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第十二話 生活魔法とご加護

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 翌日ギルドに出ると、これまた随分と心配されてしまった。
 大丈夫だったか? 虫食わされなかったか? という心配のされ方。
 一体子爵様は普段どんな行動してるのよ。
 そう思って聞いてみると……まあ出るわ出るわ本当か嘘かも分からない噂の数々。

 まずムイ子爵様の正式なあだ名は『変人奇人なんでもござれの蟻食い子爵』というらしい。
 そもそもあだ名に正式も公式も方程式もないだろうに。
 それでこの蟻食い子爵様、『神の落し子』の噂を聞けばどんな輩だろうとお迎えに上がり、屋敷でもてなすらしい。
 ……ちょっと待ってそれって私がその奇人変人扱いされたってこと? ちょっと不服。
 そして色々とお話をされるんだけど、最終的にその相手が『神の落し子』でないと、つまり嘘をついているのがバレると豹変して殺してしまうらしい。
 なんちゅうお人や!
 でも町の人からすれば、税は低いし高圧的でもないしちょくちょく町をうろついてるし民の暮らしを一番に考えてくれるみたいで、普通に生活する分にはとても良い領主様らしい。
 ただ時々虫を食べたり突然ヤッホーと大声で言うなどの『神の落し子』がするらしい、という噂を信じては奇行に走るらしい。
 まあそこまでの害はないから皆さん放っているらしい。というかなんだかんだでお貴族様なのであんまし余計なことは言えないんだとか。
 もっとも怖いもの知らずの冒険者達は結構色々言ってるらしいけど。
「まあそーゆー訳やけども、エリィちゃんになんともなくてホンマ良かったわ」
「すみません、なんか凄く心配させてしまって」
「でもまあ、エリィちゃんがどーやらホンマもんらしいっちゅーのも分かって嬉しいわぁ」
 他の冒険者の方々は気付いていないようだが、つまり、そういうことだ。
 子爵様の所から無事に戻ってきた、ということは、私が『神の落し子』である、とある意味吹聴しているようなもの。
 やだなぁ。あんまし知られたくないなぁ。
 だって伝説とか物語とかに出てくるんでしょ。おじさんそういうの目指してないから。
 もっとのほほんとしていたいんだけど。仕事のノルマもないしーのんびりっていいよね。
 あーでも前の世界で出来なかった事とかは色々やってみたいよね。魔法で空飛んだりとか。
 でも今はそれよりもまず……

 お風呂に入りたい。

 割と切実だったりする。
 もうこちらの世界にきて数日だが、やっぱり自分の体が気になるのだ。
 別に臭いがしているとかそういうことではないのだが、元日本人として、数日お風呂に入らないだけでも気になる。
 あーこんなことなら子爵様の所でお風呂かシャワーか、それにしたって湯浴み的なのあったでしょーに。失敗したー。
 でも私には! これを解決する知恵があるのだ!
 そう! それは!
 生活魔法である!
 生活魔法で【クリーン】とかそういうのを覚えたら、きっと私の日常は快適になるはずなのだ!

 とゆーわけでガーリーさんにご相談。
「そういえばガーリーさんにちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「なんや?」
「あのー、体を清潔にしてくれる魔法ってあります?」
 私の言葉に、ガーリーさんが目を点にする。
「エリィちゃん……【クリーン】知らんの? なんで?」
「なんでと言われましても」
「ああそーか。そっちやとご加護とか無いんかな」
「ご加護?」

 それからガーリーさんは私に説明してくれた。
 こちらの世界では、成人と共に教会に行き、神々からのご加護を授かるのだと。
 そしてその神々からご加護を授かった人たちは、晴れて【クリーン】を含めた【生活魔法】を手に入れることが出来るのだと。
 つまり【生活魔法】を使えないのは、成人未満のものか、あるいは神々から見捨てられた者だけなのだと。
 私はそういう意味では後者に見えてしまうので、余り言わない方がいいと。
 あるいはエルフだからという魔法の言葉があるので、それで誤魔化せばいいのかもしれないけれども。
 
「そーゆーことやから、とりあえず教会にでも行ってみるとええんちゃう?」
「ありがとうございます」
「協会はここから北に行った広場の近くにある大きなまあるい建物やから、行けば分かると思うわ」
「はい。それでは」

 とゆーわけで私は教会へと向かった。
 広場まで来ると、色々な出店というか市場というか、そういった屋台や人々でごちゃごちゃとしていた。
 そして私の求める建物は、っと……あれかな? 
 確かに私達の思い浮かべる教会とは少し違っていた。
 建物は確かに私のイメージする長方形ではなく、本当にまあるく作られていた。
 そして十字架がない、って当たり前か。別にこの世界では磔にされた神様を祀ってるわけでもないだろうし。
 正面の大きな扉を開けると、建物内の中央はぽっかりと大きな空間になっており、そこには柔らかな日差しが差し込んでいた。
 そして周りを見回すと、大小様々な大きさの像が壁の至るところに飾られていた。
「おや、いらっしゃい」
「あ、どうも。失礼します」
 私に声をかけてきたのは、入り口すぐ横の安楽椅子にゆったりと腰かけて、書物を読んでいる好々爺のお爺さんだった。
 お髭がこれまた実にご立派。髭マッチョのギルマス同様、こちらの世界では髭を伸ばすのが大人としてのトレンドなのだろうか。イスラームみたいに。
 あぁでもハラールさんはそうでもなかったな。じゃあお爺さんになるとそうなのかな。
 そういえば親父も歳を取るを髭を剃るのが面倒とか言っていたっけ。まあ気持ちは分からなくもないけど。
 そうそう毎朝の髭剃りしなくていいのは美少女になった後では地味に高ポイントだったりする。
 いやいや実際の女性の皆様方はきっと色々と大変なのだろうが、異世界転移ムーブした私にとっては関係のないことなのだ!
「いやはやなんと美しいお方か。まるで神の使いのようですのぅ」
「いえそんな」
「私のような者にも、ついにお迎えがきたのですかな」
「違います! えっと……神様のご加護を頂きたく思いまして」
「なんと! その年でまだ頂いていらっしゃらないと!?」
「ええ……まあ……」
「おや、よく見ると貴女様はエルフでいらっしゃいますかな?」
「はい」
「なるほど……人変われば定め変わり、定め変われば生変わると申しますからな。我々の崇める神々がエルフのお方に合うかどうかは分かりませんが、ぜひとも拝んでいって下され」
 今のもことわざっぽい。十人十色みたいなものかな?
 ……あれ? 拝む?
「えっと……ご加護を頂きたいのですが」
「ああ! 確かにそこから説明しないといけませんのぅ」
 お爺さんはゆっくりと立ち上がり、書物を椅子において、ゆったりと部屋を見回すようにした。
 私もついつられてお爺さんの視線を追う。
「ご加護を頂くには、神々へのお祈りが必要です。神々にお祈りを捧げると、神々が貴女を選び、そしてご加護を与えられるのです。もちろん貴女が信じる神様にお祈りを捧げるもよし、頂きたいご加護の神様を拝むもよし。ただ、望んだご加護を頂けると思ってはいけません。あくまで神々が私達に恩寵を与えられるのです。我々は選ぶ立場にはありません。それだけは分かって頂けますかな?」
「はい」
「さて……貴女は何かを求めていらっしゃる……それもどうやら俗物的なもののようですのぅ」
 お髭をゆっくりと撫でながら、私を覗き込むお爺さん。その年経て皺に囲われた小さな瞳は、私の瞳の奥にある性根をしっかりと射抜いた。
「うぐっ」
「もちろんそういった事で来られる方もいらっしゃいます。しかし神々は差別をされません。貴女が丁寧に真摯にお祈りを捧げれば、きっと神々も応えてくださいますでしょう」
「はい……がんばります」
 こりゃ恥ずかしい。全部ばれてら。
 でも丁寧に真摯に祈る、か。確かにそうだな。そういう誠意を見せるって大事。
「とくにどなたかにお祈りを捧げるかは決めていらっしゃいますかな?」
「いいえ」
「では中央に進んで、そこでお祈りを捧げてください。どのような恰好でも構いません。貴女が信じるものを、信じる通りにおやりなさい」
「分かりました」
 私は広く空いた中央へと進み、そして入ってきた扉からまっすぐ進んだので、そのまま奥を向き、そして片膝をついてしゃがむ。
 さてお祈りか……やはり日本人としては、両手の皺と皺を合わせて、手のひら同士をくっつけた祈るというより拝む姿勢になって、目を閉じた。

(神々の皆様。私はこちらの世界に来て、なんとか楽しくやらせて頂いてます。こちらの世界に呼んでいただいてありがとうございます。どうか今後とも色々とよろしくお願いします。あと出来れば生活魔法というかそういうの頂けたらと思います。なにとぞ……なにとぞ……よろしくお願いします)

 こんな感じだろうか。
 ちょっとというか結構本音が漏れてるけど、でもきちんと真摯に拝んだつもり。
 そう思っていると、ふいに声がした。

『これからも、あなたに幸あらんことを』

 どこかで聞いた声だな……どこだっけな……
 ちょっと思い出せない。まあいいや。ふとした時にでも思い出すだろう。
 私はゆっくりと目を開けた。
 そこには先ほどと全く同じ景色が、沢山の像が壁一面に置かれた教会の姿があった。
「さて……お祈りは届きましたかの?」
「えっと、どうでしょうか」
「お祈りの後、何かありましたかの?」
「あー、なんだか声が聞こえました。どこかで聞いたことのあるような……声が」
「なるほど。ではご加護を得ているかもしれませんな」
「そういうのって、どうすれば分かるんですかね?」
「では試しに一つ、ご加護から得られる魔法を使ってみますかな」
「はい、ぜひ!」
「生活魔法は幾つかありますが……何かご存じですかな?」
「【クリーン】! 【クリーン】が使いたいです」
「では、その言葉を自らの魔力を使うことを考えながら、そして自分がどうなりたいのかを想像しながら、もう一度唱えてみなさい。魔力の使い方は分かるかな?」
「はい。でも……」
 これも例の魔法と同じように、えっちぃこと考えないといけないのかな?
「なにかね?」
「あの……魔法って、その……えっちな事を考えないといけないって」
「それは他の魔法であって、これは神々からのご加護によるもの。ご加護と魔法は別物だと考えられているので、特にそのような必要はないですぞ」
「分かりました」
 ちょっとほっとした。町中の人たちがみんなえっちなこと考えながら明かりをつけたり暖炉に火を入れたり体を清潔にしてたら、ちょっと私のこちらの世界の人達を見る目が間違いなく変わってくる。
 とゆーわけで使ってみようか。体を隅々まで綺麗にしたい! なんなら毛穴の奥までぴっかぴかに!
「【クリーン】!」
 しゅわーんと私の上から聖なる光が流れ落ち、そしてシャワーを浴びるかのように地面の下へと吸い込まれていった。
 ……これだけ?
 そう思ったけれども、ちょっと顔を触ってみると、肌触りが全然違った。
 いや前々から既におじさんの肌ではなく美少女の肌なので、それこそもちぷにふわふわだったのだが、そこに更にきめ細やかさというか瑞々しさが加わってこれこそ世界最強! って感じに思える。
 ちょっと体を動かしてみたが……全然違った。何よりスッキリ感が気持ちいい!
「いやぁ……見違えるようじゃのぅ」
「本当ですか!? ありがとうございます」
「これで、ご加護を頂けたのも分かったようじゃし。良かったのぅ」
「はい。お世話になりました」
 私はぺこりと頭を下げる。いやはや、これで日々快適に過ごせそうだ。
「あと、エルフの方には関係ないかもしれんが、魔法を使いすぎると具合が悪くなったり倒れたりすることもあるから、程々にするんじゃぞ」
「はい」
 もしかしたらMPとかの事だろうか。後で減ったか確認してみよう。
「しかしやはりエルフさんじゃのう。魔法にも詳しいとみえる」
「いえいえ……」
 それってさっきのえっちな話のことだろうか。
「魔法とは誠に不可思議なものよ。エルフの方ならば余計にそう思うであろう」
「ええ……まあ……」
「御身を大事にするとええ。特に女子で別嬪さんのお主なら余計にの」
「あっ、はい……気を付けます」
 どういう意味だろう。まあ気を使ってくれるのはありがたいが。
「それでは。ありがとうございました」
「また祈りたくなったら来るとええ。ここは日々開かれておるからな」
「はい」
 私はお爺さんのいる教会を後にした。
 不思議な雰囲気のするお爺さんだったが……まあいいや。
 それよりも! 今日から【生活魔法】も【クリーン】も使い放題だー! いやっほぅ!
 そうだそうだステータス確認してみないと。
 道端の端に止まり、ステータスを確認してみた。
 やはりスキル欄に【生活魔法】は増えていなかったが、代わりに称号欄にこんなものが増えていた。

≪※※神の加護≫

 これか。私が頂いた加護って。
 でも神様の名前が読めないんですけど。
 翻訳されてるのかな? それとも元から読めないのかな? うーん。
 試しに【鑑定】も使ってみることに。

≪※※神の加護……※※神が認めた存在に与えられる加護。
効果……生活に関する簡易的な魔法の使用の許可、世界の理に触れる可能性の許可≫

 ……あかん。意味分からん。
 なんだよ『世界の理』って。もしかしてえっちな魔法の話とか?
 いやいや別にそこまで触れたくないんですけど。
 余計なことしてこの世界を混乱に導きたくないし。
 私は平和主義者なのだ! ……多分。

 分からないことはとりあえず放置で。
 考えても仕方ない。それに称号なら別にそのままでもいいでしょ。
 何かタイムリミットのあるクエストとかそういう訳でもないんだし。
 という訳で私は今日もちょっと遅くなったけどまた外に行って魔法と剣の練習でもしてこようと思い、歩みを南門へと向けて進み出した。
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