(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活

まみ夜

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第一巻:春は、あけぼの

炭酸すい×コーラ

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「以上が、DNAとRNAに関しての説明ですが、何か質問はありますか?」
 俺は、講義を終え、質問を受けつけながら、最大四十名ほどの高校みたいな標準教室を見渡した。
 六割ほどの入りだ。
 ネットの接続数は、リアルタイムでは講師はわからない。
 別に、人気がなくても、打ち切られることはない。
 むしろ、人気のない講義ほど、知識継承が難しいとして学園から重要視される傾向がある。
 医学部でいう法医学のようなものだ。
 教室の隅から、手が挙がった。
 ちなみに、登校するのに服装も髪形も自由だが、ブレザーの制服が販売されており、私服のコーディネイトが面倒なのか、六割以上は、制服を着ている。
 女性用のスラックスもあり、スカートの長さも選択可能なので、制服に対してのクレームはないようだ。
 ちなみに俺は、百パーセント制服で登校していた。
 それどころか、部屋着のとき以外は、ほぼ制服という有様だ。
 手を挙げたのは、教室の隅の方に座っていた、ミニスカートの制服を着た高校生くらいのセミロングの少女だった。
「はい、どうぞ」
 目線を合わせ、質問を促すと、その子は立ち上がった。
「キタノアミです」
 名乗った瞬間、教室がザワっとする。
 質問時は、学会と同じで、名乗るのが通例となっている。
 確かに、カワイイ子ではあるが、こんなにザワつくとは、何者だろう?
 俺の無反応さに、一瞬あれ?という表情を浮かべるが、瞬時に消した。
「質問は、DNAでのアデニンが、RNAだとウラシルになる原因というか、理由を教えてください」
「わかりません」
 目を見開いてもカワイイな、この子。
「生物学、ここでいう生物学は、自分が講義している広義の生物学を差しますが、まだまだわかっていないことが、たくさんあり、日進月歩です。例えば、もっとおおざっぱに見た身体にしても、脳が各臓器を支配していると考えられていましたが、今では各臓器が情報伝達ホルモンを出し、ネットワーク的につながっていることがわかってきました。更には、脂肪や筋肉も同様のホルモンを出し、それが病気の原因、逆に健康増進につながることもわかってきています。健康診断のときに腹囲、お腹周りのサイズを測るのは、脂肪の量を簡易的に調べているわけです」
 メタボにひっかかってそうな学生が、頷いている。
「筋肉も鍛えた部分がインスリン様ホルモンというのを出し、その部分の筋肉を育てます。アームレスリング、腕相撲の選手の右腕だけが太い映像を見たことがあるのではないでしょうか」
 頷くキタノ。
「同じように片腕が大きいカニもいますが特別、鍛えているわけではない。個人の特性が、遺伝として伝わる方法論は、未だ不明です。全人類が総アームレスラーになったら、遺伝になるのかもしれませんが」
 軽く一笑いをもらった。
「進化論で言えば、キリンの首は徐々に長くなったはずですが、中途半端な長さの化石は見つかっていません」
「ミッシングリンクですね?」
「はい、そうです」
 この子、よく知ってるな。
「逆に、平家蟹は人為的につくられた、とも言われています。ぜひ、平家蟹の画像を検索してみてください」
 通話や大きな音を出さない限り、ノートパソコンもスマホも持ち込みは自由だ。
「瀬戸内海の蟹が、身を投げた平家の呪いで甲羅に人面が浮かんでいる、と言われています。それを気味悪がった漁師さんが、海へ捨てた。つまり生き残ったため、より人面に見える蟹が選択的に増えた、という説です」
 えーと、何の話だったっけ?
「あ、話が大分逸れてしまいました。わからないことに対して、わからないで終わらせずに、自分なりの仮説を立ててみる、そういう癖をつけると良いかと思います。それが、通説と違っていたら、ノーベル賞レベルの大発見の種かもしれません。かなり横道に逸れてしまいましたが。質問への答えになりましたでしょうか?」
「はい。興味深いお話をたくさん伺わせていただいて、ありがとうございました」
 一礼して席につく少女。
「他に質問は?」

 一時間の講義を終え、次の講師役に講壇を譲り、教室の隅の空いた席に座った。
 次に、この教室で行われる講義を聴講する予定なのだ。
 とはいえ、一時間話して喉が渇いた。
 幸い、いくつも質問があり、答えで横道へ逸れてしまい、時間をオーバーしてしまったので残り少ない休み時間中に、急いで買いにいかないといけない。
「お疲れ様でした」
 目の前に、俺がよく飲んでいる炭酸水のペットボトルが差し出された。
 学内にあるコンビニには売ってなく、自動販売機にだけある銘柄だ。
 持っていたのは、さっき質問してきたキタノアミ。
 前の席に座って、こちらに身体を向けてきていた。
 そういえば、さっき質問してきたのも、その席からだった。
 とりあえず、もう休み時間が終わりそうなのと、喉の渇きに勝てずに、受け取る。
「ありがとう。あとで、お金払いますね」
「質問に答えていただいたせいで、時間をオーバーさせてしまったお詫びなので、奢ります」
 三分の一ほど一気に飲んで、強炭酸にゲップをガマンしながら、
「そういうわけにはいかないですから」
 とはいえ、キャッシュレスで現金を持たなくなったので、渡す小銭もない。
 それよりも、なんだか、周りがザワザワしている。
 講義開始のチャイムが鳴った。
「じゃあ、お返しに、後で私に飲み物を買ってください」
 彼女は、素早く言うと、前へ向け座り直した。
 俺は、その背に、どういうこと?と思いつつ、密やかにゲップをし、講義に目を向けた。

「じゃあ、お買い物に行きましょう!」
 講義が終わると、キタノアミが、身体をこちらに向けて言ってきた。
 昼休みなので、昼ご飯を調達しなければならないので、頷いて立ち上がった。
 ちょっと、驚いたような表情を一瞬で消し、アミも立ち上がる。
「先生は、お昼どうするんですか?」
「先生は、やめてください」
「だって、講師で。私、講義を受けて、質問もしましたし」
 アミは、ちょっと口を尖らせて、抗議してきた。
「でも先生って呼ばれると、ものすごーく年寄りになった気がするのですよ。まあ、年寄りなので、仕方ないですけどね」
 アミは、瞳に不安の色を揺らがせ、
「じゃあ、なんて呼べばいいんですか?」
「・・・沢田で」
「はい。沢田さん、お昼はどうするんですか?」
「コンビニでカップラーメンでも買おうかと」
「・・・じゃあ、いっしょにコンビニでお買い物ですね!」
 先導して歩き出すアミ。
 その後ろを歩きながら、集まる視線に隠すように、スマホを取り出して「キタノアミ」で検索する。
 北乃あみ。
 はい、某大人数の超人気アイドルグループに所属する十七歳の現役アイドルでした。
 俺への視線が緩いのは、マネージャーか何かだと思っているからか、親子ほどの年の差を悪意で見ない、良識ある大人が多いからだろうか。
 コンビニで、あみご要望のダイエット・コーラ、自分用のカップラーメンを買い、湯を入れた。
 店から出たところで、コーラを渡そうとしたら、自分のサンドイッチを買ったあみは受け取らず、歩いていってしまう。
 仕方なく後を追うと、校舎の間に隠れるようにある、中庭に出た。
 こんな場所があるとは、知らなかった。
 ベンチがある。
 あみが座った。
 俺も近寄り、ペットボトルを差しだすが受け取らない。
 じーっと俺の目を見上げて、
「沢田さん、教室にいたときと、なんだか私を見る目が違います。もしかして正体、知っちゃいました?」
 頷くと、あみは、小さく、本当に小さく息を吐いた。
「でも、私は、さっき教室で、質問したときと同じ人間です。生物学的にも、沢田さんと同じ人間です。普通に質問に答えてくれて、飲み物を買って返してくれた沢田さんと、その後いっしょにお昼を食べちゃダメですか?私、友達いないから」
 涙ぐんででもいれば、演技臭いのかもしれないが、表情も声も平坦なのが、逆に危うい感じがした。
 俺は、ベンチに座ると、ペットボトルをあみとの間に置き、カップラーメンのフタを空けた。
 ビニール袋に包まれた箸を右手に、困った。
 ベンチは小さく、二人の間は冷えたコーラのペットボトルが占領し、熱いカップラーメンを置くスペースがないのだ。
 そう、左手がカップラーメンでふさがれて、右手だけでは箸の袋を破れない。
 仕方ない。
 地面に置くよりは、女性の前で行儀が悪いが、歯で千切るか。
 ツマヨウジに気をつけないと、血まみれになるな。
 あみは、小さく噴き出すと、サンドイッチの包を自分の膝に乗せ、俺から箸をとり、袋を開け割って渡してくれた。
「はい、どうぞ」
「・・・ありがとう」
 なんだが、介護されている気分で、カップラーメンを啜る。
 あみも、無言で、サンドイッチを口に運んでいた。
 どちらも喋らないが、正体がアイドルという話題の後のわりには、気まずい雰囲気でもない、と思いたい。
 客観的に見れば、超人気現役アイドルの脇でカップラーメンを無言で食うオッサンという、シュールで、ファンにはコミュ障の烙印を押されるだろうが。
 半分サンドイッチを食べたあみが、口を開いた。
「沢田さん、アイドルに興味あります?」
「ごめん、ありません」
 即答した。
 音楽には力がある、そう主張する人がいる。
 しかし、俺は、音楽はトラウマを刺激しはしても、救われはしない、と考えている。
 離婚前によく聞いた曲、カラオケで歌ったあの歌。
 どれもが、耳に入る度に、苦痛でしかない。
「ですよねー」
 そっけない返答に、あみは笑った。
「でも、アイドルもアイドルで、実は大変なのですよー」

「・・・沢田さん?」
 数分、食べながらグチっていたあみが完食する、と急に真顔で、こちらを向いた。
 マヨネーズが、唇についている。
「なんです?」
「なんで私。沢田さんに、こんなグチを話してるんでしょう?」
「・・・分析すると、ストレス発散か、八つ当たりになるのでしょうか」
「言い方よくない!」
 ビシーッと指刺されて注意された。
 まあ、確かに、もっとマイルドな言い方はあったかな。
「それに私としては、なんでって原因の方じゃなくて、さわださんにの方に注目してほ・・・」
「うん?聞こえません」
 途中からごにょごにょ言い出したので、耳を近づけると、
「あーーーーーーーー!」
 大声を出して、立ち上がった。
 耳、痛い。
 しかも、両手が塞がっている。
「すっきりしないけど、すっきりした!」
 両手を上にあげて、伸びをして、
「先輩、午後からも聴講ですか?」
「どうして、急に同級生なのに、先輩?」
「年上だから」
「・・・まあ、年寄りですからね」
 グっと顔を使づけてきて、
「年寄りじゃなくて、尊敬できる年上だからです!」
 強い言い方に、ちょっと怯む。
「じゃあ先輩、私は午後からお仕事なので、アイドルしてきます」
 踵を合わせ、ビシっと敬礼した。
「あ、あー、行ってらっしゃい」
「行ってきます、先輩!」
 あ、唇のマヨネーズ。
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