8 / 41
令嬢探偵、商会長に会う(1)
しおりを挟む
○
「この依頼、クレイトン商会からだわ……ずいぶんタイムリーね」
いつものように何通もの依頼の手紙を確認していたシエラが、一通のクリーム色の封筒に目を留めたのは、レオンの件から数日後のこと。
街で出会った少年レオン。彼が働いていると言っていたのが、現在着々と規模を拡大している貿易商、クレイトン商会だった。
この手紙の送り主は、その時レオンが探していた“商会長”のようだ。封を切って中身を見ると、細かく丁寧な文字が並んでいた。
「ええっと、……先日はうちの者が大変ご迷惑をお掛けしました」
レオンはシエラのことをどこまで話したのか、しばらく丁重な謝罪文が続いた。依頼の手紙ではなく謝罪の手紙だったのだろうか……と思い始めたあたりで、ようやく話題が切り替わった。
今少し困ったことが起きていて、自分たちだけで解決するのは難しそうなので知恵を借りたい。万が一他人に内容を知られてはならないので手紙にその内容を記すことはできず、直接会いたい。
依頼の内容はざっとそんな感じで、手紙だけでは一体何に、誰が、どう困っているのかが一切読み取れない。
そんな手紙であったにもかかわらず……シエラは何故か、この依頼は絶対に受けなければならないような気がした。
探偵としての直感と言うべきか。探偵というより探偵助手であるシエラのそんな直感が当てになるのかと聞かれれば微妙だが。
手紙には親切に地図も挟まっていた。その地図の下には、なるべく依頼内容を知る人を少なくしたいので、使用人を連れてくるのは送迎時のみにしてほしいとの要求がメモ書きのように書かれている。
地図以外の便せんを封筒に戻し、シエラは小さく呟いた。
「……行ってみよう」
○
「シエラお姉さーん」
要求の通り、シエラは目的地の付近で馬車を降り、一人で地図を頼りに建物を探していた。
そこで聞こえてきた元気の良い声。振り返ると、レオンが嬉しそうな顔でシエラに手を振っていた。
「レオンくん」
「わー!また会えて嬉しいよシエラお姉さん!ルシウスさんの依頼で来てくれたんでしょ?こっちこっち!」
レオンは人懐っこい笑顔を浮かべてシエラに駆け寄ると、手を掴んでグイグイと引っ張った。そしてすぐ近くの建物の前で止まる。
「ここがクレイトン商会の本部だよ!でもってルシウスさんと僕の家」
あのクレイトン商会の本部というからずいぶん立派な建物を想像してしまっていたが、住居を兼ねているにしてはこじんまりとした屋敷だった。
それでも庶民の家にしては大きめなのは確かだ。シエラはレオンに連れられるがままに建物の中に入っていき、ある一室の扉の前で止まった。
「ルシウスさーん。シエラお姉さんが来てたから連れて来たよ」
レオンがそう言いながら扉をノックすると、扉はゆっくりと開いた。
扉の向こうには一人の男がいた。その顔を見て、シエラは無意識に息を止めた。
白い肌に吸い込まれるような青い瞳を持つ、目が覚めるほどの美形。背は高くて細身だが、ドアノブを握る手は大きくしっかりとしている。
歳は二十二、三といったところで、この前遠くから見た、レオンの待ち合わせ相手だった人物に間違いない。
「ようこそおいでくださいました。シエラ・ダグラス嬢。クレイトン商会で代表を務めております、ルシウス・クレイトンです」
彼の形の良い唇が優しく弧を描いた。
シエラはハッとして、慌てて令嬢探偵モードに切りる。
「初めまして。探偵のシエラ・ダグラスと申します。私でお役に立てることでしたら、何なりとお申し付けください」
「それは頼もしい。立ち話も何ですからどうぞこちらへ。大したおもてなしはできませんが」
そう言って通された部屋には、綺麗なソファーやテーブルが整然と並べられていた。商談に使う部屋なのかもしれない。
促されるままにソファーに腰掛けると、老紳士といった風情の男性が紅茶を運んできた。
この屋敷で雇われている使用人だろうか……と思っていると、その視線に気づいたらしいルシウスが言った。
「彼は先代の商会長が若いときから商会で働いているジョシュアさんです。俺の相談役のような立場ですね」
「相談役だなんてとんでもない。私はルシウスさんと世間話をするぐらいしか能のない老人ですよ」
ジョシュアと呼ばれた男性はカラカラと笑った。
「基本的にこの家に出入りしているのは、俺とレオンとジョシュアさんの三人です。シエラ嬢への依頼についても、この三人しか知りません」
こちらが人を連れてくることを制限されていたが、依頼してきた側も事情を知る人は最低限にしているらしい。ジョシュアがルシウスの隣、レオンがシエラの隣に腰を下ろした。
「では早速本題に入ります。二週間ほど前、俺の元にこの一通の手紙が届きました」
「この依頼、クレイトン商会からだわ……ずいぶんタイムリーね」
いつものように何通もの依頼の手紙を確認していたシエラが、一通のクリーム色の封筒に目を留めたのは、レオンの件から数日後のこと。
街で出会った少年レオン。彼が働いていると言っていたのが、現在着々と規模を拡大している貿易商、クレイトン商会だった。
この手紙の送り主は、その時レオンが探していた“商会長”のようだ。封を切って中身を見ると、細かく丁寧な文字が並んでいた。
「ええっと、……先日はうちの者が大変ご迷惑をお掛けしました」
レオンはシエラのことをどこまで話したのか、しばらく丁重な謝罪文が続いた。依頼の手紙ではなく謝罪の手紙だったのだろうか……と思い始めたあたりで、ようやく話題が切り替わった。
今少し困ったことが起きていて、自分たちだけで解決するのは難しそうなので知恵を借りたい。万が一他人に内容を知られてはならないので手紙にその内容を記すことはできず、直接会いたい。
依頼の内容はざっとそんな感じで、手紙だけでは一体何に、誰が、どう困っているのかが一切読み取れない。
そんな手紙であったにもかかわらず……シエラは何故か、この依頼は絶対に受けなければならないような気がした。
探偵としての直感と言うべきか。探偵というより探偵助手であるシエラのそんな直感が当てになるのかと聞かれれば微妙だが。
手紙には親切に地図も挟まっていた。その地図の下には、なるべく依頼内容を知る人を少なくしたいので、使用人を連れてくるのは送迎時のみにしてほしいとの要求がメモ書きのように書かれている。
地図以外の便せんを封筒に戻し、シエラは小さく呟いた。
「……行ってみよう」
○
「シエラお姉さーん」
要求の通り、シエラは目的地の付近で馬車を降り、一人で地図を頼りに建物を探していた。
そこで聞こえてきた元気の良い声。振り返ると、レオンが嬉しそうな顔でシエラに手を振っていた。
「レオンくん」
「わー!また会えて嬉しいよシエラお姉さん!ルシウスさんの依頼で来てくれたんでしょ?こっちこっち!」
レオンは人懐っこい笑顔を浮かべてシエラに駆け寄ると、手を掴んでグイグイと引っ張った。そしてすぐ近くの建物の前で止まる。
「ここがクレイトン商会の本部だよ!でもってルシウスさんと僕の家」
あのクレイトン商会の本部というからずいぶん立派な建物を想像してしまっていたが、住居を兼ねているにしてはこじんまりとした屋敷だった。
それでも庶民の家にしては大きめなのは確かだ。シエラはレオンに連れられるがままに建物の中に入っていき、ある一室の扉の前で止まった。
「ルシウスさーん。シエラお姉さんが来てたから連れて来たよ」
レオンがそう言いながら扉をノックすると、扉はゆっくりと開いた。
扉の向こうには一人の男がいた。その顔を見て、シエラは無意識に息を止めた。
白い肌に吸い込まれるような青い瞳を持つ、目が覚めるほどの美形。背は高くて細身だが、ドアノブを握る手は大きくしっかりとしている。
歳は二十二、三といったところで、この前遠くから見た、レオンの待ち合わせ相手だった人物に間違いない。
「ようこそおいでくださいました。シエラ・ダグラス嬢。クレイトン商会で代表を務めております、ルシウス・クレイトンです」
彼の形の良い唇が優しく弧を描いた。
シエラはハッとして、慌てて令嬢探偵モードに切りる。
「初めまして。探偵のシエラ・ダグラスと申します。私でお役に立てることでしたら、何なりとお申し付けください」
「それは頼もしい。立ち話も何ですからどうぞこちらへ。大したおもてなしはできませんが」
そう言って通された部屋には、綺麗なソファーやテーブルが整然と並べられていた。商談に使う部屋なのかもしれない。
促されるままにソファーに腰掛けると、老紳士といった風情の男性が紅茶を運んできた。
この屋敷で雇われている使用人だろうか……と思っていると、その視線に気づいたらしいルシウスが言った。
「彼は先代の商会長が若いときから商会で働いているジョシュアさんです。俺の相談役のような立場ですね」
「相談役だなんてとんでもない。私はルシウスさんと世間話をするぐらいしか能のない老人ですよ」
ジョシュアと呼ばれた男性はカラカラと笑った。
「基本的にこの家に出入りしているのは、俺とレオンとジョシュアさんの三人です。シエラ嬢への依頼についても、この三人しか知りません」
こちらが人を連れてくることを制限されていたが、依頼してきた側も事情を知る人は最低限にしているらしい。ジョシュアがルシウスの隣、レオンがシエラの隣に腰を下ろした。
「では早速本題に入ります。二週間ほど前、俺の元にこの一通の手紙が届きました」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦
未羊
ファンタジー
気が付くとまん丸と太った少女だった?!
痩せたいのに食事を制限しても運動をしても太っていってしまう。
一体私が何をしたというのよーっ!
驚愕の異世界転生、始まり始まり。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる