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『ロイ』

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 ロイが腰かけていた岩の隣に、アオイが座った。

「まず、今の状況を整理する。ロイ殿……そなたの身に何があったか、説明してくれ」
「……わかった」

 ロイは、説明した。
 ショッピングモールで暴れた魔界貴族を相手にした後、首筋に違和感を感じたこと。そして、夜ベッドに入ってから、過去のティラユール家にいたこと。
 苛烈な訓練の途中、世界が歪み、起床できたこと。

「たぶん、アオイが起こしてくれたから『夢』から覚めた」
「敵の狙いは、ロイ殿を眠らせ、別の魔界貴族が『ロイ』殿に成り代わることか。だがなぜ、ロイ殿なのだ?」
「たぶん……俺が『八咫烏』だから。これまでの戦い、八咫烏は目立ち過ぎた……魔王に目を付けられたからだと思う」

 ロイの予想通りだった。
 デスゲイズは言う。

『バビスチェのやり方は、パレットアイズやトリステッツァとは違う。人間の中に潜り込み、内部から徐々に、徐々にジワジワ攻める。直接的な戦いではなく、内部崩壊を起こさせるように、人間同士で争わせるやり方だ。かつて、このやり方でいくつかの国が内乱を起こし、戦争となり滅んだ……姿が見えない分、トリステッツァやパレットアイズよりも厄介だ』
「…………くそ」
「これからどうする?」
「まず、俺を魔界貴族に見せるようにしている『魔族聖域デミ・アビス』を解除する。どこかで魔界貴族が聖域を展開しているはずだし、探して始末する」
「……でみ、あびす?」
「あー……」

 ロイは聖域の説明をする。
 ロイが魔界貴族に見えるような原因を知り、アオイは唸る。

「なるほど……その術者が、トラビア王国に」
「いるはずだ」
『正直、かなり厳しいぞ。我輩にも探知できないほど、いつの間にか展開されていた聖域だ。ルードスよりも聖域の規模が広く、精巧だ』

 それでも、ロイは諦めない。
 立ち上がり、トラビア王国を見る。

「今回は、聖剣士たちの援護どころか、敵になるかもな……」
「安心しろ。拙者が付いているではないか」
「……うん。ありがとう、アオイ」

 アオイはにっこり笑い、立ち上がった。

「とりあえず、拙者は一度戻る。魔界貴族を取り逃がしたことにしよう」
「ああ……」
「心配するな。ロイ殿のことは、決して口外しない。ロイ殿……辛いと思うが、今は王国に戻らない方がいいと思うぞ」
「…………」

 アオイは手を振り、トラビア王国へ戻って行った。

 ◇◇◇◇◇

 男子学生寮では、『ロイ』とオルカがスヴァルトから質問を受けていた。

「で、どんな野郎だったんだ?」
「え、えっと……変な奴でした。牙が生えてて、ツノも生えてて」
「身長は二メートルくらいかな。俺が見た感じ、アオイと並んで歩いてました。アオイも気付かなかったのか、あの魔族に何かされたのか……先輩、アオイだけであいつを追ったんですか?」
「……ああ。オイお前、まさか」
「……可能性の話です」

 『ロイ』は、思ったことをスヴァルトに話す。
 すると、教師が数名に、ロセ、ララベル、エレノア、ユノが来た。

「ロイ!!」
「ちょっと、無事なの!?」
「ああ、俺は無事」

 エレノアとユノが心配して駈け寄って来る。ロイは、ユノの頭を優しく撫でた。

「悪いな、心配かけて」
「ううん、ロイが無事でよかった」
「ホントにそうよ。さすがに、男子寮じゃね……」

 戦えないし。と、エレノアはボソッと言う。
 ロセは、オルカに質問する。

「オルカくん。きみが見たことを、そのまま教えて」
「は、はい。えーっと……朝飯を食ってたら、アオイがバケモノと一緒に入ってきたんです。オレが魔族だーって叫ぶと、アオイすっごく驚いてて……」
「……? アオイくんが、驚いてたの?」
「はい。すぐ隣にいた魔族のこと、見えてなかったように感じました」
「んー……」

 すると、『ロイ』が挙手。

「恐らくですけど、アオイはその魔族に、何かされたのかと……俺も見ましたけど、オルカの声に全然反応していないような感じでした。たぶん……魔族に、何かされたのかと」
「むぅ~……七聖剣士のアオイくんがねぇ」
「はいはいはい。考えるのは後よ。ロセ、今は学園に魔族が入り込んだこと、何とかしないと」

 ララベルが言うと、ロセは「そうね」と言う。
 
「ショッピングモールにもいきなり魔族が現れたみたいだし、もしかしたらどこかに、魔族の抜け道があるのかも……先生がた、一度情報を共有しましょう。集められる先生たちを集めてください」

 七聖剣士としての権限で教師に命令する。
 スヴァルトは首を傾げた。

「それにしてもお前、やるじゃねぇか」
「え?」
「そんな木刀で魔族に立ち向かうとはな」
「ええと……身体が勝手に動きまして」
「はは、気に入ったぜ」

 スヴァルトは、『ロイ』の肩をパシッと叩いた。

「とりあえず、周囲の警戒はオレがする。ここにいる野次馬は全員、さっさと学園に行きやがれ!!」

 スヴァルトが言うと、集まっていた野次馬の生徒たちが散るように学園へ。
 『ロイ』は、エレノアとユノに言う。

「じゃ、昼にな」
「うん」
「ええ」
「……また、後で」

 『ロイ』は笑い、自分の部屋へと戻るのだった。

 ◇◇◇◇◇

 一方、本物のロイは、未だに郊外の森にいた。

「あ、そういえばデスゲイズ、新しい権能くれるんだろ? 早くくれよ」
『……正直、あげたくない。あげたくなくなった……でも、仕方ない』
「なに拗ねてるんだよ」
『やまかしい。クソ、あの男女め……ほれ、『強欲グリード』の権能だ』

 ポイっと投げ捨てるように、ロイに新たな権能が備わった。
 大罪権能『強欲グリード』を得たことで、コートの装飾、仮面の形が変わる。
 コートは薄手になり、右手だけに籠手が装着される。籠手には変形機構が備わり、折り畳み式の『短弓』が装備された。『色欲』の短弓よりも小さく、スタイリッシュな形状だ。
 そして、膝下までのブーツ、フード、仮面が黒くなり、目元の部分に赤いレンズが付いた。
 
「わぁ……今までで、一番軽い」

 防御力が大幅にダウンした。
 だが、まるで何も着ていないかのように軽い。
 ロイは軽く跳躍し、着地。驚いたことに、足音がほぼしない。
 短弓を展開し、腰の小さな矢筒から矢を装填。

「……この権能は」
『ククク、これは面白い……ロイ、あそこの実を狙え』
「あ、ああ」

 五十メートルほど先にある木に、小さな実がなっていた。
 赤い実を狙い、矢を放つと……矢は、実に命中。
 そのまま木から吹き飛び、地面に落ちる───ことはなかった。
 なんと、実が消え、ロイの手元に現れたのだ。

『ククク、これが『強欲グリード』の権能……『強奪スティール』だ。お前が矢で射抜いたモノから、何かを『奪う』力だ。奪うモノは、お前が自由に選べる』
「奪う、力……」
『そう。そしてコートと仮面……防御を犠牲にした。着地の音を消し、闇に同化する。『強奪の矢スティールショット』で奪い、音もなく対象を始末する。名付けて……『暗殺形態アサシンフォーム』だ』
「……また、嫌な名前だな」
『何ィ!?』
「でも、いいな。音もなく狙撃し、奪い、殺す……今の俺にピッタリだ」

 ロイは、トラビア王国を見た。

「待ってろよ……俺が始末してやるからな」

 ロイは、自分に擬態した魔界貴族を、必ず殺すと誓い歩きだした。
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