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同族に裏切られ疑心暗鬼の俺が人の女に恋をするとは……
しおりを挟む「くそ……」
"あなたの力は平和な世では脅威でしかない"
朝日が差し込む森の中。枝の上では小鳥達が葉っぱを突く。
そんな木の幹に寄りかかる1人の男ーー耳が隠れるほど長い白髪、ほんのり小麦色の肌と気品を感じるがどこか野生みも備えた漢らしい顔つきは大人の色気が漂う。その雰囲気から一見して中年とも見て取れるが若くも見える。
「……なぜだ」
"あなたの役目は終わりました。消えてください"
男は、赤く染まった脇腹を抑え、苦悶の表情となり、その瞳が絶望に染まる。
「もう誰も信じぬ……」
◇◇◇
俺は幼い頃から他のドラゴン達とは違った特殊な存在だった。
生まれた時点で既に周りの大人のドラゴン達ですら恐れ慄くほどの魔力を有し、成長も早く、生まれて数年経つ頃には、俺に適うものはいなかった。
孤独だった……俺の力を恐れ、周りに誰も寄ってこない。しかしそんな俺にもやれることがあった。
その頃はちょうど龍族の世界は乱世。どこの龍族が1番強いのか争っていて、俺の種族(フレイムドラゴン)も参加していた。
皆、疲弊しきっていて、早く争いが終わるのを願っている同族もいた。
"困っている人がいるなら助けなさい。そうすれば巡りに巡って自分に返ってくるから"
俺の母がよく口にしていた。
その教えに準じ、俺は同族をまとめ上げ、龍族による乱世の世を終わらせた。
訪れた平和ーー皆、幸せそうな顔を浮かべるようになった。
俺は龍王として、この強大な力をその笑顔を守る為に使いたいと新たに決意した。がーー現実は無常だった。
いつものように自身の洞穴で寝ていたら、突然、壁が溶け出し、マグマと化した岩が俺の体を焼いた。
乱世も終わり平和な世になったことで、かつてなら慌てることなく対処できた事も、勘が鈍った事で避けられず攻撃を喰らってしまい、動揺してしまった。
その隙をつき、数匹のドラゴンに体中、特に脇腹を深く噛みつかれた。流れ出る血と切れ味の悪い刃物で切られた時のような鈍痛に、思わず叫びそうになったが、そこは龍王としての矜持でなんとか耐えた。
「お前達…なぜ」
「なぜ? お分かりでしょう? あなたの力は平和な世では脅威でしかないのです」
俺を嘲笑う家臣達。
「消えてください」
受け入れ難い現実……走馬灯のようにこれまで家臣達と過ごした思い出が再生される。
共に笑い、共に命をかけ、そして乱世を終わらせた仲間ーーしかし、そう思っていたのは……
「ああああ!!!」
そこからの記憶は曖昧でよく覚えていない。気がつくと、よくわからない森の中で滅多にしない人化を使い、木に寄りかかり、遠くに聞こえる小鳥の囀りに耳を傾け、呆然と地面を眺めていた。
◇◇◇
空を自由に舞う鳥達。羽を広げてどこまでもどこまでも飛んでいく。
「悪いね。水が溜め終わったら、今度はみんなの畑の草取りを頼むよ」
「いいですよ! 私に任せてください!」
自身の体よりも大きな水瓶を背負い、格子状に組まれた木の柵をくぐり森へと歩く少女ーー名はリア。14歳になったばかり。しかし既に成長は止まり同年代の子達よりも背は一回り小さく、村で1番非力。親はなく、10歳から1人で暮らしている、明るい茶髪が特徴的な少女。
「はぁはぁ」
リアは、獣道同然の歩きづらい森の中を進む。水瓶を割ってしまうと他の村人達に怒られる為、時たま現れる小石に気をつけながら、よろめきつつも進む。
それから歩く事15分ーーいつもの河原に到着したリアは、河原近くの木に寄りかかる血染めの服を着た男に驚愕する。
(え……え? なんでこんな山奥に人が?)
リアが住んでいる村は、人族国家群の一つーースラース王国の外れも外れ。物好きな冒険者くらいしか滅多に寄りつかないほど山奥にある集落ーーモンデル村。滅多に村人以外に合わない。
その為、よそ者を見かけると皆、警戒する。さらに、リアが発見した男は衣服のほとんどが血に染まっている。自然と警戒度は上がる。のだが……
「それどころじゃない! まだ生きてるかも!」
リアは男へ駆け寄る。
「近寄るな!」
しかし意識のあった男は、下を向いていた顔を急に動かし、リアに向かって吠えた。
今まで耳にした事がないよく通る声にリアはビクッとして静止する。
だがーー
「……」
リアは、射殺さんばかりの形相で睨む男に対して、動揺せず、真っ直ぐとその瞳を見すえる。
男は、リアの瞳から自身に対して敵意がないか、あるいは、悪意がないかを覗き込む。
「……」
「……手当てをさせて」
2人は視線を交差したまま、しばらく動かずにそのまま見つめ合う。
「……ふん! 物好きな奴め!」
男は目を瞑る。
「……」
無言の了承だと理解したリアは、警戒はしつつ男に近づき、そーっと手を伸ばしその体に触れる。
柔らかい、けど硬い……自身の柔な腕と違う硬いけど柔らかい不思議な感触に思わず触り比べをしてしまうリア。
「……早くしろ!」
おおー、と顎に手を当てて反応するリアに向かって、我慢の限界を迎えた男は怒鳴る。
「す、すみません!」
リアは慌ててシャツのボタンを取り、脇腹を見る。
(服についた血の量の割には思ったほど深くはない)
それから近くの木の葉っぱを取り、石で擦る。
「……まさか、それを傷口に貼るのか?」
「抵抗があるとは思いますが、この擦った葉っぱを傷口に貼ると……ほら」
リアは袖を捲り、白く透明感のある肌をさらす。
「このようにあざなら多少は残りますが、2日もあれば腫れがひきますし、切り傷なら1日もあればあっという間に治ります」
怪訝な表情の男にリアは笑う。
「……」
男は何も返事はしない。代わりに、脇腹の傷口から手を退ける。
「少し染みますよ」
リアはその脇腹へと葉っぱを傷が覆い隠れるほど貼る。
「つ!」
葉っぱによる刺激に一瞬痛がるそぶりを見せたが、すぐに無表情となり、以後はプルプルと体を震わせつつも耐えてみせる男。
「ふ、ふん! 言うほど大したことはなかったな!」
「震えてますけど」
「こ、この震えは俺の先祖から代々伝わる怪我をした際に行う体操……のようなものだ!」
強がる男をジト目で見つめるリア。
「な、なんだ? 嘘ではないぞ」
「……まあ、そう言うことにしておきます。それよりお腹空いてませんか?」
大きな水瓶の中から何かを包んだ布を取り出す。
「パン2つとチーズです。食べるもの食べないと回復できませんからね」
笑ってリアは男に手渡す。
「……お前の食糧なのではないのか」
おずおずと受け取り中身を確認してリアに尋ねる男。
「困ってる人がいたら助けるのは当たり前!それに一食くらい食べなくても私は大丈夫!」
胸を張り堂々と言い切るリア。だったが……ぐうぅと食糧を求める自身のお腹は大丈夫ではないと泣き叫ぶ。
「……あれ、もしかして朝食べたパンにカビでも生えて」
「俺はそんなにお腹が空いてない。このパンの半分をもらえればそれでいい」
黒パンを三分の一ほど割って残りのパンとチーズをリアへと返す。
「ごめんなさい……いただきます」
リアは男の隣に腰掛けパンとチーズ、それからコップに水を汲んで硬い黒パンを流し込む。
本来なら小麦で作られるパンではあるが、農奴たちにはそんな高級なパンは行き渡らず、大麦。しかも、十分にこせず、もみ殻などがところどころに混じった苦い風味のパンを主食としている。しかし栄養価は高い為、黒パンを食すものほど長生きをしている。
慣れていてもやはり苦いものに変わりはない為、食事ではなく栄養補給として無理やり飲み込むリア。
「ふぅ……」
息を吐き、少し休憩しつつパンを見つめる。
「女。名はなんと言う」
ぶっきらぼうに隣のリアに声をかける男。
「私の名前はリア」
「リア……俺の名はアレク。手当てと食事、感謝する」
男ーーアレクはリアへと頭を下げると、パンを口に運び「美味しい……ご馳走様」とパンをお腹へと収める。
(ぶっきらぼうだけど、ちゃんとお礼を言ったり、私のことを心配したり……なんだか面白い人)
そんなアレクを見てリアは微笑む。
「お粗末様……と、それよりその怪我でこんな所にいたら良くなるものも良くならないし、私の家に来ない?」
アレクに手を差し伸べる。
「……悪いが、俺は1人がいい」
その手を見つめた後に、手を差し出そうとしてやめて下を向き、アレクはそう答える。
「……何かあったの?」
リアは心配した面持ちでアレクに尋ねる。
リアが近づこうとした時の警戒した様子や、今の助けを拒むような態度……明らかに何かあったとしか考えられない。
「……ただ1人が好きなだけだ。気にせず村へ戻れ」
下を向いたまま話すアレク。
それ以上は何も聞くなと言うアレクの態度に、リアは溜め息を吐きつつ、「わかった。その代わりまた明日来るから」と言い、森の中から木の実を取ってきて、アレクの近くへ置き、大きな水瓶を抱え元来た道を戻って行った。
その背中を見つめるアレク。
「……変わった奴だ」
それからリアは大きな水瓶を抱えて、毎日のようにアレクの元へやって来ては、村での出来事を話した。
「村中の畑の草取りをしてまわったら、次の日に足腰が痙攣して辛かった」とか……
「村人全員分の夕食を作っていたら量が足りなくて自分の分がなかった」とか……
「村人全員の家の掃除をしたら1日で終わらなくて怒鳴られた」とか……
快活に笑うリア。
初めは無表情で無言だったアレクだったが、次第に彼女の笑顔にほだされ……
「ふ……間抜けな奴め」
と、言い方は相変わらずだが、それでも微かに笑うようになった。
「ふふ」
そんなアレクを見て微笑むリア。
「な、なんだ」
「やー、何もないよ。と、そろそろ村に戻らないと。また明日」
手を合わせると、座ったまま軽やかに飛び上がり、宙で横に一回転。
太陽の光によって鮮やかに舞う金の髪の美しさに思わず魅了されてしまうアレク。
リアは着地と同時に下着が見えないようにふわりと跳ね上がるスカートを両手で抑える。
「それじゃ」
「ああ」
リアはアレクのぶっきらぼうな返事に「ふふ」と微笑み水瓶を持って村へと帰っていった。
「……変わった奴だ」
遠ざかるリアの背を眺め、アレクも笑う。
(もう誰も信じぬと言っていた俺が笑うとはな)
翌日ーーリアとの会話を楽しみに待っていたアレクは、現れたリアの姿を見て表情を険しいものへと変える。
「アレク。遅くなってごめん」
ふらつきつつなんとか水瓶を下ろすリアーー夏用のワンピースからのぞく腕、足、肩、そして顔……全身の至る所にあざができていた。それらは比較的できたばかりのものだというのが診てとれる。
「っ! 無理をするな! まずは横になれ!」
「あ……ごめん」
倒れかけたリアを抱き止め、河原近くの木陰へと寝かせる。
(治療などしたことがない。こんなときどうすれば……)
オロオロするアレク。
彼は、どんな強者も寄せ付けないその強大な力と、龍族に備わる脅威的な治癒力によって、大抵の傷などすぐに完治してしまう。
さらに、同族であった者達も自身が前線に立ち、孤軍奮闘していたこともあり、怪我を負うものなど皆無だった。
それ故に、手当というものがどうやれば良いのか、いまいちよくわからなかった。
しかし、そこは200年も生きるドラゴンである。学習能力は高い。
リアが自身にしてくれたように近くにあった葉っぱを石で擦り、患部へと張っていく。
「誰がこんな事を……」
思考するアレクは、一つの可能性が頭をよぎる。
(俺の傷口に葉っぱを貼るときに、確か袖を捲ったときにも、腕に今の痣と似たようなものがあった)
一つの可能性は他の記憶と結びつき、連鎖的に次々と状況証拠が浮かび上がる。
"村人全員分の夕食を作ったけど分量を間違えて私の分だけなかった"
"村中の畑の草むしりをしてまわったら、次の日に足腰が痙攣して立てなくなった"
"村人全員の家の掃除をしていたら1日で終わらなくて怒鳴られた"
「……リア。お前もしかしてーー」
そう言いかけたアレクの言葉を遮るように喋り始めるリア。
「宙を舞う鳥は羽を広げてどこまでもどこまでも飛んでいく……けど、外の世界を恐れて飛び立たない鳥もいる……それに困ってる人がいるなら助ける。それは巡り巡って自分に帰ってくるから」
そう言ってリアは笑う。しかしどこか苦しそうに。
「愚かな……」
言葉とは裏腹に、涙を浮かべてリアの手を優しく抱きしめるアレク。
"困ってる人がいるなら助けなさい。そうすれば、巡り巡って自分の所へ帰ってくる"
その言葉を信じ、自らを犠牲にしてまで奮闘した末にあっさりと裏切られた。
そんな少し前までの自分とリアは重なる。
「愚か」と思いつつ、こんな目に遭いながら、なおも信じ貫こうとするリアが羨ましくもあり、守りたいとも思った。
「ならば、俺と共に来ぬか? 実は俺も故郷を追われた身ゆえ、行く当てなどないが」
ぶっきらぼうではあるが、アレクは優しい笑みを浮かべる。
「……行きたい」
絞り出すように思いを口にするリア。
「わかった」
頷くアレクは立ち上がり、瞳を閉じるとその身に宿した魔力を一気に解き放つ。
体の周囲に炎が集まり、アレクを包み込む。
「いたぞ! こんなところで油を売ってやがった!」
「村のお荷物のくせに! さっさと働け!」
「いや、いっそのこと殺してしまおう。働けない奴になど価値はない」
ちょうどそこに斧や鍬を持った大勢の村人達がやってきた。村人達は寝転ぶリアに向かって罵声を浴びせ、中には鎌を投げ付けようとする者までいた。が、リアの近くで巻き上がる炎を見て動きを止める。
「お前たちか」
地を揺らす静かな怒号と、見るもの全てを震え上がらせる鋭い眼光が、炎の中から村人達に注がれる。
「……ひ」
それだけで実に50人はいるであろう村人の半数以上の意識を刈り取り、股を濡らした。そうならなかった者達も腰を抜かし、その場で震え上がる。
「よくもリアを……滅ぼしてくれる!!」
体を覆っていた炎が消え、本来の姿を露わにしたアレクは、巨大な山を消し飛ばした最強のブレスを村人に向かってはな……とうとしてリアに指先を掴まれた。
足元のリアを見下ろすアレク。
そんなアレクにリアは首を振るーーやめて、と。
「……本当に良いのか」
「うん。私はアレクと一緒に自由になれればそれで良いから」
リアは微笑む。
「……おい、村長は居るか」
村人に問いかけるアレク。
「……」
しかし、腰を抜かしてそれどころではない村人達から反応はない。
「はぁ……良いか! リアは俺と共に生きる! したがって、今この瞬間からこの村の人間ではない!」
そう宣言するアレク。
「そ、それは困ります! そいつは農奴で私の所有物です! 居なくなられたら村の雑務をこなす者が」
と、アレクに意を唱える中太りの男。
「お前がやれ」
「な、私は村長だぞ! そんな奴隷どもがやるような事をしてたまるか!」
アレクに向かって切れる。
「やれ」
「く……」
その男に向かって極大の殺気を放つアレク。その重圧に耐えられず言葉を発せない中太りの男は、首を縦にふる。
「これでいいな。さて、お前達は用済みだ。眠れ!」
今度は村人全員に向かって殺気を放ち、その意識を刈り取る。
「少々手荒にやりすぎたか?」
不安になってリアに尋ねるアレク。
「ううん!すごくスッキリした!」
ありがとうーーと憑かれものが取れたように満面の笑みを浮かべるリア。
「そうか」
リアにつられてアレクも優しげに微笑む。
………
……
…
それから1週間……モンデル村。
「おい!誰か水を汲んでこいよ!喉が渇いて仕方がねえ!」
「誰か家の掃除してよ!埃が気になって眠れないわ!」
「畑の草が大変なことになってるぞ! 誰か草むしりをしろよ!」
全て他人任せだった村は、畑が草で荒れ、作物は育たず、家の中は埃まみれと散々な状態となっていた。
一方その頃……
「空って気持ちいいんだね。地上よりも空気が澄んでる」
アレクの背に寝そべり、目を閉じるリア。
「そうだろう。この気分を味わえるのは空を飛べる者の特権だ。とくと堪能するがいい」
「うん!」
リアとアレクは空の旅を満喫していた。
応援ありがとうございます!
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