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違和感、からの

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 最初に違和感を感じたのは、エミリアだった。
 真紅の鎧、大剣、燃え上がるような赤髪を揺らるエミリアは目立つ。
 さらに美貌も合わさり、老若男女問わず視線が注がれている。
 エミリアと同行する三年生も、苦笑していた。

「やっぱり、エミリアと一緒だと目立つよな」
「うんうん。有名人だもんねぇ」

 三年生男子、三年生女子は笑う。
 エミリアはため息を吐き、二人に言った。

「あたしが赤いから目立つって? 仕方ないじゃない。赤は炎の色、あたしの色なんだから」

 砕けた口調で肩をすくめる。こちらが本当のエミリアなのだろう。
 エミリアは、周囲を警戒しながら二人に話しかける。

「……ね、妙じゃない?」
「は? 何が?」
「なんというか、その……違和感」

 エミリアも、まだよくわからない。
 だが……なぜか、どうしても違和感がぬぐえない。
 学園内に入る客層は、貴族や生徒の家族が殆どだろう。だが……入場者を見ていると、エミリアはどうしても胸がモヤモヤした。
 何か、おかしなことがおきているような。

「……二人とも、少しだけ付き合って」
「何すんだ?」
「ちょっとだけ話してみる。そうね……あそこの、若いグループ」

 エミリアが見たのは、十八歳ほどの男性グループだ。
 生徒の家族にしては若い男性だけというのもおかしい。
 貴族ではない、歩き方が違う。
 平民。なら、どういう理由で学園に?
 考えると、疑いばかりが深くなる。
 
「ジョアン、ミーナ。行くわよ」
「おい、マジかよ」
「ん~、わたしはエミリアちゃんを信じるかなぁ」

 ジョアン、ミーナはエミリアの後ろに付いて男性グループへ近づく。
 エミリアは、男性グループを呼び止めた。

「あの、すみません」
「……何か?」

 グループのリーダーが前に出た。
 やや警戒。この時点で、何かがおかしい。

「すみません、少し確認したいんですが、学園にはどなたかご友人か、ご兄弟がいらっしゃるのですか?」
「ああ。弟がな」
「弟さんですか。あの、確認ですけど……弟さんのお名前は?」
「ああ、エドワルドだ。商業科一年の新入生」
「エドワルド……確かに」

 商業科の生徒に、エドワルドという名前は確かにある。
 当然のことだが、エミリアは新入生の名前を全て暗記していた。
 そして───エミリアは殺気を向けた。

「───何かの勘違いでは?」
「は?」
「商業科一年エドワルド。彼に兄はいないはずよ」
「…………」
「新入生名簿でも見たのかしら? 疑われたら新入生の家族、友人とでも言えば切り抜けられると? 甘いわね。新入生の名前、クラス、家族構成は全て頭に入ってるのよ」

 と、エミリアは勝ち誇る。
 ジョアン、ミーナはヒソヒソ言う。

「お前、暗記してる?」
「まさか。二千人くらいいるんでしょ?」
「エミリアくらいだよな……こいつ、バケモンじゃね?」

 すると、男性グループがエミリアたちを包囲する。
 殺気が漏れていた。
 隠すつもりがないのか、周囲が少しざわめきだす。
 エミリアたちの周りだけじゃない。入場者たちの多くが殺気を纏い始めた。

「どうやら、虫が入り込んでるようね……」
「マジか。三回目確定かよ……?」
「ほんとに、今年はどうなってるのかなぁ?」
「女神聖教。厄介な組織に狙われたわ」

 エミリアがそう言うと、エミリアに殺気を向けていた男性がニヤリと笑った。

「オレたちは女神聖教じゃない。『暴王アザゼル』さ」

 S級危険組織、『暴王アザゼル
 元は、ガラティン王国の路地裏に集まる孤児たちの集まりだった。
 窃盗、暴行、器物破損を繰り返す悪ガキ集団。だがある日……『暴王アザゼル』に、一人の少年が加わったことで、組織は急成長を遂げる。
 悪ガキ集団が、世界最高レベルの組織に。
 
 ◇◇◇◇◇◇

「ね、ほんとに行かないのー?」
「行かねぇ。寝る」
「わたしも寝るー」

 フィーネは、欠伸をして部屋に戻ったガンボとソアラに見送られ、シルフィディと一緒にエマのいる商業科教室へ向かった。
 ガンボ、ソアラは商業科の作品に興味がないようだ。

「ま、いいけどー」
「ね、ね、商業科って面白いの?」
「んー、アタシはあんまり興味ない。でもでも、エマの作った服とか小物には興味ある!」
「わたしも! あのね、エマが服を作ってくれるって!」
「わぁ、それは嬉しいね~!」
「うんうん!……あれ? ね、フィーネ、あそこにいるの」
「ん?……あ。エルク!」

 エルクは、中央広場にある石柱の上に立って、周囲を見ていた。
 フィーネたちに気付くと、石柱から飛び降りて二人の前に。

「二人とも、散歩か?」
「違う違う。エマのところに行くんだよ~」
「……ソアラやガンボは?」
「寝るってさ。商業科のイベント、興味ないみたいなんだよねぇ」

 フィーネが肩をすくめ、エルクは笑った。

「あはは。エマのところ行くなら俺も行くよ。学園一周してみたけど何も起きないし」
「平和が一番だねぇ」
「ああ。その通り───……」

 と、エルクは右手をフィーネに向けて突き出す。
 ギョッとするフィーネ。だが、フィーネの背後に……一本の矢が浮かんでいた。
 矢が念動力で折れ曲がり、ぽとりと落ちる。

「……フィーネ、動くな」
「え、え……ど、どうしたの?」
「狙われた」

 すると……中央広場にいた平民が、貴族の身体が不自然にブレた。
 そして、服装が、顔が変わる。
 女神聖教のローブを着た使徒。着物を着た美女。騎士風の男性。チンピラのような少年少女たちが現れた。いきなりのことで驚くエルクとフィーネ。
 そして───女神聖教の誰かが叫んだ。

「暴れろ!!」

 スキルが発動する。
 武器が抜かれる。
 魔法が発動する。
 そして、狙われたのは───……学園に来ていた一般人、生徒たち。

「な、なんだぁぁぁ!?」「きゃぁぁぁぁっ!!」
「め、女神聖教だ!!」「こ、こいつらまさか……プルミエール騎士団!?」「うそ、遊女ってまさか」

 一般人たちが逃げ惑う。
 学園内は、一気に戦場となった。

「え、エルク……な、なにこれ」
「……女神聖教、だけじゃない? どうなって」

 すると、警備部隊が現れ戦闘が始まった。
 その警備部隊を率いていたのは、カリオストロ。

「エルクちゃん!!」
「か、カリオストロさん……これ、一体何が」
「いい、よく聞いて。敵は女神聖教だけじゃないわ!!」
「え……」
「さっき、敵を数人ねじり殺したんだけど……言ってたの。女神聖教の下に、『プルミエール騎士団』、『暴王』、『夜祭遊女』が付いたって。これは……宣戦布告よ!!」
「せ、宣戦布告?」
「そう!! 女神聖教の下に、三つのS級危険組織が付いたの!! 参ったわね……最初に狙われるのが、ここガラティーン王立学園なんて」
「…………」
「いい、エルクちゃん。S級危険組織に在籍する全ての構成員は、冒険者の等級で言うならB級以上よ。エルクちゃん……情けは無用よ」

 つまり───……殺せということ。
 S級危険組織に在籍するテロリストは、全員が抹殺対象。
 殺しても罪にはならない。

「え、エルク……」
「…………」
「エルク、大丈夫なの?」

 フィーネとシルフィディが心配そうに見つめる。
 カリオストロは、敵に向かう前に言った。

「ためらうと───……大事なものを守れないわよ。男の子なら、覚悟を決めなさい」

 そう言って、カリオストロは敵に向かって走り出した。
 大事なもの。
 エルクの大事なもの。それは……仲間。

「……エルク、非常時だしアタシも戦う。いいよね!」
「フィーネ……」
「エマとニッケスのところ、行こう!!」
「!!」

 フィーネがそう叫んだ瞬間、剣を振りかぶる騎士が背後から現れた。
 瞬間、エルクは騎士を念動力で拘束。
 右手を反らしてブレードを展開、そのまま心臓を突き刺した。

「え、エルク……」
「そうだな。ためらってる場合じゃない」

 ブレードを抜き、血を払う。
 眼帯マスクを付け、フードをかぶり、エルクはフィーネに言った。

「行くぞフィーネ、こいつら蹴散らして、エマたちと合流する!!」
「うん!!」

 こうして、穏やかに始まった『商業科発表会』は、S級危険組織による襲撃で一気に戦場へと変わった。
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