あの夜、紫雲は美空の願いを聞いた後、『教えない』と笑ったのだ。
 叶うまで、教えないと……。
「何……お願い……したの?」
 震える声で、美空は聞いた。
 美空がじっと見つめる中、突然、紫雲がにっこり微笑んだ。

「『花冠の約束が果たせますように』って」

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