元探偵助手、転生先の異世界で令嬢探偵になる。

町川未沙

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令嬢探偵、街に行く(2)

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 シエラたちは近くの広場に出て、噴水前のベンチに座った。シエラはベンチの右側を広めに空けていたが、少年はシエラの左側に腰を下ろした。


「肘の傷、見せて」


 そう言ったシエラはささっと慣れた手つきで傷の手当てをする。

 それを終えると、先ほど買ったお菓子を一つ取り出して少年に渡した。


「うわあ!美味しそう!普段こんな高級なお菓子食べることなんてないからなあ。あ、僕の名前はレオン。お姉さんの名前は?」

「シエラよ」

「シエラお姉さん!このお菓子、めちゃくちゃ美味しい!」


 レオンはそんな言葉通り、本当に美味しそうに焼き菓子を頬張る。微笑ましくて、シエラは思わず「もう一つどう?」と追加で渡してしまう。


「レオンくんはいつもはどんなお菓子を食べてるの?」

「ふつーだよ。キャンディーとかクッキーとか」

「へえ、いいわねクッキー。あ、そういえばここから見えるあの店、確かクッキーの店だったわね。せっかくだから今から買って来ようか」


 そう言って立ち上がったのだが、それを見たレオンが慌てたように言った。


「だめ!待ってシエラお姉さん!……その、もうおなかいっぱいだから大丈夫だよ」

「そうなの?」

「それよりお話し聞かせてよ。シエラお姉さんは、いつもさっきみたいに一瞬で色々見抜いちゃうの?」


 露骨に話を変えられた。人探しをしているのではないか……と当てただけなのに、レオンにとってはよっぽどの感動だったらしい。向けられた期待の眼差しに、シエラは口元を緩める。


「まあ、そうかな。私は探偵をしているから」

「探偵?」

「うん、事件解決の依頼を受けて調査するのよ。だから衛兵の知り合いも多くてね」

「そう……なんだ」


 ほんの一瞬、レオンの顔が曇った。

 だが、次の瞬間には見間違いだったのかと思ってしまうほどに明るい笑みが浮かんでいた。


「かっこいいね!」

「ありがとう。……でも、私は本当の探偵じゃないから間違えちゃうこともあるんだけど」

「本当の?」

「ううん、何でもない。レオンくんは?商会でどんな仕事してるの?まだ子どもなのにすごいわね」


 シエラは思わずこぼしてしまった言葉を誤魔化すように、話題をレオンに移した。
 レオンは少し考える素振りを見せた後、肩をすくめて「大したことはしてないよ」と言う。


「ルシウスさん……商会長の補佐みたいな」

「え、すごいじゃない。その歳でそんな重要なポジションなんて、よっぽど優秀なのね」

「すごくないよ。やってることほとんどただの雑用だし。商会長のすぐそばで働いてるのは、家族がいなくて行く当てのなかった僕を気まぐれで拾ったのが商会長だったからだよ」

「拾った……あ、ごめんなさい」


 どうやらレオンは少しばかり訳アリらしい。
 辛いことを思い出させたのではないかと思わず謝ったが、彼はむしろ嬉しそうに言った。


「そう!あんな良い人に拾ってもらえてラッキーだったよ。たまに難しくて何言ってるかわかんないことあるし人使いは荒いけど、あの人のおかげで今生きられてるから」


 レオンの生き生きとした声から、彼がいかにその商会長のことを尊敬しているのかが伝わってくる。

 話を聞いていて、シエラはふと思い出した。

 それは前世のこと。自分もそうだった。
 とある事件により生きていくあてを失った静奈は、「探偵助手」として雇われる形で黒瀬に拾われたのだ。

 あれは気まぐれだったのか責任感からだったのか──。結局拾ってくれた理由を教えてもらうことはなかったが、静奈は恩を感じていて、黒瀬のためならば何でもしようと心に決めていた。

 レオンは、そんな前世の自分静奈に似ている気がした。


「……じゃあその商会長さん、早く探さないといけないわね」


 シエラはそう言って微笑み、レオンの手を取って立ち上がった。


「商会長さんの特徴は?どこで落ち合う予定だったの?」

「ルシウスさんは、背が高くて細身で、髪は茶色。待ち合わせてたのは劇場の前の広場だったよ」


 なるほど、確かにレオンがシエラにぶつかった場所の近くに小さな劇場がある。
 だが、待ち合わせに使うような広場のある劇場はまた別の場所のことだろう。シエラはレオンの主が待つであろう場所に当たりを付けて歩き出した。



 よく似た見た目で、入り組んだ道。慣れているシエラも未だ迷いそうになる。しばらく歩いたところで、ようやく大きな劇場のある広場にたどり着いた。


「あ、いた!ルシウスさんだ」


 レオンが嬉しそうな声を上げ、まっすぐ指をさした。
 さされた方を見ると、壁にもたれかかりながら本を読む男性の姿が遠くに見えた。


「あの人が……」


 遠目で確認しただけだが、シエラは少し意外な気持ちになった。
 大きな商会の長というぐらいだから、勝手に四十代か五十代ぐらいの人物を想像していた。だが、彼はどう見ても二十代の前半ぐらいに見える。近頃トップが変わり力を付けてきているという話のクレイトン商会だったが、まさかその新しい長はあんな若者だったとは。


「じゃ、色々ありがとうねシエラお姉さん!」


 レオンはぺこりと頭を下げ、待ち合わせ相手の元へ走り出そうとした。
 が──


「待って」


 シエラは、少し前にやったのと同じように、レオンの腕をつかんだ。


「どうしたのシエラお姉さん?あ、もしかして僕と別れるの寂しくなっちゃった?なんて……」

「……左のポケットに入ってる物、やっぱり返してもらっても良いかな?」

「……え?」

「必要以上は持ち歩かないから、もう大した額は入ってないんだけど……」


 シエラのその言葉に、レオンの顔が強張った。
 しばらく沈黙が流れた。その沈黙は、レオンの長い溜息で破られた。


「……気づいてたんだ」


 レオンはズボンの左側のポケットに手を入れ、取り出した物をシエラに渡した。
 それは、黒革で出来たシンプルなデザインの──シエラの財布だった。


「いつ気付いたの?」

「財布が無いこと自体はレオンくんがぶつかってすぐに気づいたの。前にも一度そういうスリに遭ったことあって、そのせいで人にぶつかられた時は反射的に確認する癖が付いてたから。だけど財布があるのを最後に確認したのはだいぶ前だったから、単に落としただけって可能性も捨てきれなくて」

「なるほど。それで『怪我の手当てをする』なんて言って僕のことを引き留めてたんだね」


 探偵を名乗る自分が、こんな少年を冤罪で糾弾するわけにはいかない。シエラはそう考え、しばらくレオンの様子をうかがうことにしたのだ。
 結果、レオンの行動に不審な点がいくつかあった。


「ベンチに座ったとき、私は右側を広く空けていたのに、レオンくんはわざわざ狭い左側に腰掛けた。それは、盗った財布をしまっていた左ポケットを無意識に私から遠ざけようとしてたんでしょ?」


 他にも、シエラが「探偵をしていて、衛兵に知り合いも多い」と言ってみたところ、一瞬焦ったような顔を見せたこと、「クッキーを買いに行く」と言ったときに不自然なほどに慌てて止めたことも怪しかった。
 あと、全く自己紹介をしていないにもかかわらず、レオンはシエラのことを「貴族だ」と言った。服装は貴族らしくない地味なものにしているし、買い物をしている店や歩き方など、ちゃんと観察してなければわからないはずだ。しばらく前から目を付けられていた可能性がある。

 シエラの説明に、レオンはまた大きく息をついた。


「探偵だって聞いたとき、ちょっとヤバいかもとは思ったんだよね。……で、どうする?僕のことどこかに引き渡す?」

「うーん、財布はちゃんと返してもらったから今回は見逃してあげる」

「え?いいの?何で?」

「今回は、よ。もう二度としないと約束して。もし次同じことをしたなら、探偵の名に懸けて容赦はしないから」

「……うん。二度としない。約束するよ、シエラお姉さん」


 レオンは軽く目を伏せ、神妙にうなずく。
 それを確認したシエラは表情を和らげ、レオンの肩をポンと叩いた。


「わかったなら良し。じゃ、今度こそお別れね。またいつか会いましょう。あなたを捕まえるという形以外であることを祈るわね」

「うん。……色々ありがとう」


 今度こそ待ち合わせの人物の元へ走っていったレオンの後ろ姿を見ながら、シエラはぐっと腕を伸ばした。


「あ、やばっ」


 気付けばずいぶんと時間が経ってしまった。そろそろ一人で出かけたことが父にもバレているかもしれない。
 そう思ったシエラは大きくため息をつき、重い足取りで帰路についた。


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