水霊の贄 孤独な少女は人ならぬ彼へ捧げられた

春想亭 桜木春緒

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第二章

祈 五

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 爆ぜて朦朧となった気色から、ほんの少し視界が元に戻る。
 悪い夢なのだと、意識を失った間は思っていたのかもしれない。微かに目を開けると、見慣れぬ社の暗い火灯りの中で、裸体で褥に横たわっている事を知った。そのみなほに重なるように、美しい青年に似た容貌の龍彦が居る。誰とも解らぬ、人ともしれぬその存在が、肌に触れ続けている。
 何もかも、夢ではない。
 それを悟り、また愕然とする。
「そなたを乙女としておかねばならぬ事が、辛い……」
 汗ばんだみなほの頬を、龍彦の掌が撫でている。
 精霊であろうか。あるいは神なのか。
 この社で初めて彼を見出したときより、生々しい存在をみなほは感じている。人ならざる、どこか幻めいた風情が失せ、まるで人のように、そこに熱い血潮を持った存在に変わってきたように見える。

 手とも指とも違う感触の物が、みなほの腿を撫でた。熱い。
 茫洋とした視線を、みなほが泳がせる。
 仰臥のみなほの下肢が、恥ずかしいような形に開かれ、その間に龍彦が居る。身に纏う綾絹の襟元がはだけ、帯の下の裾もはだけていた。
 裾の間から覗く物に、みなほは悲鳴を上げた。赤黒く猛り、鎌首をもたげた龍彦の男が、みなほの腿を撫でている。滴った蜜をそれに纏わせるように撫でている。
「……早う、祈りを終えたい」
 そして、と龍彦はどこか恍惚と言う。
「そなたの中は、快かろう」
「なっ……! や……! いや!」
 みなほのその狭間を、その恐ろしい物で龍彦が撫でている。硬く熱い感触が、初めてそれを見たみなほの肌を恐慌で粟立てる。
 後ずさろうとしたみなほの膝を、龍彦が掴んだ。
「どこへ逃れようと?」
 嘲笑に似て聞こえた。
 三間四方の社殿の中、三方が壁で、唯一の扉は外からかんぬきが掛けてある。
 みなほが身を翻して走ったとして、逃れる場所などどこにもない。
「早う、いけ……」
 無残な形に開いたみなほの腿を抱え込んで、また龍彦がその蜜を唇で啜る。
「うぁ……っ!」
 腫れ上がった花芽を歯で噛まれて、みなほが撓む。深く沈めた指が蜜を外へ誘うように引き抜かれる。そのたびに、溶け出す反応を龍彦の舌が拭う。
 両手で、みなほはそこに食らいついたままの龍彦の額を掴んだ。押し離したい意図を、籠めたつもりだが、力など、もう入らない。
 掠れた声で、嫌、と嘆きながら、みなほが全身を戦慄させた。
(もう、いや……!)
 得体の知れない衝動に飲まれながら、みなほは心の中で叫んだ。
 身体の全てが、みなほの意志に従わない。勝手に震え、勝手に鼓動が止まり、勝手に、恥ずかしいものが秘所から溢れていく。
 嫌だと、胸の中で叫ぶ。
 それなのに、また龍彦の掌で肌を撫で上げられ、指先を体内に覚えるたびに、背筋に震えが走る。腹の底が熱くなる。止めどもなく唇が喘ぎ、呼吸が途切れ、身体の内側が充血して腫れたように侵入者を締め上げる。蜜が涙のように滴る。
「みなほ……」
 耳元に、龍彦の声がする。
「ただ一夜限りの妻とは惜しい。何と快い気を放つのだ、そなたは」
 囁きを吹き込みながら、みなほの身体を撫でていく。もう、覚えている。触れた途端にみなほが戦慄する箇所を、龍彦の手は覚えてしまった。
「や……あ……」
 みなほがうねる。
 いや、と口走るが、その響きにはもう棘がない。眉を寄せた顔に、愉悦の紅が差す。
 汗ばんだ頬に髪が絡みつき、艶やかな彩りになった。
 半ば閉ざされた眼が濡れている。


 あの日から、みなほの周囲が変わった。
 みなほが退いた後に、国主の父子が秋の祭礼を見に来ると言った。そのせいである。
 朝にみなほの世話をした侍女らが現れ、みなほを屋敷の中に連れ込んだ。
 みなほが秋までにそれなりの姿になるように肥えさせる必要が生じた。それと同時に、みなほを秋の祭礼まで逃がさないようにもする必要ができた。
 贄の役割をみなほが果たすまでのあいだは、工兵衛と真由の目の届くところに彼女をおいておくのが最も安心である。
 何より恐れたのは、みなほに逃げられることだ。
 また、贄の選定のときの神籤のことをみなほに知られることを恐れた。
 籤に書かれているのが家長の名のみであり、本来ならば真由が贄となるべきところを、みなほにすり替えた。詐術のようにみなほを養女と言い張り、国主を証人にしてみなほを贄に為した。
 そうして工兵衛はそのみなほを犠牲にしたうえで、実の娘の真由を国主の子に差し出そうとしている。
 村人は工兵衛のやりくちをすぐ知るだろう。それをみなほに告げ口する者がいないとも限らない。
 娘とその親たちが贄の役を嫌う原因である「御下がり」の風習などを、誰かがみなほに告げてしまわないとも限らない。
 そういうことを避けるためにはみなほを捕らえておくのが一番安心だ。
 工兵衛が、実の娘の真由に現実の栄華を与えるために、みなほを犠牲にしようとしている。それを当のみなほが知り、逃げ出しては困る。
「皆、余計な噂など口にせぬように」
 屋敷の者に工兵衛は贄についての噂を禁じた。

 宮司が、みなほの様子を見に上の屋敷を訪れた。
「詐術のようじゃな」
「何を申す。あの娘も我が家のぞくんで生い立ったのだ。我が家の子と申して何の憚りがあろうか」
「いずれにせよ、良い供養かもしれんな。龍彦様が惨い呪いを解いてくださるかもしれん」
「はは。そうかもしれんな。……まったく忘れられんよ。八年前のことは。壁から天井まで血が飛び散っていた。幼子など腕も足もどこへ飛んだやら、血の海でわからなんだな」
 あな恐ろしや、と二人が声を揃えて言う。
「もっと昔のこともあっただろうよ。わしらより上の、長老達は未だに怖がる。あれの祖父様は、社まで女房を追っかけて、鉈で頭をかち割ったと聞いている。何度も鉈を打ち下ろし、鳥居に髪の毛が貼り付いていたとな」
「おお、おぞましや! その点では、みなほの父も正しくその血を引いているとみえる。恐ろしい。呪われて居る」
「何なら皆殺しでも良かったところだ。生き残った子のむごさよな。誰もが恐れて近寄らぬ。一人生き残った呪われた子からから生まれた娘が、また一人生き残る……。恐ろしや」
「母も恋しかろう、弟も可愛かったろう。それを全て、切り刻んだが我が父とは、恨むにも恨めまい」
「あの日、みなほはどこかに行っていて留守であったのだったな。帰って来て、家の中が血まみれで、驚きすぎて気が触れたのだったか。気が触れてあの光景を忘れたらしいな。まったく気の毒であったよ」
 気の毒、と言いながら声の端に嘲笑を含む。
「気の毒と思うなら、助けてやれば良かったではないか。何もせんで幣を振ってばかりおらんで、現世うつしよのこともすこしはやるがいい」
「現世とも限るまい。二代続けて狂気じみた真似をする血筋など、人の知恵の及ぶところではない。かと言うて神様にはどう訴えていいやら解らぬことよな。あの世の呪いよ。あのような、穢れは」
 低い声の語らいだった。
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