導きの魔女

つきこ

文字の大きさ
5 / 12

導きの魔女と学者の卵

しおりを挟む
  「おぅ、こんなとこに客とは珍しいな」
  頭上から降ってきた声に、魔女はげんなりと顔を上げる。

  小柄で色白の男が相変わらずせかせかと畑の周りを彷徨いている。
  まだいたのか……………

  「あれは何だ?園芸業者か?」
  「学者らしいわ」
  ぶすりと言い放つと勢いよくサンドイッチを掴んでかぶり付く。
  隣に座りこんでいた大男はすでに半分近くを腹に納めていた。
  「無銭飲食者にでも転職したの」
  「それ職業じゃねぇ。で、アレはなんだ」
  犯罪者呼ばわりが気にさわったのか、大男は魔女には目もくれず男を軽く見据えている。
  「知らない。ここに来たらもうあそこら辺ウロウロしてるんだもの」
  肩を竦めてサンドイッチをもごもご頬張る。
  「話が終われば勝手に帰るだろ」
  「あの人あぁやって畑と泉を行ったり来たりするばかり。私が招いた客じゃないから、自分から話しかけるのも、ね。………時々なんか独り言言っててコワいし………」
  はぁーっと思わず大きなため息が出た。
  「あれで気がすんだら帰るのかしら。帰ってくれないと種蒔きできないじゃない」
  「今度は何を作るんだ?」
  いくぶん機嫌が治った声に、魔女は思わず大男を見上げる。
  大男はいつもと変わらぬ笑顔だ。

  畑仕事なんてもうしない、とか言ってなかったか?

  とか嗤うつもりではないらしい。変なの。

  「………枝豆とアスパラガスとさつまいも」
  思わず気持ち退きながら答える。
  大男はそれを気にすることなく吹き出した。
  「相変わらず季節無視かよ。芋なんてやめてスイカにしようぜ。喉乾いた」
  「種蒔いてすぐ実になるわけないじゃない」
  小さな声でツッコむと、大男はニヤッと笑った。
  「どうせ力使うんだろ?」
  「そんなズルしないわよ!」
  「お前、居眠りばかりするのに妙なとこ真面目でマメだよな」
  「ほっといて」
  いつもの調子に戻ったようで内心安堵のため息をつく。
  こうでなくちゃ。
  「やはり、この土か!」
  突然響いた大声に魔女は、ぴっ!?と奇声をあげて固まった。

  「女、この土を耕したのはお前か!」
  目をギラギラと輝かせた男がザカザカと魔女に詰め寄る。
  色白で小柄で棒切れみたいな身体だから、弱っちい身体で歩き回られて倒れられたら面倒だなぁ、と思っていたが、杞憂だったらしい。そう言えば歩き回る足取りは存外しっかりしていた。
  「あの見事な作物の秘密は、土に違いない!あれはどうしたらそうなるんだ!」
  「テキトーにやったから知んない」
  素直に答える。
  男はぐぬぬ、と真っ赤になって歯を噛みしめた。
  「騙されぬぞ。ただ耕しただけで、あれほど豊富な種類の作物がすべて見事に育つわけがないのだ。そなたは大地の申し子か?」
  「そんなあだ名イラナイ………」
  脱力する魔女の隣で大男は畑をジィっと観察し―――嘆息して魔女を見下ろす。
  「お前、もうちょい季節ってモンを考えろよ」
  「ここには季節なんてないもん」
  「あと植えるものも考えろ。人間に未知のものを見せるのは危ない」
  「どうせここのコトなんて覚えてないわよ」
  むくれる魔女を見て大男は大きなため息をつく。
  男は二人に構わずブツブツと呟く。
  「豊かな土………それがあれば作物は豊富に育つ。他国に攻めいる理由がなくなる。人が死なず、国も豊かになる………まてよ、我が国の土が豊かであるかどうか………しかし………」

  コワいよー。間近でブツブツ言ってるの見ちゃったよー。

  半泣きになった魔女がジリジリと下がり始めたそのとき、男の目がくわっ!と音をたてる勢いで開かれる。
  「ひぃぃっ?」
  悲鳴をあげて固まる魔女の腕を男が掴み―――

  ガシッ

  ―――そうになったところで、眉を寄せた大男が男の襟首を掴みあげ視線が合うように男の身体をぶら下げた。
  「なっ何をするっ」
  「俺のセリフだ。お前こいつに何をする気だ」
  「その女を連れて帰るのだ。我が国の土を豊かにさせ―――ぬぉっ」
  男の言葉が終わらぬうちに大男は顔をしかめて、男をぶら下げたまま大股で歩き出す。
  放心していた魔女が、慌てて大男に追い縋る。
  「ちょっと!どこ行くのっ」
  「俺はどこにも行かねぇ。こいつ放るだけだ」

  放る―――?
  言葉の意味を理解するのに魔女の歩みが止まる。
  大男は速度を殺すことなく歩き続ける。
  男は手足を振り乱して抵抗するが、圧倒的な体格差の前に意味がない。
  魔女が気付いたときには、大男は泉の近くまで歩いていた。

  慌ててダッシュして大男の裾を掴む。
  「まっまって、………はっ………まだっ…みちびっ……してなっ………はっ」
  「話聞こうとしないヤツに導きなんて勿体ない」
  途切れ途切れに言うが大男には通じたらしい。
  魔女は裾を掴む力を強めてなんとか大男の顔を見上げた。
  「おねがいっ………ちょっとでいいからっ」
  「…………………………」
  大男は魔女の顔をじっと見ると、男を魔女の前まで下ろす。
  襟首は掴まれたままだが、話はできるから別にいい。
  男の目が自分に向いたのを見て、魔女は急いで口を開いた。
  「あのね、あんたの弟子に言い聞かせておいて」
  「自分はまだ教えを乞う身で―――」
  「そのうちちゃんと弟子来るから大丈夫っ。ちゃんと言っといて。いい?」
  もごもご言う男を遮って魔女は軽く見据えた。
  「一つ、初心忘れるべからず。一つ、短気は損気。一つ、人の忠告は聞け。一つ、健康が一番」
  男は目をシロクロさせる。
  念押ししようかと口を開いたところで、男が揺れた。
  「ちゃんと言っといてよーっ」

  ボチャーァンッ!

  大男が大きく振りかぶって男を泉に叩きつけた。
  盛大に水飛沫があがる。
  頭からずぶ濡れになるも、魔女は呆然と波打つ泉を眺めていた。


  「あんたねっ。ナニ考えてんのっ」
  「なにが」
  「やっとこっち見たから話ができると思ったのにっ」
  「お前ビビってたろーが」
  う。
  服を絞りながらぎゃんぎゃん吼えていた魔女が言葉に詰まって動きを止める。

  話はするつもりだったもん!
  ただ、ちょっとブツブツが怖かっただけで。
  ちょっと時間が欲しかっただけだもん!

  服を絞ったままうぅぅと唸る魔女を大男は軽々抱えて運ぶ。
  「なぁぅっ?」
  「猫の真似なんかしてないで服乾かせよ。風邪ひく」
  存外丁寧に下ろされた。
  いつの間にか焚き火が焚かれていた。
  あたたかい。
  大男が興したのか。相変わらず仕事が早い。
  「ちょっと!服脱がないで!」
  「俺だって風邪ひきたくない」
  「ここで脱がないで、さっさと帰って乾かせばいーでしょ!」
  「お前も脱げ」
  「脱ぐかっ。こらっ!引っ張るなっ!」
  言い合っていると、空から封筒がヒラリと舞い降りた。
  取ろうと手を出したところで、サッと大男が奪い火に放る。
  「あぁぁっ!ヒト宛の手紙にナニするのっ」
  「アレは俺宛だ。いいから火にあたってろ」
  魔女を焚き火の前に置き直しその後ろにドカッと座ると、大男は魔女の頭を拭き始めた。

  「………あんたが仕事押しつけたクセに、なんで邪魔するの」
  大男は黙って髪を拭く。
  痛くないので怒ってはいないらしいが、機嫌が良いわけでもないらしい。
  「あんな風に投げたら危ないんじゃない」
  「どうせ帰ったら忘れる」
  んな乱暴な。
  「さっさと泉に突き落とせば良かったんだ」
  「武人ならともかくあんなちっちゃくてヒョロッとした子供突き落としたりなんかしたら壊れるって思ったんだもん」
  ふっ、と大男が笑う気配がした。
  「あれは大人だぞ」
  「うそっ?」
  「本当だ。人間が神から離れた証の一つだろうな。武人でも体つきが多少違う程度で、大きさは変わらん。さっきの男も寿命はあと二十年かそこらだ」
  驚きで声もでない魔女の頭を大男が優しく撫でた。
  「お前は泉から見てるからな。サイズが解らなくても仕方ない」
  魔女は項垂れる。

  仕方ない。それはそう。身軽に出歩くことができないから。
  でも、それで導くなんてできる?
  また間違いを犯すんじゃない?

  「らしくないツラするな。食え」
  無理矢理顔を上げられたと思ったら、グリグリと眉間を指で伸ばされた。親指一本でやられるものだから軽くめり込んで痛い。
  「んンンンンっ!やめっ!」
  身を捩って離れるとずいっと差し出される。
  サンドイッチだ。
  「考え事なんて性分じゃないことするな。食ってデタラメに野菜作って昼寝してろ」
  「……………小言言うクセに」
  「俺の楽しみなんだからしょうがないだろ」
  私はあんたのオモチャか。
  言ってやりたい気分にはなったがやめておく。
  「食わないなら俺が食う」
  「食べるわよっ。堂々とただ食いしないでっ」
  「畑手伝ってやるからただ食いではない」
  どうしても食べ物泥棒になりたくないらしい。
  「だからスイカ作ろう」
  そんなにスイカ食べたいのか。
  魔女はため息をついて頭を抱えた。

  「スイカ食べたいなら、一生懸命耕してよね」
  半分に分けたサンドイッチを齧りながら言うと、大男は両頬を膨らませてふもふもと頷いた。
  「あと、私宛の手紙勝手に燃やさないで」
  「あれは俺宛だ」
  まだ言うか。
  「なんであんた宛の手紙がここに来るわけ」
  「来たっていいだろう」
  「よくないわよっ。紛らわしいじゃないっ」
  「さ、そろそろやるぞー」
  大男は立ち上がってさっさと畑へ向かう。

  ものすごく誤魔化されてる気がする。
  いーけど。
  目一杯こき使ってやる。なんなら畑もう二つくらい開拓してやる。

  ふんっと鼻息荒く魔女は大男の背中を追いかけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

処理中です...