上 下
5 / 42

森へにげました

しおりを挟む
 想像以上にあっけなく、兵士を無力化すると、俺は森まで逃げ込んだ。
 村の方が騒がしいが、もう夜だ。
 兵士もそれなりに潰したし、それほどの追手は、かからないだろう。
 それよりも気になるのが、夜空を埋め尽くす雲と、遠くから響く雷鳴だ。
 一雨きそうだ。
 しかも、激しく。
 宿代を無駄にした上に、雨の中で野宿とか、勘弁してほしい。
 視界に閃光が走った。
 轟音が、耳を塞ぐ。
 まさか、存在しないはずの魔法攻撃?
 そんな勘違いするほどの光と音だった。
 なんとか目を開けると、真っ二つに裂けた巨木が松明のように真っ赤に燃え上がっていた。
 燃えやすい樹液の木の森なのだろうか、見る間に周りの木々に燃え広がっていく。
 ようやく、落雷による森林火災では、と思いついた。
 安心している暇はない。
 背後の村の方へは逃げられない。
 火をつっきって、向こう側へ行かなければ。
 俺は、荷物から手ぬぐいを出し、ギャングのように顔を覆った。

 炎に追われていると、小さな沢に出た。
 むさぼるように水を飲み、服や髪、手ぬぐいを濡らす。
 これに沿って行けば、なんとかなりそうだ。
 その足元に、蹲っている黒い塊を見つけた。
 なんだろう?
 真っ黒い兎のようだ。
 水を求めて逃げて来て、もう動けないようだ。
 持ち上げても、抵抗しない。
 これも何かの縁だろう。
 見捨てていったら、何かの拍子に、何度も思い出しそうだ。
 シャツの中に入れて、歩き出した。
 数歩進むと、今度は、煤けてはいるが、元は真っ白いだろう狐を見つけた。
 煙を吸ったのか、ぐったりしている。
 こうなればついでだ。
 これもシャツの中につっこんで、走り出した。
 突然、バケツをひっくり返したような、豪雨が降りだした。
 雷雲からのようやくの雨なのだろう。
 これで、森林火災も消えるといいのだけど。

 俺は、雨を避けて、木の下に雨宿りした。
 懐から、二匹を取り出し、地面に置いたが、逃げる様子はない。
 周囲に向けて、首をふり、鼻をヒクつかせているので、死にかけているわけではなさそうだ。
 魔物も雨宿りするんだな、と笑ってしまった。
「お前らは、この森の生まれなのか?」
 もちろん、答えを期待してはいない。
 ドラゴンのような魔物でなければ話さないから、単なる雨が止むまで雨宿りの暇つぶしの独り言だ。
 さすがは、さっきの宿屋が異世界初会話なだけある感じだ。
 お前ら、と呼ぶのも味気ないな。
 真っ黒い兎だから、夜の兎でヤト。
 真っ白い狐だから、陽の狐でヨウコ。
「お前がヤトで、お前はヨウコな」

 どうせ、しばらくすれば逃げていくのがわかっていて退屈しのぎに名づけると、急に貧血のように力が抜け、俺は気を失った。
しおりを挟む

処理中です...