上 下
14 / 49

14.魔法少女始動

しおりを挟む
『チチンプイプイ、痛いの痛いの飛んでいけ~』

 おまじない、もとい、呪文を唱えて杖を突き出すと、今度は先端からポウッと淡いグリーンの光が溢れ出した。
 サラサラと小さな光の粒が、エリオットくんに流れていく。怪我をした箇所に絆創膏のように張り付くと、一瞬後にパンッと霧散していく。光が消えた後には、怪我など最初から無かったかのような滑らかな肌があった。

「うわぁ、凄い。凄いよハルカ。痛いのが一瞬で消えちゃった」
「本当?よ…良かったぁ~…っ」

 綺麗に怪我の治ったエリオットくんの顔を見たら、一気に力が抜けてきて、ヘナヘナとその場に座り込んでしまった。
 やっぱり魔法の発動条件は、アニメに準じた呪文だったってことみたい。でもそれなら、なんでマクガレンさんの時は、発動したんだろう?緊急事態だったからとか?

「凄いな。ハルカの魔法はどれも美しいんだな」

 考え事をしていたら、オーウェンさんの手がポンと頭に置かれた。
 へたり込んだ私と視線を合わせるために、しゃがみこんでくれたオーウェンさんが、グリグリと頭を撫でながら褒めてくれた。
 褒めてくれるのはとっても嬉しいけど、眩しいくらいの笑顔に胸がキュンキュンしてしまう。
 じっと見つめてくるヘーゼル色の瞳が、光のせいなのか金色に光って見えて凄く綺麗。

「あんなに沢山の怪我を一瞬で治してしまったんだ。疲れてしまったんじゃないか?少し休んだほうがいいだろう」
「いえ、だいじょおおっ!ええっ!」

 頭を撫でてくれた手が離れたと思ったら、どういう早業なのか、気が付いたときにはオーウェンさんの腕に、お姫様抱っこ状態で抱き上げられていた。

「ほら暴れるな、落っこちても知らないぞ」
 
 楽しそうにそう言って、ぱちりとウィンク。
 超至近距離で決められたウィンクの威力で、クラクラと眩暈がする。

「あっ、あのっ、大丈夫ですから、その、下ろしてください」
「遠慮しなくていいんだぞ」
「遠慮はしてないですー!本当に大丈夫だから、お願い」
「本当に大丈夫なんだな?」
「うん」

 くどいくらい大丈夫か確認された後、ようやく地面に下ろしてもらえた。

「ハルカ、本当に体調は悪くないんですか?」
「はい」

 アルバートさんまで心配そうに顔を覗き込んでくるから、大丈夫だと笑って見せた。

「それなら、もう少し魔法を使ったところを見せてもらいたいのですが、魔力の程はどうですか?まだ使えそうですか?」

 私の大丈夫を信じてくれたようで、真剣な目になったアルバートさんが、矢継ぎ早に問いかけてきた。
 魔力って言われても、すぐにはピンと来なかった。考えるように目を閉じて、自分の中にあるだろう魔力を感じようと努力してみる。ゆっくりと呼吸をしていくと、体の奥、お腹の奥底に暖かいものがあるのを感じた。

『身体の内に渦巻く熱を感じるであろう?それがお主の魔力じゃ』

 女神様のところで感じた熱を、あの玉を入れられた場所から感じる。つまり、その…子宮から。
 どのくらいの量があって、一回の魔法でどのくらい使うのか。ゲームのSPみたいに表示してくれたらいいのに。
 グルグルと渦巻く熱を感じながらそう願うと、陽炎のようだった熱の奔流が、コロリとした球体に変化した。
 中に水が満たされた球体、と言えば想像しやすいだろうか?それがほんの少し、減っていた。大きなビー玉の中に水を入れる時、ちょっとだけ空気が入ったくらいの量。
 エリオットくんの怪我は軽度だったけど、数はそこそこあった。アレを全部治したんだったら、相当な魔力を使ったと思ったんだけどな。

「たぶん、ほんの少し減っただけだと…。他にも使ってみないと、ハッキリした事は分からないけど」
「ふむ…。他にも使える魔法はありますか?」
「んー、女神様は私が願えば、力は顕現するって言ってたんだけど、使ってみないことにはわかりません」
「ハルカの負担にならないのであれば、是非その力を見せてもらいたいですね。どのようなものがあるのですか?」

 プリュムがアニメで使っていた魔法は、攻撃を弾く盾の魔法。移動速度を上げるもの。攻撃力を上げるもの。遠くのものを良く見えるようにして、射的能力を上げるもの。後は、ジャンプ力を上げるとか、があったと思う。
 その辺を説明すると、オーウェンさんとエリオットくんで試して欲しいと言われた。

「オーウェンは大剣を使う力自慢タイプですが、対するエリオットは機動力を生かして細身のロングソードで舞うように戦います。最初は二人に普通に戦っていただきましょう。途中から、どちらかに補助魔法をかけて、効果を見るということでどうでしょうか?」
「はい、それでいいです。で、どちらに何の魔法をかけるかは、私が決めていいんですか?」
「ええ、ハルカのタイミングで構いませんよ」
「はい、やってみます」

 グッと握りこぶしを作って頑張りますアピールをすると、頑張ってくださいと微笑まれた。
 優しい笑顔に胸がドキドキするけど、今は魔法を使うことに集中しなきゃ。

「聞いていましたね、オーウェン、エリオット」
「ああ、何時も通りの剣の稽古をすればいいんだろう?」
「ええそうです。よろしくお願いします」
「はい」

 話を聞いていたオーウェンさんとエリオットくんが、早速向かい合っってお互いの剣を構えた。
 見るだけで重厚で硬そうなオーウェンさんのクレイモアと、すらりと細くて一見レイピアにも見えそうなエリオットくんのロングソード。太陽の光にギラリと光る刀身が、それが摸造刀などではなく、真剣なのだと主張している。
 始めてみる真剣の迫力に、ゴクリと喉が鳴る。
 犯罪が無いわけではないけれど、普通に過ごしていれば平和に暮らせる世界にいた私には、まるで馴染みの無いもの。
 恐ろしいからこそ目が離せないのか、切っ先が触れ合う音で我に返った。

「大丈夫ですか。ハルカ?今からでも、中止にしますか?」
「いいえ、大丈夫です。まず、エリオットくんに移動速度アップの魔法をかけようと思います」

 鍔迫り合いの音にビクリと身体を震わせてしまったけれど、大丈夫、私はやれる。
 ゆっくり深呼吸して、身体の中にある熱を意識する。
 グルグルと渦巻く熱を体中に行き渡らせるようにイメージながら、手に持った杖を掲げた。

『チチンプイプイ、カモシカのように素早くな~れ!』

 ああ、なんて緊迫感のない、呪文だろう。
 心の中でこっそりと脱力感を感じながら、エリオットくんに向けて魔法の杖を振ると、さっきと同じようにグリーンの光が流れ出した。
 足元を中心に螺旋を描いた光に粒は、そのまま空中で霧散した。

「成功…かな?」

 魔法が発動したのは見えたけど、思っている効果がもたらされたのかはまだ分からない。アルバートさんと二人、じっとエリオットくんの姿を見つめる。

「うわっ!」

 光が彼を包んで消えたその後すぐ、エリオットくんの口から小さな驚きの声が漏れた。それとほぼ同時に、戦闘にはまったく詳しくない私が見ても、違いが分かるくらいはっきりと、エリオットくんの動きが早くなった。

「ぐっ!くそっ!なんだ、急に…攻撃が、早く…なりやがった…」

 ガキン!ガキン!と交わされていた剣戟の音が、ガン、カン、ガンっと一気に加速した。今までは余裕とは行かないまでも、拮抗した手合わせだったのに、あっと言う間にエリオットくんの圧倒的優位に変わってしまった。
 右へ左へと凄い速さで打ち込まれる剣に、オーウェンさんは防戦一方でドンドン圧されていく。

「ハルカっ!俺にも、なにか、掛けてくれ!」

 このままでは負けてしまうと思ったのか、視線はエリオットくんに固定したまま、オーウェンさんが叫んできた。
 大剣使いのオーウェンさんなら、攻撃力UPがいいかとも思ったけれど、それじゃなにか面白くない。
 なにかないかと考えていると、ちょっと変な考えが頭に浮かんだ。
 練習だし、いいよね。

『チチンプイプイ、ウサギさんのように高くジャーンプ!』

 今度はオーウェンさんに向けて杖を振る。エリオットくんに掛けたのと同じグリーンの光が、螺旋を描いてオーウェンさんの身体を包む。
 魔法がかかったと思った私は、大きく息を吸い込んで叫んだ。

「オーウェンさん、ジャンプして!」

 私の声が聞こえた瞬間、ザッと地を蹴ったオーウェンさんの体は、一瞬にして視界の枠から消えうせてしまった。
 彼の軌跡を辿って上空へと目を向けると、空中高く飛び上がったオーウェンさんが、剣を構えた状態で落下してくるのが見えた。

「うおおおおおぉぉぉっ!」

 ビュオオッと大きく空気を切り裂いた大剣の切っ先が、まっすぐエリオットくんの頭上に振り下ろされる。

「っ、間に合わないっ!……っ!」

 動体視力は私なんかよりずっと鋭いエリオットくんは、ちゃんとオーウェンさんが飛んだ所を確認していた。それでも、人間には飛べないであろう高さに到達していることに驚いたのか、構えがが若干遅れてしまった。
 頭を狙って落ちてくる剣を弾くにしても、受け流すにしても、剣を構えるにはほんの僅か遅かった。
しおりを挟む

処理中です...