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涙の施設実習
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しおりを挟む「俺の父親は、製薬会社の社長だったんだ」
何度か深呼吸を繰り返し、ようやく落ち着きを取り戻した聖は、隣に座る政宗に、ポツリポツリと語り始めた。
「母親とは学生時代からの付き合いで、妊娠と同時に結婚。つまりはデキ婚。最近は、授かり婚なんて言われてるけどね」
そんないいもんじゃないよ、と聖は皮肉な笑みを浮かべた。
「まだ若かった父親は、もちろん結婚なんてしたくなかった。まだまだ遊べるはずだった。俺さえデキなければ……」
聖は膝を抱く腕に力を込めた。
「でも、当時社長だった俺の爺ちゃんが、二人を無理矢理結婚させたんだ。息子の不祥事で、会社の名前に傷がつくのを恐れて」
「だろうな……」
そっと目を伏せ、政宗は深く息をついた。
老舗酒蔵の長男として生まれた政宗は、少なからずその状況がわかる。
現に政宗は、高校受験に失敗し、家族から厄介者として扱われている。
世間に名が知れている企業ほど、身内のスキャンダルには敏感なのだ。
父親の蔑むような瞳が、瞼の奥にこびりついて離れない。
その影を振り払うかのように頭を振ると、政宗は再び、聖の声に耳を傾けた。
「当然父親は、俺と母さんにきつく当たった。あいつにとって俺たちは、自分の人生を台無しにした邪魔者なんだ」
「邪魔者って……」
「あいつは事あるごとに母さんを殴った。返事が遅い。飯が気に入らない……。殴る理由なんてなんでも良かった。ただ、日頃の鬱憤が晴らせればなんでも……」
両膝に顔を埋め、聖は右手の拳で脚を叩いた。まるで当時の怒りを打ちつけるかのように、聖は何度も何度も繰り返し叩いた。
「聖。やめろ……」
その手を政宗がそっと包む。
ピクリと肩を震わせると、聖は政宗の方に顔を向け、力なく笑った。
「それから……」
聖が再び語り始めたのを見て、政宗は聖の拳をゆっくり離した。右手はもう、怒りに震えてはいなかった。
「俺が小学五年の時、母さんが死んだ。手首を切って……」
「えっ?」
「ずっと薬を飲んでいたんだ。きっと、精神を病んでいたんだと思う」
淡々と話す聖の横顔を、政宗は、驚きと悲しみが混ざった複雑な表情で見つめた。
聖の言葉が更に続く。
「だけど俺は、何もできなかった……。それどころか、恨んだんだ。俺を置いて一人で逝ってしまった母さんを……」
「……仕方ないだろ? まだ子どもだったんだから……」
やっとのことで、政宗は声を絞り出した。
喉が張り付くような感じがして、政宗は何度も唾を飲み込んだ。
「母さんが死んでから、暴力の矛先は俺になった。そこでようやく気が付いたんだ。母さんが、俺を庇って殴られ続けていたことに……。馬鹿だよな。そんなこともわからなかったなんて……。殴られるたび、俺は心の中で謝ったよ。『母さんごめん。母さん赦して』って……」
「もういい。何も言うな」
政宗は聖の肩を抱くと、その腕に力を込めた。
「お前のせいじゃねぇから……」
聖は額を両膝に預け、肩を震わせ泣いた。
咽び泣く聖の頭を、政宗の大きな左手が優しく包む。
何度もしゃくり上げながら、聖は声を殺して泣き続けた。
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