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連合、まで
年末
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二十八日で、オヤジの店は、仕事収めだ。
とはいえ、大掃除などは、開店前にやっているので、いつもと同じ営業時間だ。
そもそも、(あの外見のワリに)オヤジは掃除や整理整頓には煩いので、実はほぼいつもと変わらない。
とはいえ、昨日タカチさんが来て、この店を辞めることを話して泣かせてしまったので、いつもより気まづい。
そもそも、(あの外見通りに)オヤジは女性に優しいので、煩く言われたが、もうほぼいつもと変わらない。
とはいえ、言葉のナイフ使い忍さんは、いつも以上に切れ味が鋭い。
そもそも、(あの外見の)父親が大好きなので、近しい僕に早く辞めてほしいのは、いつもと変わらない。
「お待たせいたしました。タンカレーテンをトニックで、です」
量を少なめで、との注文だったので、九オンスのグラスでお出しする。
「ファースト、ボンベイ・サファイア、ダブル・オーバーにライムと、スプモーニです!」
忍さんからの発注だが、確認事項が足りてない。
「ライム、チェイサー」
僕より早く、オヤジが、間髪いれずに聞く指示を、忍さんに出す。
「お客様、ジンのライムは、搾ってグラスにお入れしてよろしいでしょうか? ご一緒に、お水もお持ちいたしますか? はい、かしこまりました。チェイサーもお願いします」
冷凍庫からボンベイを出し、棚からカンパリを移動させる。
三種類のグラスに、氷を入れていく。
「すみません、唐揚げください」
カウンターのお客様から、注文が入る。
「かしこまりました。少々、お待ちください」
オヤジを見る、と頷いていたので、発注の声はかけない。
今日は、唐揚げの注文が多くて、オヤジはずっと揚げっぱなしな気がする。
クリスマスで食べ飽きた鶏料理が、そろそろまた食べたくなるタイミングなのだろうか。
その流れで、ずっと僕がバーマットの前なので、忍さんとしては、面白くないようだ。
「ボンベイ、ダブル・オーバーにライム、チェイサーに、スプモーニです」
忍さんを呼んで、グラスを渡す。
「お待たせいたしました。はい? 唐揚げお願いします!」
オヤジが頷く。
だから忍さん、僕を睨まないで。
「いらっしゃいませ。コートは、そちらをお使いください。カウンターへどうぞ」
四十代くらいのパンツスーツの女性が一人で来店した。
バーマットの前に座ったので、オシボリとメニューを出すが、見ず。
「タンカレーのソーダ割りお願い」
「かしこまりました」
冷凍庫から、緑色の丸い瓶を出し、
「こちらで、よろしいでしょうか?」
少し、怪訝そうな顔をしながらも頷いたので、
「少々、お待ちください」
グラスに用意し、
「お待たせいたしました。タンカレーのソーダ割りです」
コースターを置き、グラスを乗せる。
お客様が、一口飲んで「いつもと違う」という顔をしなかったので、そっと視線を外して、瓶をしまう。
「おかわりください。あと、唐揚げも」
別のカウンターのお客様からだ。
だから、忍さん、唐揚げの注文が入るたびに、僕を睨まないで。
「タンカレーテンをトニックでですね、かしこまりました」
ちょっと、タイミング悪いけど、仕方ない。
冷凍庫から、緑色の四角い瓶を出す。
バーマット前の女性が、ちょっと目を見開く。
「お待たせいたしました。タンカレーテンをトニックで、です。唐揚げは、もう少々お待ちください」
こんなに注文あって唐揚げ、売り切れないかな?
瓶を冷凍庫にしまおうとする、とスーツの女性から声がかかった。
「その瓶、見せてくれる?」
「冷たいので、お気をつけください」
緑色の四角い瓶をカウンターに置く。
「タンカレーって、一種類じゃないんだ。知らなかった。だから、瓶を見せたの?」
「飲み慣れていらっしゃるようでしたが、念のためと思いまして、申し訳ございません」
「でも、気をつかったんでしょ?」
でも、すぐにバレてしまう気遣いは、気遣いの内に入らない。
僕は、黙って、頭を下げた。
「はーあー」
女性は、深いため息をついて、
「気に入らないとこあったら、イジメてやろうと思って来たのにぃ」
ちょっと、聞き捨てならないことを言ってませんか?
というか、初めてのお客様のはず。
オヤジを見る、と微かに首を振り、知らないお客様であることを知らせてきた。
僕らの疑問を感じ取ったのか、
「タカチの上司って、言えば、わかるかな? あの子、仕事納めだってのに、目を真っ赤にして会社来たのよ」
オヤジと忍さんの視線が、途端に冷たい。
「クリスマス後くらいから、雰囲気おかしいな、って思ってたんで聞いたら。お酒のことを親切に教えてくれたバーテンダーが自分のお店開くから今のとこ辞めるとか、乙女チックなこと、言い出すわけなのよ」
オヤジと忍さんの視線は、既に氷点下だ。
店中の注目も集まっており、僕の株価も急降下中だ。
誰か、注文してくれないかな。
唐揚げでもいいから。
「上司としては、かわいい部下を泣かせたヤツを、イジメに来るしかないじゃない?」
忍さん、うんうんと頷きすぎ。
「なのに、年増の酒呑みを傷つけないように、気を使われちゃって。立つ瀬ないじゃない? しかも、いつも呑んでる味か、ちゃんと呑むのまで見てて」
お客様が呑んで満足されているか確認しているのを知られては、立つ瀬がないのは、こちらだ。
あ、オヤジの目が、きつい。
ドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
「あ、高山部長!?」
「あら、タカチ」
まさかのタカチさん登場に、店内が固唾を呑む。
「お隣で、よろしいですか?」
僕が聞く、とタカチさんは、コートをかけて、高山さんの隣に座った。
そこは、バーマットの前でもあり、昨日のことを思い、高山さんに聞いたことを思う、と気まづい。
タカチさんにオシボリとメニューを出すが、見ず。
「マーズ・ティアーズをお願いします」
「あ、アタシもそれ」
「甘めのロング・カクテルですが、よろしいですか?」
「ジンをソーダ割りで呑む女だけど、甘いカクテルだって呑むのよ?」
「かしこまりました。少々、お待ちください」
グラスを二つ用意していると、
「部長、どうしたんですか?」
「タカチのお気に入りの店だっていうから、来てみたの」
「変な事、言ってないですよね?」
「タカチが泣き腫らして出社したって話なら、した」
絶句するタカチさんには悪いが、できあがったので、
「お待たせいたしました。マーズ・ティアーズです」
「あら、火星だから赤い涙なんだ? 泣き腫らしたみたいねえ」
忍さんに、血の涙って言われたよりは効かないので、動揺せずに、頭を下げた。
「部長、やめてください」
「ごめんごめん。ほら、仕事納めお疲れ、乾杯!」
「乾杯」
ようやく、店の静寂が破れ、注文が入りだす。
「どうして、来たんです!?」
「だって、かわいい部下、泣かしたヤツをイジメに」
「部長ー?」
「うそうそ」
いえ、嘘じゃないです。
「でも、タカチは、あの子がこの店を辞めるのが嫌なんでしょ?」
「それは、そうですけど」
小声にしてますけど、聞こえてます。
「じゃあ、開店するの、邪魔しちゃえばいいじゃない?」
「部長!」
立ち上がったタカチさんの声に、店内が静まり返った。
「でも、パパがお店を開くのも、応援してるんです!」
叫んでから、タカチさんは、自分の言った言葉が、腑に落ちたのか、
「そっか、両方が無理だから、気持ちの整理ができなかったんだ」
「パパ?」
ああ、やっぱり誤解を招く呼び名だ。
「猫の保護活動に、お金を寄付したことから、パトロンのパパとからかわれています」
不審げな高山さんに、僕が早口で説明したら、肩を竦められた。
僕をイジメる材料にならなかったのが、つまらないようだ。
「なら、両方を応援すればいいじゃない?」
クエスチョンマークを頭上に浮かべたタカチさんを置いておいて、僕に向かって、
「もう、二度とこの店を手伝うことはないの?」
「ここには、学べることが多くあります。オーナーが許してくれるのならば、手伝いにきます」
忍さん、お客様の前で、そんなに露骨に嫌な顔をしないで。
「じゃあ、無給な」
オヤジが、オーナーらしく出費を抑える作戦に出るが、ここで賃金交渉をする雰囲気ではないので、仕方なく頷く。
「なーんだ、問題解決、でしょ?」
タカチさんに聞く、と頷いた。
「あーあ、乙女には、まいっちゃう。ちょっと聞けば済む話じゃない。若いっていいわよねえ」
タカチさんは、とても、とても複雑な顔をしていた。
「唐揚げをお待たせいたしました」
オヤジが、カウンター席のお客様に料理を持って来た。
どうやら、注文が入っていた分の唐揚げは揚げ終わったようなので、バーマット前を変わってもらう。
高山さんは気にしないだろうが、タカチさんは僕がいては、話づらいこともあるだろう。
「あ、それ美味しそう。お腹減っちゃった」
「ここ、おつまみも美味しいんですよ」
「そう、じゃあ、唐揚げください」
僕の方への注文と、オヤジが僕に出している在庫切れのハンドサインに気づくのが、ほぼ同時だった。
つまり、謝るのは、僕の役目だ。
「大変申し訳ございません。本日、唐揚げが品切れとなってしまいました」
ネズミの天ぷらを見つけた狐の目とは、こういうのを言うのだろう。
「えええええええええ、食べたかったなあ唐揚げ」
僕をイジメる口実ができて、とても、とても嬉しそうだ。
とはいえ一晩、秘伝の漬け汁に漬ける必要があるので、今から肉を買ってきてもつくれない。
丁寧にお詫びし、別の料理を勧め、説明して。
それでも、僕がそばにくるたびに、楽しそうに「唐揚げ食べたかった」と呟いていた。
なんだか、忍さんは、とても、とても仲良く高山さんと笑顔で話していた。
ちょっとイラついた僕は、
「タンカレーのソーダ割り、丸い瓶の方で」
という高山さんの注文に、タンカレー・ジン(緑の丸い瓶)とタンカレー・ウォッカ(白い丸い瓶)を並べて、「どっちの丸い瓶のタンカレーですか?」と斧を持って泉から出てきたみたいに聞いた。
ちょっとスッキリしたけど、タカチさんらが帰ったあとに、オヤジにこっ酷く怒られた。
「よいお年を」
今日は早番だったので、オヤジたちに挨拶をして、先に帰る。
クリスマスの華やいだ感じも好きだけど、年末の厳かな感じも好きだ。
冷たい空気の中を歩きながら、もしかしたら、この時期にここを歩くのも、もうのないのかもしれない、と思った。
除夜の鐘を一人ではなく聞いたのは、久しぶりだ。
一時、オヤジの家に呼ばれていた時にも聞こえていたが、忍さんが嫌がったので、三年間くらいだったか。
オヤジ恒例の年越しと共にジャンプして、「地球にいなかった」ネタは、まだやっているのだろうか?
あの忍さんのことだから、絶賛して、オヤジを喜ばせていることだろう。
そういえば、ここに越す前に住んでいた部屋では、鐘の音は聞こえてこなかった。
気にしたことなかったけど。
アニキから、メールが届いた。
年を越すと届きにくくなるから、と年始挨拶メールだった。
そつがないなあ、アニキ。
元ドーム型ベッドの上で丸くなっている雪さんを写真に撮り、メールに添付して挨拶を返した。
ちょっと早いタイミングの年始挨拶って、ちょっと変な感じだ。
おおー、もう返信きた。
ああー、中身はカスミちゃんか。
雪さんのカワイさ絶賛で、僕の存在はスルーした年始挨拶だった。
なんとなく、雪さんを絶賛するカスミちゃんが、オヤジを絶賛する忍さんに重なって思えた。
え?
将来、ああなっちゃうってこと!?
これは、早めにアニキに忠告しなければならない、なんて酔った頭で考える。
父親の実家の地域には、「ななとこまいり」という風習があって、初詣には、七ケ所の神社仏閣に詣でると、ご利益がある、というものだった。
酔った両親では、車が運転できないので、歩いていける範囲だけなので、頑張って五ケ所が精々だったのを思い出す。
しかも、雪の降る地方だったので、地吹雪で遭難しかかったこともあった。
というか、そもそも車のなかった時代に遡るのだろうから、思えば大変な風習ではないだろうか。
逆に、そのために年末に酒を呑まないのならば、信心深いから、ご利益あって当然なのかもしれない。
「あ」
油断していたら、年を越した。
僕の声で、チラっと雪さんが目を開けたので、
「あけましておめでとうございます。雪さん、今年もよろしく」
雪さんは、猫に人の暦とか時間の流れなんて関係ないのよ、といった顔で、丸まる。
僕は、その反応に居心地の良さを感じながら、急速に時期はずれになりつつあるシリー・エンギエン・ノエルの栓を開けた。
とはいえ、大掃除などは、開店前にやっているので、いつもと同じ営業時間だ。
そもそも、(あの外見のワリに)オヤジは掃除や整理整頓には煩いので、実はほぼいつもと変わらない。
とはいえ、昨日タカチさんが来て、この店を辞めることを話して泣かせてしまったので、いつもより気まづい。
そもそも、(あの外見通りに)オヤジは女性に優しいので、煩く言われたが、もうほぼいつもと変わらない。
とはいえ、言葉のナイフ使い忍さんは、いつも以上に切れ味が鋭い。
そもそも、(あの外見の)父親が大好きなので、近しい僕に早く辞めてほしいのは、いつもと変わらない。
「お待たせいたしました。タンカレーテンをトニックで、です」
量を少なめで、との注文だったので、九オンスのグラスでお出しする。
「ファースト、ボンベイ・サファイア、ダブル・オーバーにライムと、スプモーニです!」
忍さんからの発注だが、確認事項が足りてない。
「ライム、チェイサー」
僕より早く、オヤジが、間髪いれずに聞く指示を、忍さんに出す。
「お客様、ジンのライムは、搾ってグラスにお入れしてよろしいでしょうか? ご一緒に、お水もお持ちいたしますか? はい、かしこまりました。チェイサーもお願いします」
冷凍庫からボンベイを出し、棚からカンパリを移動させる。
三種類のグラスに、氷を入れていく。
「すみません、唐揚げください」
カウンターのお客様から、注文が入る。
「かしこまりました。少々、お待ちください」
オヤジを見る、と頷いていたので、発注の声はかけない。
今日は、唐揚げの注文が多くて、オヤジはずっと揚げっぱなしな気がする。
クリスマスで食べ飽きた鶏料理が、そろそろまた食べたくなるタイミングなのだろうか。
その流れで、ずっと僕がバーマットの前なので、忍さんとしては、面白くないようだ。
「ボンベイ、ダブル・オーバーにライム、チェイサーに、スプモーニです」
忍さんを呼んで、グラスを渡す。
「お待たせいたしました。はい? 唐揚げお願いします!」
オヤジが頷く。
だから忍さん、僕を睨まないで。
「いらっしゃいませ。コートは、そちらをお使いください。カウンターへどうぞ」
四十代くらいのパンツスーツの女性が一人で来店した。
バーマットの前に座ったので、オシボリとメニューを出すが、見ず。
「タンカレーのソーダ割りお願い」
「かしこまりました」
冷凍庫から、緑色の丸い瓶を出し、
「こちらで、よろしいでしょうか?」
少し、怪訝そうな顔をしながらも頷いたので、
「少々、お待ちください」
グラスに用意し、
「お待たせいたしました。タンカレーのソーダ割りです」
コースターを置き、グラスを乗せる。
お客様が、一口飲んで「いつもと違う」という顔をしなかったので、そっと視線を外して、瓶をしまう。
「おかわりください。あと、唐揚げも」
別のカウンターのお客様からだ。
だから、忍さん、唐揚げの注文が入るたびに、僕を睨まないで。
「タンカレーテンをトニックでですね、かしこまりました」
ちょっと、タイミング悪いけど、仕方ない。
冷凍庫から、緑色の四角い瓶を出す。
バーマット前の女性が、ちょっと目を見開く。
「お待たせいたしました。タンカレーテンをトニックで、です。唐揚げは、もう少々お待ちください」
こんなに注文あって唐揚げ、売り切れないかな?
瓶を冷凍庫にしまおうとする、とスーツの女性から声がかかった。
「その瓶、見せてくれる?」
「冷たいので、お気をつけください」
緑色の四角い瓶をカウンターに置く。
「タンカレーって、一種類じゃないんだ。知らなかった。だから、瓶を見せたの?」
「飲み慣れていらっしゃるようでしたが、念のためと思いまして、申し訳ございません」
「でも、気をつかったんでしょ?」
でも、すぐにバレてしまう気遣いは、気遣いの内に入らない。
僕は、黙って、頭を下げた。
「はーあー」
女性は、深いため息をついて、
「気に入らないとこあったら、イジメてやろうと思って来たのにぃ」
ちょっと、聞き捨てならないことを言ってませんか?
というか、初めてのお客様のはず。
オヤジを見る、と微かに首を振り、知らないお客様であることを知らせてきた。
僕らの疑問を感じ取ったのか、
「タカチの上司って、言えば、わかるかな? あの子、仕事納めだってのに、目を真っ赤にして会社来たのよ」
オヤジと忍さんの視線が、途端に冷たい。
「クリスマス後くらいから、雰囲気おかしいな、って思ってたんで聞いたら。お酒のことを親切に教えてくれたバーテンダーが自分のお店開くから今のとこ辞めるとか、乙女チックなこと、言い出すわけなのよ」
オヤジと忍さんの視線は、既に氷点下だ。
店中の注目も集まっており、僕の株価も急降下中だ。
誰か、注文してくれないかな。
唐揚げでもいいから。
「上司としては、かわいい部下を泣かせたヤツを、イジメに来るしかないじゃない?」
忍さん、うんうんと頷きすぎ。
「なのに、年増の酒呑みを傷つけないように、気を使われちゃって。立つ瀬ないじゃない? しかも、いつも呑んでる味か、ちゃんと呑むのまで見てて」
お客様が呑んで満足されているか確認しているのを知られては、立つ瀬がないのは、こちらだ。
あ、オヤジの目が、きつい。
ドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
「あ、高山部長!?」
「あら、タカチ」
まさかのタカチさん登場に、店内が固唾を呑む。
「お隣で、よろしいですか?」
僕が聞く、とタカチさんは、コートをかけて、高山さんの隣に座った。
そこは、バーマットの前でもあり、昨日のことを思い、高山さんに聞いたことを思う、と気まづい。
タカチさんにオシボリとメニューを出すが、見ず。
「マーズ・ティアーズをお願いします」
「あ、アタシもそれ」
「甘めのロング・カクテルですが、よろしいですか?」
「ジンをソーダ割りで呑む女だけど、甘いカクテルだって呑むのよ?」
「かしこまりました。少々、お待ちください」
グラスを二つ用意していると、
「部長、どうしたんですか?」
「タカチのお気に入りの店だっていうから、来てみたの」
「変な事、言ってないですよね?」
「タカチが泣き腫らして出社したって話なら、した」
絶句するタカチさんには悪いが、できあがったので、
「お待たせいたしました。マーズ・ティアーズです」
「あら、火星だから赤い涙なんだ? 泣き腫らしたみたいねえ」
忍さんに、血の涙って言われたよりは効かないので、動揺せずに、頭を下げた。
「部長、やめてください」
「ごめんごめん。ほら、仕事納めお疲れ、乾杯!」
「乾杯」
ようやく、店の静寂が破れ、注文が入りだす。
「どうして、来たんです!?」
「だって、かわいい部下、泣かしたヤツをイジメに」
「部長ー?」
「うそうそ」
いえ、嘘じゃないです。
「でも、タカチは、あの子がこの店を辞めるのが嫌なんでしょ?」
「それは、そうですけど」
小声にしてますけど、聞こえてます。
「じゃあ、開店するの、邪魔しちゃえばいいじゃない?」
「部長!」
立ち上がったタカチさんの声に、店内が静まり返った。
「でも、パパがお店を開くのも、応援してるんです!」
叫んでから、タカチさんは、自分の言った言葉が、腑に落ちたのか、
「そっか、両方が無理だから、気持ちの整理ができなかったんだ」
「パパ?」
ああ、やっぱり誤解を招く呼び名だ。
「猫の保護活動に、お金を寄付したことから、パトロンのパパとからかわれています」
不審げな高山さんに、僕が早口で説明したら、肩を竦められた。
僕をイジメる材料にならなかったのが、つまらないようだ。
「なら、両方を応援すればいいじゃない?」
クエスチョンマークを頭上に浮かべたタカチさんを置いておいて、僕に向かって、
「もう、二度とこの店を手伝うことはないの?」
「ここには、学べることが多くあります。オーナーが許してくれるのならば、手伝いにきます」
忍さん、お客様の前で、そんなに露骨に嫌な顔をしないで。
「じゃあ、無給な」
オヤジが、オーナーらしく出費を抑える作戦に出るが、ここで賃金交渉をする雰囲気ではないので、仕方なく頷く。
「なーんだ、問題解決、でしょ?」
タカチさんに聞く、と頷いた。
「あーあ、乙女には、まいっちゃう。ちょっと聞けば済む話じゃない。若いっていいわよねえ」
タカチさんは、とても、とても複雑な顔をしていた。
「唐揚げをお待たせいたしました」
オヤジが、カウンター席のお客様に料理を持って来た。
どうやら、注文が入っていた分の唐揚げは揚げ終わったようなので、バーマット前を変わってもらう。
高山さんは気にしないだろうが、タカチさんは僕がいては、話づらいこともあるだろう。
「あ、それ美味しそう。お腹減っちゃった」
「ここ、おつまみも美味しいんですよ」
「そう、じゃあ、唐揚げください」
僕の方への注文と、オヤジが僕に出している在庫切れのハンドサインに気づくのが、ほぼ同時だった。
つまり、謝るのは、僕の役目だ。
「大変申し訳ございません。本日、唐揚げが品切れとなってしまいました」
ネズミの天ぷらを見つけた狐の目とは、こういうのを言うのだろう。
「えええええええええ、食べたかったなあ唐揚げ」
僕をイジメる口実ができて、とても、とても嬉しそうだ。
とはいえ一晩、秘伝の漬け汁に漬ける必要があるので、今から肉を買ってきてもつくれない。
丁寧にお詫びし、別の料理を勧め、説明して。
それでも、僕がそばにくるたびに、楽しそうに「唐揚げ食べたかった」と呟いていた。
なんだか、忍さんは、とても、とても仲良く高山さんと笑顔で話していた。
ちょっとイラついた僕は、
「タンカレーのソーダ割り、丸い瓶の方で」
という高山さんの注文に、タンカレー・ジン(緑の丸い瓶)とタンカレー・ウォッカ(白い丸い瓶)を並べて、「どっちの丸い瓶のタンカレーですか?」と斧を持って泉から出てきたみたいに聞いた。
ちょっとスッキリしたけど、タカチさんらが帰ったあとに、オヤジにこっ酷く怒られた。
「よいお年を」
今日は早番だったので、オヤジたちに挨拶をして、先に帰る。
クリスマスの華やいだ感じも好きだけど、年末の厳かな感じも好きだ。
冷たい空気の中を歩きながら、もしかしたら、この時期にここを歩くのも、もうのないのかもしれない、と思った。
除夜の鐘を一人ではなく聞いたのは、久しぶりだ。
一時、オヤジの家に呼ばれていた時にも聞こえていたが、忍さんが嫌がったので、三年間くらいだったか。
オヤジ恒例の年越しと共にジャンプして、「地球にいなかった」ネタは、まだやっているのだろうか?
あの忍さんのことだから、絶賛して、オヤジを喜ばせていることだろう。
そういえば、ここに越す前に住んでいた部屋では、鐘の音は聞こえてこなかった。
気にしたことなかったけど。
アニキから、メールが届いた。
年を越すと届きにくくなるから、と年始挨拶メールだった。
そつがないなあ、アニキ。
元ドーム型ベッドの上で丸くなっている雪さんを写真に撮り、メールに添付して挨拶を返した。
ちょっと早いタイミングの年始挨拶って、ちょっと変な感じだ。
おおー、もう返信きた。
ああー、中身はカスミちゃんか。
雪さんのカワイさ絶賛で、僕の存在はスルーした年始挨拶だった。
なんとなく、雪さんを絶賛するカスミちゃんが、オヤジを絶賛する忍さんに重なって思えた。
え?
将来、ああなっちゃうってこと!?
これは、早めにアニキに忠告しなければならない、なんて酔った頭で考える。
父親の実家の地域には、「ななとこまいり」という風習があって、初詣には、七ケ所の神社仏閣に詣でると、ご利益がある、というものだった。
酔った両親では、車が運転できないので、歩いていける範囲だけなので、頑張って五ケ所が精々だったのを思い出す。
しかも、雪の降る地方だったので、地吹雪で遭難しかかったこともあった。
というか、そもそも車のなかった時代に遡るのだろうから、思えば大変な風習ではないだろうか。
逆に、そのために年末に酒を呑まないのならば、信心深いから、ご利益あって当然なのかもしれない。
「あ」
油断していたら、年を越した。
僕の声で、チラっと雪さんが目を開けたので、
「あけましておめでとうございます。雪さん、今年もよろしく」
雪さんは、猫に人の暦とか時間の流れなんて関係ないのよ、といった顔で、丸まる。
僕は、その反応に居心地の良さを感じながら、急速に時期はずれになりつつあるシリー・エンギエン・ノエルの栓を開けた。
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都では陽を司る日紫喜家の王が崩御し、素行の悪さで有名な新王・燦(さん)が即位する。燦の后選びに戦々恐々とする五家だったが、燦は十六夜家の才である「夢見」を聞いて后を選ぶと言い始めた。そして、その夢見を行う覡に、燦は男装した久遠を指名する。
見習いの僕がこの国の后を選ぶなんて、荷が重すぎる――!
久遠の苦悩を知ってか知らずか、燦は強引に久遠を寝室に呼んで夢見を命じる。しかし、初めて出会ったはずの久遠と燦の夢には、とある共通点があって――?
謎に包まれた過去を持ち身分を隠す男装姫と、孤独な王の恋と因縁を描く、和風王宮ファンタジー。
※カクヨムにも先行で投稿しています
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