転生の行く末

かじ たかし

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試練その壱

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 目覚まし時計が鳴る直前に目が覚める。今日は夢を見なかったので汗は掻いていなかった。ベッドから起き上がりカーテンを開ける。色んな不安を抱え眠れるかどうか心配していたのとは打って変わって、ぐっすりと深い眠りにつけたのだろう体が軽かった。窓から空を見上げると自分の心とは真逆の雲ひとつかからない青空が広がっていた。自然と溜息が漏れた。これからどうゆう生活を送っていけばいいのか皆目検討もつかない。いつも通り出勤するしかないのだろう。と昨日思案したのだ。今まで特に何事にも関心を持たず生活してきた悠にとっては、たかが3カ月前のこの1日がどんな流れだったのかさえ思い出せない。
洗面所に向かい顔を洗って歯を磨く。乱雑に積まれた洗濯の山から作業着を取り出し袖を通す。朝飯は食べない主義だ。いつもはテレビさえつけないが今日から何か違う事をしてみようと電源を入れる。天気予報の番組が流れていて「今日は洗濯日和で春の陽気を存分に楽しめるでしょう」等と若い女性キャスターが話している。日付を見ると4月4日だった。いよいよ恐ろしくなった。一体どんな毎日が待っているとゆうのだ。テレビを消して家を後にした。

 会社のシャッターは開いていて、事務所の中には社長と事務員の姿が見える。
「おはようございます」悠は扉を開けるなり言った。そのままタイムカードを押しに行く。
「おはようさん。今日はえらい早いな」何かあったのかとでも言いたげな顔で社長が挨拶を返してくる。
「ほんとですね。まだ朝比奈くん以外だれも来てないよ」事務員のユリさんも社長の言葉に同意し、時計に目を遣って言った。
「なんでもないですよ。今日はいつもより早く起きたんで」目覚ましが鳴る前に起き出しいつもと変わらないペースで家を出たのだった。そんな事は頭の片隅にもなかった。
それより社長もユリさんも俺が死んだ事になっていないではないか。今思えばあの鳥に会って以来誰とも会話を交わしていなかった。あの鳥は本当に俺が死ぬ前に戻してくれたのだと真実味が湧いた。
ぼーっとしていたら怪しまれると思い、本日の配達伝票を手に取り確認を行う。30件程だった。その配送を終えた後も宵積みもないらしく今日は暇だなと思う。いや正確には[暇だった]になる。自分は一度この日を経験しているはずだからだ。そうこうしていると他の配達従業員もぞろぞろと出勤してきた。

 風も殆どない快晴の空の下、悠は関西空港連絡橋を渡り阪神高速湾岸線を上っていた。空港にて自分の配達ルートを終わりの方から積んでいく。何故なら最初に降ろす荷物を手前から取っていけるようにする為だ。こうする事で停車した後荷物をガサゴソと探す手前も省け、時間短縮にも繋がる。別ルートを回っている石田に「今日の宵積み替わってくれないか」と言われたが、「今日は用事あるのですいません」と嘘をついた。この後配達中に何かが起こるかもしれないと判断したのだった。死ぬ前の自分なら二つ返事で了承したはずだ。だが今は違う。
本田あたりからいつもの自然渋滞が始まり、ほぼクリープ現象のまま15分程かけて阿波座出口に行き着く。やはりここまでも何も変わった様子も見られなかった。高速でもルームミラーやサイドミラーを何度も確認し、配達も始まっていないのにどこか疲れている。
そのまま難なく配達をクリアしていき、何事もなく仕事を終えた。会社に電話を入れ配達時間を伝え、今から下道で帰社する旨を報告した。時刻は15時33分だった。汗だくになっているTシャツが気持ち悪くて、持参している替えのTシャツに着替える。窓の外に目を遣るとコンビニが見えた。立ち読みコーナーから学校の制服を身に纏った女の子2人組が並んで雑誌を広げている。そうだほぼ毎回配達を終えたらこのコンビニに立ち寄っていたのだ。まさかとは思うがあの女の子はアスカではないだろうな。確認したくて車を降り、コンビニの自動ドアを潜った。
女の子の声が聞こえてくる。
「そういや朱鳥も彼もそろそろ一年くらいになるんじゃない」
彼女達の後ろを通って少し間を空け雑誌を手に取り横目で顔を確認する。思わず絶句した。アスカではないか。
「うん。まあそうなんだけど、実際のところ彼はあまり家に帰ってこないから会えるのは月2回がいいとこだし。そんな実感はないかな」間違いなくアスカだった。それに先程隣にいる女の子もアスカと呼んでいたではないか。あの夢で見た光景と丸っきり同じだ。動悸が早くなる。あの夢を思い出せ。この後どうなるんだったのか。雑誌を読んでいるとは思えない程険しい顔しているのだろうか、アスカ達はこちらに一瞥をくれる。チラっと目が合ってしまう。余計に焦燥感が込み上げてくる。そうだこのコンビニは舗装工事をしていて、鉄骨が上から落ちてアスカは下敷きになってしまう。
あの夢はもうそろそろ終わりを告げるはずだ、時間がない。
取り敢えず入り口に向かう事にする。棚に戻そうとするが、雑誌を持っていた手も汗でヌルヌルになっていて滑り落ちてしまう。またしても訝る目を浴びせられる。そんな事はどうでもいい、とにかく何か足止めしないと夢と同じ流れではアスカは死んでしまう。
アスカ達も本棚に雑誌を戻し床に置いた鞄を拾い上げる。何も思い浮かばない。
「チャリンチャリン」小銭が床に散乱する。咄嗟に出た行動だった。これで少しは足止め出来るのでは。身を屈め小銭に拾い上げていく。またしても訝る目でアスカ達が自分を見下ろしているが、彼女達も身を屈め小銭を探し始めた。自分の後ろからも「どうぞ」とサラリーマン風の男性が掌に乗せたられた小銭を寄越してくれた。
「すいません」アスカ達ばかりに気を取られ周りが全く見えていなかった。その時「ガシャガシャン」と大きな音と地響きがした。
入り口を見ると鉄骨が落ちてきていた。
悲鳴もあちこちから聞こえすぐに人だかりができた。だが自分はそっと胸を撫で下ろした。助けられた。よかった。あの夢はそうゆう事を意味していたのか。先にアスカを襲う惨劇を見せてくれていたのだ。
アスカ達にも礼を言い、事の成り行きを見届ける。どうやらケガ人は出ていないらしく、鉄骨を皆で持ち運び作業員が店の関係者に深々と頭を下げていた。

 窓を全開にして外の風を肌で感じラジオから流れる歌を口ずさんでいた。気分がいい。あの鳥との約束は守れた。これで俺の死ぬ現実はもうこないだろう。夢で答えを教えてくれるならこんなにハラハラする必要も無かったではないか。鳥の野郎め全く意地悪な奴だな。明日からは現実を楽しもう。自分は他の人が経験をしてるんだ。もう何も恐くない、そうだ恋もしてみよう。人を好きになる事も、いざという時何でも話せる相手が自分には必要だ。煙草に火を点けた。深く吸い込むと大業を成し遂げた後の一服は格別だなと思った。ラジオの歌が終わりこの番組も終了の挨拶を告げる。「今日は非常に暖かい1日でしたね。私なんかMCしながら額に汗を浮かべてしまう程でした。夏なんてまだまだと思ってましたが、海に入れる日なんてあっとゆう間に訪れるでしょう。そんな訳で」身体に寒気が走り身震いする。そうだこれで終わりではないのだ。まだまだ災難はあると言っていたではないか。ハンドルを握る腕は鳥肌塗れだった。窓を閉める。「寒いな」とひとりごちた。窓を全開にしている上にクーラーもガンガンにつけている事を忘れていた。まだまだ自由になれる日は遠いなと思った。
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