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途方に暮れる
しおりを挟む結局、命の次に大事な俺の財布は見つからなかった。
通った道を二度往復したが駄目だった。もちろん最初の旅館の受付けにも行って聞いてみた。
最後の頼みと思い、近くの交番にも足を運んだ。
唯一の収穫は、財布が届けられた際は連絡をくれるという約束だけだった。
交番を出る頃には日が沈みかけていた。
遠くの海が茜色に染まっている。
昼とは風向きが変わっていた。
「残念だったね」
山間から海へと吹き込む風に、詠海は後ろ髪をなびかせていた。
「これからどうするの?」
「どうするもこうするも」俺は兜を脱ぎ、タオルで顔を拭いた。「とりあえず、お前の家まで送る。夜道は危ないからな。正直それしか思いつかない」
「昼も夜も変わらないよ」
「子どもが独りでうろついてたらって話だ」
「子どもじゃないし。この後の話だし」
生意気に言ってはいるが、彼女は親身になって財布探しを手伝ってくれたのは事実だ。向こうにしてみれば単なる暇つぶしだったのかもしれないが、とにかく俺はどん底気分から幾ばくか引き上げられたみたいだった。
「そうだな。久しぶりに野宿でもするかな」
「財布はもういいの?」
「諦めきれるわけじゃないがな。まぁ、このところ俺はツキ過ぎていたんだ。残虐非道な殺人鬼に百回殺されてもバランスが取れないぐらいにな」
「ツキ過ぎ?」
「宝くじに当たったんだよ。君からすれば異世界の宝くじだ」
「凄い。まさか一等とか?」
「あぁ、何代遊んでも使い切れないぐらいの金だ。それで日本に来たわけだ」
「なおさら諦めちゃだめじゃん」
「まぁな。でもこの俺が何不自由なく気ままな旅ができるなんて、そもそもできすぎた話なのさ」
「それじゃあ明日も探さないとね」
「だとしても俺一人でな。お前はちゃんと友だちでも作って馬鹿みたいに遊べ。学校は夏休みなんだろ?」
「うん……でも……」
「人生は短いんだ。こんなくたびれたおっさんに構うことはない」
「おっさんじゃないよ」
「あぁ、見えなければおっさんも赤ん坊も一緒だよな。そんなことよりも……」
くそ。言い過ぎたと思った時は遅かった。
詠海はだんまりを決め込んだ。うつむき暗い夜道を白杖で叩きながら、かつかつと進んでいく。
それもこれも財布がなくなったからだ。思ったより俺の負った傷は深かったらしい。だとしても八つ当たりとは最低だ。
「じゃあ、俺はここで……」
最低の別れ方だ。後味は悪いが、だからといってこれ以上行動を共にしてもしようがない。俺は立ち止まり、歩み続ける詠海の後ろ髪を見送ろうとした。
しかしだ。時を同じくして、彼女も歩みを止めた。ゆっくりとこちらに振り返る。
「もう着いたよ」
その言い方は軽快で、俺の言ったことなんてまるで気にしていないようだった。
ともかく。詠海は立派な門構えの建物を前にして、早く来いと手を小さく降っている。
驚いたことに、俺たちは元の場所にまで戻って来ていた。予約していた宿を追い出され、“海の声”を聞いていた詠海と出会った場所の近くにまで。
「着いたって……いや、だってそこは……」
「そうだよ。早く来て。帰りが遅いとおばあちゃんがうるさいから」
俺が躊躇したのも無理はない。
詠海は見るからに旅館風の建物の前に立っていた。いや、それは本当に旅館だった。
彼女の元にまで近づいてようやく、『月の宿』と書かれた看板が見えた。やたらと古めかしい看板だ。
「これでわかった?」詠海はいたずらっ子ぽく笑った。「もう気兼ねなく泊まれるでしょ」
「家が旅館だったのか……それでうちに泊まっていいと」
一本取られたような気分だ。
「ほら、泊まるでしょ?」
「それとこれとは話が別だろ……」
「でも、ここなら明日の朝も財布探しに出やすいでしょ。それとも今から宿を探して遠くまで彷徨う?」
「わかったわかった。なんにせよ宿代は払うぞ。財布が見つかればだけどな」
「さっ、決まったなら早くこっち」
俺は詠海に手を引かれ、石畳の道を進んだ。
見たところ庭のようだが、雑草は伸び放題で正直手入れが行き届いているとは言い難かった。
「暗いな……おっと」
「足元、つまづきやすいから気をつけて」
「本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫って何が?」
「この宿、あんたんちだよ。今日は営業してるのか? だってこんな暗いし……」
「してないよ。もう何年も営業してない」
「えっ⁉」
俺は呆然として立ち止まった。
また騙された。
しかし、時すでに遅く。玄関の扉はがらがらと音をたてて開きはじめていた。
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