導きの魔女

つきこ

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大地の女神と蛇

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  「ふふーん、ふーん」
  ある日、魔女は上機嫌で土を耕していた。
  「やっぱり、レタスとトマト、玉ねぎは不可欠ねっ。あとは―――パセリかブロッコリーか………それが問題だ………ん?」
  思案してるところで近くの泉が騒がしいことに気がついた。
  「めっずらしい~っ向こうから呼ばれるなんていつぶりかしら―――ハイハーイ、何か用?」
  しまった。人間サイドとしてはもうちょっと厳かなカンジのがよかった?
  などと思ったりもしたが、人間たちはそこには触れてこなかった。単にそれどころではなかっただけかもしれないが。

  「女神様、我らの悩みをお聞きください。我らはウルクの民です」
  「なんでしょう。話してみなさい」
  「我らの王は素晴らしい英雄です。しかし、暴君でもあります」
  なんだか誰かを思い出すな。今度は御大層に王様やってるのか。
  「王は我らに繁栄と安寧を約束してくれます。しかし、都の乙女たちを次々と取り上げてしまわれるのです。お願いです、神の御力で王を諫めていただきたいのです」

  うーん、と魔女は唸った。
  ぶっちゃけ少子化で町一つ潰れたとて、世界のレベルには影響ない。魔女としては畑を優先させたい。
  でも返事しちゃったんだよなー。

  一つ手を打った魔女は足下の土と泉の水を練り上げ男を一つ造りあげた。
  「割とデカくなっちゃったけど、相手アレだからまぁいいか。それっ」
  力を注いだソレを泉に放り込む。
  「おぉっ、なんと猛々しい!大地の女神様、ありがとうございます」
  放り込んだはいいがなんと説明しようか迷ったが、人間は既に喜びに湧いている。
  様子を見ると、魔女が造った人形は王と対峙し掴み合いを始めた。
  「…………ま、いっか。勝手に使用用途考えてくれるなんて、人間は地道に賢くなってんのねー」
  呑気なことを言いながら魔女は畑に戻った。

  そう言えば人間は大地の女神とか言ってた。やっぱり別の神に呼びかけてたのかも。
  しまった。やっぱ無視しとけばよかった~!
  そんなことを思ったが、畑の配置に夢中ですっかり忘れた。

  種蒔きを終えた魔女は水を汲みに泉を覗く。
  「………まだ取っ組み合いしてる。嫌ねぇ、男って」
  まるきり他人事の口振りで呟くとその場に座り込み、様子を見る。
  王と人形の取っ組み合いはやがて終わり、堅い握手で互いを讃えた二人は連れだって旅立った。
  「……………まぁ、本人たちが幸せなら周りがどーの言うコトじゃないわね」

  水汲みのついでに泉を覗くと、男たちはナニかを倒したとかで町の人々に取り囲まれていた。
  「神の力使えば済むことをわざわざヒトの王なんてものになるから………あら、女神に言い寄られてやんの」
  ヒトの悪い笑みを浮かべながらすっかり座り込み、懐から出したクッキーを噛り噛り観察を続け、ん?と首を傾げた。
  「あら、フッちゃうの?けっこうタイプど真ん中だと思うんだけどなぁ~………あーぁ、怒らせちゃった。あの人もねぇ、男にフラれたくらいで天の牛持ち出すって、曲がりなりにも女神名乗っといてどーなの?」
  牛が町に迫ったところで、魔女は立ち上り水を汲んで畑へ歩いた。

  「ラ~ララ~………やっぱり最初は洗いたてをガブリっ………うん?」
  久しぶりに泉に映った王は、ずいぶんくたびれてだいぶ年もとったようだ。
  それでも満足気に水浴びをしている。
  岩の上に置かれてある荷物に魔女の目は釘付けになった。
  「な、なんであんなモン持ってるのよ!人間の手の届かないところに置いてあったはずなのに」
  あの男なら手にいれることも不可能ではないことは解る。でも必要ないものをわざわざ取りに行くとは。
  「あの男一人ならいいけど、万一他の人間の手に渡ったら―――へっ?」
  驚愕の声をあげて、身を乗り出して泉を見つめる。
  蛇が一匹、スルスルスルッと岩の上に這い上がると―――――

  パクリッ

  懸念のソレを一息に飲み込んだ。
  「なっ!?」
  魔女はさらに目を開き、息を飲んだ。
  蛇が、こちらを―――見た。
  魔女は深呼吸して、蔦を一本、泉に垂らした。


  「あぁ、やれやれ―――こんなに楽に帰ってこれるんなら、今度からここでお前に待っててもらおうかな」
  気持ち良さそうに伸びをして籠から落ちたトマトにガブリと食いつく蛇を、魔女はマジマジと見つめる。
  「どういうこと」
  「なにが」
  「あんた失恋でもしたの。そんで神みたいに分裂して片方は今私の目の前にいるあんた。で、もう片方があっちで水浴びして―――」
  「待て待て待て。久しぶりに会ったっつーのにナニ勘違いしてるんだお前」
  蛇は呆れた様子でため息をついてトマトを噛る。
  「あの王は、人間だよ。俺じゃない」
  「だってあの草!」
  「それこそ執着したんだろうなぁ。己の命か、それともエンキドゥにもう一度会いたかったのかな」
  蛇が珍しくも優しげに言って泉を眺める。
  男は失望に肩を落としながら、身支度を整え歩き出した。
  「……………エンキドゥ、て誰」
  「薄情な女だな、お前。ネグレクトかっ」
  ナニ言ってんのよ、と言いかけて口を開けたまま固まる。
  「―――――あの、人形」
  「天の牛を殺したってんで神々に死を宣告されてな、王に看取られて死んだよ。そのあと王は旅に出た―――――永遠の生命を求めて」
  「……………そう」

  自分が苦し紛れに造った人形―――人間とはいえ英雄と呼ばれた王と渡り合い、共に旅をして闘い、死んだ―――

  「おい、大丈夫か?なんなら神々に仕返しの一つでもしてやろうか」
  いつの間にか傍へ這ってきた蛇をぼんやりと見つめる。
  「は?」
  「理窟捏ねてお前のこどもともいえる存在を死なせたんだ。俺が代わりに仕返ししてやろう」
  蛇の口はトマトの汁で汚れていた。
  魔女は袖で乱暴にそれを拭った。
  「んぶっ!」
  蛇が妙な声をあげたが、構わずにゴシゴシと拭った。
  「いーのよ。放っといたんだから文句なんて言えないでしょう」
  蛇は面白くなさそうにふぅんと呻いたが、魔女の表情を見て何も言わなかった。

  「それで、いつまでそのカッコなの」
  「あぁ、戻してくれ」
  魔女は素直に手を蛇の身体に滑らせる。
  蛇だった大男は手を握ったり開いたり身体を触ったり見下ろしたりした。
  「―――ほう、お前男物のチョイスもできるのか。意外というか勿体ないというか」
  「あんたの好みはもっと布の少ない服だっけ」
  あははと大口をあけて笑いながら大男は泉に姿を映して見ている。
  「……………悪かったわね」
  「ん~?」
  「さっきの。私が人形を造らなければ、あんたが行く必要なかったんでしょう」
  大男は泉に視線を留めたまま、静かに話す。
  「あの草の原因が誰かと言われたら、お前一人とは言えねぇよ」
  足下の籠からトマトをもう一つ取ってかぶり付く。
  「謝るんならよ、あんな男を俺だと勘違いしたことを謝ってくれや」
  そう言えばそんな勘違いもあった。
  「お前………なんでこう季節違う野菜が揃ってんの?」
  ジト目で魔女を見据えた大男は、やがてはぁぁっと大きなため息をついた。
  「どうせ力使うなら、こんな大規模な畑要らなくね?」
  「……………もぉ畑やらないからいーもん」
  「なんで?やりゃいーじゃん。コレすげぇ旨いぞ。さっすが大地の女神様だなぁ」

  ぴきっ

  大男の最後の一言に魔女は固まり。ギギギィッと音がなりそうなほどゆっくりと振り返って大男を見つめる。
  「まぁ今回の臨時仕事のお礼、お前からはこの服とトマトで充分。あ、今度スイカとカボチャ作ってくれや」
  「もぉやらないって言ってんでしょーっ!」
  真っ赤になった魔女の悲鳴は泉を通って、突発的な雷になったとか。
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