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しおりを挟む耳元に囁きかけたまま、奈恵の首筋に圭介の唇が滑る。背の肌を吸いながら、掌で胸の膨らみを覆う。
「ん……」
奈恵が肩を竦めた。
圭介は腕を奈恵に絡ませたまま、掌を腿の間に割り込ませた。
「……や」
魚のように奈恵が波打つ。きめの細かい背中の肌が圭介の唇に心地良い。僅かな音色の交る、か細い吐息を聴きながら、圭介は奈恵の中を探る。指の先がじわりと熱い。融けだしてくるものが仕草を滑らかにする。
掴んだシーツの中に奈恵は顔を埋めた。過敏な箇所を圭介の指が摘まんだ。
「ん、はぁっ……!」
「奈恵、……ここ?」
「や、……だめ」
大きく揺らいだ奈恵を腕で抱え込みながら、圭介は再びその仕草をする。少し高い声をあげて、奈恵の身体が反った。圭介の指を濡らす蜜が、溢れている。
不意に。
ぶーっ、という振動音が響いた。携帯電話の着信だろう。繰り返し、鳴る。
音の発信源は、ベッドの下に落とされた奈恵のバッグからではない。そんな距離ではない。もっと、遠い。
机の前の椅子に掛けたダウンからだった。携帯電話はポケットに無造作に突っ込んであったようだ。
「圭ちゃん……」
「ほっとけよ」
奈恵から手を離すことなく、圭介はその鳴動を聞き流す。
十コールほどで、その音は消えた。
音が止む頃に、圭介は奈恵を仰向けにさせて、膝の掴んで開かせた。避妊の用意の手際も良くなっている。
膝が肩に着きそうな位置に押さえつけ、打ち下ろすように奈恵の中に圭介が割り込む。
「……んぁ……!」
奈恵の身体が大きく戦慄した。不意に深い場所を突かれて驚いたように、血の色に染まった爪先が跳ねた。
膝と腰のしなやかなばねを弾ませて、圭介が奈恵を往来する。高く澄んだ声が小刻みに圭介の耳を撫でた。奈恵にきつく包まれたそれから寒いような快感が湧き上がる。
奈恵の声が圭介の耳を酔わせる。可憐な声が届くたびに、奈恵の中が熱く震えて、身体を引く圭介に追い縋る。
眉を寄せて瞼を固く閉ざしながら、首を背け、顎を反らし、時に肩をすくめながら、圭介の起こす振動に奈恵が反応している。
良い顔、眼下にそれを眺めて、圭介は唇を緩める。動作を忙しなくしながら、やがて奈恵の華奢な身体を押しつぶすように密着して、背中を震わせながら、熱い物を体内から放出した。
生ぬるく汗ばんだ肌を少し楽しむように頬を擦りつけて、圭介は奈恵から退いた。
奈恵の胸元が忙しなく息づいている。滑らかな白い肌が綺麗な薄紅色に染まって見える。
少し湿った様な奈恵の額に手を置いて、そっと撫でた。圭介にとっては、この上なく気持ちの良い、可愛い身体だ。
コンドームを引きはがして始末しながら、圭介はベッドを下りる。椅子に掛けたダウンから携帯電話を取り出した。
圭介のそんな後ろ姿を見ながら、奈恵は足元から羽毛布団を引き出して被った。圭介の匂いが、寝具に染みついている。
かすかな溜息をついて、ふと、髪を結んでいたシュシュが外れていることに気付く。
「やだ……」
シーツも布団カバーも黒い。あの白いシュシュは目立つだろう。布団を跳ねのけて、隅々まで見渡す。
壁とベッドの隙間にでも落ちたのだろうか。圭介にもらったそれを、失くすのは、奈恵は嫌だった。
(どこいっちゃったの……?)
狭い隙間に手を突っ込んでみる。
その奈恵の耳に、圭介の声が聞こえた。
「……あ、さおり? 何? ……ああ、明後日の」
その声とともに、まだ裸体のままで、綺麗な背中の線を見せながら圭介はドアの向こうに消えて行く。
奈恵は、手を止めた。
今日が十二月二十三日で、休日で、明後日の二十五日はクリスマス。
(あの、人……)
九月に、入院した圭介の病室ですれ違った、綺麗な黒髪の、テレビで見かける女優のような綺麗な顔立ちをしたあの人の名前が、さおりであるということは、奈恵はずっと覚えていた。
圭介は、明後日のクリスマスの事を、あの綺麗なさおりと話している。
(いやだ)
指の先が冷たくなるような震えを感じる。
ベッドの中で、奈恵は布団を掴み締めながら身体を丸めてうずくまった。体温で布団の中は温められていくはずなのに、震えが止まない。指先が冷たくなる一方だ。
呼吸を止めていた事に気付いて、一度息を吸って、吐いた。吐息の音が耳に高い。
「帰ろ……」
声に出して、言った。
目が回る。おぼつかない姿勢で、圭介に散らかされた服を拾って、身に着けていく。呼吸の音がやはり高い。
ドアの外に圭介の声が聞こえる。くしゃみをしたようだ。それから、少し笑っている。
「何なの……?」
奈恵の唇から洩れたのは、低くかすれた声だった。
胸が痛い。痛むところを抑えるように、固く握った拳をその辺りに当てる。俯いた奈恵の瞼の下から、雫が散った。
つい今ほどまで圭介が居たところに、違和感が残っている。強く押し広げられて、圭介が繰り返し往来した感触がまざまざと刻みつけられている。その残響を痛いほど身体に感じている。
それなのに。
耳に聞こえているのは、明後日のクリスマスの事を電話の向こうのさおりと話している圭介の声。
愛とか、恋とか、デートとか、告白とか、キスとか、それ以上のコトとか。
ドラマやマンガでは、熱く甘くときめく物語として描かれていた。周りの同じような年頃の女の子たちと同じように、奈恵もそんなときめきに、いつか出会うのだと夢を見ていた。
名門校のサッカー部でレギュラーで、背が高くてアイドルのような外見で、そんな圭介は、もし奈恵がマンガのヒロインだったら、好きになるにはふさわしいような存在だと憧れるように見ていた。
その圭介と、キスもしたし、それ以上の事もした。
夏のあの事など、思い出すのも怖いくらいだ。もやもやと奈恵が思い浮かべていた憧憬を、打ちのめすほど強烈な極彩色の、経験だった。
それがゴールなのかと思っていたのに、圭介とのことは、それだけだった。その前のはじまりもなく、後もない。そういう事から始まるような物語も見た事はあるが、奈恵には、圭介との事は、夏から秋を超えて、冬になっても今もなおまだ結局それだけだ。
「もう、やだ」
服を着て、バッグを抱えて座り込む。
出ていくためにはドアを開けなければならない。そこには圭介が居る。さおりと話している圭介が居る。それを明らかに見たくない。聞きたくない。
やり場のない思いと、行き場のない痛みが、奈恵の目から涙になって滴った。
違う、奈恵は呟いた。
こんなはずではなかった。そんな気持ちでもある。
その一方で、もしかしたら憧れていたドラマやマンガの世界がただの妄想で、これが、現実というものなのか。違うのは、奈恵が思い描いていた事なのか。
現実と言うやつがこんなものだから、憧れの世界は夢のようにときめくように創られた物なのか。
違う。
また奈恵は思う。
だが何がどう違うのか、ぐるぐると回る頭の中では整理がつかない。
ドアが、開いた。
裸のままの圭介が携帯電話を持って入ってきた。
「……寒!」
小声でつぶやく彼の方に、奈恵は顔を向ける事が出来ない。着てきた白いダウンと、バッグを抱えてうずくまって、立ち上がる事も出来ずに居る。
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