月夜に咲く紅き百合

オウヅキ

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第二話 贄人

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「贄人。それが紅音ちゃんの選ばれたものだっていうのはさっき言ったよな。吸血鬼に差し出すって話も。」
 紅音は軽く頷く。まだまだ混乱しているものの、扉が開けられない以上、逃げる事はできない。
 そう考えてふと思い出す。
 窓は試してない。試してみようか。
「なんか考えてそうだけど、逃げる算段とか立ててるなら無駄だからな?扉はもちろん、窓も開けれないし、俺も他の二人も武道はそれなりに学んでるから力勝負しかけてもおまえが負けるし」
「……別に、逃げようとは思ってませんよ。それで話の続きは?」
 少し顔をしかめながらさらりと嘘をつく。今はあまり警戒されない方が良いだろうと思ってのことだ。けれど峰川はそれが本当だろうが嘘だろうがどうでも良さそうに、続きを話す。
 「俺たちが暮らしているこことは別に、吸血鬼たちが暮らす場所があるんだ」
「別……?異世界的なことですか?」
「まぁそうだな。そこ突き詰めると魔法が、とかなんかいろいろ出てくるし、異世界の定義とは。ってとこにいくけど、重要なのはそこじゃないし、とりあえず吸血鬼たちが暮らす異世界があるって思っておいてくれれば良い。それで吸血鬼。吸血鬼は紅音ちゃんが思い浮かべるのとそんなには違わないはずだ」
 夜の世界でしか生きられない、血を吸う妖怪。そう思えば良いのだろう。あとはニンニクや十字架が弱点っていうのは一般的だけど……
「細かく言えば違うところもあるが、そこは置いとくとして。紅音ちゃんのことを渡すことになる吸血鬼は、王族の姫君だ」
「そこですよ。渡すってなんなんですか?私、物じゃないんですけど?」
 一度は多少なりとも和らいだ恐怖や怒りがまたふつふつと湧き上がる。
「吸血鬼がいるとかそういうのはとりあえずいいです。その辺は本当のことだとしましょう。でも、なんなんですか?渡すって。人権はどこに消えたんですか?冗談でも笑えないんですけど?」
 人と話したりするのは得意ではない紅音だが、今はそれどころじゃない。峰川たちに対し、まくしたてる。
「落ち着けないだろうけど落ち着けって。後で不平不満は聞くから今は俺の話を聞いとけ。それとも何も分かんないまま姫君と会うのか?」
「…………姫君って?」
 怒りも恐怖も収まらなく、苦々しい気持ちのまま聞き返す。
「向こうの世界もこっちの世界と同じようにいくつかの国に分かれていて、身分制度がある。紅音ちゃんを渡すのは、向こうの世界での日本にあたる国の、第二王女だ」
「日本にあたる国?」
「文化とかが似ている国ってことだ。俺たちが吸血鬼って呼んでるのは、妖怪のなれの果てっつったら言い方は悪いが、そういうものでな。化学の発展やらなんやらで妖怪の力が弱ってる、とか、見えなくなった、とか、そういうの小説とかで見たことないか?実際にそうなっててな。全体的に力が弱っていって、力を得る方法としてたどり着いたのが人間の血を飲むことだったみたいだ。身分が高い奴らは生粋の吸血鬼だって言われてるけど」
「向こうで日本にあたる国に住んでる吸血鬼は、元々は日本発祥の妖怪だから国の文化とかが似てるってことが言いたいんですか?」
「飲み込みが早いな。そういうことだ」
でもそれはつまり……
「吸血鬼は元々こっちの世界にいた妖怪ってことですか?じゃあなんで別の世界に?」
「それは姫君にでも聞いてみろ。今知っておいた方が良いような重要な話じゃないしな」
 私からしてみれば重要な話なんだけど。そう紅音が思うも、峰川は他のことを話しだす。
「あとは何で紅音ちゃんが選ばれたかだ」
「!」
 それは紅音が一番知りたいことだ。一応普通に生きてきたのに、なんで突然吸血鬼に引き渡されなければならないのか。もちろん、それが本当の話なのなら、だが。
「紅音ちゃんは選ばれたんだ。姫君に。最初に相性が良い、っていう条件でこっちと、向こうの選ぶ役職についてる吸血鬼とで候補者をある程度選んで、その中から吸血鬼自身に選んでもらう。それで姫君が紅音ちゃんが良いって言ったんだよ」
「姫君、に、私が選ばれた?なんで?それに相性が良いってどういうこと?」
「さあな。相性がなんで良いのかも、姫君が紅音ちゃんのこと選んだ理由も、俺は知らない。気になるなら姫君が選んだ理由の方は本人に聞いてみたらどうだ?」
 それっきり会話はなくなる。峰川は無表情で、天崎は暗い表情をしながら黙っている。それを横目に、紅音は何故自分が選ばれたのかを考えるも、分かるわけがない。峰川たちが言っていることは、あまりにも現実味に欠けていて、にわかには信じられることではない。同時に、作り話だとも思えない。これは本当の話なのか、本当だとして何故自分が選ばれたのか。逃げようと試みることなど頭から消えて、静かな車内の中、身動きもせずに考えていた。

「着いた」
 峰川が発したその声で我にかえる。
「ついた、って……。それは、」
 どこに?
 今までの話が本当だとするなら、それはきっと吸血鬼がいるところ。
 ありえない
 そう呟くも、怖い気持ちは収まらない。心臓の動きもどんどん早くなっていく。
 ふと、車内がわずかに明るくなったのに気がつく。光が差す方向を見ると、天崎がそっとカーテンを開けている。見えるようになった窓の向こう、そこには巨大な洋館があった。
 
 
 
 
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