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第二十四話 飲んで飲まれて
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【注意】
当作品は未成年の飲酒を推奨する作品ではございません。
また飲酒の強要を推奨する作品でもございません。
無理矢理はダメですよ。お酒はたのしくおいしくのみましょう。
【以下、本編になります】
私達二人は宿『羊の角曲がり』へと戻る道のりを、ゆったりと歩いていた。
もう彼女は食事を済ませているので、あとは私の食事だけなのだが……私は私で、別腹がいっぱいなのだ。だからそこまで急がなくてもいいかな、と思っている。
既に夜の闇は辺りを支配している。
そしてふと空を見上げると……なんだか地球よりも遥かに大きい月が見える。
ってか青くね? いやいや青いどころかあれ……地球みたいに見えるよ?
「ねえミレイ、あれ……」
「ん? 月がどうかしたですか?」
「あ、こっちでも月っていうんだ。いや、そうじゃなくて……あれ、地球に似てない?」
「えっと……お姉さま、『地球』ってなんですか?」
あっそっか。そうだよね地球って言っても通じないよね。
じゃあ惑星とか星の概念とかどう説明したら……。
ちなみに『地球みたいに見える』と言っても、アフリカとかアメリカとかヨーロッパとか日本とか、そういうのが見える訳ではない。
単に青い海と緑の陸地と白い雲で覆われた惑星が、月のように夜空に輝いて見える、というだけであって、地球そのものが見える訳ではない、ということは説明しておきたい。
しかも更にこの世界……もう一つ、月があるのだ。
そちらは特に陸地は見えない。だが決して白く光る、我々の知る夜空の月ではない。全面が青く光っているのだ。つまり……恐らく推測だが、あれは水に、海に覆われた惑星のように見える。
なんだここ。恐らく私は今一番、ここが異世界であることを実感しているだろう。
「この世界って月が二つあるの?」
「今更ですけどお姉さまの突飛な発言には慣れてきたつもりでしたが……そんな常識すら知らないとは……何から説明すればいいか分からなくなるですぅ」
「私の元いた世界だと、月って一つだし白いしもっと小さいんだよね」
「なんだか……こうして話を聞くと、お姉さまの世界が本当に異世界だなぁって実感するですぅ」
「うん、私も空を見て、今実感しているところ」
「うふふ……不思議ですぅ。そんな二人が出会って、こうして証で結ばれてるなんて」
「ホントだね。不思議だね」
「不思議ですぅ」
そんな話をしながら、宿へと向かった。
くそぉ夜空の謎が解けてないのが気になるが、今のロマンチックな雰囲気を崩してまで聞きたいことじゃない。
だが気になるぞ……くそぉ!
ちなみに星の大きさは、海だけの月は、私達の見ている月を、縦横二倍ずつくらい、もう一つの陸地も見える月は、縦横四倍くらいずつにもなる、かなり大きく見えるものだった。
距離が近いのか、実際にそれだけの大きさがあるのか、今はまだ分からない。
どうすれば分かるだろうか。気になる……気になるぞぉ。
今度、時間を作ってギンシュちゃんにでも聞いてみよっと。
宿の近くにくると、こんな所までどんちゃん騒ぎが聞こえてくる。
あーこれはもう始まってるなぁ。
宿の前までくると、案の定だった。
というか宿の外まで出て騒いだり飲んだり寝転がったりしてるんだけど。大丈夫かこいつら。
「どうもですー戻りましたー」
「おぉやっと戻ったか! 今日一番の功労者、エルフの嬢ちゃんのご帰還だぁ! さあ遅れたやつにはなっにっがあるぅ!?」
「ジョッキを空にする義務があっるー!っそれ浴びろ!浴っびろ!さっけ浴っびろ!飲まれろ飲まれろ飲んだくれぇ!」
ああ駄目だこりゃ。完全に酔っ払いの空気だ。
私は流れるようにして渡されたジョッキを前に、固まってしまった。
でもこの流れは、いわゆる職場の忘年会のような空気であり、流石に空気を壊すのもちょっとなーと思う。
そして前の世界なら下戸なので辛かったのだが、今の世界での私は……そう、【酒豪】スキルを持っているのだ!
このスキルは【幾ら飲んでも酔わない】ので、まさしく今のような場面にうってつけのスキルなのである!
という訳で私は【酒豪】スキルを発動させて、貰ったジョッキを口につけ、傾け、ぐいっぐいっぐいっぐいっとまさしく浴びるように飲み干し、空にするとジョッキを掲げながら逆さにする。逆さにすることで残ってないことを示す証だ。
「うおぉおおおお!! エルフの嬢ちゃん素晴らしい飲みっぷりだぁ! さあもう一杯。今度は俺と勝負だぜぇ!」
「うぉお!早飲みバガンだぁ!おらぁバガンにこの肉の香草焼きを賭けるぜ!」
「俺ぁエルフの嬢ちゃんにこっちのチーズと猪肉の蒸し焼きを賭けるぜ!」
「いくぜいくぜぇー、さんにぃーいちはいっ!」
「浴っびろ!浴っびろ!さっけ浴っびろ!」
私は負けずにまたごっきゅごっきゅと喉を鳴らす。だが相手の船員さん、バガンさんも流石『早飲み』と呼ばれるだけあって早かった。
私もバガンさんも殆ど同時に飲み干して、ジョッキを逆さにした。
「残念!こいつは引き分けだなぁ!引き分けたらどっちの料理も出すのが決まりだぜ」
「マジかよちくしょう……おい、これすげぇ美味いから味わって食いなよ」
「あ、ありがとうございます」
「そんな畏まんなって。飲みの席なんだ。仲良くやろうぜぇ」
どうやら賭けた食材は、飲み勝負で勝った人に差し出すルールのようだ。私はチーズと猪肉の蒸し焼きをいただく。
はむっ。うーんこれはとろりとしたチーズと猪肉のガツンとくる濃い味が混ざって、なんとも強気の味になっているな。
そこに胡椒がぴりりと効いていて……なんだこれ美味しいな。
「ミレイも食べる?」
「じゃいただくですぅ」
ミレイにあーんして食べさせる。ミレイはほわほわの笑顔ではむはむしてた。かわええ。
「くっそなんだここの空気。俺達ぁ最高のエールを呑んでるんだぜ? 誰だ果実の絞りなんて甘ったるいのを飲んでるやつは!?」
反対側の船員さんは私達に愚痴りながら酒をあおる。まあね、気持ちは分かるよ。元独身貴族のおじさんとしては実に分かるよ。
「まあまあ。だったらその最高のエールをもっと最高にしてみせましょうか?」
「あぁん!? そんなこと出来るのかよ」
「ええ。ではジョッキを拝借」
私はジョッキに【水魔法】を使って、ジョッキと中身をキンキンに冷やした。
「はいどーぞ」
「おう、ってなんだこりゃ。めちゃめちゃ冷たくなってるぞ!?」
「中のエールも冷たくて、のど越し最高ですよ」
「そんじゃ早速」
その船員さんはごっきゅごっきゅと喉を鳴らして、最後にぷはぁあああっとどこかのCM見たいな声を上げて、一言。
「こいつはすげぇ!これなら樽でだって飲めるぜ!」
「おい嬢ちゃん!俺にもやってくれ!」
「酒が美味くなる魔法だって!? なんだよお貴族様は普段からそんな酒を飲んでるのかよ!」
「そりゃあ町なんかに降りてこねぇはずだ!」
「ちげぇねぇ!」
どっと盛り上がる皆々。なんだこの空気。楽しいけどこの空気でずっとい続けるのは大変だぞ。
「じゃあ一気に行きましょうかぁ! えいっと」
私は魔力を『飲み物』に限定して、そこら中の液体を冷却するように【水魔法】を使った。
これでどの飲み物もキンキンのひえひえになったはずだ。
「っかぁーーっ! こんな酒飲んだことねぇぞ!」
「俺達が今まで飲んでたのと、味は変わらねぇはずなのに……すげぇや」
「こののど越し、たまらねぇなぁ!」
「嬢ちゃん達のおかげで、船は早く着くし肉は食えるし酒はうめぇし! こりゃ俺達の女神様だぜ」
「よっしゃ! 女神様に乾杯だぁ!」
「カンパーーーーーイ!!!」
もういいから勝手にやってくれ。
どんちゃん騒ぎをなんとか潜り抜けようとすると、ギンシュちゃんを見つけた。
……でもダメだ。完全に目が座っている。きっと勢いでお酒を呷ったのだろう。というか船員さんに飲まされた可能性もある。負けず嫌いなトコあるからなー。
「どぅしてぇあちゃしのおさけがのめにゃいってのよぉ~」
「いやそういう訳じゃ」
「じゃぁのぉみなさ~いよぉ~あちゃしはぁ~はくちゃくけなのよぉ~」
船長さんに見事な絡み酒である。あっ船長さんもこっちに気付いた。
『助けて』って顔してるけど『無理無理、頑張って』って顔で返す。『そんなぁ』って顔してた。無念なり。
ってか酔った勢いだからって伯爵家アルハラって凄いな。流石に前の世界でも未体験ゾーンだぞこれ。
「伯爵家なのは知ってましたけど。バニング家でしょ」
「あにゃたぁ~みるめあぁるわねぇ~よしよし」
「いや赤髪金眼【火魔法】使いとくりゃあ『隻腕の魔導士』バニング伯爵様が真っ先に出てこなきゃあモグリですって。ってか頭を撫でないで貰えます……」
流石に伯爵家令嬢が相手なので酔っ払いにも強く出れないらしい。こりゃアシンさんと私達が一緒に行動することになると……苦労するだろうなぁ。
「そうそうこりぇ! こりぇなのよぉ~! こりぇがぁ~あにゃたにぃ~たりにゃいはんお~なのよぉ~ねぇえりぃ!」
「えっ私!?」
「あんたよぉ~あんたがこ~ゆ~すにゃおなぁはんお~してたらねぇ……わてゃしだってぇ……わてゃしだってぇ……うわぁああああんん!!!」
えっ今度は泣き出すの!? ああもうこれだから酔っ払いってやつは!
前の世界でも飲めないので酔っ払いの相手をさせられていたが……流石にこの世界でもするのは勘弁だ!
「じゃああたしは一足先に! 皆さんはどうぞ楽しんで下さいねー!」
「おいちょっと待てよ! こいつを置いてく気か!?」
「船長さんいるから大丈夫でしょ。それに船長さん襲わないでしょ?」
「お前……バニング伯爵家御令嬢なんか襲ったら骨も残らず灰になっちまうだろーが!」
「じゃあだいじょぶね。あとよろしくねー」
「お願い待って! 待ってねぇお願いだから! 俺じゃあ務まらねぇよぉ! なぁもう寝たから! 彼女寝たから連れてってくれよぉ!」
……なんだか本当に大変だったらしい。
「分かった。じゃあ背負って連れてきて。あと手桶も。どーせ吐くでしょ彼女」
「そ、そうだな……分かった」
「私達の部屋は?」
「二階の一番奥だ。そこが一番広いからな」
「分かったわ。じゃ先に行って準備してるから」
「よろしく頼む」
私とミレイは先に二階へと上がる。間もなくして船長がギンシュちゃんを背負ってやってきた。
「手桶はすぐ持ってくるから」
そういって降りていく。
「いやぁ……凄い騒ぎでしたねぇ」
「私も、あそこまでなってるとは思わなかったわぁ」
「お酒って、ホントに人を変えますねぇ」
「そうね。まあ変わらない人もいるけど……」
「お姉さまはどうなんです?」
「私は前の世界では飲めなかったし、今は今で飲んでも酔わないようになっちゃったから、多分変わらないかな」
「そんなぁ……酔ったお姉さまも見てみたかったのにぃ」
「本心は?」
「酔ったお姉さまをあの手この手でむふふな感じに」
「はい禁止ーそれ禁止でーす」
「あー言わされたですぅ! 反則ですぅ!」
「反則も何も私がルールだ」
「ずるいですぅ」
良く分からないやり取りの末、二人であははと笑いあう。
今日はいい日だ。
……横でもう一人の女性の嘔吐音が聞こえなければ。
「おろろろろろろろろ」
なんとか船長の手桶は間に合ったが……部屋がくさい。
「……換気しないと」
「今日はもう寝ますぅ」
「私はもーちょっと彼女の面倒見てるわ。寝ゲロで窒息死だけは避けないと」
「そんなことあり得るですぅ!?」
「可能性はね。だから様子見ないと。未成年がお酒なんて飲むからこうなるのよ……はぁ」
「ミレイも起きてた方がいいですぅ?」
「いいわよ。寝ちゃいなさいな。私もそこまで長く起きてないから」
「そうですかぁ。じゃあここで寝るですぅ」
そういうとミレイは私のすぐ横で、丸まった猫のように寝転がった。
「ちょっとぉ……まったくもう」
「えへへぇ」
まあいっか。ミレイかわいいし。今日は随分色々といじめちゃったし。
私は片手でギンシュちゃんの背中をさすり、もう片方ではミレイの頭をなでなでしていた。
ミレイはすぐにすやすやと可愛い寝息を立てて、ギンシュちゃんも横になってはいたが時々思い出したかのように嘔吐をしては、段々とゆっくりとした呼吸になっていった。
「もしかして……【酒豪】スキルのせいで私また介抱役なのかなぁ……はぁ」
ちょっと失敗した、と思わなくもないが、でも酔って暴漢に襲われるよりかは……うーん……
ってかギンシュちゃんお前だよ! もーちょっと危機感を持ってくれよぉ!
今宵も更けてゆく。二つの水のある月と共に……。
当作品は未成年の飲酒を推奨する作品ではございません。
また飲酒の強要を推奨する作品でもございません。
無理矢理はダメですよ。お酒はたのしくおいしくのみましょう。
【以下、本編になります】
私達二人は宿『羊の角曲がり』へと戻る道のりを、ゆったりと歩いていた。
もう彼女は食事を済ませているので、あとは私の食事だけなのだが……私は私で、別腹がいっぱいなのだ。だからそこまで急がなくてもいいかな、と思っている。
既に夜の闇は辺りを支配している。
そしてふと空を見上げると……なんだか地球よりも遥かに大きい月が見える。
ってか青くね? いやいや青いどころかあれ……地球みたいに見えるよ?
「ねえミレイ、あれ……」
「ん? 月がどうかしたですか?」
「あ、こっちでも月っていうんだ。いや、そうじゃなくて……あれ、地球に似てない?」
「えっと……お姉さま、『地球』ってなんですか?」
あっそっか。そうだよね地球って言っても通じないよね。
じゃあ惑星とか星の概念とかどう説明したら……。
ちなみに『地球みたいに見える』と言っても、アフリカとかアメリカとかヨーロッパとか日本とか、そういうのが見える訳ではない。
単に青い海と緑の陸地と白い雲で覆われた惑星が、月のように夜空に輝いて見える、というだけであって、地球そのものが見える訳ではない、ということは説明しておきたい。
しかも更にこの世界……もう一つ、月があるのだ。
そちらは特に陸地は見えない。だが決して白く光る、我々の知る夜空の月ではない。全面が青く光っているのだ。つまり……恐らく推測だが、あれは水に、海に覆われた惑星のように見える。
なんだここ。恐らく私は今一番、ここが異世界であることを実感しているだろう。
「この世界って月が二つあるの?」
「今更ですけどお姉さまの突飛な発言には慣れてきたつもりでしたが……そんな常識すら知らないとは……何から説明すればいいか分からなくなるですぅ」
「私の元いた世界だと、月って一つだし白いしもっと小さいんだよね」
「なんだか……こうして話を聞くと、お姉さまの世界が本当に異世界だなぁって実感するですぅ」
「うん、私も空を見て、今実感しているところ」
「うふふ……不思議ですぅ。そんな二人が出会って、こうして証で結ばれてるなんて」
「ホントだね。不思議だね」
「不思議ですぅ」
そんな話をしながら、宿へと向かった。
くそぉ夜空の謎が解けてないのが気になるが、今のロマンチックな雰囲気を崩してまで聞きたいことじゃない。
だが気になるぞ……くそぉ!
ちなみに星の大きさは、海だけの月は、私達の見ている月を、縦横二倍ずつくらい、もう一つの陸地も見える月は、縦横四倍くらいずつにもなる、かなり大きく見えるものだった。
距離が近いのか、実際にそれだけの大きさがあるのか、今はまだ分からない。
どうすれば分かるだろうか。気になる……気になるぞぉ。
今度、時間を作ってギンシュちゃんにでも聞いてみよっと。
宿の近くにくると、こんな所までどんちゃん騒ぎが聞こえてくる。
あーこれはもう始まってるなぁ。
宿の前までくると、案の定だった。
というか宿の外まで出て騒いだり飲んだり寝転がったりしてるんだけど。大丈夫かこいつら。
「どうもですー戻りましたー」
「おぉやっと戻ったか! 今日一番の功労者、エルフの嬢ちゃんのご帰還だぁ! さあ遅れたやつにはなっにっがあるぅ!?」
「ジョッキを空にする義務があっるー!っそれ浴びろ!浴っびろ!さっけ浴っびろ!飲まれろ飲まれろ飲んだくれぇ!」
ああ駄目だこりゃ。完全に酔っ払いの空気だ。
私は流れるようにして渡されたジョッキを前に、固まってしまった。
でもこの流れは、いわゆる職場の忘年会のような空気であり、流石に空気を壊すのもちょっとなーと思う。
そして前の世界なら下戸なので辛かったのだが、今の世界での私は……そう、【酒豪】スキルを持っているのだ!
このスキルは【幾ら飲んでも酔わない】ので、まさしく今のような場面にうってつけのスキルなのである!
という訳で私は【酒豪】スキルを発動させて、貰ったジョッキを口につけ、傾け、ぐいっぐいっぐいっぐいっとまさしく浴びるように飲み干し、空にするとジョッキを掲げながら逆さにする。逆さにすることで残ってないことを示す証だ。
「うおぉおおおお!! エルフの嬢ちゃん素晴らしい飲みっぷりだぁ! さあもう一杯。今度は俺と勝負だぜぇ!」
「うぉお!早飲みバガンだぁ!おらぁバガンにこの肉の香草焼きを賭けるぜ!」
「俺ぁエルフの嬢ちゃんにこっちのチーズと猪肉の蒸し焼きを賭けるぜ!」
「いくぜいくぜぇー、さんにぃーいちはいっ!」
「浴っびろ!浴っびろ!さっけ浴っびろ!」
私は負けずにまたごっきゅごっきゅと喉を鳴らす。だが相手の船員さん、バガンさんも流石『早飲み』と呼ばれるだけあって早かった。
私もバガンさんも殆ど同時に飲み干して、ジョッキを逆さにした。
「残念!こいつは引き分けだなぁ!引き分けたらどっちの料理も出すのが決まりだぜ」
「マジかよちくしょう……おい、これすげぇ美味いから味わって食いなよ」
「あ、ありがとうございます」
「そんな畏まんなって。飲みの席なんだ。仲良くやろうぜぇ」
どうやら賭けた食材は、飲み勝負で勝った人に差し出すルールのようだ。私はチーズと猪肉の蒸し焼きをいただく。
はむっ。うーんこれはとろりとしたチーズと猪肉のガツンとくる濃い味が混ざって、なんとも強気の味になっているな。
そこに胡椒がぴりりと効いていて……なんだこれ美味しいな。
「ミレイも食べる?」
「じゃいただくですぅ」
ミレイにあーんして食べさせる。ミレイはほわほわの笑顔ではむはむしてた。かわええ。
「くっそなんだここの空気。俺達ぁ最高のエールを呑んでるんだぜ? 誰だ果実の絞りなんて甘ったるいのを飲んでるやつは!?」
反対側の船員さんは私達に愚痴りながら酒をあおる。まあね、気持ちは分かるよ。元独身貴族のおじさんとしては実に分かるよ。
「まあまあ。だったらその最高のエールをもっと最高にしてみせましょうか?」
「あぁん!? そんなこと出来るのかよ」
「ええ。ではジョッキを拝借」
私はジョッキに【水魔法】を使って、ジョッキと中身をキンキンに冷やした。
「はいどーぞ」
「おう、ってなんだこりゃ。めちゃめちゃ冷たくなってるぞ!?」
「中のエールも冷たくて、のど越し最高ですよ」
「そんじゃ早速」
その船員さんはごっきゅごっきゅと喉を鳴らして、最後にぷはぁあああっとどこかのCM見たいな声を上げて、一言。
「こいつはすげぇ!これなら樽でだって飲めるぜ!」
「おい嬢ちゃん!俺にもやってくれ!」
「酒が美味くなる魔法だって!? なんだよお貴族様は普段からそんな酒を飲んでるのかよ!」
「そりゃあ町なんかに降りてこねぇはずだ!」
「ちげぇねぇ!」
どっと盛り上がる皆々。なんだこの空気。楽しいけどこの空気でずっとい続けるのは大変だぞ。
「じゃあ一気に行きましょうかぁ! えいっと」
私は魔力を『飲み物』に限定して、そこら中の液体を冷却するように【水魔法】を使った。
これでどの飲み物もキンキンのひえひえになったはずだ。
「っかぁーーっ! こんな酒飲んだことねぇぞ!」
「俺達が今まで飲んでたのと、味は変わらねぇはずなのに……すげぇや」
「こののど越し、たまらねぇなぁ!」
「嬢ちゃん達のおかげで、船は早く着くし肉は食えるし酒はうめぇし! こりゃ俺達の女神様だぜ」
「よっしゃ! 女神様に乾杯だぁ!」
「カンパーーーーーイ!!!」
もういいから勝手にやってくれ。
どんちゃん騒ぎをなんとか潜り抜けようとすると、ギンシュちゃんを見つけた。
……でもダメだ。完全に目が座っている。きっと勢いでお酒を呷ったのだろう。というか船員さんに飲まされた可能性もある。負けず嫌いなトコあるからなー。
「どぅしてぇあちゃしのおさけがのめにゃいってのよぉ~」
「いやそういう訳じゃ」
「じゃぁのぉみなさ~いよぉ~あちゃしはぁ~はくちゃくけなのよぉ~」
船長さんに見事な絡み酒である。あっ船長さんもこっちに気付いた。
『助けて』って顔してるけど『無理無理、頑張って』って顔で返す。『そんなぁ』って顔してた。無念なり。
ってか酔った勢いだからって伯爵家アルハラって凄いな。流石に前の世界でも未体験ゾーンだぞこれ。
「伯爵家なのは知ってましたけど。バニング家でしょ」
「あにゃたぁ~みるめあぁるわねぇ~よしよし」
「いや赤髪金眼【火魔法】使いとくりゃあ『隻腕の魔導士』バニング伯爵様が真っ先に出てこなきゃあモグリですって。ってか頭を撫でないで貰えます……」
流石に伯爵家令嬢が相手なので酔っ払いにも強く出れないらしい。こりゃアシンさんと私達が一緒に行動することになると……苦労するだろうなぁ。
「そうそうこりぇ! こりぇなのよぉ~! こりぇがぁ~あにゃたにぃ~たりにゃいはんお~なのよぉ~ねぇえりぃ!」
「えっ私!?」
「あんたよぉ~あんたがこ~ゆ~すにゃおなぁはんお~してたらねぇ……わてゃしだってぇ……わてゃしだってぇ……うわぁああああんん!!!」
えっ今度は泣き出すの!? ああもうこれだから酔っ払いってやつは!
前の世界でも飲めないので酔っ払いの相手をさせられていたが……流石にこの世界でもするのは勘弁だ!
「じゃああたしは一足先に! 皆さんはどうぞ楽しんで下さいねー!」
「おいちょっと待てよ! こいつを置いてく気か!?」
「船長さんいるから大丈夫でしょ。それに船長さん襲わないでしょ?」
「お前……バニング伯爵家御令嬢なんか襲ったら骨も残らず灰になっちまうだろーが!」
「じゃあだいじょぶね。あとよろしくねー」
「お願い待って! 待ってねぇお願いだから! 俺じゃあ務まらねぇよぉ! なぁもう寝たから! 彼女寝たから連れてってくれよぉ!」
……なんだか本当に大変だったらしい。
「分かった。じゃあ背負って連れてきて。あと手桶も。どーせ吐くでしょ彼女」
「そ、そうだな……分かった」
「私達の部屋は?」
「二階の一番奥だ。そこが一番広いからな」
「分かったわ。じゃ先に行って準備してるから」
「よろしく頼む」
私とミレイは先に二階へと上がる。間もなくして船長がギンシュちゃんを背負ってやってきた。
「手桶はすぐ持ってくるから」
そういって降りていく。
「いやぁ……凄い騒ぎでしたねぇ」
「私も、あそこまでなってるとは思わなかったわぁ」
「お酒って、ホントに人を変えますねぇ」
「そうね。まあ変わらない人もいるけど……」
「お姉さまはどうなんです?」
「私は前の世界では飲めなかったし、今は今で飲んでも酔わないようになっちゃったから、多分変わらないかな」
「そんなぁ……酔ったお姉さまも見てみたかったのにぃ」
「本心は?」
「酔ったお姉さまをあの手この手でむふふな感じに」
「はい禁止ーそれ禁止でーす」
「あー言わされたですぅ! 反則ですぅ!」
「反則も何も私がルールだ」
「ずるいですぅ」
良く分からないやり取りの末、二人であははと笑いあう。
今日はいい日だ。
……横でもう一人の女性の嘔吐音が聞こえなければ。
「おろろろろろろろろ」
なんとか船長の手桶は間に合ったが……部屋がくさい。
「……換気しないと」
「今日はもう寝ますぅ」
「私はもーちょっと彼女の面倒見てるわ。寝ゲロで窒息死だけは避けないと」
「そんなことあり得るですぅ!?」
「可能性はね。だから様子見ないと。未成年がお酒なんて飲むからこうなるのよ……はぁ」
「ミレイも起きてた方がいいですぅ?」
「いいわよ。寝ちゃいなさいな。私もそこまで長く起きてないから」
「そうですかぁ。じゃあここで寝るですぅ」
そういうとミレイは私のすぐ横で、丸まった猫のように寝転がった。
「ちょっとぉ……まったくもう」
「えへへぇ」
まあいっか。ミレイかわいいし。今日は随分色々といじめちゃったし。
私は片手でギンシュちゃんの背中をさすり、もう片方ではミレイの頭をなでなでしていた。
ミレイはすぐにすやすやと可愛い寝息を立てて、ギンシュちゃんも横になってはいたが時々思い出したかのように嘔吐をしては、段々とゆっくりとした呼吸になっていった。
「もしかして……【酒豪】スキルのせいで私また介抱役なのかなぁ……はぁ」
ちょっと失敗した、と思わなくもないが、でも酔って暴漢に襲われるよりかは……うーん……
ってかギンシュちゃんお前だよ! もーちょっと危機感を持ってくれよぉ!
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