侯爵令嬢(♂)はフットマンがお好き!?

累るい

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皇太子殿下の胸の内

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 ラーディン侯爵からの追及という一難が去ったというのに、新たな難が新太には襲いかかっている。
 どうしてこんなことになっているのか――と、立ち並ぶ高価な絵画の前に思わず新太は頭を抱えてしまった。
 新太はフィルと共に帝国立美術館の展示を見に来ている。 
 もちろん二人きりではない。アラタたちの隣にはいつもどおりのにこにこ笑顔を浮かべたランドルフの姿がある。
 侯爵家でお茶会を行うことが定例となった婚約者同士の逢瀬だが、本日は場を移して帝都にある美術館を貸し切りにして行われることになった。
 ランドルフはフィルに片腕を差し出して優雅にエスコートしつつ、時々立ち止まってはフィルたちに絵画の説明を聞かせている。

「この絵画は帝国の創設者である雷吼帝が宮廷画家へ直々の命を出して描かせたもので、当時としては珍しい写実的な表現にこだわって作成されています」
「まぁ、そうですか……」

 ランドルフがどれだけ熱心に説明をしても、絵画に興味がまったくないフィルは適当な返事しかしない。演技ではなく本当に興味がないらしい。珍しく素の表情が出ている。
 フィルの美しい顔には「退屈で退屈で仕方ありません」と書いてあるように見えて、新太は内心で苦笑した。
 一方でランドルフはいつもと変わらないように見える。
 すでに彼の耳にもフィルの醜聞は届いたはずだ。ランドルフの従者が新太へ向ける視線が冷たいことからもそれは間違いないと言える。
 普通の感覚を持ち合わせている男なら婚約者の醜聞に腹を立て、醜聞の原因となった間男と会いたいなどとは微塵も考えないに違いない。
 にもかかわらずランドルフは今日の美術鑑賞へ、新太をわざわざ指名してまで呼び立てた。そしてこれまでと同じか、或いはそれ以上に親密な態度で新太に接している。

「オフィリア嬢はあまりご興味がない様子ですが、アラタならこの素晴らしさを理解してくれますかね?」

 生欠伸でもしそうなフィルを見守りつつ彼の二歩後ろを下がって歩く新太へ、ランドルフは屈託ない笑顔を向ける。
 急な問いかけに新太は思わずドキリとした。

「え……、あ、はい。これまでの作品群と比較すると、より見たままの姿に近い表現になりましたね。陰の表現も繊細で、今にも飛び出してきそうな印象を受けます」

 素人の感想だったが、新太の感想を聞いたランドルフは満足そうに首を縦に振って「素晴らしい着眼点です。やはり今日はアラタを呼んで良かった!」と新太を誉めた。
 そんなランドルフを見てフィルが露骨に嫌そうな表情を浮かべたが、新太に優しい視線を送っているランドルフはそれに気がついていない。
 あまりにちぐはぐな王侯貴族たちの反応にどう反応したものか分からず、新太は視線をうろうろと彷徨わせた。
 ランドルフに褒められたことは素直に嬉しいが、その喜びを素直に表現しようものならフィルから反感を買いそうだ。
 新太の勘違いでなければ、どうやらランドルフは新太のために美術館へやってきた節がある。先日の対話の際に「前の世界にいたときは美術館を巡るのが趣味だった」と新太が伝えたことが影響しているらしい。
 なぜこの皇太子は婚約者の間男にまで優しく接してくるのだろう――。
 前々から変な皇太子だとは感じていたが、ますますもって彼の考えていることが分からなくなり、背筋が寒くなる思いがする新太であった。

   * * *

 そんなやりとりが数回繰り返された後、ランドルフが庭に置かれた彫像の前で足を止める。いつのまにかランドルフの従者たちは姿を消し、庭にいるのは新太とフィル、そしてランドルフの三人だけになっていた。
 広大な庭はそれ自体が一つの作品の展示場所となっているようで、剣を掲げた屈強な二人の男性が一人の女性を巡って剣を交えている様子を表現している。
 ヒールを履いたことで身長が二メートル近くなるフィルよりも、遙かに大きな姿の彫像たち。その迫力に新太は少し気圧されていた。

「オフィリア嬢、この彫像のモチーフとなった神話はご存じですか?」
「ええ、これならわかります。聖アルベストの争闘でございましょう」

 フィルはそう言うと、ぽかんとした表情で固まっている新太へ神話の内容を簡単に説明し始める。
『聖アルベストの争闘』とはアルベストという一人の騎士と戦神ウォズボルが贄となった王女を巡って決闘する物語で、弱者が強者へ挑むことの苦難を説く訓話的な要素を持った神話であるらしい。

「弱者が強者へ牙をむくのは愚かな行為です。しかし、それが達成されたときに向けられる賞賛は想像を絶する。聖アルベストも同様です。戦神を退けた彼は王女との身分違いの結婚を許されて、末永く幸せに暮らしたと伝わります……」

 悠然と佇む彫像をどこか悲しそうな目で見つめていたランドルフは、改めて新太の方へと向き直った。
 それまでの穏やかな視線とは異なる何かを決意したような意志に満ちた視線が向けられ、新太は思わず居住まいを正す。

「アラタ、来月行われる舞踏会で僕は正式にオフィリア嬢との結婚を表明します」
「お待ちください殿下! 殿下はわたくしの意思が固まるまで結婚は待つと仰っていたではないですか!?」

 いつかこういう展開が訪れるのではないかと考えていたが、まさかこのタイミングでそれが起こるとは思わず、新太は言葉を失う。
 突然のランドルフの告白に動揺したフィルが珍しく大声を上げたものの、ランドルフは素気なく首を左右に振った。

「状況が変わりました。皇帝陛下から結婚を急ぐように催促がありましたので、これ以上伸ばすわけには参りません。原因はこれです」

 ランドルフはそう言うと、懐から一枚の紙を取り出した。新太にもフィルにも見覚えのある紙だ。

「オフィリア嬢とアラタの関係を、あろうことかゴシップ紙へ面白おかしくリークした不届き者がおるようです」
「わたくしについて、皇帝陛下はなんと仰っておられるのですか?」
「これが事実ならオフィリア嬢との結婚は一考の余地がある――と。ですがこの記事は誤りだと僕は陛下に進言しました!」
「はい?」
「オフィリア嬢の真心とアラタの忠信を曲解するなど言語道断! 二人は裂きがたい強い絆で結ばれた清い間柄である――と陛下にはお伝えしてあります。情報の出所は僕か侯爵家に近しい者だと思いますが、こんなことをする人間は従者の風上にも置けない」

 正義感を露わに憤慨しているところ大変申し訳ありませんが、それはうちのバレットの所業です。なんなら面白おかしくなるように大分脚色して伝えました――とは新太もフィルも口が裂けても言えない。
 新太がフィルの表情をチラと伺うと、彼は能面のような表情で遠くを見つめていた。
 新太の勘が間違っていなければ「この鈍感皇太子、俺本当に嫌い」ぐらいのことは思っていそうだ。

「オフィリア嬢、ご安心ください! このような醜聞を僕は信用しておりませんので、今も変わらずあなたとの結婚を心待ちにしております!」
「はぁ……。左様でございますか――」
「しかし不安材料があるのも事実です」

 フィルの気のない返事を遮り、沈痛な面持ちで黙り込んでしまったランドルフ。
 相変わらず精気が抜けた表情をしている主人に代わり、新太は口に溜まった唾を飲み込んでから静かに口を開いた。

「不安材料とは……?」
「アラタ、あなたのことです」

 やはりそうかと新太は思った。
 先ほども高らかに宣言したとおり、ランドルフは麗しのオフィリア嬢と結婚することを諦めていない。彼は未来の妻が自分を愛することがないと分かっていながらも、強引にこの結婚を押し進めようとしている。
 そうなれば当然、ランドルフにとっては新太という存在が邪魔になる。今日呼び出されたのはフィルから離れるよう命令するために違いない。
 ところが、身を固くした新太へランドルフはなぜか苦笑交じりに笑いかけた。

「勘違いしないでください。僕はアラタからオフィリア嬢を取り上げるつもりはありません」
「え、どうして――」
「殿下の意図がわたくしたちには分かりかねます。はっきりと仰っていただけませんか?」

 痺れを切らしたのか、新太の発言を遮ってフィルがやや低い声で唸るように呟く。ぎりぎりオフィリアらしい声色を保っているが、これ以上冷静さを欠けば演技が崩れてしまうかもしれない。
 フィルからの鋭い視線にランドルフは観念したようにため息をついた。

「すみません、僕の言葉が足りませんでしたね。正確にはアラタの気持ちを心配しておりました」
「俺の気持ち?」
「率直に申し上げます。僕はオフィリア嬢を正妃として迎えると共にアラタのことも側室として迎えたいと考えています!」
「そ、そ、そ」
「側室ぅ~!?」

 壊れたレコードのように同じ単語を繰り返し続けるフィルよりは、新太の方が幾分か冷静だった。

「殿下、正気で仰っておられるのですか? 俺は男ですよ!」
「正気です。アラタは異世界から来たから知らないかもしれませんが、この国では同性の結婚が認められています。我が父のハーレムにも男性がいるんですよ」
「そうだとしても、なんで俺まで側室に迎える必要があるんですか?」
「それは僕がオフィリア嬢と同じくらいアラタのことも気に入ったからです。アラタのことを愛しているオフィリア嬢が僕は好きですし、オフィリア嬢のことを大切にしているアラタのことも大切にしたいと思っています!」

 高らかに言い切ったランドルフに、新太は思わず呆れたような溜め息を零すしかなかった。

「なんだよそれ……!?」
「いきなりのことでアラタが受け入れられない気持ちも分かります。たしかアラタの世界の価値観では、僕のような考えは受け入れがたいのでしたね」
「仰るとおりです」
「しかし、この案を飲んでいただければ三人とも都合が良いでしょう? オフィリア嬢はアラタを、アラタはオフィリア嬢を、僕は二人を失わずに済む。ゆくゆくは三人で愛し合えるようになれば、さらに幸せですけどね!」

 こちらの世界と新太の世界の恋愛価値観に大分開きがあることは理解しているつもりだ。しかしそれにしたって、ランドルフから正面切ってそういうお付き合いの打診をされるとは思ってもみなかった。
 これは一体どんなドッキリ番組かと新太が突っ込みたくなったのも束の間、明らかに青筋を浮かべたフィルが大声で吠える。

「殿下、お戯れも大概になさいませ! この際だからはっきりと申し上げますが、わたくしが殿下を愛することはございません!」
「今は・・、ですよね。僕のこれからの頑張り次第ではオフィリア嬢の意見も変わるかもしれませんよ? 長い目で見たお付き合いができればと思っています」

 目をきらきらと輝かせながら言い切ったランドルフはフィルと新太の冷ややかな視線を物ともせず、「僕は忍耐強いんです」と暢気に笑いながら力瘤を作って笑いかけてくる。
 最悪だ。このままでは何があってもランドルフから婚約破棄を言い出すことはないだろう。
 サイコパスじみたランドルフの返答に、新太はフィルとげんなりとした表情で顔を見合わせ、二人して天を仰ぐ。
 もしもこれが夢ならば、誰か俺のことを殴って目を覚まさせてくれ――と願わずにはいられない二人だった。
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