(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活

まみ夜

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第二巻:夏は、夜

こえ×まえ【ASMR】

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「先輩って、女の子なら、誰でもいいの?」
 あみが、ぽつりと呟き、和気あいあいと学食で昼食をとっていた俺たちは、静まり返った。
 メンバーは、俺、あみ、ミホ、志桜里、レイチェル、茜。
 なぜ茜がいるかというと、昼休みを狙い、「学園の夏季休業に形山の持つ別荘へ遊びに行かないか」との社長からの提案を伝えに来て、その話題で盛り上がっていたからだ。
 鳳凰学園に、長期の夏休みはない。
 学ぶための場なのだから。
 むしろ、一般の大学などが休みに入ると、ネットでの聴講数が急増する。
 とはいえ、学生な講師とは別に、学園の施設を維持管理・運営している職員はいるわけで、彼らの慰労のため、一週間の夏季休業がある。
 世間でのお盆休みといっしょだ。
 それを利用して、別荘に誘われたのだが、遊びの側面だけではない。
 ミホは、ホラー映画撮影の中休み中らしい。
 この時期は、どんな山奥だろうと人が来て声が届いたりと、撮影にならないらしい。
 彼女は、振付師として、ある事務所に所属しているが、そこは基本、裏方仕事のマネジメントが専門で、今回の映画出演のように、表舞台に立つ方面には弱い。
 そこで、ウチの事務所と業務提携の話があるようだ。
 レイチェルも結果として、俺への傷害事件という残念なことになってしまったが、出演したあみのリーダー対決時の応援団長は好評で、いろいろ依頼が来ている。
 彼女は、謹慎中を理由にすべて断っているが、メイド喫茶さっきゅばすどりーむ運営会社は、タレントマネジメント業務をウチに委託しようとの話があるようだ。
 志桜里、茜は、事務所関係者なので当然、行くし、別荘の持ち主である形山社長がいないはずがない。
 ある意味、お友達枠は、あみと彼女のマネージャー志方のみとなる。
 とりあえず、社長が別荘を持てる会社なら、俺の専務手当を増やしてもらいたいものだ。
 とはいえ確かに参加予定者に女性が多いが、だからといって「俺が女の子なら誰でもいい」呼ばわりされるいわれはない。
「心外だな。別荘へ行くメンバーを選んだのは俺じゃないし、そもそも来るのは、女性だけじゃないぞ」
 一見すれば、ハーレム状態に見えなくもないが、本性を知っている俺にとって内実は違う、とは言えずに、俺以外にも男が来ることを主張する。
 筋肉タレントの大谷は、女性トラブルで悩んでいて、ウチへ事務所を移籍し心機一転を考えているようだし、トレーナー兼研究職の津々木は、本業の研究の方の役職が上がったことで立場が自由になり、もっと情報発信をしていきたいと言ってきている。
「いやー、ボクはさわりん、頑固者だと思うよ」
「先生は、一途すぎて困ります」
「確かに、茜もなびいてくれなくて、攻略法に悩んでます」
「わたくしも、メイドとしての務めを果たせていただけておりませんわ」
 女性陣の発言は、『先輩って、女の子なら、誰でもいいの?』への否定だったが、皮肉っぽいエッセンスが多すぎる気がする。
 あみは、納得していないらしい。
「でも、聞いたよ?」
 聞いた?
 どの件だ?
 部屋で志桜里に耳かきされたことか?
 形山とキスしたことか?
 志桜里の額にキスしたことか?
 レイチェルに膝枕したことか?
 大谷と合コン?したことか?
 思い当たる節が、多すぎるな、俺。
「YouTubeのASMRしてる女の子、何人も何人もチャンネル登録してるのに、お勧めに出た新人さん、かたっぱしから聴いてるって」
 それまで話題になっていた別荘行のこと、なんにも関連してないし。
 あみのその言葉に、茜が、俺から目を逸らした。
 「聞いた」の情報源はこいつだ。
 寛容に見えて、実は一番嫉妬深いのが、彼女だと俺は疑っている。
 これは、そのちょっとした牽制なのだろうか。
 そういえば、俺を学園内で「世話するメイド」ができたことに、仕事で「世話をしている茜」は、内心とてもとても嫉妬しているようなのだ。
 メイドより茜のお世話の方が上です!という覇気が伝わってくることが最近、収録スタジオでよくある。
 おかげで、仕事帰りに電車で帰ることは一切、できなくなった。
 いや、どこかに寄り道したいわけじゃないけど、こう一人になって仕事から頭を切り替えてから、住んでいるところに戻りたいときって、あるじゃないか?
 買い物もあるし、一人暮らしとはいえ、仕事を持ち込まない的な。
「でも、わたくしもASMR聞きましてよ。ご主人様と違って、規則的な音。キャベツを切る音とか好きですわ」
 よしナイスフォローだ、レイチェル。
 さすがはメイド、って俺が内心で褒めたのを察して、睨んでくるな茜。
 それより、なぜ俺が不規則な音のASMRが好きだと知っている?
 いやいい、「メイドのたしなみ」なんだろう。
「ボク、ボクとリズムの違う心音が、シンクロしちゃって苦手」
 ほらみろ、ASMR人口、それなりにいるぞ。
 しかし、絶対に認めないのは、志桜里だ。
 彼女は、俺が昔配信した声を聴いて寝るのを習慣にしている。
 寝るときに聴く声には、譲れないものがあるのだ。
「志桜里は、先生が眠るときに、知らない女性の声を聴いているのが、嫌です。寂しいです」
 胸の前で両手を組んで主張する。
 そうか、知らない女性の声だから、嫌なわけだ。
「じゃあ、志桜里の声でなら、いいのか?」
「え?」

 ASMR用のバイノーラルマイクなどの入手に時間がかかると思っていたが、事務所のタレントで、所有している人がいて一式、借りることができた。
 残念ながら男性なので、俺が彼のASMRを聴くことはないだろうが。
 俺が聴いているASMRをやっているユーチュバーは基本、顔だしをしていない。
 イラスト画面だったり、Vチューバー、実写でも肩から下だったりだ。
 なので自然、志桜里もそうすると思い込んでいたが、彼女は女優なのだ、顔を隠す必要性がない。
 むしろ、顔を出した方が、彼女のネームバリューとして有効だ。
 今回の件は、志桜里から社長にやりたいと告げたため、形山は非常に乗り気で、全面協力してくれて、数日後には、会社の一番小さい会議室の壁にフロアマットに似た防音シートが貼られ、簡易的な録画スタジオができあがった。

「こんばんは、柳沢志桜里です」
 学園の制服姿で、ソファーに座った彼女が、ノートパソコンが端に置かれたローテーブル上のバイノーラルマイク3Dioの白い耳へ、屈んで語りかける。
「こちらが右耳、こちらは左耳で、大丈夫ですか?」
 その向かい側、カメラに映らない位置のソファーで、俺は頷いた。
 志桜里が録画には、どうしても俺にスタジオで立ち会ってほしいというので、同席している。
 さすがは女優で、リラックスした風の彼女に比べ、ノイズとなる音を立ててはいけない、と俺は緊張していた。
 俺も志桜里も、ブルートゥース接続のワイヤレスイヤホンをつけ、バイノーラルマイクを通した音声をモニターしている。
 カメラは一台で固定、映像はノートパソコンのディスプレイで志桜里自身には見えていて、別の部屋で、形山たちもモニターしている。
「今日は、志桜里が・・・」
 一瞬、言い淀み、
「・・・先生のお耳をお掃除しますね」
 シナリオ通りだったリハーサルでは、「先生の」じゃなくて、「みなさんの」だった。
 やられた。
 勝手に、俺への耳かきに変更して、やるつもりだ。
 しかし、責任者である形山からNG連絡がない以上、俺は何も言えない。
 いや、もしかして、社長の入れ知恵か?
「はい、志桜里のお膝に、ごろーんしてください」
 ローテーブルから3Dioを手にとり、制服のスカートに乗せる。
 下側の耳に、スカートとの衣擦れの音が入り妙に、なまめかしい。
「では、左の耳から、お掃除していきますね。先生」
 志桜里は、俺への誕生日プレゼントの耳かきとお揃いの銀色の耳かきで、
「今日は、ステンレスの耳かきです。最初、ちょっと冷たいかもしれません」
 耳かきが、白い耳にはいり、がさごそした音がはじまる。
「かりかり、かりかり」
 社長を犠牲にして、リアル耳かきを研鑽した上、さっそく自宅にバイノーラルマイクをもって帰り、練習しただけあって、いい音だ。
「かりかり、かりかり。痛かったり、痒いところがあったら、教えてくださいね。先生?」
 つい、「ああ」と答えそうになって、必死に俺は口をつぐんだ。
 俺の反応を目の端に入れ、うっすらとほほ笑む志桜里。
「かゆいのは、ここですか。先生?」
 耳をかく音が、小刻みになる。
 痒いところに手が届く感じの音が、気持ちいい。
「気持ちいいですか、先生?」
 俺はまた、「ああ」と声を出しそうになって、慌てて頷いた。
「動かないでください。先生」
 耳に口を近づけられて、囁かれた。
「少し、奥をやりますから、痛かったら教えてくださいね、先生」
 奥に入った分、がさごその音量が少し大きくなり、耳をかく速度も、慎重にゆっくりになる。
「そうーっと」
『きゅるるるっ』
「・・・あ」
 見る、と志桜里が赤面している。
「ごめんなさい。お腹の音が、聞こえてしまいました。恥ずかしい」
 そ、そうか。
 確かに、下側のマイクは、志桜里の身体に密着している。
「はい、綺麗になりました。ふぅー」
 耳に息を吹き込まれ、身体が、ビクっとなった。
 俺の反応を目の端に入れ、うっすらとほほ笑む志桜里。
「反対のお耳をお掃除しますから、ごろーんしてください」
 言いつつ、衣擦れの中、マイクを回転させる。
「ひっかいたような傷があります。自分で指でしたりしないで、志桜里に耳かきさせてくださいね、先生」
 今のセリフ、俺の目を見て言っていたよね?
「ダメですよ、乱暴にしたら。先生」
 耳に口を近づけられて、囁かれた。
「傷があるから、綿棒にしますね、先生」
 左右で音を変える演出っぽくしているけど、綿棒に代える以外、傷があるとか俺の部屋でやったことの再現だよね。
 ステンレスの耳かきとは違う、ソフトな音が響く。
「傷に触れないように、やさしくしますね。先生」
 実際あの時には、傷を気にせず指かきまでされたわけだが、それだけ耳かきに慣れて、気がまわるようになったのだろう。
 思っていたよりも短時間で、音が止まったので、俺はいつの間にか聞き入って閉じていた目を開けた。
「傷に悪いので、治るまでお預けです。先生」
 いたずらっぽい目で、耳に口を近づけられて、囁かれた。
「先生、肩をトントンしますね」
 という演出で、マイクの白い耳を指で叩くタッピングが始まる。
「とんとん、とんとん」
 それまで聞こえていた不規則な音とは異なる、単調な音への変化に、眠気を感じた。
「眠くなったら、志桜里の膝枕で眠っていいんですからね。先生」
 タッピングが響く。
「先生、ゆっくり、深呼吸してください」
 志桜里も、いつもより更にゆっくりな口調で、囁いてくる。
「すってー、はいてー、すってー、はいてー」
 タッピングのペースもゆっくりになってきた。
「志桜里といっしょに。すーぅ、はぁー、すーぅ、はぁー」
 深呼吸とタッピングが重なる。
「とん、とん、とん、とん、とん、とん、とん、とん」
 しばらく続けて、志桜里は、マイクをぎゅうーっと抱きしめ、そっと囁いた。
「おやすみなさい、先生」
 その言葉をリアルで聞いたのか、夢としてなのか。
 毎晩、志桜里がLINEで送ってくる言葉で、俺は寝落ちしていた。

 YouTubeにアップされた志桜里のASMR動画は、コメントに『制服で先生へって。初回からシチュがマニアックすぎ』と書き込まれるも、プチバズりとなった。
 『次はオイルマッサージ希望。はすはす』には、激しく同意だ。
 志桜里は、自分のASMRを聴くと「先生が側にいるみたい」だそうで、数年かぶりに、俺の声なしで眠れたそうだ。
 いろいろな意味で、彼女は一歩、前へ進めたのだろう。
 そんな志桜里の告白を社長室でいっしょに聞いていた形山が、感激して俺に抱き着こうとして避けられ、盛大にコケてコブをつくったので、いいエピソードになり損ねた。
 恥ずかしかったのが、録音中に寝落ちした俺が、寝言を言っていたことだ。
 もちろん、「おやすみなさい、先生」後だったので編集でカットされていたが、「・・・どこ・・・みえな・・・ふって・・・」などと録音されていた。
 さて、このASMR問題で、もうひとつ解決しなければならないのが、あみだ。
 ASMR反対派閥の二大巨頭の一角、志桜里は攻略できたが、あみはまだだ。
 しかも、志桜里のASMRは、知らない女性の声以上に、あみを嫉妬させる可能性が高い。
 他のメンバーは聴講や仕事の都合、と気を使わせたのか逃げたのか、二人だけで下校するはめになった俺は、恐る恐る彼女のご機嫌を伺ったが結果は、あっけないものだった。
「そういう嫉妬やめた。だって私、リアルで側にいられるんだもん」
 俺は、ちょっと感動した。
 きっと、世界中のパートナーの理解を得られないマニアックな人々が、俺に中指を立てようともだ。
「そうか、理解してくれてありがとう」
「だから、ちゃんといっしょにいてね」
「・・・ああ」
 なんというか、ようやく解決した清々しさに、人目がなければ、あみを持ち上げて、くるくる回したいくらいだ。
「だから、また二人で映画行きたいな」
「ああ、いいぞ」
 ご機嫌で頷く俺。
「だから、今度は二人きりで遊園地行きたいな」
「ああ、いいぞ」
「だから、いっしょにメイド喫茶にも行きたいな」
「・・・ああ、まあ。いいぞ」
「だから、先輩のお部屋行きたいな」
「あ・・・それは、話が違う」
 流されて、肯定してしまいそうになり、危うく気がついた。
「ちっ」
 舌打ちしましたね。
 誰の入れ知恵ですか?
「この流れならいけるって、茜ちゃんも店長さんも言ってたのに!」
 悪い大人が周りにいるようですよ?
「・・・でも」
 と俺の手を握ってきて、
「これからママのお店に来て、いっしょにご飯食べてくれる?」
「・・・ああ、わかった」
 二人で、手をつないだまま、歩き出した。
 茜とレイチェルが、「ASMRは健全だから引き時。エッチな動画を見た証拠を押さえてから責めよ」とアドバイスしたのを知ったのは、後日のこと。
 ロクな大人がいないから、同世代限定で友達を選んだ方がいいんじゃないのか?
 ・・・お前が言うな、のブーメランか。

「・・・おにいちゃん、昨日はどうして帰らなかった?」
 あみの実家の居酒屋で飲んで、実家に泊まって添い寝して、朝キスして手をつないで登校したから。
 などと言えるはずがない。
「・・・すまない。友達の家に泊まったんだ」
「社長といっしょだった?」
「・・・いや、違う人だよ」
 社長は友達ではないし、彼女の家に泊まるということは、志桜里もいて、そんな罠に飛び込む気にはなれない。
 うん?
 もしかして、別荘へ行くのもそういうたぐいの話か?
「そう。ボク、もう寝るね」
 また俺のスエットを勝手に借用して、だぶだぶの姿で立ち上がった夏月は、
「おやすみなさい、おにいちゃん」
 と自分の部屋へ入っていった。
「おやすみ、夏月」
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