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冒険のおはなし
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少しばかり湯船の底がぬるぬるしていたが、いい湯だった。
老いた祖母と盲目の少女。一般的な家にしてはかなり広大なこの建物を管理するのは簡単な事ではないはず。手入れが行き届いてないのも仕方ないのだろう。
何にせよ。廃業した旅館に泊まるなんて滅多にない経験だ。
俺は頭をタオルで拭きながら、せめてもう一度ぐらい礼を言っておくべきだと考え、詠海の姿を探した。
しかし、さすがにこう広いと見つけるのは至難の業だ。そう思っていたところに人の声が聞こえてきた。
ロビーの方から明かりが漏れてきている。
「どういうつもりだい。着物なんか着て」
詠海の祖母の声だった。
穏やかな口調ではない。
それは、そう……。
ちょうど説教だ。そう直感した。
俺は息を殺し、そろそろと明かりの方へ近づいた。
かつては旅館のロビーだった場所には、テーブルやテレビなどが置かれていた。ちょうど居間のような感じだ。
二人はテーブルを挟んで向き合っていた。
お茶を入れたコップを両手で握りしめている詠海は、ぐっと唇を噛み、暗い表情を床に落としている。
一方的に攻撃されているのは誰が見ても明らかだった。
「目さえあいてりゃね。婿でもとって店を継げたのにさ。お前がやってるのは、所詮ごっこ遊びだよ」
見てはいけないものを見てしまったような気がした。
逃げ出すべきだろうか。わざとらしく会話に割って入るべきだろうか。
「そんなもんはやく脱いじまいな。そうやって悔しそうな顔したって何も変わらないさ」
「…………」
「あんたみたいな欠陥品はね。外に出ちゃいけないもんなんだよ。何一つ人さまの役に立てないんだから、せめて生き恥をさらすんじゃないよ」
「…………」
「だいたいね。あんな得体の知れない怪しい男連れてきて、ご近所さまに見られたらどうするんだい」
「……怪しくないもん」
「口答えするんじゃないよ。どうしてあんたって子はおばあちゃんを困らせることばかりするのかね」
まずい。気がつくと、いつのまにか足元にぴー太が擦り寄ってきていた。
ふわふわした毛がまとわりついて非常にくすぐったい。
「(頼むよ。あとで遊んでやるから)」
小声で叫んで、ぴー太を持ち上げようとした時、
「にゃあ」
ぴー太が鳴いた。
その直後、居間の方からがたりと椅子が動く音がした。
「そこにいるのかいっ?」ぴしゃりと祖母の糾弾するような声が届いた。「盗み聞きするとはいい度胸だね」
間違いなく俺に向かって言い放たれた言葉だ。
怖すぎる。恐怖で凍りついて動けない。
なぜ俺もいるとばれた?
ふと部屋に目を向けると、姿見鏡から詠海の祖母がこちらを睨みつけていることに気がついた。
それにしても悪魔のような形相だ。
「いいかい。あんたもよく聞きな。この子はね、出来損ないだから両親に捨てられたんだよ。それで跡継ぎがいなくてこの始末さ」
「にゃ、にゃあ」
「猫の声真似なんてするんじゃないよ! とにかくね。どこの馬の骨か知らないけど、あんたにゃ口出しする権利なんてないんだよ。とっとと家から出ていきな」
声の鞭でひっぱたかれるように、そそくさと俺はその場を後にした。
部屋に戻って荷物をまとめようとしていると、詠海がぴー太を連れてやってきた。
「待って。行かないで」
俺はふぅと息を吐いて、一旦荷物をおろした。確かに、今外に出たところで困るのは俺自身だ。
どうすればいいのかわからず、俺は後頭部をごしごしと掻いた。
「しかし、あんなことを言われてしまってはなぁ……」
「大丈夫。おばあちゃんには後で説得しておくから」
「どうしてそこまでして……」
俺はどかんと座布団に座り直した。
それからしばらくの間、黙ってぽろぽろ涙を流す詠海の顔を見つめていた。
「旅館やりたかったんだな」
黙っているのも息苦しくなって。俺は思い出したようにそんなことを言ってみた。
「別に」ぽつりと詠海は答えた。「私でも何かできるんだって証明したかっただけだよ」
「そうか。詠海はちゃんとできてたぞ。この調子だと名物美人若女将になれそうだな」
「全然できてないよ。そんなの自分でわかるもん」
もっと励ましてやるべきだったかもしれないが、何を言っても駄目そうな気がした。
それでも何かいい言葉はないかと、頭の中をぐちゃぐちゃと掻き回したが、やはり名案は浮かばなかった。
俺は「ふぅ」とまた短いため息をついてから、
「じゃあ、約束通り俺の話を聞くか? 冒険の話でもな」
「……うん、聞きたい」
詠海の表情が少しだけ明るくなった。
本当はあまり過去の話はしたくない。いい思い出が少ないからだ。だが、それで彼女の気が晴れるならいい気もした。
俺はこくこくと頷きながら、
「よし、いいだろう。そうだな。あれは俺がはじめて酒場で仲間を募集した時のことだったな……」
……
…………
………………
老いた祖母と盲目の少女。一般的な家にしてはかなり広大なこの建物を管理するのは簡単な事ではないはず。手入れが行き届いてないのも仕方ないのだろう。
何にせよ。廃業した旅館に泊まるなんて滅多にない経験だ。
俺は頭をタオルで拭きながら、せめてもう一度ぐらい礼を言っておくべきだと考え、詠海の姿を探した。
しかし、さすがにこう広いと見つけるのは至難の業だ。そう思っていたところに人の声が聞こえてきた。
ロビーの方から明かりが漏れてきている。
「どういうつもりだい。着物なんか着て」
詠海の祖母の声だった。
穏やかな口調ではない。
それは、そう……。
ちょうど説教だ。そう直感した。
俺は息を殺し、そろそろと明かりの方へ近づいた。
かつては旅館のロビーだった場所には、テーブルやテレビなどが置かれていた。ちょうど居間のような感じだ。
二人はテーブルを挟んで向き合っていた。
お茶を入れたコップを両手で握りしめている詠海は、ぐっと唇を噛み、暗い表情を床に落としている。
一方的に攻撃されているのは誰が見ても明らかだった。
「目さえあいてりゃね。婿でもとって店を継げたのにさ。お前がやってるのは、所詮ごっこ遊びだよ」
見てはいけないものを見てしまったような気がした。
逃げ出すべきだろうか。わざとらしく会話に割って入るべきだろうか。
「そんなもんはやく脱いじまいな。そうやって悔しそうな顔したって何も変わらないさ」
「…………」
「あんたみたいな欠陥品はね。外に出ちゃいけないもんなんだよ。何一つ人さまの役に立てないんだから、せめて生き恥をさらすんじゃないよ」
「…………」
「だいたいね。あんな得体の知れない怪しい男連れてきて、ご近所さまに見られたらどうするんだい」
「……怪しくないもん」
「口答えするんじゃないよ。どうしてあんたって子はおばあちゃんを困らせることばかりするのかね」
まずい。気がつくと、いつのまにか足元にぴー太が擦り寄ってきていた。
ふわふわした毛がまとわりついて非常にくすぐったい。
「(頼むよ。あとで遊んでやるから)」
小声で叫んで、ぴー太を持ち上げようとした時、
「にゃあ」
ぴー太が鳴いた。
その直後、居間の方からがたりと椅子が動く音がした。
「そこにいるのかいっ?」ぴしゃりと祖母の糾弾するような声が届いた。「盗み聞きするとはいい度胸だね」
間違いなく俺に向かって言い放たれた言葉だ。
怖すぎる。恐怖で凍りついて動けない。
なぜ俺もいるとばれた?
ふと部屋に目を向けると、姿見鏡から詠海の祖母がこちらを睨みつけていることに気がついた。
それにしても悪魔のような形相だ。
「いいかい。あんたもよく聞きな。この子はね、出来損ないだから両親に捨てられたんだよ。それで跡継ぎがいなくてこの始末さ」
「にゃ、にゃあ」
「猫の声真似なんてするんじゃないよ! とにかくね。どこの馬の骨か知らないけど、あんたにゃ口出しする権利なんてないんだよ。とっとと家から出ていきな」
声の鞭でひっぱたかれるように、そそくさと俺はその場を後にした。
部屋に戻って荷物をまとめようとしていると、詠海がぴー太を連れてやってきた。
「待って。行かないで」
俺はふぅと息を吐いて、一旦荷物をおろした。確かに、今外に出たところで困るのは俺自身だ。
どうすればいいのかわからず、俺は後頭部をごしごしと掻いた。
「しかし、あんなことを言われてしまってはなぁ……」
「大丈夫。おばあちゃんには後で説得しておくから」
「どうしてそこまでして……」
俺はどかんと座布団に座り直した。
それからしばらくの間、黙ってぽろぽろ涙を流す詠海の顔を見つめていた。
「旅館やりたかったんだな」
黙っているのも息苦しくなって。俺は思い出したようにそんなことを言ってみた。
「別に」ぽつりと詠海は答えた。「私でも何かできるんだって証明したかっただけだよ」
「そうか。詠海はちゃんとできてたぞ。この調子だと名物美人若女将になれそうだな」
「全然できてないよ。そんなの自分でわかるもん」
もっと励ましてやるべきだったかもしれないが、何を言っても駄目そうな気がした。
それでも何かいい言葉はないかと、頭の中をぐちゃぐちゃと掻き回したが、やはり名案は浮かばなかった。
俺は「ふぅ」とまた短いため息をついてから、
「じゃあ、約束通り俺の話を聞くか? 冒険の話でもな」
「……うん、聞きたい」
詠海の表情が少しだけ明るくなった。
本当はあまり過去の話はしたくない。いい思い出が少ないからだ。だが、それで彼女の気が晴れるならいい気もした。
俺はこくこくと頷きながら、
「よし、いいだろう。そうだな。あれは俺がはじめて酒場で仲間を募集した時のことだったな……」
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