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一章・甘々な春休みは、最強冒険者と。

06 気がある二人はペア。

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 ルクトさんに、無属性の【探索】魔法を教えてもらっているのだが。

「だめだめ。無属性らしく、無に努めないと。これだと、周囲に自分の存在を知らせているだけだ」
「は、はい……。あの、せめて、立ち止まってもいいですか? 歩きながらだと、難しすぎるのですが」
「いや、リガッティーなら、歩きながらでも、習得して使いこなせるさ。相手に気付かれることなく、限りなく魔力をにして広げる感覚だ」

 スパルタか。
 今回引き受けた依頼のために、薬草探しで森の奥を進みつつ、【探索】魔法を教えてもらい、習得をしようとしている。

 私の魔法のコントロールのよさを評価してのことだろうけど、流石にいきなり周囲に透明化した魔力を放つという新たな技を、歩きながら身につけるのは、難易度が高すぎだ。
 透明化とは、目に見えないという意味ではなく、魔力を肌で感じないほどに透けるような質にするという意味だ。

 闇属性の魔法により、姿も気配も消し去った王家の影の存在を感じ取るのとは、また違う。
 闇魔法だと、周囲に煙を漂わせるように手探り状態で、目視が出来ない存在を見付けられる。真っ暗闇にいても、どこに何があるか、誰がいるのか、把握できるような技だ。残念ながら、王家の影となると、そばに存在を感じるだけで、正確な位置がわからないのだけれど。
 一説では、その闇魔法で周囲把握する技は、一切目が見えない盲目な者が、闇の中でも自分がいる環境を把握しようとして出来上がった魔法だそうだ。【闇の暗視】という魔法と呼ばれている。
 そんな【闇の暗視】とは、【探索】は発動方法が違う。

 【探索】は、ドームを広げるように、周囲に無属性の魔力を放つ。魚を捕らえるために放つ網のようなものだ。一度仕掛ければ、あとは放置。【探索】状態の出来上がり。
 あくまでレーダーを設置したことになるので、その間も自由に他の属性の魔法も使える。現に、ルクトさんは火魔法も水魔法も使えていた。
  属性の切り替えの方は、難しくない。適性さえあれば、指を動かすほど、簡単に切り替えられる。

 私は、そのレーダー設置に苦戦しているところだ。
 限りなく透明な魔力を、周囲に広げて、網のように放って設置しておく。
 放つこと自体は出来るけれど、ダメ出しされたように、自分以外にも放った魔力に気付かれてしまうレベルで、透明化が出来ていない。
 私の魔法のコントロールのよさなら、出来るとルクトさんは思っている。確かに、やればきっと出来るとは思う。

 歩きながら練習していなければねっ!
 スパルタ教育かっ!

 さらには、はっきり視界に捉えられないくらいの遠い距離まで、魔力を広げろと注文。
 だから、歩きながらでは難度が高すぎるって! 再三言っているのに!

「あ!」

 不満に思いつつも、歩き続けながら、ルクトさんの求める完成度に届くように【探索】魔法を極めていると。
 私のレーダーこと【探索】範囲に、何かが入ったことに気付く。生き物だ。多分、三つ。
 斜め右方向に、その存在があると感知。
 そちらを向くけれど、すでにルクトさんはその方角に顔を向けていた。

「あっ!!」

 私の【探索】範囲に、その三つが消える。いや、逃げ出したと言うべきだろう。

「ああぁ~」

 私の魔力に気付かれたに違いない。ダメ出しされた通り、透明化が出来ず、【探索】がバレて、脱兎の如く逃げられた。
 一人で声を上げては、落胆して声を伸ばす私を見て、ルクトさんは肩を震わせて笑う。

「透明化、透明化、透明化……」

 今の反省を原動力にして、より透明化に意識を注ぐ。
 ブツブツと念じる私を、隣を歩きながら、ルクトさんは首を傾げて見てきた。

「なんで髪色、青にしたの?」

 なんて、質問をしてきたものだから、雑談を加えて難易度をまた上げてきたのかと、鬼なのかと、スパルタさを恨もうかと思ってしまう。

「似合いませんか? ちゃんと全身を確認しなかったのですが……この鮮やかな青色の髪は、いいなって思います」

 首の後ろから自分の髪をひとふさ前に持ってきて、改めて変色した髪を見つめた。

「元の黒髪を変えればいいと思って、直感任せに選んだだけなんですよ」

 深い理由はない。

「似合わないわけじゃないけど……やっぱり、リガッティーは、紫色に輝く黒髪が一番似合うと思うぜ。オレは」

 ニッ、と少年のように明るく笑うルクトさんを見て、これが彼の普通の他人への接し方なのだろうかと、気になってしまった。

 平民育ちのいい性格のイケメンだから、それとなく口説かれているだと思ってしまうのは、自意識過剰だろうか。
 互いに肩の力を抜いた態度だから、気安いと言えるほどの距離感になっているだけかしら。

 それが悪いわけではないけども……。

 素敵すぎるイケメンなので、勘違いして、骨抜きされそうだから、危うい。気を引き締めよう。

「まぁ、見慣れた髪色が一番しっくりくるのは、当然ですね。でもそのままで出歩けば、私を捜索しているであろう我が家の騎士団に見付かるので、これくらい色を変えないと」
「えっ。お抱えの騎士団なんかいるの? マジで?」
「はい。家の警備だとか、領地へ移動する際の護衛のために、少人数の騎士団がいるんですよ。ちなみに、両親が今まさに領地に行っているので、家の守りは手薄になっています」
「それはなんの情報? 今なら盗みに入るのが容易いって、唆してる?」

 しょうもない情報をキリッと言い放てば、ルクトさんは目を点にした。
 冗談だって。

「夕食までには帰るって書き置きしましたが、きっと総動員で探しているんだと思います」
「いいの? それ」
「仕えているお嬢様が一人で外出したなら、大慌てで捜すのは当然ですからね……でも、昨日の今日なので、身内だけで必死に捜しているはずです。帰ったら、ちゃんと謝ります」

 ハハッ、と乾いた笑いを出して遠い目をしつつ、コクコクと頷いておく。

「私の気晴らしの犠牲者……」
「犠牲者……」

 面白がりたいだろうけど、使用人と騎士団を気の毒に思って、イマイチな苦笑を零すルクトさん。

「そっかぁー。夕方には、帰れるようにしよっか。まぁ、ちょっと歩いて、依頼の薬草採取したら、ギルドに戻って終わりにすれば余裕だな」

 残りのスケジュールを頭の中でざっくりと考えてくれた。

「あの。ルクトさんの実力が見たいのですが」

 右手を肩の位置で上げて、今日の予定に入れてもらおうと提案してみる。

「この森の敵だと、オレもリガッティーも瞬殺しちゃって、実力なんてわからないさ。次は、もうちょっと手応えあるとこに行って、見せてやるよ」

 ここに出没する敵では、実力の片鱗すら見せられないと、爽やかに言い退けた。
 確かに、穏やかさを感じるほどの森だ。一般人ですら、無傷で横切れそうな超初心者向けな場所なのだろう。

「おっ! その調子! いや、これは合格点をあげられるな!」

 返事する前に、ルクトさんが声を上げた。
 私の【探索】魔法が、上手い具合に透明化出来たらしい。ルクトさんにはわかってしまっているようだけど、他ならこちらの【探索】にバレないという及第点とのこと。なるほど。この加減か。
 よし、とガッツポーズした。
 無属性の【探索】魔法、無事習得!

「やっぱり、リガッティーは天才だな!」
「!」

 ルクトさんの手が、私の頭に乗ったかと思えば、やや強めに撫でられた。

「あっ。ごめん。勝手に触っちゃって……」

 やらかした……、と気まずそうな顔になって手を引っ込めるルクトさんを見上げながら、私は撫でられた頭を両手で押さえる。

「…………」
「……えっと、大丈夫?」

 ポカン、と固まってしまう私に、ルクトさんは恐る恐ると尋ねた。

「……え、ええ……」
「……全然、大丈夫に見えないけど?」
「……頭を撫でられた覚えがないので……びっくりしただけです」
「……」

 私の様子を気にするルクトさんに、理由を正直に答える。
 前世も含めれば、頭を撫でて褒められた記憶などない。
 ……つまり。
 頭撫でられ耐性がない。

「……」
「……」

 沈黙。
 目を見開いたルクトさんの引っ込めた手が、スーッと私の方に伸びてきたので、ジリッと後退る。

「先輩として、指導者として、オレはよく出来ましたって褒める特権があるんだ。頭をよしよししてやるから」
「いいですよ! もう子どもじゃないんですから!」
「いや、指導する先輩だから、子どもとか関係ないから! なんなら、ギリギリ未成年だから君は大人じゃないって言える!」
「いいですってば!」

 ルクトさんがジリジリと迫るから、私は頭を押さえて逃げる。

「そんなに、オレに撫でられるのが嫌なの!?」
「照れすぎて耐えられそうにないからですよ!!」

 嫌とか、そういう問題じゃない。むしろ、嫌じゃない。
 ルクトさんに頭を撫でられては照れすぎるのだと、白状してしまったし、それが正しく伝わってしまった。

「……可愛すぎるってっ」

 ほんのり頬を赤らめたルクトさんは、口元を片手で覆って、顔を背ける。
 それで、私は顔全体が火照っている自覚をした。二人して、真っ赤になっている状況。

 これはまずいっ。
 何故いい雰囲気になってしまっているんだっ。
 気を引き締めたいのにっ。
 ぐぅううっ。
 なんか、二人一緒に、恋に落ちている感が否めないっ。

「褒めたいので、頭を撫でる許可をください」
「……わかりました。お手柔らかにお願いします」

 真摯に許可を求めてくるものだから、私は観念して許可を出した。
 ……頑張って、耐性つけよう。
 二人して、照れてを奥歯をグッと噛み締めて堪えた。
 そして、いつの間にか、止めてしまった歩みを再開する。

「ンンッ! ……それで、次はいつ、冒険に行けそう?」

 咳払いをしてから、ルクトさんは次の約束を決めようと訊いてきた。

「そうですね……。あの件を片付けるために招集される前に、冒険したいと考えていますので……明日はどうですか?」
「オレの方は、全然いいぜ。春休みで授業ないから、予定を全く決めていないオレが、リガッティーの予定に合わせるよ」

 なんとか照れを抑え込み、通常の調子に戻ったルクトさんは、笑顔で快く頷いてくれる。

「じゃあ、オレをいつでも呼び出せるように、通信の魔導道具、買っておこうぜ?」
「え? 通信具、ですか……?」

 つまりは、携帯電話のような魔導道具を、互いに持っておこうってことだ。

 前世の世界の携帯電話のように、番号を押して、自由に特定の相手に繋げるという機能はない。
 一般的な通信の魔導道具となると、二つで一つの物になる。【共鳴の石】と呼ばれる素材で、出来上がった魔導道具は、離れていても、双方の声や音を届ける仕組みになっているのだ。
 二つ以上の数を繋げるとなると、かなり複雑になって、値が張る。
 よっぽどな理由がない限り、大金をはたいて、複数の者達が連絡を取り合う通信の魔導道具を購入はしない。買う者がいないから、作ることもないと断言出来るくらいの代物なのだ。

「うん。ギルドに戻る前に、店に寄って買っておこう」

 手紙のやり取りよりも、同時刻で連絡のやり取りが出来るのならば、その方がいいだろう。
 私のように隙を突いて家から抜け出して、冒険に行くことにした瞬間、ルクトさんを呼び出すなら、ちょうどいい通信の魔導道具だ。
 でも、一般的な物であろうと、やはり値が張る。ちょっと所持金が心許ないなぁ。
 購入する物次第で決めようと思い、曖昧な返事だけをしておいた。

「明日も青にするの?」

 ルクトさんが、髪を指差す。

「なんなら、オレとお揃いにしない?」

 茶目っ気たっぷりに笑い退けた。
 ルクトさんと同じ、白銀髪にしないか、とのこと。
 シルバー、好きだな……この人。
 お揃いも、好きなのかな……。

「兄妹に見えますかね?」
「…………」

 身長差的に、同じ白銀髪で並べば、兄妹に間違われるのではないか。
 そう言ったら、無言になってしまったルクトさんの目が、明後日の方向に逸れた。

 ……兄妹に見えるのは、複雑ってこと!?
 兄妹みたいになるのは、嫌ってこと!?
 ちゃんとした異性に、見られたいと、見ているという気持ちを察してしまった。

 もうっ! なんなのこの人っ!

 彼は気があるって垣間見せるし、それを拒まない私ぃい!

「青色を買えるだけ買ってしまったので、当分は青髪にします……」
「そっか……」
「……」
「……」

 とぼとぼ。
 気まずい空気の中、進み歩く。
 嫌とかじゃなくて、それを感じる余裕はない、ソワソワ感を覚える。むずがゆい。

「あっ。あれだよ、リガッティー。依頼の薬草」

 ルクトさんが見付けてくれて、指差した場所は、一際開けた森の中の控えめな花畑。
 野花に混じって、依頼書に描かれていた薬草の形と一致している。これを10本ね。
「ほい」と、ルクトさんは魔獣の解体の際に貸してくれた短剣を、また差し出してくれた。

「ありがとうございます。採取用に、短剣かナイフを持っておいた方がいいですよね」
「あれば便利なのは間違いないな。あ、それは地面から五センチくらいの長さを残すんだ。またあっという間に成長するから。採取用のナイフとかは、備えあれば憂いなしってやつだな」

 採取のコツを教えてくれながら、ルクトさんも採取用の道具は必要だと促してくれる。
 じゃあ、あとで買い揃えておこうかな。他にも、必要な道具はないかと尋ねようとした時。

 ルクトさんと私はほぼ同時に反応して、同じ方角を振り返った。
 採取のためにしゃがんでいた私は、立ち上がる。
 【探索】で、何かがこちらに近付いていることがわかった。複数だ。三、いや四、かな。

「ルクトさん」
「人だ。手は空けておいて」

 自然と、ルクトさんの後ろに控えている立ち位置になっている私に、ルクトさんは薬草を抱えていないで、戦闘が出来る姿勢にするように指示してくれた。
 ひょいっと集めた薬草は、【収納】に放り投げて、腰の剣に右手を添える。左手は、ルクトさんの短剣を握ったまま。

「おおー! やっぱりここにいたじゃねーか! おーい、ルクトー!」

 近付いてくる人は、どうやら敵ではなく、ルクトさんの知り合いの冒険者のようだ。
 けれど、ルクトさんはその声には応えない。ルクトさんの方は、歓迎したくない様子。
 後ろから横顔を見たが、笑みなんてない。じっと見据えている。

「絶対に『カトラー森』にいると思ったんだ。オリアン達は、『ペリオラ森』にいるはずだって、捜しに行ったぜ。賭けは、オレ達の勝ちだ!」

 花畑に足を踏み入れて、ズンズンと近寄る一行。
 先頭にいるのは、スキンヘッドの男性だ。ノースリーブのジャケットを着ていて、膨らんだ腕の筋肉を惜しみなく晒している。

 ルクトさんを捜していた? それも賭けまでして?

 なんの用なのかと不思議に思ったが、下世話な視線が私に集まっていることに気付いて、予想がついた。
 ルクトさんに用があるのではない。ルクトさんが新人指導することになった私が狙いだ。
 美少女だということで、賭けのついでに、見に来たのだろう。

「よぉ、新人ちゃん」

 スキンヘッドの冒険者に、声をかけられるけれど、ルクトさんはサッと右腕を静かに上げて庇う。
 関わるな、ということだろうか。
 私は愛想よくすることもなく、ただ軽く頭を下げることに留める。

「うっひょー、こりゃまた美人ちゃんだなぁオイ」
「名前は?」
「いくつなんだ?」

 笑みすら見せなくても、外見だけで喜んでいる。
 スキンヘッドの冒険者の後ろに、一回り大きな男性と、ひょろっとした細身の男性が、ニヤつく。
 一人だけ、赤毛の女性がいる。目が小さくてそばかすの大柄な女性は、見下すような目で見てくる。スキンヘッドの冒険者よりも、ちぢれた赤毛の女性の方が身長が高いほど、大柄だ。

「やめてくれ。オレが担当して、指導してるんだ」

 ルクトさんがちょっかいを出すなと突っぱねた。

「おいおい。ルクト一人だけじゃあ、新人ちゃんだって寂しいだろう? 人数の多いパーティーなら、安心出来るじゃないか」

 パーティーを組んでいるのか、この四人。
 数が多ければ、新人も守りやすくて安全だと勧めてくる。

 ルクトさんの横顔を窺えば、厳しい眼差しをしていた。
 ルクトさんは頷かないだろうし、私だってこの人達とは嫌だ。
 でも、穏便に、断るにはどうしたらいいのかしら……。

「……新人指導って、パーティーでもやるのですか?」
「ヒューヒュー! 声まで可愛いじゃん!」

 ルクトさんにそっと声をかけたのに、スキンヘッドさんに冷やかされた。口笛が不愉快だ。
 ひくり、と口元が引きつるから、掌で隠しておく。社交の場なら、広げた扇子で隠しておいただろう。

「いいや。原則としては、ペアで指導するんだ。パーティーで活動しても、担当の指導者以外のパーティーメンバーにメリットはない」

 堅い口調で教えてくれたことに、納得する。
 結局は、ペアを組んだ冒険者一人だけが、ランクアップのための新人指導の条件を満たせるのだ。

「メリットなんていいさ! 新人ちゃんとお近づき出来れば!」
「違いねぇ!」
「がははっ!」

 ゲラゲラ笑う彼らは、下心を隠しもしないのか。
 嫌だわ、こんな絡まれ方。
 嫌悪感を拭うために、きっぱりと断るべきか……。穏便に、いなすべきか……。
 男性陣は、私が目当てだし、女性の方は、人気が妬ましいという不機嫌顔だ。
 絶対にこんなパーティーと行動したくない。お断りだ。

「すみません。ギルド職員の方には、ルクトさんに指導を担当してもらえと言われたので、ルクトさんに従います。ペアで行動させてもらうので、ごめんなさい」

 仕方なく、小さな笑みを貼りつけて、ルクトさんも断っているからと便乗してやんわりと断る。

「んだよ! いいじゃねーか!」

 食い下がるスキンヘッドさん。ウザい。
 詰め寄ろうとする前に、ルクトさんが下がって私を庇って盾になってくれる。

「こんな可愛い新人ちゃんを独り占めかよ!」

 ついには、目を吊り上げて、怒り出した。
 だから、始めから、新人指導はペアでやる規則なんでしょうが。
 独り占めがどうのこうのの話ではない。

「新人ちゃん、騙されちゃだめだぜ? コイツ、君がこんなにも可愛いからって、面倒でやらなかった新人指導を、無理矢理割り込んで担当したんだ!」

 私を説得して、頷かせたいようだが、呆れてしまう。

 そんなわけない。ルクトさんは、あの待合室に入って初めて、私の担当だと知った反応をした。
 後回しにしていたが、偶然にも、重い腰を上げて、新人指導をすることにした日と、私が冒険者登録した日が重なっただけのこと。
 見え見えな戯言だ。

「割り込んだ? レベッコさんが、そんな横暴を許すとでも? この子の冒険者登録を担当したのは、レベッコさんだし、指導のために引き会わせたのも、レベッコさんだ。そのを、伝えておくか?」

 ハンッ、と鼻で笑い退けたルクトさんが出した名前に、彼らが身体を強張らせたのがわかった。

 レベッコ……? あっ。金髪の受け付け嬢の胸のネームプレートに、その名前が書かれていたはず。
 どうやら、生真面目なギルド職員だと、よく知っているらしく、身を僅かに引く。もしや、厳しくて怖いって印象を持つレベルかもしれない。

「冷やかしに来ただけなら、さっさと帰ってくれないか。新人指導のをしないでくれ」

 強めに拒否を示すルクトさん。

「融通の利かない奴だな! 他の冒険者と交流してもいいじゃねーか! オレ達のパーティーに入れてやってもいい」

 文句を垂れつつも、今度は勧誘の言葉を出す。
 下品な笑いを隠せないような輩と組むわけがないだろうに。

」力不足の方が意味が通ります。役不足だと、その人の実力に対して役目が簡単すぎるという逆の意味になってしまいます。

 ルクトさんが、冷たく吐き捨てた。
 彼らのパーティーでは、物足りない。私の能力を買っているから、そう言っている。

「は? どういう意味だ?」

 力不足。その言葉の意味がわからないようで、怪訝な顔をした。
 でも、ルクトさんの声は、明らかに貶していると伝わったから、怒りの感情を徐々に出している。

をするな」

 ひやり、とルクトさんから、冷たい空気を感じた。
 ビクリと、彼らが震えては固まる。
 あ。これは、ルクトさんの殺気だ。

「ギルドに指導のをされたと、苦情を伝えなきゃいけないか?」
「……チッ!! 最年少でAランクになったからって粋がりやがって!!」

 身を引く後押しを、ルクトさんが言えば、やっと諦めてくれた。
 悪態をついて、一行は踵を返す。
 しっかり、【探索】魔法で離れていくのを確かめてから。

「なんか、私のせいで絡まれてしまいましたね」
「リガッティーのせいじゃないさ。下品な連中も多いから、気をつけろよ」
「はい、気を付けますけど……どんな対処がいいですかね? きっぱりと突っぱねても、食い下がりそうですが……ギルド会館ですれ違うなら、なるべく穏便な対応がいいのですか?」

 肩を竦めたルクトさんに、正しい対応を問う。

「いや、実力ではアイツらは下なんだ。学園と同じで、実力至上主義で、気兼ねなくギルド会館を闊歩すればいい」

 ニヤリとルクトさんは、あっさりとあのパーティーは格下だと言い退ける。

「実力を示さないと、上だって証明も出来ないじゃないですか……」
「ランクアップしなくても、実力は変わらない。昨日みたいに、バッサリと言い切ってもいいんだぜ?」

 ケラリと笑って、向き直ったルクトさんは、私から短剣を取って【収納】した。
 何もランクアップをしてまで、上だと示さなくてもいい。冒険者ギルドが決めたランクが全てではないのだ。
 確かに、彼らには負ける気がしなかった。多分、同学年の騎士志望の生徒ですら、あのパーティーに勝てる気がする……。
 力ではなく、昨日差別発言を撤回するように進言したように、その勢いで思いっきりフッてもいいと言い出す。
 半分冗談。

「一応言っておくが、アイツらと親しくなっても、メリットはない」

 半分本気、か。

「パーティーにも、ランクがつくそうですね。あの人達のランクは?」
「Bランクだ。自称Aランク目前の実力派パーティーさ」

 物凄く皮肉をたっぷり含んだ言葉だ。
 つまりは、Aランクには届かない実力で、大きな顔をしている輩か。

「んー……条件を満たせれば、簡単にランクアップが出来てしまうのですね。強さと比例はしていないランク付けになってませんか?」
「いやいや。言うほど条件は優しくはないさ。Bランク止まりは、ごまんといる」

 ルクトさんは掌を上下に振ってまで、軽く笑った。

「Bランクは、あんな奴らでもアップ出来るが、Aランクの壁は高い。一番の関門の条件、知りたい?」

 ズイッと、ルクトさんは私に顔を寄せて、悪戯っ子のように目を細めて見せる。
 私はぱちくりと目を瞬かせて、どんな条件なのかと、教えてほしいとコクリと一つ頷く。
 ルクトさんも満たした難関な条件は、何か。


「下級ドラゴンの討伐」
「!?」


 驚愕した私の反応に満足して、ルクトさんはククッと喉の奥で笑った。

 下級ドラゴン。猛獣と変わらない習性で、大きな翼と鋭いかぎづめを持つ凶暴な生き物。下級であっても、街一つは壊滅させるほどの力を発揮する強敵だ。

 逆に、上級ドラゴンは、人と会話をする知能を持っていて、過去には争いを言葉で止めたほどだ。

 討伐すべきドラゴンは下級。
 崇めるべきドラゴンは上級。
 人はそうやって、ザックリと区別している。

 私は、実物の影を見たこともない。
 どんなドラゴンかはわからないが、空を飛ぶ巨大で獰猛な生き物を、一人で討伐したのだろう。
 二年前にはドラゴンを討伐して、そして最速で最年少のAランク冒険者になった。


「……ルクトさんの強さが、少しだけわかった気がします」


 ドラゴンを討伐するほどの強さを持っているルクトさんに、尊敬の気持ちを込めた声を向ければ、彼はまだ幼さが残った顔で上機嫌な笑みを溢した。


 
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