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第二部 第4章
532.泣き虫の兄
しおりを挟む王女の侍従であるエドバーグさんが気になる一言を呟き、わたくしは視線をエドバーグさんに移した。
あまり良い噂を聞かないロギオン国王が、彼らにとっては違った……?
「エドバーグさん、それはどういう事なのでしょう?」
その時、無表情だったエリス王女の、エドバーグさんを見る瞳が、濡れたように揺れた気がした。
「……昔は、仲間思いの人だった」
今度はエリス王女がそう呟く。何がなんだかわかっていないオリヴァーは、空気を読んで静かに席につき、子供たちに「しー」という合図を送った。ノアとイーニアス殿下は、遊びだと思ったのか、嬉しそうに「ちーっ」と言って笑っているので、オリヴァーの「しー」は逆効果だったようだ。
あちゃ~という顔をしている弟も、キャッキャと喜んでいる子供たちも可愛すぎる。
「エリス王女、仲間思いの方が、暴力を振るいますの?」
わたくしの話に暗い影を落としながら、王女は小さな声で言ったのだ。
「……国王になる前、兄は誰よりも他を傷つける事を嫌っていた」
王女の隣でエドバーグさんは、彼女の背中を支えると、悲しそうに、ロギオン国王の意外な話をしてくれたのだ。
「あの人は穏やかで、いつも誰かの為に、と一生懸命になる人だった───」
◆◆◆
日の差さない薄暗い地下空間。血の匂いに充満したそこでは毎日、金属同士がぶつかる音や、何かが折れるような音、悲鳴が響く。
血を流す人間が倒れているのは当たり前で、八歳から十五歳までの子供たちが日常的に殺し合っているのだ。
それがロギオン国の影と言われる、特殊暗殺部隊の訓練風景だった。
ロギオンの特殊暗殺部隊は、特異魔法を使用出来る子供を集めて、死んだほうがマシだと思えるような訓練を強制し、殺し合いを経て生き残った者たちで編成されている。
その中に、エリス王女やその兄弟たちもいた。
当時王女は十二歳、その兄であり、現ロギオン国王は十五歳、そして他の兄弟たちも似たような年齢だった。
「エリス、け、怪我は大丈夫!?」
「大丈夫だ。兄さん」
エリスが怪我をする事はよくある事で、しかし彼はそれを見るたび、自らが怪我をしたように辛そうにする。
「無理しないで……君まで失ってしまったら、うぅ……僕はどうしたらいいのかわからないよ……っ」
「兄さんはすぐに泣く。大丈夫だと言っているだろう」
「だ、だって……っ、痛いだろう……ぅう、エリスが痛いと、僕は心がもっと痛いよ……っ」
ハラハラと涙を流しながら包帯を巻く手は傷だらけで、その苦労が知れる。
「兄さんは優しすぎる。そんなんじゃ、暗部ではやっていけない」
「……僕は、弱いから……本当なら、とっくに死んでる」
「弱くない。兄さんは生き残っているだろう」
「ぐすっ、僕が生き残れたのは、エリスや皆がいてくれたからだよ……っ」
「違う。ここまで生き残れたのは、兄さんの力だ」
ロギオン国王……、エリスの兄のエレボスは、泣き虫で気の弱い、だけど誰より優しい人で、エリスや仲間が怪我をするたびに泣きながら手当てをし、その痛みを自らも感じてしまう繊細な心の持ち主だった───
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