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令嬢探偵、前世の記憶を取り戻す(3)
しおりを挟む「このナイフが、この方の持っていたナイフですね?汚れ一つなくピカピカしてますし、少なくともこのナイフで殺したわけではないですね。被害者の体に傷もありませんし」
「そうだろうな。どう見たって凶器はこのロープだ。殺すための道具をいくつも持っていたって何もおかしくないだろう。わかったらそろそろ……」
「つまりあなたは、この店員はこの方に首を絞めて殺されたと考えているわけですね」
「……ああ、それしかないだろう」
一向に立ち去る気配を見せない上、当然のことを聞くシエラに、衛兵の苛立ちが最高潮に達しようとしている。
シエラはふうっと息を吐た。
黒瀬はこういう時、どんな態度をとっていただろう。
あくまで落ち着いた口調で、それでいて簡単なことに気が付いていないことへの非難を少しにじませて。きっとこんな風に言う。
「ですがそれもおかしいですねぇ。普通他人に首を絞められれば、ロープを首から外そうと抵抗して首にひっかき傷ができると思いませんか?ですがこの店員の首にはロープの跡以外ありません。自ら首をつった、と考えるのが自然に思えますが」
前世で黒瀬と遭遇したことがあるのは、逆のパターンだった。自殺に見せかけて殺されたのを、黒瀬は首にできた傷を証拠に見抜いたのだ。
まさか黒瀬から学んだ知識が、生まれ変わってからも役に立つことになろうとは。
「は……」
やはり衛兵たちはその事実に気付いていなかったらしく、驚いたように目を見開いてシエラを見た。
「だ、だがこの男は店内で挙動不審で……」
「自殺した店員の遺体を見たからでは?」
「だがそれならおれを見て逃げる必要はないだろう!こんなナイフを持ち歩いているのもおかしい!第一こいつは『自分は殺していない』と言うばかりで、そんな説明一度もしていない」
「……そうですね、これは私の想像なのですが」
シエラは男を一瞥してから、先ほど拾い上げたナイフといまだ床に転がっている鞄に視線を向けた。
「彼が宝石を盗みに入ったのは事実なのでは?もちろん人殺しをするなんてつもりはなく、このナイフで脅して盗むつもりだったのでしょう。遺体を発見した状況を説明するには、自ずと盗みに入ろうとしたことも話さざるを得なくなるため、できなかった」
もちろん窃盗未遂と殺人では罪の重さが雲泥の差だ。本当に殺人犯にされそうになればその説明もするだろうが、今の段階では窃盗未遂についてもバレずに殺人容疑から逃れたいと考えていてもおかしくない。
その推測はどうやら当たっていたらしい。
「ちっ……そうだよ」
男は軽くうつむくと投げやりな態度で語り出した。
強盗目的で入った宝石店で、人が首を吊って死んでいた。慌てた男はロープを切ってとりあえず遺体を下ろしたが、店に入った理由が理由なので人を呼べない。そうこうするうちに衛兵がやってきて捕らえられた。
殺人犯ではなかったが、窃盗未遂も罪は罪。語り終えた男を、シエラと話していたことは別の衛兵が連行していった。
──その後、捜索の結果亡くなった店員の遺書が発見された。
それは、数か月前店主が異国の貴重な宝石を入手したのだが、自殺した店員はギャンブルに溺れ生活が苦しかったためにその宝石を盗み出してしまい、とうとう罪悪感に耐え切れなくなり死を選んだという内容だった。
真相がわかったところで、シエラは使用人に小言を言われつつようやく帰路についた。
シエラは、静奈としての記憶を取り戻した数時間で、あることを悟っていた。
この国の衛兵は無能すぎる。
静奈の生きた時代の日本と違い、科学が発展していないのだから捜査に限界があるのはわかる。だがそれにしたって、容疑者がいて動機さえあればすぐさま犯人だと決めつけるのはいただけない。
恐らくこれは今に始まったことではない。これまでたくさんの冤罪を生んできただろうし、これからも生まれるだろう。迷宮入りした事件だって多いはずだ。
そんな世界で、シエラは黒瀬という頭の切れる探偵の助手を務めていた記憶を取り戻した。
もしかしたら、前世の知識を使って一つでも多くの事件の真相を明らかにしろという、天からのお告げなのではなかろうか。
──その日からシエラは、事件があったという噂を聞きつけてはその現場に赴き、前世で黒瀬から学んだ知識や推理法を参考にその真相を解き明かすということを繰り返した。
推理を披露するときにはいつも黒瀬の姿が頭をよぎり、自然と口調が彼に似た。丁寧なのに、どこかに毒を隠し持っているかのような、危険な冷ややかさがある……そんな話し方。まあ、黒瀬と比べたらだいぶマイルドだとは思うが。
最初に『令嬢探偵』なんて呼ばれ方をしたのは、とある有力貴族の家で起こった事件を解決した頃だったか。噂好きの貴族たちを中心にシエラの話は瞬く間に広まり、シエラをモデルにしたヒロインが登場する小説が出版されたなんてこともあり、それをきっかけに庶民の一部にも広まった。
そんなこんなで、前世の記憶を取り戻し初めて推理をしたあの日から一年も経たないうちに、ずいぶんと有名になっていた。
どんな凶悪犯を目の前にしても決して物怖じせず、堂々と推理を語る凛とした美しい令嬢。……色々と設定が盛られている。
期待されたらどうにか応えようとしてしまう性格は前世から変わっていないシエラは、こうして「正しく真実を見抜かなければならない」と「キャラ設定を守る」という二重のプレッシャーに押しつぶされそうになる日々を送ることになったのだった。
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