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第六章 DarkMemories
#74 変化
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────神暦38326年6月19日────
イアリが熱を出した。
最近どこかに行ったきり帰って来ないことが多かった彼だが、帰って来て珍しく部屋から出て来ないと思ったら、寝込んでいた。
疲れが祟ったのか……ともかく、ただの風邪らしい。ケレンがそう言っていたので、エレンは少し安心した。
近頃、同居人たちの間の空気が悪い。様子がおかしいフォレン、レイミアも昨日帰って来てからずっと不安そうにしている。ロレンもそれに釣られて元気がない。兄は昨日フォレンと話してからずっと険しい顔をしている。じっと何かを考え込む様子は彼らしくない。ユーヤもなんだか妙だ。
「……はぁ」
暇だ。エレンはアーガイルと共に出て来て山の中を散歩していた。今日はカラッとしていて気持ちいい。良い感じの日差しが木漏れ日となって山道に降り注いでいる。
「折角出て来たのにため息なんか吐かないでよ」
アーガイルが少し後ろからそう言う。エレンは振り向いて立ち止まる。
「だってさ……」
「分かるよ。分かるけど。気分転換に出ようって言ったのは君だろ。僕だって息が詰まりそうだ。だのに……」
「悪かった。……本当は皆んなと話せばいいんだろうけど、なんかそういう雰囲気じゃないよな」
「フォレンさん、なんか怖いしね。……ロレン君だけでも連れて来れば良かったかな」
「────いや。お前と二人で話がしたくて」
「ふうん?」
「とは言っても、具体的に何とかはないんだけど……」
軽く頭を掻く。彼ともちゃんと話をしないといけないと思う。でも、何を話せばいいのか分からない。
「……お前、変わったよな」
「そりゃ変わるよ。成長だってする」
「うーん……」
言葉では言い表せない変化。それは、勿論自分にもあるのだろうが……。
「……イーサイルと何話したんだ」
「え?」
ずっと頭の片隅で気になっていたことを訊く。アーガイルはきょとんとしたあと、軍に捕まっていた時のことだと思い出したようだ。
「あぁ……別に。大したことじゃない。僕も意外だったんだけど……普通の話だよ」
「軍に入るとか入らないとか……」
「それは誘われたってだけ。ほら、僕の家系の話はしただろ」
軍服を着たアーガイルを、エレンは少しだけ想像する。
「……お前に軍服は似合わないよ」
「いや。心配しなくても行かないよ。軍は嫌いだし……そんな気はこれっぽちもないよ」
「そうか」
にしてもだ。……エレンは少し意外だったのだ。
「ユーヤ兄があいつを殺そうとした時……お前は庇わないもんだと思ってた」
「え?」
アーガイルは、合理的だ。敵の、脅威の排除を躊躇わない。少なくとも────再会してからの彼はそうだったし、以前の彼だって────もし、それだけの力があったならそうしていただろう。
ユーヤはイーサイルを殺せた。エレンが止めなければそうしていた。彼は紛れもない脅威だった。エレンもアーガイルも敵わない。仇敵たるジェラルドを頼るほどだ。あの時は状況的に見逃されたが、今後も見逃してくれる気はないということだ。
「……僕は別に、父さんが死ねばいいとは思ってない。エレンだって、そうでしょ」
「俺は─────誰にだってそうだ。敵だって殺したくない」
「ほら。人のこと言えない」
「違う……そういうことじゃなくて! お前は……」
分からない。段々と、アーガイルのことが分からなくなる。困惑したその顔を見てか、アーガイルは笑う。
「エレンが相変わらずなだけだよ」
「!」
「君は全然変わらないね。昔から甘いんだ。逃げることしかして来なかった」
「それは……!」
「何が無敵だ。僕たちは────戦わなかった。逃げることを選択し続けた。強くなることを放棄したんだ。何者にも負けないくらい強くなれば、逃げる必要もないのに。自由になれたのに」
「……俺だって強くなりたい! お前のことを守れなかったし……!」
「頼んでない。君に守られたいなんて思ってない」
「!」
苛立ったような声。そしてアーガイルはため息を吐いた。
「────君は僕に何を求めてる? 君のことを支える相棒であればいいのか。君には出来ない判断をすればいい?」
「アル」
「僕はもう君の後ろにいるだけじゃない。隣に立てる。そうだろう」
その言葉とは裏腹に、アーガイルの顔はどこか寂しそうだった。そしてそんな表情のまま笑う。
「……良い加減その認識を改めてくれよ。それとも、君は変化を拒むのか。不死になって、時間が止まっちゃった?」
「やめろ、違う」
「違わないよ。きっと君は老いない。僕たちとは違って」
────覚悟はしていたことだ。理を破った以上は、その報いを受けるつもりでいた。この体は、捨て身で相手に挑める便利な体じゃない。呪いだ。自分だけが変わらないまま、周りが変化していく。大切な人たちは、いつか自分の周りから誰もいなくなる。
「君は世界に置いて行かれる。このまま変化を望まないのなら、余計に」
「……」
エレンは言葉に詰まる。そして一つ深呼吸して、答えをまとめる。
「…………俺は、お前と一緒に戦えて嬉しいよ、アル。俺だって、強くなりたい。お前と一緒にさ。本当の無敵になれるなら……」
「じゃあ。ひとつだけ言っておくけど。────無殺人主義。そろそろ諦めた方がいいよ」
「!」
それは。それだけは曲げられない。心の中で強くそう思う。エレンがそれを口に出す前に、アーガイルは続ける。
「まあ。君は既に一人殺してるわけだし……今さらじゃないか。相手を殺さないように戦おうなんて、今の僕たちにそんな甘いこと言ってられる余裕はない。それは圧倒的強さによる余裕だ。例えば……君の父さんみたいに」
「俺はただ……」
「それにだ。殺しが嫌なら、どうして君の父さんのことは咎めないんだ」
「それは……」
「彼のこと、あれから少し調べたんだ。13の時から、数えきれない人をあの人は殺してる。君が嫌いな殺人者だ」
「────……」
エレンが何も言えないでいると、アーガイルはため息を吐いた。
「……同じことだ。僕が父さんを許したのも。まあ……必要になったらその時は、だけどね」
それは少し────違うと思った。身内だから? そうじゃない。エレンはグレンのことは止めた。殺しをやめさせた。でも、父のことは。そこにある違いは、何なのか。
「────俺はただ、見たくないだけだ。誰かが死ぬところを。目の前で生きていた人間が、死ぬところを」
それを聞いたアーガイルはフッと笑う。
「ほら。やっぱり君は変化を恐れているだけなんだ」
何も言い返せない。それはきっと図星だからだ。自分では言語化出来なかったことを、他でもないアーガイルに突きつけられた。それがショックだったのと─────今感じている漠然とした不安の正体が分かった。
俯いたままのエレンを置いて、アーガイルは一人先に歩き出した。
* * *
「……ただいま」
「おう、おかえり」
二人で家に戻って来ると、顔を出したのはグレンだった。
「どこ行ってたんだ」
「ちょっとその辺を散歩してた」
そんな会話を交わす二人の横を、アーガイルは軽く会釈だけして通り過ぎた。その様子を見て、グレンは首を傾げる。
「なんだ。喧嘩でもしたのか」
「……いや、別に」
「そうか」
兄はそれ以上聞いては来なかった。気遣い……というよりかは、これ以上心配事を増やしたくないという様子だった。
「……なんか飲むか」
「あぁ、そうする」
* * *
アーガイルは、誰よりも長い間一緒にいる。兄弟以上に大切な存在だ。勿論、エレンはグレンやケレンのことも大事に思っているが。
喧嘩は昔からよくする。今回みたいなのも初めてじゃない。一番酷かったのは、解散した時だ。根本的な意見の食い違い。はじめに拒絶したのは自分の方だった。アーガイルは悪くない。
自室に戻って、椅子に腰掛けた。静かな部屋でじっとしていると、時間なんて感じない。でも、確かに時は刻々と過ぎて行く。こうしている間にも、戻れない一秒が過ぎて行く。どこかで人が死んでいるかもしれない。父は誰かを殺しているかもしれない。でも、自分には見えない。
────自分の体は衰えるのだろうか? アーガイルに言われたことが気になる。
(……なぁ)
精霊たちに話しかける。
『はい』
『おい、全部聞こえてるぞ』
エレボスがそう不服そうに言った。少々滅入っている感じがする。
(ごめん……)
謝り、一呼吸置いてから訊ねる。
(精霊って、老けるのか?)
『そうですね……子どもの時は子どもですけど、成熟した時点で強制的な成長……見た目の老化は止まります。ただ、望めば外見の歳を取らせることは可能だったり』
リリスがそう言う。神界では年老いた風の精霊を見かけた覚えがない。なるほどな、と思う。リリスやエレボスたちはずっとそのままの見た目でいられるというわけだ。
『私たち精霊に体はありませんから。姿形なんていうのはイメージでしかないんです。魂の記憶というか。あるようで、ないっていうか……』
『まー、だから精霊の一部や竜族は変身能力を持ってたりな』
形を矯正する器がないゆえに、その有り様を変容しやすいということか。
(……俺の体、どうなってると思う?)
『ええ、精霊のそれとは限りなく近いですが、全く別のものですね』
(え?)
『人界の“体”にはいずれも寿命があります。長くて150年ほどですかね。だから通常はそれを寿命として人界の存在は死にます。しかし、それとは別に魂にも寿命があるんです。だから人間の魂は一個人としての生涯を終えると冥界に還って、また転生します』
(精霊は転生しないって言ってたな)
『はい。この人格の精霊として魂の寿命を使い切るので。体そのものが魂でもあるので、致命傷を受ければ散ってしまいます。……魂の寿命は大体1万年ほどと言われています。エレンさんの体の寿命は無効化されて、その魂の寿命と同期されているようですね』
(……なるほど?)
『でも、致命傷を受けても修復してしまうのは私たち精霊には不可能なことです。まぁ、多少人間よりかは頑丈ですが』
精霊は傷ついても宿主の中で休めばそう時間はかからず回復する。それはエレメントの供給による修復だろう。彼らは高濃度のエレメントの集合体である。その点も物理的な“体”には縛られていないというわけだ。
『エレンさんは……“冥府の呪い”でしたっけ。それによって死を拒絶されているようです』
(……拒絶?)
『死ぬことを許されていません。こんなことが出来るのは……冥王か魔神卿たちくらいなものです』
あっさりと掛けられた呪いだったが、やはり規格外のものなのだなと改めて知る。
(……ん? っていうか、寿命自体は魂と同期されてるんだよな?)
『ええ。それでも暫定的なものですが。何せ……この呪いについての知識が私には不足しているので。その寿命を迎えたあとも、死を拒絶されるかどうかは』
『まあ、体が老いることはないってこった。いや、“体”がある以上緩やかには取ってくのかな?』
エレボスがそう口を挟む。だとしたら少し……嫌だなとエレンは思う。
(サミジナは……“時が来たその時”に契約が……呪いが切れると言ってた。どういう意味だと思う?)
『そんな事を? さあ……でも、ということは永遠というわけではないんですね』
(また冥界で会えるのを楽しみにしてるぞって)
『じゃあ魂の寿命前に期限を迎えることもあるってことか』
エレボスはふむ、と顎に手を当てリリスを見ている……気がする。
『まぁ何にせよ長い付き合いにはなるってこったな。ていうか待て。俺たちの方が先に寿命が尽きるなんてことは……』
『それはないでしょう。見たところエレンさんの魂は何度か転生を経たもののようなので。……まぁ、未来のことは未来のことです。今考えたって仕方ありませんよ』
『そうかなぁ』
エレボスはどこか不安そうだった。呪いについて分からないことが多すぎる。
『でも安心して下さいエレンさん! 私は皇族なので神の血のお陰で寿命は普通より長いですから!』
『っておーい!』
リリスとエレボスのそんな掛け合いが響く。エレンは思わずフッと笑みをこぼす。二人のお陰で少し心が和らいだ。
────その時だった。エレンの耳は何か大きな物音を捉えた。
「……何だ?」
フォレンの部屋の方だ。そう訝しみ、エレンは部屋を出た。
* * *
────10分前────
レイミアはフォレンの部屋を訪れていた。フォレンは椅子に座ってじっと俯いている。レイミアが部屋に入って来てからずっとそうだった。ドアの前にいるレイミアを、彼は見ようともしない。
彼が昨日グレンと何かを話していたのを知っている。何を話したのかは知らないが。グレンにもフォレンの苦悩が伝染したようで……いてもたってもいられなくなってここにいる。
母の経営していた孤児院に、彼が来た日のことを覚えている。
酷い怪我だった。瓜二つの弟に引きずられるようにして、彼はやって来た。なんだか放っておけなくて、母に代わってその家の長女として看病していたとき、ロレンに何があったのかを聞いた。幼いロレンは「内緒だよ」と言ってフォレンが怪我をした顛末をレイミアに話した。だから、レイミアも他の誰にも話さなかった。目覚めた彼はそれまでのことを何も覚えていなくて────ロレンが話した彼の様相とは大きく異なっていた。
穏やかで、弟想いで、優しい彼。そんなところに、自分は惹かれたのだろう。……なら、今の彼のことは? 記憶を失くす前の彼のことは?
「……レイミア」
唐突に、フォレンが声を発した。だが、顔は依然としてこちらを向かなかった。
「俺……昨日グレンと話したんだ」
知っている。黙ってレイミアが続きを待っていると、フォレンは再び口を開く。
「俺を殺してくれって、頼んだんだよ。あいつに」
「……どうして?」
「お前が出来ないなら。……お前を傷つける前に。それが最善だって思った。でも、ダメだった」
フォレンはぐ、と頭を抱えてさらに縮こまる。
「グレンは分かってないんだ……俺がどれだけ苦しんでるのか。過去の自分が、俺を呼ぶんだよ。あいつが、俺を呼ぶんだよ。毎日毎日、眠りにつくと、夢の中で」
「……フォレン」
「お前も、俺に死んで欲しくないって言うんだろ。そうか。そうだろうな。皆んな優しいから。でも……もう、無理だ」
「え」
フォレンがゆっくりと顔を上げる。様子がおかしい。気がつくと、部屋の中が異様に薄暗い。ハッとして、扉に手をかける。だが微動だにしなかった。見ると空中から伸びた黒い手のようなものが、扉を抑えている。
「グレンが悪いんだ……俺は、言ったんだ。忠告した。でも、受け入れなかった。あいつが。お前も。俺が悪いんじゃない……」
ゆらりとフォレンが立ち上がる。隻眼と目があった。そこに穏やかな橙の光はなかった。代わりに血のように紅い瞳が、こちらを見ている。
「フォレン……!」
「もう無理だ。抑えられないんだよ。このままじゃ、壊れちまうよ」
誰にともなく呟くフォレン。レイミアは体が強張る。全身に走る危険信号。気が付けば車椅子が倒れてレイミアは床を這いずっていた。扉のノブに捕まるが、やはり動かない。
「……やめて、やめてフォレン! 正気に戻って!」
「俺の代わりに壊れてくれよ、なぁ」
左手が伸びて来る。右手で振り払ったがその腕を掴まれてしまう。金属の無機質な質感が布越しに伝わって来る。冷たいその感触が、フォレンが人間とは別のものであるように感じさせた。
「嫌……!」
悲鳴のような声が自分の喉から飛び出す。どうして。どうしてこうなった。恐怖と喪失感と、悲しみと悔しさがいっぺんに押し寄せる。
「……私が間違ってたの」
そんな呟きに、フォレンは不気味に笑う。
「そうだよ」
誰か助けて。声は喉に張り付いて、それ以上は出なかった。ぐん、と掴み上げられて、ほんの少しの浮遊感のあと。
レイミアは強い全身の痛みと共にその意識を落とした
#74 END
To be continued...
イアリが熱を出した。
最近どこかに行ったきり帰って来ないことが多かった彼だが、帰って来て珍しく部屋から出て来ないと思ったら、寝込んでいた。
疲れが祟ったのか……ともかく、ただの風邪らしい。ケレンがそう言っていたので、エレンは少し安心した。
近頃、同居人たちの間の空気が悪い。様子がおかしいフォレン、レイミアも昨日帰って来てからずっと不安そうにしている。ロレンもそれに釣られて元気がない。兄は昨日フォレンと話してからずっと険しい顔をしている。じっと何かを考え込む様子は彼らしくない。ユーヤもなんだか妙だ。
「……はぁ」
暇だ。エレンはアーガイルと共に出て来て山の中を散歩していた。今日はカラッとしていて気持ちいい。良い感じの日差しが木漏れ日となって山道に降り注いでいる。
「折角出て来たのにため息なんか吐かないでよ」
アーガイルが少し後ろからそう言う。エレンは振り向いて立ち止まる。
「だってさ……」
「分かるよ。分かるけど。気分転換に出ようって言ったのは君だろ。僕だって息が詰まりそうだ。だのに……」
「悪かった。……本当は皆んなと話せばいいんだろうけど、なんかそういう雰囲気じゃないよな」
「フォレンさん、なんか怖いしね。……ロレン君だけでも連れて来れば良かったかな」
「────いや。お前と二人で話がしたくて」
「ふうん?」
「とは言っても、具体的に何とかはないんだけど……」
軽く頭を掻く。彼ともちゃんと話をしないといけないと思う。でも、何を話せばいいのか分からない。
「……お前、変わったよな」
「そりゃ変わるよ。成長だってする」
「うーん……」
言葉では言い表せない変化。それは、勿論自分にもあるのだろうが……。
「……イーサイルと何話したんだ」
「え?」
ずっと頭の片隅で気になっていたことを訊く。アーガイルはきょとんとしたあと、軍に捕まっていた時のことだと思い出したようだ。
「あぁ……別に。大したことじゃない。僕も意外だったんだけど……普通の話だよ」
「軍に入るとか入らないとか……」
「それは誘われたってだけ。ほら、僕の家系の話はしただろ」
軍服を着たアーガイルを、エレンは少しだけ想像する。
「……お前に軍服は似合わないよ」
「いや。心配しなくても行かないよ。軍は嫌いだし……そんな気はこれっぽちもないよ」
「そうか」
にしてもだ。……エレンは少し意外だったのだ。
「ユーヤ兄があいつを殺そうとした時……お前は庇わないもんだと思ってた」
「え?」
アーガイルは、合理的だ。敵の、脅威の排除を躊躇わない。少なくとも────再会してからの彼はそうだったし、以前の彼だって────もし、それだけの力があったならそうしていただろう。
ユーヤはイーサイルを殺せた。エレンが止めなければそうしていた。彼は紛れもない脅威だった。エレンもアーガイルも敵わない。仇敵たるジェラルドを頼るほどだ。あの時は状況的に見逃されたが、今後も見逃してくれる気はないということだ。
「……僕は別に、父さんが死ねばいいとは思ってない。エレンだって、そうでしょ」
「俺は─────誰にだってそうだ。敵だって殺したくない」
「ほら。人のこと言えない」
「違う……そういうことじゃなくて! お前は……」
分からない。段々と、アーガイルのことが分からなくなる。困惑したその顔を見てか、アーガイルは笑う。
「エレンが相変わらずなだけだよ」
「!」
「君は全然変わらないね。昔から甘いんだ。逃げることしかして来なかった」
「それは……!」
「何が無敵だ。僕たちは────戦わなかった。逃げることを選択し続けた。強くなることを放棄したんだ。何者にも負けないくらい強くなれば、逃げる必要もないのに。自由になれたのに」
「……俺だって強くなりたい! お前のことを守れなかったし……!」
「頼んでない。君に守られたいなんて思ってない」
「!」
苛立ったような声。そしてアーガイルはため息を吐いた。
「────君は僕に何を求めてる? 君のことを支える相棒であればいいのか。君には出来ない判断をすればいい?」
「アル」
「僕はもう君の後ろにいるだけじゃない。隣に立てる。そうだろう」
その言葉とは裏腹に、アーガイルの顔はどこか寂しそうだった。そしてそんな表情のまま笑う。
「……良い加減その認識を改めてくれよ。それとも、君は変化を拒むのか。不死になって、時間が止まっちゃった?」
「やめろ、違う」
「違わないよ。きっと君は老いない。僕たちとは違って」
────覚悟はしていたことだ。理を破った以上は、その報いを受けるつもりでいた。この体は、捨て身で相手に挑める便利な体じゃない。呪いだ。自分だけが変わらないまま、周りが変化していく。大切な人たちは、いつか自分の周りから誰もいなくなる。
「君は世界に置いて行かれる。このまま変化を望まないのなら、余計に」
「……」
エレンは言葉に詰まる。そして一つ深呼吸して、答えをまとめる。
「…………俺は、お前と一緒に戦えて嬉しいよ、アル。俺だって、強くなりたい。お前と一緒にさ。本当の無敵になれるなら……」
「じゃあ。ひとつだけ言っておくけど。────無殺人主義。そろそろ諦めた方がいいよ」
「!」
それは。それだけは曲げられない。心の中で強くそう思う。エレンがそれを口に出す前に、アーガイルは続ける。
「まあ。君は既に一人殺してるわけだし……今さらじゃないか。相手を殺さないように戦おうなんて、今の僕たちにそんな甘いこと言ってられる余裕はない。それは圧倒的強さによる余裕だ。例えば……君の父さんみたいに」
「俺はただ……」
「それにだ。殺しが嫌なら、どうして君の父さんのことは咎めないんだ」
「それは……」
「彼のこと、あれから少し調べたんだ。13の時から、数えきれない人をあの人は殺してる。君が嫌いな殺人者だ」
「────……」
エレンが何も言えないでいると、アーガイルはため息を吐いた。
「……同じことだ。僕が父さんを許したのも。まあ……必要になったらその時は、だけどね」
それは少し────違うと思った。身内だから? そうじゃない。エレンはグレンのことは止めた。殺しをやめさせた。でも、父のことは。そこにある違いは、何なのか。
「────俺はただ、見たくないだけだ。誰かが死ぬところを。目の前で生きていた人間が、死ぬところを」
それを聞いたアーガイルはフッと笑う。
「ほら。やっぱり君は変化を恐れているだけなんだ」
何も言い返せない。それはきっと図星だからだ。自分では言語化出来なかったことを、他でもないアーガイルに突きつけられた。それがショックだったのと─────今感じている漠然とした不安の正体が分かった。
俯いたままのエレンを置いて、アーガイルは一人先に歩き出した。
* * *
「……ただいま」
「おう、おかえり」
二人で家に戻って来ると、顔を出したのはグレンだった。
「どこ行ってたんだ」
「ちょっとその辺を散歩してた」
そんな会話を交わす二人の横を、アーガイルは軽く会釈だけして通り過ぎた。その様子を見て、グレンは首を傾げる。
「なんだ。喧嘩でもしたのか」
「……いや、別に」
「そうか」
兄はそれ以上聞いては来なかった。気遣い……というよりかは、これ以上心配事を増やしたくないという様子だった。
「……なんか飲むか」
「あぁ、そうする」
* * *
アーガイルは、誰よりも長い間一緒にいる。兄弟以上に大切な存在だ。勿論、エレンはグレンやケレンのことも大事に思っているが。
喧嘩は昔からよくする。今回みたいなのも初めてじゃない。一番酷かったのは、解散した時だ。根本的な意見の食い違い。はじめに拒絶したのは自分の方だった。アーガイルは悪くない。
自室に戻って、椅子に腰掛けた。静かな部屋でじっとしていると、時間なんて感じない。でも、確かに時は刻々と過ぎて行く。こうしている間にも、戻れない一秒が過ぎて行く。どこかで人が死んでいるかもしれない。父は誰かを殺しているかもしれない。でも、自分には見えない。
────自分の体は衰えるのだろうか? アーガイルに言われたことが気になる。
(……なぁ)
精霊たちに話しかける。
『はい』
『おい、全部聞こえてるぞ』
エレボスがそう不服そうに言った。少々滅入っている感じがする。
(ごめん……)
謝り、一呼吸置いてから訊ねる。
(精霊って、老けるのか?)
『そうですね……子どもの時は子どもですけど、成熟した時点で強制的な成長……見た目の老化は止まります。ただ、望めば外見の歳を取らせることは可能だったり』
リリスがそう言う。神界では年老いた風の精霊を見かけた覚えがない。なるほどな、と思う。リリスやエレボスたちはずっとそのままの見た目でいられるというわけだ。
『私たち精霊に体はありませんから。姿形なんていうのはイメージでしかないんです。魂の記憶というか。あるようで、ないっていうか……』
『まー、だから精霊の一部や竜族は変身能力を持ってたりな』
形を矯正する器がないゆえに、その有り様を変容しやすいということか。
(……俺の体、どうなってると思う?)
『ええ、精霊のそれとは限りなく近いですが、全く別のものですね』
(え?)
『人界の“体”にはいずれも寿命があります。長くて150年ほどですかね。だから通常はそれを寿命として人界の存在は死にます。しかし、それとは別に魂にも寿命があるんです。だから人間の魂は一個人としての生涯を終えると冥界に還って、また転生します』
(精霊は転生しないって言ってたな)
『はい。この人格の精霊として魂の寿命を使い切るので。体そのものが魂でもあるので、致命傷を受ければ散ってしまいます。……魂の寿命は大体1万年ほどと言われています。エレンさんの体の寿命は無効化されて、その魂の寿命と同期されているようですね』
(……なるほど?)
『でも、致命傷を受けても修復してしまうのは私たち精霊には不可能なことです。まぁ、多少人間よりかは頑丈ですが』
精霊は傷ついても宿主の中で休めばそう時間はかからず回復する。それはエレメントの供給による修復だろう。彼らは高濃度のエレメントの集合体である。その点も物理的な“体”には縛られていないというわけだ。
『エレンさんは……“冥府の呪い”でしたっけ。それによって死を拒絶されているようです』
(……拒絶?)
『死ぬことを許されていません。こんなことが出来るのは……冥王か魔神卿たちくらいなものです』
あっさりと掛けられた呪いだったが、やはり規格外のものなのだなと改めて知る。
(……ん? っていうか、寿命自体は魂と同期されてるんだよな?)
『ええ。それでも暫定的なものですが。何せ……この呪いについての知識が私には不足しているので。その寿命を迎えたあとも、死を拒絶されるかどうかは』
『まあ、体が老いることはないってこった。いや、“体”がある以上緩やかには取ってくのかな?』
エレボスがそう口を挟む。だとしたら少し……嫌だなとエレンは思う。
(サミジナは……“時が来たその時”に契約が……呪いが切れると言ってた。どういう意味だと思う?)
『そんな事を? さあ……でも、ということは永遠というわけではないんですね』
(また冥界で会えるのを楽しみにしてるぞって)
『じゃあ魂の寿命前に期限を迎えることもあるってことか』
エレボスはふむ、と顎に手を当てリリスを見ている……気がする。
『まぁ何にせよ長い付き合いにはなるってこったな。ていうか待て。俺たちの方が先に寿命が尽きるなんてことは……』
『それはないでしょう。見たところエレンさんの魂は何度か転生を経たもののようなので。……まぁ、未来のことは未来のことです。今考えたって仕方ありませんよ』
『そうかなぁ』
エレボスはどこか不安そうだった。呪いについて分からないことが多すぎる。
『でも安心して下さいエレンさん! 私は皇族なので神の血のお陰で寿命は普通より長いですから!』
『っておーい!』
リリスとエレボスのそんな掛け合いが響く。エレンは思わずフッと笑みをこぼす。二人のお陰で少し心が和らいだ。
────その時だった。エレンの耳は何か大きな物音を捉えた。
「……何だ?」
フォレンの部屋の方だ。そう訝しみ、エレンは部屋を出た。
* * *
────10分前────
レイミアはフォレンの部屋を訪れていた。フォレンは椅子に座ってじっと俯いている。レイミアが部屋に入って来てからずっとそうだった。ドアの前にいるレイミアを、彼は見ようともしない。
彼が昨日グレンと何かを話していたのを知っている。何を話したのかは知らないが。グレンにもフォレンの苦悩が伝染したようで……いてもたってもいられなくなってここにいる。
母の経営していた孤児院に、彼が来た日のことを覚えている。
酷い怪我だった。瓜二つの弟に引きずられるようにして、彼はやって来た。なんだか放っておけなくて、母に代わってその家の長女として看病していたとき、ロレンに何があったのかを聞いた。幼いロレンは「内緒だよ」と言ってフォレンが怪我をした顛末をレイミアに話した。だから、レイミアも他の誰にも話さなかった。目覚めた彼はそれまでのことを何も覚えていなくて────ロレンが話した彼の様相とは大きく異なっていた。
穏やかで、弟想いで、優しい彼。そんなところに、自分は惹かれたのだろう。……なら、今の彼のことは? 記憶を失くす前の彼のことは?
「……レイミア」
唐突に、フォレンが声を発した。だが、顔は依然としてこちらを向かなかった。
「俺……昨日グレンと話したんだ」
知っている。黙ってレイミアが続きを待っていると、フォレンは再び口を開く。
「俺を殺してくれって、頼んだんだよ。あいつに」
「……どうして?」
「お前が出来ないなら。……お前を傷つける前に。それが最善だって思った。でも、ダメだった」
フォレンはぐ、と頭を抱えてさらに縮こまる。
「グレンは分かってないんだ……俺がどれだけ苦しんでるのか。過去の自分が、俺を呼ぶんだよ。あいつが、俺を呼ぶんだよ。毎日毎日、眠りにつくと、夢の中で」
「……フォレン」
「お前も、俺に死んで欲しくないって言うんだろ。そうか。そうだろうな。皆んな優しいから。でも……もう、無理だ」
「え」
フォレンがゆっくりと顔を上げる。様子がおかしい。気がつくと、部屋の中が異様に薄暗い。ハッとして、扉に手をかける。だが微動だにしなかった。見ると空中から伸びた黒い手のようなものが、扉を抑えている。
「グレンが悪いんだ……俺は、言ったんだ。忠告した。でも、受け入れなかった。あいつが。お前も。俺が悪いんじゃない……」
ゆらりとフォレンが立ち上がる。隻眼と目があった。そこに穏やかな橙の光はなかった。代わりに血のように紅い瞳が、こちらを見ている。
「フォレン……!」
「もう無理だ。抑えられないんだよ。このままじゃ、壊れちまうよ」
誰にともなく呟くフォレン。レイミアは体が強張る。全身に走る危険信号。気が付けば車椅子が倒れてレイミアは床を這いずっていた。扉のノブに捕まるが、やはり動かない。
「……やめて、やめてフォレン! 正気に戻って!」
「俺の代わりに壊れてくれよ、なぁ」
左手が伸びて来る。右手で振り払ったがその腕を掴まれてしまう。金属の無機質な質感が布越しに伝わって来る。冷たいその感触が、フォレンが人間とは別のものであるように感じさせた。
「嫌……!」
悲鳴のような声が自分の喉から飛び出す。どうして。どうしてこうなった。恐怖と喪失感と、悲しみと悔しさがいっぺんに押し寄せる。
「……私が間違ってたの」
そんな呟きに、フォレンは不気味に笑う。
「そうだよ」
誰か助けて。声は喉に張り付いて、それ以上は出なかった。ぐん、と掴み上げられて、ほんの少しの浮遊感のあと。
レイミアは強い全身の痛みと共にその意識を落とした
#74 END
To be continued...
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お姉ちゃんの秘密の悩みです。
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青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
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しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
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