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月の段
しおりを挟む昔、一人の美しい姫がいた。
あらゆる領から妻にと望まれ、姫の父親はより条件の良い縁談をと帝に娘の輿入れを打診し、話はまとまった。
しかし、娘は輿入れを拒んだ。
怒りにまかせて父親が娘の頬を殴ると、娘はぽろぽろと涙を流し、一匹の竜と変じて天へと還っていった。
娘の涙は万能の薬として帝に献上され、竜が天に昇るときに落とした鱗は父親に最後の富をもたらした。
「―――っていう話、知ってるか?」
「知ってるかも何も。有名な話じゃない。あたしがいた一座でも演ってたわよ」
ラストの部分をいろいろ変えて長く演じられている演目だ。
「あれな、お前の母親の話」
「はぁぁぁぁっ?」
思わず大きな声で仰け反る。マジマジと目を見てジリジリと後ずさる。
「いやいや。今さらそういうのいいから。助けてもらったお礼はするから。いくら払えって?」
「詐欺じゃねぇ。さりげなく距離とるな」
説明するから、と手招きされて渋々元の位置に戻る。
お前の母親がえらく別嬪であらゆる領から求婚の申し込みがあったのは本当だったが、片端から母親本人が断ったんだ。別嬪な上に頭の切れる人でな、求婚してきた各領のアラをいちいちほじくりだして満足に答えられないならすっぱりふっちまう。
そうして嫁ぎ後れになる前にと、お前の祖父さんが帝に貰ってくれと頼んだんだけどな。
勝手に話を進められたことにキレたのかどうかは解らんが、母親はいつの間にやらお前を身籠ってたんだ。
怒り呆れる祖父さんをよそに、母親は別邸に引きこもってお前を生み育てていたんだが―――
母親に袖にされた帝やら領主やらが不正やら悪政やらやらかしたもんで、お前を忠臣に預け都に乗り込んだんだ。
「―――長々説明したのに、なんだその目は」
「長々ホラを吹いてナニが楽しいの」
「ホラじゃねぇって」
「都に乗り込む云々ってのは今の泰平の世になるきっかけになったクーデターでしょ。あれって大昔の話じゃない!それを無理矢理あたしに関係あるみたいな言い方して―――なに?ロリ扱いの次は婆扱いするつもり?この肌を見てよくそんな失礼なホラ吹けるわねっ。蹴ってやるわっ」
言うなり実行に移すがやはり身体の大きさのわりに素早い自称兄はす、とかわした。
「お前が婆じゃないことは見れば解る。俺としては喜ばしい限りだ。番に巡り会えるだけでも幸運っちゃ幸運だが、やはり交わることを考えると」
「ちょっと待って。今はとりあえずクーデターの話だから。つまり、クーデターの首謀者があたしの母親だと言いたいわけ?」
やおら身を乗り出してきた自称兄を片手で制して話題を戻す。
話を遮ったことでなにやらぶつぶつ呟いていた自称兄は、それでもそういうことだと頷いた。
「でもやっぱりおかしいわよ。あれって百年以上前の話でしょ?年齢とか時期とか、めちゃくちゃでしょうが。そんで今の帝があたしの母親だっていうわけ?」
「何もおかしかねぇよ。竜の寿命で考えたらそんなもんだ。竜の卵は孵るまでに時間がかかるというし、お前の場合はちょっと環境が悪かったから余計に時間もかかったようだが。俺にとっては好都合だったな。姉さん女房も悪くないが、やはり可愛い嫁を堂々と甘やかすには俺が年上である方がやり易いからな」
「………………………………………は?」
固まるあたしに「まぁ、座れ」と言いつつ布団の上に座らせ、自称兄はその正面にどかりと座った。
「……………竜?」
「竜」
大真面目に頷く自称兄。
「この国、始まりは人語を話す竜が王だったって話、聞いたことあるか」
子どもを寝かせるときに話すお伽噺としてポピュラーなものだ。あたしも座長に何度も話してもらった。
「でも竜は、自分たちを裏切った人間たちに嫌気をさして空の向こうへ翔んでいったって話でしょ?」
いや、と自称兄は首を振る。
「竜ならいるぞ。いつでもこの国を見ている」
「まさか、帝が竜だ、とか?」
はは、と渇いたあたしの笑いを自称兄はあっさり肯定する。
「帝だけじゃねぇな。政府のトップは竜だ。というか、竜になれる者が重用される」
その昔、王だった竜は人と交わって子を成した。
子どもたちは王となり重役となり国を守り、また人と交わって数を増やした。
人の血が濃くなれば竜に変じる者が少なくなったが、時おり竜になれる者が生まれた。そうした者は優れた人材であったから、竜になれる者が現れれば帝の元に送り育て、いずれは重役を担わせる、らしい。
「だからあの甘チンも、自分は竜になれるって主張しようとしたんだよ。武家の出だったら多少は竜の血が入ってるもんだが、実際に竜になったのを見たことあるやつは少なくなったからな。パチもんでも誤魔化せると思ったんだろ」
どうやって変化したのかと聞くと遥か昔に禁呪扱いになっている薬を飲んだのだろうと言った。
「あの女が作ったのかな?」
「たぶんな。評定所に放り込んだから、そのうち吐くだろう」
ふぅん、と周りを見渡す。壁や障子は何処だ、とツッコんでやりたいくらいバカ広い部屋の真ん中にぽつんと布団一組が敷かれている。
いつの間にかここで寝かされていたと自覚したときには正直落ち込んだ。自分はかなり用心深いつもりだったのに、二回も知らずのうちに寝かされてるってどんだけ無防備なのか。
「ところで、ここは何処だろう?」
今さらながら聞くと、あぁ、と自称兄も思い付いたように頷く。
「王都」
「おうと……………はぁっ!!?王都!!?なんで王都!?いつの間に!?」
目を見開いて動揺するあたしに、自称兄は呑気にぽりぽりと首を掻く。
「そりゃまぁ、今回お前が狙われたわけだから保護ってゆーか、いっそこのまま婿取りさせてここで暮らさせようってゆー」
「はぁっ!!?なんで渡り鳥をわざわざ保護すんの!?婿取り!?なんでわざわざ渡り鳥の婿を探すの!!?」
お前なぁ、と自称兄は大きくため息をついた。
「聞いてたろ。お前のおっかさん、帝なんだぞ。つまり」
「あ!もういい、もういい!」
遮って飛び起きる。
「もういいってお前な」とか自称兄が呆れているけど、母親が帝とか認めたら何かが終わる。絶対面倒くさい。
「あたし、帰る!」
「帰るって何処にだよ?」
呆れ声で聞いてくるのに「どこへでも!」と返すと「お前なぁ」と額を押さえてため息をつく。
仕方ないではないか。そもそも渡り鳥に家などないのだから。
「―――そぉだっ!ギルドから連絡ある頃だし!そもそもあの領に行った目的果たせてないし!」
「そぉだって言ってる時点で、ここから逃げることしか考えてないな。お前」
なにやら隣から飛んでくるツッコみを無視して荷物を確認すると、とりあえず障子を目指して歩き始める。
「仕方ねぇなぁ」
呟き声を上げると自称兄はあたしの後ろをついてくる。
あたしが一生懸命足早に歩いているというのに、のんびりと歩きながらも距離が離れることはない。
くぅっ。足の長さを自慢しやがって!などと悔しがる間すら今は惜しい。
「ちょっと。なんでついてくるの」
そりゃまぁ。と自称兄は平然と言った。
「番が行くっていうならついていくだろう。言ったろうが。ずっと一緒だ、と」
はぁぁっ!!?と足を止めずに叫ぶ。
「冗談っ。あなた、竜になれるってことは重役なんでしょ。遊んでないでとっとと仕事しなさいよっ」
あたしの真っ当な指摘に、はははっとなぜか楽しそうに笑う。
「安心しろ。まだ親父が現役だからな。世代交代する前にしっかり番を捕まえてこい、とお墨付きを貰ったよ」
だから番ってなに?と聞いたらまた妙なことに巻き込まれそうな気配がする。
あたしは足を懸命に動かして、夜の王都を駆け抜けた。
後ろに要らん自称兄をひっつけて。
連れが増えたのは想定外だけど、前ほど不愉快でもないのは月がやけに明るいせいかもしれない。
まぁ、いいか。
気儘なブラブラ歩き。なんとかなる。
「何だ?楽しそうだな」
連れが楽しそうに笑うから、まぁねとあたしもつられて笑みを浮かべる。
「さぁ!さっさと元の領に戻るわよ!まずは木戸と関所を破るわよ!」
「お前、堂々とンな物騒な宣言するなよ………」
呆れる連れを放って、あたしは丸い月に向かって拳を突き上げたのであった。
―――さてさて。いかがでしたか、ウチの国の物語は?
「ちょっと」
最初に話した通り、悪巧みするおバカもいりゃ、あぁして元気に歩き回る良い子らも居るでしょう?
「元気な子、じゃないでしょうが」
んもぅ、煩いなぁ。そんな煩くしてると髪抜けるよ?
「止めて下されっ。なんと無体なっ」
「今回の災厄に託つけてやっとあの方をお招きできたというのに。対面もしないままで行かせてしまってよろしいのですか?」
ふふ。子煩い爺のクセに母心を気遣うなんて、ちょいと男前じゃないのさ。爺のクセに。
「帝っ」
良いじゃないの。孵る前に手放してしまった母親なんて、今さら会ったところで邪魔なだけさ。
帝なんてものがこなせる血に恵まれたお蔭で、こちらはいつでも娘の姿を確認することが出来る。娘には迷惑だろうけど、あの子が関所を通ればそのときの様子を知らせてもくれる。
それに。
婿には無事会えたんだから、見合いは成功したってことで良いでしょ。
「そんな呑気な」
おやおや。ただでさえここはもう人主体の国。
竜が番を探しに歩くのも一苦労のご時世だというのに、あの二人は無事に合流出来たんだ。
それを喜んで何が悪いというんだい?
「姫様は竜のことも番のこともまだまだご存知でないのですぞ。しっかり説明して早く婚儀を挙げて頂かないと、お世継ぎが」
世継ぎの誕生を急く気持ちも解るけどね。
それは婿の頑張り次第。あんまりやいやい騒いでいると心の臓に障るよ。
「じいはっ!見た目は爺ですが帝よりは年下ですぞっ」
竜になってしまえば十年二十年の年の差など些細なことだと思うのだけど。
それは言わないでおいてやろうかねぇ。
ともかく。
二人は出会ったばかり。
可愛い子には旅をさせろと言うじゃないか。
野暮な口出しはしないで、見てやろうじゃないか。
さてさて皆さま。
あの二人がこれから何処を歩くのか。無事に番うことができるのか。
お付き合い下さるならば、またよしなに―――
とっぴんぱらりのぷう
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