【完結】cat typing ~猫と麦酒~第10回ドリーム小説大賞奨励賞

まみ夜

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番外編:春

春の霞

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 僕は、茫然としていた。
 そう、彼女の行動に、茫然としていたのだ。

 今、起きていることを、ありのままに話そう。
 僕は、カウンターの脇にある、寝室にしている一階六畳間に続く階段の前に立ち尽くしている。
 土曜日の午後なので、最近始めた喫茶タイムは混雑はしていないが、猫たちを含めて注目を浴びていた。
 チラチラ、と物問いたげに見てくる。
 そう、僕の右手を。
 そう、僕の右手には、黒革のカバンが下げられていた。
 そう、僕が中学校に持って行ったような黒革カバンだ。
 そう、カスミちゃんが寝室に立て篭る前に落して行ったのだ。

 発端は、受験へ向けての三者面談だった。
 彼女の住む家からは通えない獣医学部のある大学へ進学するために、合格者数に実績のある学校を選んだのだが、そこは実家から通えるか微妙な場所だったのだ。
 三者面談は、教師を無視した、アニキ、奥さん、カスミちゃんの三者バトルロイヤルの会場となった。
 というか、三者面談に行く父親って素晴らしいけど、事前に進路希望を聞かなかったのか、教えてもらえなかったのか。
 まあ、娘のことになる、と視野が電子顕微鏡並みに狭くなるアニキだものなあ。
 泥試合の体を成してきたが、三者面談の時間は限られていたので、ある意味いつも戦場な教室から追い出されたカスミちゃんは、第二ラウンドを始めようとするアニキから逃亡。
 この店に駆け込み、僕の寝室に立て籠った。
 彼女が落としていったカバンを抱えた僕に届いたアニキからのメールで状況を知って、茫然としているなう、だ。

 土日は、もう少し早く開店してほしい、というありがたい要望に対応するうちに、なんとなく始まった喫茶タイム、という名の早期酔っ払い製造システム。
 今日のお客様は、「ランチもやってよー」が口癖になりつつある菊池さんお独り様だけだったので、カスミちゃん台風での混乱はなかった。
 しかし、彼女もカスミちゃんを知っているので、気まづさはキツイ。
 お互い、何度か口を開こうとして、口籠るのを繰り返している、とインターフォンが鳴った。

「それでは、よろしくお願いします」
 追いかけてきたアニキかと思ったけど、その奥様であり、カスミちゃんの母君が、帰っていった。
 僕は、カスミちゃんの着替えや勉強道具が入っている、というバッグを持って、玄関に立ち尽くしていた。
 親公認の立て篭りになった瞬間だった。

 カスミちゃんに、母君が荷物を持ってきたこと、伝言の「父親が明日の午後に話し合いにくる。それまでは絶対に近づけない」を伝える、と彼女は出てきて、頭を下げた。
「・・・ごめんなさい」
 親子、どっちの気持ちも分かる。
 とりあえず、泊める、となると、ベッドはこの寝室にしかないから、ここで寝てもらうしかない。
 さすがに、僕の匂い付きお布団に包まってもらうほど悟れてないので、母親持参のバッグを渡して、下の脱衣所で制服から着替えてもらい、その間にシーツなどを取り替えることにした。

 前に洗濯したのはいつだったか、恥ずかしくて思い出したくない布団カバーなどを抱えて階段を降りる、と私服に着替えたカスミちゃんが、エプロンをして、菊池さんに、よなよなエールを運んでいた。
 慌てて、二人に駆け寄ろうとしたが、丸めきれないで垂れ下がるシーツに飛び掛ってくる雨くんを蹴りそうになる。
 持ったままだとマズイいので、咄嗟に枕カバーを取ってこーい、と囮にして投げる。
 追いかけていく雨くんの背中を冷ややかな目で眺める雪さん。
 急いで僕は、脱衣所にあるドラム式洗濯機に詰め込んで洗濯を託し、戻った。
「・・・泊めてもらうから、お手伝い」
 エプロンは、なぜかバッグに着替えといっしょに入っていたそうだ。
 ナニしてんの、ナニ狙ってるの母君?
 タップからの注ぎ方も、何度も見ていて覚えていたそうだ。
 僕よりも、泡の割合がほぼ完璧で、って落ち込んでいる場合か。
 子供を練習とか唆して、ビールのタダ呑みを企てるな、菊池さん。

 今、起きていることを、ありのままに話そう。
 カスミちゃんが手伝ってくれて、とっても楽だ。
 土曜日で、お客様が多いのはもちろんだけど、菊池さんネットワークで、臨時お手伝いさんの情報を仕入れて、オジサン会のメンバーまで来ていたりする。
 というか、いつの間に、彼らの連絡先知ったの菊池さん?
 雪さんと雨くんも、合間合間に遊んでもらって、機嫌がよさそうだ。
 もしかする、と開店から、一番の売り上げになるかもしれない。
 でも、そろそろ帰れ、いろいろ心配だよ菊池さん。

 日曜日のお昼ご飯に、お揚げと切り干し大根のペンネを食べ終えてしばらくして、アニキがやってきた。
 てっきり、母君もくるかと思っていたけど、考えてみれば、彼女はカスミちゃんの味方で、来ればアニキが不利になるだけか。
 二人にコーヒー(インドモンスーン六割に保存しているうちに銘柄がわからなくなった豆四割。美味しいのだけど再現不可)を出して、部外者の僕は寝室に上がった。
 なんとなく、香りが違うような気がするベッドに座り、さすがに、カスミちゃんが寝たお布団に包まるほど悟れていないので、シーツとか洗わなきゃ、あ昨日の分が洗濯機に乾燥させて入れっぱなしのままだ手を洗うお客様に見られちゃったなあ、などとぼんやり考えていた。

「もう勝手にしろ!」
 叫ぶ声に心配して、寝室から出る、と階段を駆け上がってくる。
 つい、道を譲ってしまう。
 そして、すれ違ったのは、スーツ姿。
 父親の立て篭りになった瞬間だった。

「それでは、よろしくお願いします」
「・・・ありがとうございました」
 カスミちゃんは、事情を連絡して来てもらった、「様々な意味を込めた手土産」を持って来た母君に連れられて、帰っていった。
 開店までは、まだ時間がある。
 僕は、アニキが好きなギネスをジョッキに二杯注ぐ、と階段を上がり、寝室のドアに、寄りかかって座り込んだ。
 後を追ってきた雪さんが、僕の太腿に額を押し付けるように丸まり、雨くんが、彼女の背中にアゴを乗せた。
「愚痴どうぞ、アニキ」

 迷惑をかけたお詫びで、手伝ってくれたアニキのエプロン姿は、様々な意味を込めて、概ね不評だった。

 アニキは、前日にもお店に来ていて、事情を知っている常連さんたちにフルボッコにされた後、カスミちゃんが寝静まっただろう深夜に帰っていった。
 この日は日曜日なので明日、月曜日はお仕事だからだ。
 カスミちゃんが起きる前に、顔を合わせず仕事に出るつもりなのだろう。
 家で、奥様にどんな目にあったかは、武士の情けで聞いてはいないが、月曜日夜、家族会議が開催されたとのこと。
 そこでのアニキの決め台詞は「合格できるものなら、してみなさい!(奥様証言)」だったそうだ。
 応援する気持ち、寂しい気持ち、心配な気持ち、などなどシェイクして、トッピングに親馬鹿、な結果の言葉になるのだろうか。
 カスミちゃんの答えは、「・・・絶対に合格する(アニキ談)」の一言で、勉強しに部屋に行ってしまった。
 まあ、日曜午後から丸一日以上、いろいろと考え悩んで葛藤し、シミュレーションして挑んだリアクションが、三秒だったアニキには同情するが、仕方ないだろう。
 いや、「答えはわかりきっている。仕方ないと思え」とオジサン会の面々に、日曜夜の段階で、説教されていた。

 今は一週間たった土曜日。
 アニキ一家が、夕方にお詫びのお菓子(と猫缶)を持ってきていた。
 喫茶タイムからいる菊池さんに、アニキがイジられ、ネットワークでカスミちゃんが来ていることが拡散された結果、お店は大盛況だった。
 そして、本人の希望もあり、カスミちゃんがまたお手伝いしてくれ、アニキはオジサン会の説教という名目の恐妻家連合の愚痴に包囲され、奥様が生温かく、それをつまみにして呑む、という社会の縮図ができあがっていた。
 菊池さんが、婚活とか出会いとか、人生とかを口からタレ流しているのも、その一端だろう。
 というか、土曜の昼から、このお店にいるのが原因では?って、お金を払ってもらっている僕が言ってはいけないか。
 雪さんが、カスミちゃんが働いているので、遊んでもらえなくて、僕を睨みつけているのも、よくある社会の側面だ。

「カスミちゃん、ちょい揚げを二番テーブル、ソーセージを五番へお願いします」
「・・・マスタードを」
 あ、ソーセージのマスタード忘れてた。
 三種類のマスタードを混ぜずに提供できる、テトラポットを上から見たような形のお皿をカウンターに出す。
 向こう側から、手を伸ばしたカスミちゃんが、その上にマスタードを小分け。
「・・・行きます」
 なんだろう、この手際の良さ。
 そういえば、保護猫の譲渡会でも、気が利いていたのを思いだす。
 無口キャラなのに、接客上手って、無敵なんじゃないか?
「ギネスをパイントでお願いします」
 サンドバッグ(アニキ)が、ビールを買いにきた。
 ギネスを二段階で注ぎ、百十九点五秒待ってもらう間に、会計をしようとして、軽い音が響いた。

 黒い塊が、寝室への階段の脇にあるパーテーションの向こうへ消えるのが、チラっと見えた。
 看板猫見習いの雨くんだ。
 譲渡会から連れ帰って二ケ月程、お店に慣れさせよう、と角にパーテーョンで隠れ家をつくって、遊ばせているのだ。
 寝室に逃げて、出てこないかも、と思っていたけど、図太いのか、子猫の好奇心なのか、パーテーションの中から少しづつ、出てくるようになっていた。

 彼は、ジャンプ力がすごくて、カーテンによじ登っては、爪が引っかかって降りられなくなる、というのを懲りずに繰り返していた。
 どうやら、似たような動きで、壁のコルクボードを叩き落したらしい。
 パーテーションを覗きに行くが、怪我した様子はなく、音で驚いただけのようだ。
 戻ってきたら、静まりかえっていた。
 写真とかが貼ってあるだけのコルクボードだ。
 落ちた音もそんなに響かなかったので、注目を集める理由が、あった。
 カスミちゃんが、コルクボードを壁に戻し、落ちた衝撃でとれてしまった写真を直そうとして、固まっていた。
 本能が警報を鳴らしている、「逃げろ!」と。
 雪さんが、雨くんが、その声に従って、寝室に駆け上がっていく。
 ずるいぞ!
 カスミちゃんが、ゆっくりとこちらを向き、ゆっくりとカウンター前に立つアニキの元へ歩いてきた。
「・・・これ?」
 その手には、アニキがカスミちゃんの目を盗んで撮ったカスミちゃんの写真。
 親馬鹿の結晶ではあるが、思春期の子にしてみれば、「ナニしてくれてんねん」だろう。
 それを、無神経にも人目につくコルクボードに貼った僕の立場もマズイ。
 アニキ脳が、高速回転で台詞を考えている。
 お願いアニキ、うまく収めて!
 そして、彼はドヤ顔で、
「綺麗に撮れているでしょう?」
 なぜ親指を立てていないのか、なぜ歯がキラめかないのかが、不思議なくらいの笑顔で言った。
 それ、親馬鹿じゃなくて、ただの馬鹿だよ、アニキ。
「・・・ばかー!!」
 カスミちゃんも同感だったらしく、店内みなの意見を代表して叫び、猫たちの後を追って、寝室へと駆け上がっていった。

 僕は、一週間でシーツ代えるのは人生で最短、いやいやカスミちゃんが泊まった一晩でが最短か、などと逃避しながら、アニキのために注いだギネスを飲み干していた。

「・・・親馬鹿なんだから」
 ドアにもたれて呟く、その表情は・・・

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番外編の解説(作者の気まぐれ自己満足と忘備録的な)

エピローグから、2ケ月後くらいのお話。
すっかり忘れていた、コルクボードのアニキ盗み撮り写真伏線の回収のために書き出したのですが、ソレを回収せずに終わっている、というグダグダさ。

なので、その部分を追記して「+」に改題。
(現在は、「春の霞」に改題)

当初は、アニキ引き籠りシーンはなく、日曜昼の話し合いで解決、でも写真で再び、な構想でした。
が、親馬鹿アニキが簡単に納得するハズもなく、籠ってしまい、ドア越しに、ようやく本音を語るアニキに、アニキ目線での物語は落ち着いたのでした。

が、カスミちゃんの決意の強さとか結局、許したのかとか、曖昧にしたくなく。
そして、性格から遠慮して壁のあるアニキ、カスミちゃんの関係を近づける切っ掛けである写真について、追記した、という流れです。
(本当に自己満足なダケですねえ)

グダグダ、と言えば、「猫びー」は、当時のイラスト重視、漫画化・アニメ化前提の、読者のイメージを尊重しない傾向に違和感を感じて、登場人物の容姿の描写など、ほぼしていません。
そのため、設定もフワフワしていて、「主な登場生物」に書いた程度です。
(あ!アニキの奥さんが書いてないぞ/なので追記しました)
ので、小学生高学年のイメージで書きだしたカスミちゃんですが、中学生っぽくなってます。
(名前の表記は、漢字がわかったら漢字にするのに、お手紙に名前が書いてあっただろうに、カタカナのままだ。と題名を考えたときに気がつくグダグダさ)
まあ、中学生なら、受験勉強の骨休みに、喫茶タイムに来てくれるかな、とか、、、
まあ、そもそも続くかどうかがわからないのが、番外編の醍醐味ですよね?

また、機会がありましたら、このお店にお付き合いくださいませ。

まみ夜
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