悪役令嬢と言われましても。

三月べに

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01 主人公と言われましても。

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 ラズベリー味の赤色のマカロンを一つ、手にして口に運ぶ。
 春のそよ風が、私の漆黒の長い髪を僅かに揺らしたから、そっと耳にかけた。
 丸いテーブルを挟んで、座っている令嬢は真面目な表情をしている。
 何やら真剣に困っている様子。私に声をかけた時も、まだ迷ったような様子だったけれど、言葉に迷っているのだと思い、私は急かすことなくおやつを堪能した。
 そして、意を決した表情でこう告げたのだ。

「単刀直入に言います。エルシー嬢、あなたは悪役令嬢なのです!」

 ルイボスティーの入ったカップを持ち上げたまま、私は首を傾げた。

「はい? 今なんと言ったのですか? ネネティ嬢」
「落ち着いて、私の話を聞いてください。あなたは悪役令嬢なのです」

 再び言われた言葉を、私はゆっくり飲み込むように、ルイボスティーを啜る。
 悪役。悪役か。ただの悪役ではなく、悪役令嬢。
 面白い響きだと思いつつも、私はカップを置いて、ネネティ嬢の話に耳を傾ける姿勢を作る。
 私は、アクアリー伯爵家の令嬢。それなりに強い力を持っている家だと思うけれど、悪事なんて働いていないと思う。
 水魔法にとても優れた家系で、昔に水を作り出して、人々の喉の渇きも、干からびた地面も潤わせて、危機から救ったことで爵位を頂いた。英雄の末裔なのだ。家族が悪事など好まないと、自負している。
 ふんわりと毛先がカールした桃色の髪とライトグリーンの瞳を持つ愛らしい容姿のネネティ嬢は、今学期に入ってから、この魔法学園に入学してきた男爵家の令嬢である。
 庶民の母を持つネネティ嬢は、光属性という貴重な魔法を行使することを得意とする人材だと発覚し、クラウリー男爵家に受け入れられたと噂で聞いた。
 光属性は、闇属性に対抗出来る癒しの類の魔法だ。
 おとぎ話では、よく聖女などが使う魔法だった。
 かつて、聖女とまで呼ばれた癒しの魔法の使い手が、王族に嫁いだという話は有名である。だから、ネネティ嬢は王族の誰かを狙っているのではないか。という憶測まで飛び交っていたりするのである。
 寛大な両親から「好きな人が出来たら、いつでも言いなさい」と言われていて、婚約者のいない私からすれば、危機感も何も覚えていない。単純に、そんな噂があっては、ただですら庶民上がりで苦労しているだろう。そういう同情を抱いていた。
 だから、今日話がしたいと頼んだ彼女に、快く承諾したのだけれども。
 この子、大丈夫なのだろうか。
 話を聞いているうちに、心配になってきた。
 要約すると、ネネティ嬢は自分を転生者と言い、そして前世ではこの世界は乙女ゲームの舞台で、自分は主人公であり私は悪役令嬢だというのだ。
 転生者。つまりは、生まれ変わった者。
 物語の中では、前世がある登場人物がいたと思う。こうして明かす人物は、初めてである。そもそも、前世の記憶を持っているなど、他人にはそれが本当か嘘かはわからないものだ。
 私としては、本人が言い張るなら、そうなのだと信じる。
 しかし、この世界がゲームの舞台とは、信じがたい。
 ゲーム。つまりは何かの遊戯で出来た世界ということなのだろうか。
 口が止まらないネネティ嬢は乙女ゲームについて、少し続けた。
 乙女ゲームとは、恋愛を楽しむゲームとのことだそうだ。
 攻略対象と称して、異性を恋愛的に落とすゲーム。
 そんなゲームの中で、主人公のネネティ嬢は、親しくなった攻略対象を奪おうとする悪役令嬢エルシーにいじめを受ける。しかし最後は、そのいじめなどの罪を暴かれて、断罪される結末が待っているというのだ。

「私……悪役令嬢のエルシー嬢を救いたいのです! ラノベでは悪役令嬢が主人公で断罪ルートを回避する話がありますが、エルシー嬢は転生者ではないのでしょう? 私は誰かを悪役にして、幸せになるなんて考えたくもないのです! だから、こうしてお話をした次第です」

 ラノベ? よくわからない単語がちょくちょく出るけれど、それは前世の世界の言葉だろうか。
 仮に、ネネティ嬢の言うように、攻略対象を恋愛的に落とすゲームの舞台だとしよう。そのまま、話を続けることにした。

「お話してくださり、ありがとうございます。勇気が必要でしたでしょう。私を気遣ってくださるのは、嬉しいですが……私は今のところ恋愛に興味はないのです。その上、誰かから略奪愛をするのは、私の性格上ありえないことですわ。ましてやいじめなんて……」
「いいえ! シナリオの強制力を甘くみてはいけません! 現に私はこうしてこの学園に入学したではないですか! ちゃんと意思を持って必死に抗わないと、ゲームの通りに断罪されてしまいます!」
「……」

 この子、ゲームの通りになると信じて疑っていない。
 私はまたカップを持ち上げて、一口啜った。
 運命が決まっていて、それの通りになる。ネネティ嬢は、そういう考えの持ち主。
 私としては例え神様が人生の筋書きを一人一人決めていたとしても、私は私の選択をして悔いのないように生きていくつもりだ。結果的に、筋書き通りだとしても、だ。

「……では、ネネティ嬢は誰と結ばれることを望んでいるのでしょうか?」

 誰を恋愛的に落としたいのだろうか。
 私はそれを確認して、その人を避ければ、いいと考えた。

「あ、私……実は逆ハーエンド狙いなんです!」
「ぎゃくはー?」
「あ、逆ハーレムの略です!」
「……」

 ハーレムは男性一人に女性が複数いる状況のこと。
 つまり逆ハーレムとは、女性一人に男性が複数いる状況のことか。

「えっと……攻略対象の異性達全員を恋愛的に落としたいと言うことでしょうか? それって……男性達があなたの取り合いをして、大変になってしまうのでは?」
「大丈夫です! 程よく距離を保って、将来的にはいい思い出って感じになるようにします! 実は……前世からイケメン達からモテてみたかったのです」

 頬に右手を当てて、笑みを溢すネネティ嬢。
 そう想像するほど簡単に、程よく距離を保っていられるだろうか。
 ネネティ嬢が、そんな風に計画的に人を操れるとは思えない。
 無理だと思うけれど……。

「それでは、その攻略対象という男性達を教えてください。避けておきますわ」

 薄々把握しているけれど、しっかり聞いておこう。
 もうすでにネネティ嬢が親しくなったという噂の異性達が複数浮かぶ。
 一人は、同学年の第二王子。真っ先にネネティ嬢と親しくなったと噂で聞いたことがある。彼とは、パーティーなどで顔を合わせたくらいだ。
 あと、同学年の最高魔導師の息子。彼とは魔法の授業で一緒のクラスだ。水魔法に優れている一族ということで興味があると、話をしたことがある。父親譲りなのか、しっかり仕込まれたのか、なかなかの魔法の腕前。だから私にとって魔法の授業でいい好敵手と勝手ながら思っている。
 あと、同学年の騎士団長の息子。彼とは剣術の授業で一緒のクラスだ。令嬢はあまり剣術を磨かないけれど、私は違うと褒められたことがある。彼もまた父親譲りなのか、稽古をみっちり受けていたのか、強い。私にとっても、剣術の授業の中で超えるべき好敵手だと思っている。
 あと、魔法生物の教授の息子。同学年で、魔法生物の授業のクラスで同じである。親の影響か、魔法生物が大好きで、目を輝かせて授業を受けている様子は、同学年とは思えないくらい幼く見えてしまうことがある。私が召喚獣として従えている雷獣について、根掘り葉掘り訊ねられた。
 あと、一つ上の学年の第一王子。彼もまたパーティーなのでは顔見知りではあるけれど、学年が違うので学園での接点は第二王子と一緒でない。
 顔立ちも成績もいい人気の高い男子生徒の名前が挙がる。
 ネネティ嬢は、全てを言い当てた。
 今名前を挙げた攻略対象と授業が同じだということ。それは少し調べればわかることだけれども、話をしたことを言い当てたのだ。その内容も合っている。
 これはネネティ嬢の話は、思い込みでもないと信じるしかなさそうだ。
 ネネティ嬢曰く、今話した会話の内容が、恋のきっかけになったのだという。つまり、悪役令嬢エルシーが、攻略対象を狙い、ネネティ嬢を攻撃する理由。
 なるほど。私が悪役令嬢になるきっかけは、もうすでに用意されているわけだ。これが運命という名のシナリオ。
 しかし、私自身、あれは些細な会話にすぎないと思っている。恋と呼ぶには、まだまだ未熟だと思う。恋、したことがないのだけれど。もしかしたら、そんな些細なことから始まるのだろうか。恋というものは。
 私はまたラズベリー味のマカロンを一つ、口に運んで食べた。

「殿下達と接点がありませんが……まぁ、あの方達の場合、最良の結婚相手として狙うという理由もありますね」
「そうです! 王子ルートは、かなり悪役令嬢って感じになるんです! 私こそが王子に相応しいのですわおーほっほっほっ! て感じです!」

 おーほっほっほって……。
 私が笑うの? ドン引きだわ。
 想像してしまい、私は少し気を悪くした。
 ルイボスティーを飲んで、ホッと一息つく。

「避けるべき相手は、わかりましたわ。全力で避ければよろしいのでしょう? 同じ授業では難しいですが、意識をしてなるべく避けてみますわ。それで私の断罪が回避するのならば、努力をします」

 気を取り直して、にこっと笑ってみせる。

「よかったです! 理解が早くて! 私、これから、殿下達とお茶の約束をしているので、これで失礼します!」
「あ、あのあまり……行ってしまったわ」

 忠告をしようとしたけれど、急いでいるのか、颯爽とネネティ嬢は行ってしまった。
 彼女にとって見知っているゲームの舞台かもしれない。
 しかし、いくらイケメン達にモテたいからと言って、逆ハーレムにするのはどうかと思う。ゲームではなく、現実なのだ。彼女自身は、攻略対象を恋愛的に落とすことが出来るだろうけれど、そう簡単に制御出来るわけもないだろう。このままでは、もめごとが起こりかねない。
 大丈夫だろうか。
 少し心配に思いつつ、私は残ったマカロンとお皿やカップを、作り出した私の空間にしまった。時間が緩やかな空間ならば、マカロンも保存が可能。
 あとは使ったテーブルに清浄の魔法を降り注いで綺麗にする。使ったテーブルはこうして綺麗にするのは、幼い子どもから躾けられるので、当然のマナーとも言える。
 次会ったら、異性を弄ぶようなことはやめた方がいいと、一声かけておこう。
 私は学園をあとにしようと、城のような学園を歩いた。
 私も逆ハーレムはないけれど、そろそろ恋のお相手を見付けなければいけないと思う。
 いくら両親が寛大でも、婚期を逃して恥をかかせてしまってはいけない。
 伯爵の称号は一つ上の兄が継ぐということは決まっている。
 私の容姿は美女美男の両親譲りで、いい方だと自負しているが、先程のネネティ嬢のように可愛らしさというよりは美しさが強いと思う。
 特に必要がなければ笑わないし、笑ったとしても氷の微笑と称される。近寄りがたい印象の令嬢だろう。
 それに令嬢達と戯れているより、一人で勉強に励んでいたりお茶を楽しんで黄昏ている方が性に合っている。
 その性分が、恋愛を遠ざけてしまっているのかもしれない。
 幼い頃なんて、人形遊びやティーパーティーごっこよりも、魔法の特訓と兄の友だちとまざって遊ぶことを好んでいた。遊びは木剣を振り回したり、弱い魔物退治まで。男勝りだった。
 ネネティ嬢が羨ましい。一人と恋愛するどころか、逆ハーレムを作ろうとしているのだ。少しだけ、ほんの少しだけ見習って、恋愛について教えてもらおうか。
 なんて、思っていれば、曲がり角で人とぶつかりかけた。
 反射的に身を引いて、避ける。
 その人は、積み上げて抱えた本をドサッと落とした。

「申し訳ありません、エルシー嬢! お怪我はありませんかっ?」

 少々ドジで有名な教師だ。私に頭を下げると、残りの本まで落としてしまった。「あわわっ」と慌てふためく教師と一緒に、私は本を拾う。

「大丈夫です。あっ」

 一冊の本から一枚の紙が、ひらりと風に飛ばされた。
 それを追いかけて、手を伸ばす。
 二階の手すりから身を乗り出すようにして、紙をなんとか掴んだ。
 しかし、身を乗り出しすぎた私の身体は、傾いて落ちていった。

「エルシー嬢!」

 また慌てた声を出す教師。
 でも下は中庭なので、私は上手く着地しようと宙で一回転をした。
 これくらい大丈夫である。と思ったのも一瞬のことだ。
 ドシャッ。
 誰かを踏み潰してしまった。
 ブーツの感触に驚いて、足を退ければ、白金髪の頭が下にある。
 この頭は……もしや。まさか。
 顔を上げれば、目の前には、先程名前が挙がった攻略対象がいたのだ。
 そして、ネネティ嬢も、いた。
 どうやら、ネネティ嬢の逆ハーレムのお茶会の場だったらしい。布を敷いた上に輪のように座って、お菓子を中心に置いている。
 つまり、えっと、私が踏み付けてしまったのは、この国の第二王子かもしれない。かもしれない、ではないか。
 ピクピクと僅かに動く倒れたお姿。間違いなく第二王子。
 ネネティ嬢は、絶句した様子。攻略対象達は、ポカンとした。

「いくら悪役令嬢でも、そんなことしませんよっ!!!」

 ネネティ嬢は、絶叫のように声を上げたのだった。
 故意ではない。事故である。
 悪役令嬢でも、普通王子を踏み付けるわけがないだろう。
 謝罪をしなくてはいけない。その間に、ネネティ嬢の治癒魔法をかけてもらおう。
 しかしその前に、笑い声が響いた。
 それは、攻略対象達の笑い声だ。
 避けると約束した直後だというのに、私はとんでもない接触をしてしまった。
 とりあえず、謝りましょうか。



 †††††††††



 昨日美容室で髪を切ってもらいがら、思い付いたものです。
 元々、悪役令嬢と言われてしまう転生者ではない令嬢の話を考えていましたので、王子を踏み付けてしまう話を書いてみました。
 しかし、立て込んでいるので、短編として投げ付けます。ひょいっ!
 続きが思い付き、書ける時間ができたら頑張りたいと思います。

20200118
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