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【1話】くいしんぼうおっさん 海に投げ捨てられる
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その日の酒はやけに“まわり”が早いと思ったんだ。
俺は後悔したね。もっと早く気がつくべきだったと。
仲間たちの、俺を見る目が変わっていたことに。
俺の名前はアル・ウェイン。両親から貰った素敵な名前だが、悲しいことに、長いことその名で呼ばれた覚えがない。
「なにぼけっとしてんだよ、おっさん!」
「なぁ、おっさん! はやくしろよ!」
「むりむり。コイツまじ生理的に受け付けないんですけど」
冒険の仲間たちからの扱いは、まあ、こんなもんだ。
でも、それも慣れたもんだと思った。なんだかんだで命を預け合う旅のパーティ。世間では第一級、Sランクに位置付けられる名パーティ【紺碧の海猫】の中では古株になる俺への一種の愛情表現なんだろうと思っていた。実力主義の、いつ死んでもおかしくない、入れ替わりの激しいパーティの中で、俺は俺なりに仲間たちのことは目にかけていたしな。
戦闘技術にしてもサバイバル技術にしても、人生相談だって、先輩として与えてやれることは惜しみなく与えてきた。そのつもりだった。
そういうわけで、自分の能力とか立場に胡座をかいたつもりもなかった。
確かに俺のパーティ内での役割、つまりジョブは【アデプト】という、ちょっと自慢できる類のものだった。
錬金術師《アルケミスト》や付与術師《エンチャンター》や強化術師《エンハンサー》などの各クラスを修めたものが到達できる上位の職業、それがアデプトだ。
要するにごりごりの補助系職であり、地味だがパーティにとってはこれ以上の縁の下の力的存在はないといのが一般的な見解だ。
俺の知る限りアデプトにまで到達した人間は世界に数十人といないはずだ。
才能には恵まれなかったが、運と年の功ってやつだろう。
なのにあいつらときたら。
言い訳ぐらいさせてくれ。
俺は立場をわきまえていた。能力を鼻にかけるわけでもなく、恩義を期待するわけでもなく、つい前に出たがる勇者のよき補佐役として一歩引いた冷静沈着な役柄を全うしてきたつもりなんだ。
なのになぜ?
正直、年齢的にも限界は感じていた。気づけば歳も四十手前、同年代の冒険者たちは次々に引退している。故郷に戻るものや次世代の若者を育成する立場に身を置くものも多い。
こうして仲間たちとの別れの日はいつかは訪れるとは覚悟していた。でも、今ではないと思っていた。あと、五年。五年は一線で戦える。そう思って、中年の体に鞭打って頑張ってきた。
俺としてはもっと華々しい散り方というのを期待していた。冒険者たるもの、やはり旅の中で死にたいものだ。できるならまったく歯が立たない強大な魔物を相手にして、仲間たちの犠牲になって散りたかった。自爆魔法を発動する心の準備はいつでもできている。
でも、こんな捨てられ方ってありかよ。
なによりリーダーである、勇者アタリが俺をかばってくれるもんだと思った。
同郷の旧友であり、駆け出し冒険者時代から幾多の苦難をともにしてきた唯一無二の仲間だ。
でもそう思っていたのは俺の方だけだったことが、海に投げ捨てられた瞬間にわかった。
考えれば考えるほどムシャクシャする。
なんであいつだけ老けないんだよ。俺だけおっさん。あいつは今でも髪はふさふさだし、腹も出ていない。まだまだ十代のガキみたいに動けるし、若いねーちゃんからはモテる。
不公平だろ。まぁ、それが生まれ持った才能というならそれでもいい。ただ公平なら不公平なりに情けをかけてくれてもいいんじゃないか。
俺は間違ったことを言ってるか?
ちくしょう。
もっと早く異変に気がつくべきだった。仲間たちの、俺を見る目が変わっていたことに。
天井から吊り下げられた魔晶石のランプがカラカラ音を立てて大きく揺れた。
ここはサラン海峡を越えた先の海の上。次なる大陸へ向けての、まさに冒険のまっただ中だった。
俺たちパーティーは夕食を取りながら、新大陸ではどのように冒険を進めていくかについて作戦会議を開いていた。
俺の行く末を暗示するように、海が荒れはじめていた。ギイギイと軋むような船の音が大きくなる。そのことはわかっていたが、乗客である俺たちの関心ごとではない。
Sランクパーティとなれば、それなりに金もある。ということで、高い金払って雇った上等の船がまさか時化《しけ》ごときで損壊する心配はないのだ。
「はふはふっ、はふっ」
作戦会議もそこそこに、俺は炙りたての骨つき肉との格闘に夢中になっていた。
俺の専らの心配ごとと言えば、この食いもんというやつだ。関心事というよりは、完全に悩みの種だ。
子どもが親を選べないように、我々には生まれつきの特質がある。特に冒険者はよくユニークスキルと呼ぶが、必ずしも生き抜く上で利点になるものばかりではない。真実は逆で、特質を運良く利点にできた冒険者たちが名をはせるというだけである。
みんなには黙っていたが、『食いしんぼう』というのが、情けなくてどうしようもない俺の先天的な特質だった。これが冒険に役立ったことはあまりない。せいぜい質が悪い食い物でも美味しくいただけるとか、多少腐ったものでも腹を壊さないといったくらいだ。
それよりも、すぐに腹が減るというデメリットの方が遥かに大きかった。動けばすぐには腹が減る。寝ててもすぐに腹が減る。一日中、食べ物のことが頭から離れない。日に十回は食事をとる必要があるし、一食でも抜けば、食べ物の幻覚を見ながら動けなくなる。そんな神の悪戯のごとき特質であった。
たぶん仲間たちはそんな俺のことを単なる大食漢のぽっちゃりおじさんとしか思っていないだろう。しかし、こればかりは仕方ないのだ。【食いしんぼう】としてこの世に生を受けてしまったのだから。
実際このことは、何度も仲間に説明してきた。しかし、その度にたちの悪い冗談としか受け取られることはなかった。
ちなみに勇者の特質は【超人】。なんでもスーパーにこなせてしまうという馬鹿げた能力だった。彼が自らそう話しているし、俺から見ても間違いはなさそうだった。事実、彼の力で我々【紺碧の海猫】はSランクに上りつめたようなもんだしな。
まったくこつこつ真面目に努力してきた自分が情けなくなる。それくらい、彼の力はバケモノ級だった。俺がひいひい言いながら這いつくばって階段をひとつ登る間に、アタリは涼しい顔をしてとんとんとんと三段とばしで駆け上がっていくようなやつなのだ。
「むしゃむしゃむしゃむしゃ」
気がつけば仲間たちの冷ややかな視線が、じーっと俺に注がれていた。
盗賊《シーフ》の若い娘なんかは、死肉を貪る醜悪な獣でも眺めているような嫌悪感を顔にはりつかせている。
中には嘲笑するような半笑いの者もいる。
勇者アタリがそれだった。
最近、といってもここ半年近く、彼はよくそんな表情で俺のことを見ていた。
理由はわかっていた。半年前、新しくパーティに加入してきた駆け出しアルケミストの少女、ミャンが原因だ。
はっきり言って彼女は天才だ。五年もすれば、俺は追い抜かれるだろう。14歳とは思えないほど内面もしっかりしているし、冷静で芯の優しさもある。
しかし、俺は妬んでもないし、焦ってもいなかった。逆だ。彼女を本当の娘のように可愛がっていたし、世界最高峰の補助系能力者に育てあげるつもりでいた。
だから五年。その五年で彼女を一人前にし、俺は潔く身を引こう。そう計画していたのだ。
そんなミャンだけが、むしゃむしゃと肉にかぶりつく俺のことを邪気のない目で見つめてくれていた。にこにこと楽しそうに。よく彼女の食べる分まで俺にくれることもあった。彼女だって腹を空かせているだろうに。
要するにそれくらい優しい子なのだ。もしかすると彼女だけが俺のことを尊敬してくれていたからかもしれない。
「あなたは本当によく食べますね。まるで豚みたいだ」
嘲るように勇者アタリが言い、みんながせせら笑う。そんな中でも彼女は義憤を押し殺したような顔で唇を噛み締めていた。
まだ駆け出しだという自覚があるのかもしれない。あるいは、どんな時も冷静さを失うなという俺の言いつけを守っているからか。
だから、というのはおかしいかもしれないが、俺が一杯の赤ワインを飲み干した直後、激しい眠気に襲われて机に額をぶつけた時も、彼女だけが静かに駆け寄って来てくれたわけだ。「大丈夫ですか⁉︎」と俺を心配する声は、流石に震えていたがな。
「う……うぅ……」
目を覚ました時、意外にも俺はまだ船の上にいた。予想ではとっくにあの世にいるものと思っていた。
「どんな気分ですか? 自分で調合した眠り薬を飲まされる気分は?」
勇者アタリは軽蔑の目で俺のことを見下ろしていた。
粗野で粗暴な田舎者は由緒ある称号や名誉を手にしたあたりから口調まで嫌味ったらしくなってしまった。
海の上は本格的な時化がはじまり、うねるような波が船にぶつかり砕ける音が続きていた。星明かりのひとつも見えない闇の広がる世界に時折雷鳴が轟いている。
船首の先で、俺は両手を縛られていた。おまけに上下の服も脱がされている。大事にしていた高レアリティのアクセサリーもない。
防御に弱い後衛職、装備にはかなり金をかけてきた。こいつらは少しでも“もと”を取るつもりらしい。
「気分もくそもあるかよ。俺を海に捨てるつもりか?」
冷たい風と氷のような大粒の雨が俺の頬を激しく打つ。もちろん勇者アタリも例外ではない。このいけ好かないやつらは、わざわざ俺に恨みつらみがこもった別れを告げるために同じ雨に打たれているらしい。
「なんだよ、まったく。へっ。なんとも感動的な別れじゃないか、これは」
「眠ったまま荒れた海に捨てるのは流石に悪いと思いましてね。起こしてあげましたよ」
「パーティに貢献してきた報いがこれか? 一言やめてくれって言えばよかったものを」
「あなたがおとなしく引き下がるとは思えなかったものでね」
「はぁ」俺はやるせなくてうなだれた。「お前は俺のことわかっちゃいないな。昔からいつもそうだったけどよ」
「そういうあなたは昔から変わらず大食らいですね。今では役立たずになったって言うのに、食費ばかり圧迫している自覚はないのですか?」
「そう見えるのは、強さと引き換えにお前の目が濁ったからだよ。いや、懐の小ささまでは成長できなかったからかな、田舎勇者さまよ」
田舎勇者という言葉が気に入らなかったのか、アタリは口元には笑顔をたたえつつも、眉間に深いしわを寄せた。
「心外ですね。あなたを追放しようってのは、なにも私個人の意見ではないんですよ。あくまで私“たち”の総意です。いわばこれは極めて合理的な決断というわけだ」
確かに、かつての仲間たちは鼻つまみ者でも見るかのような目で俺を睨んでいる。
しかし、そこにミャンの姿はなかった。
「ミャンをどうした。あいつに何をしたんだ」
「人聞きが悪いですね。よいこはよいこらしく、おねんねしていただいているだけですよ」
「眠らしたのか……俺の薬で……」
「彼女は有望なんですよ。枯れ果てたあなたより余程ね」
「んなことは知ってるさ」
「唯一あなたを慕っている彼女にこの別れは酷すぎると判断したまでです」
「最後くらい腹を割って話そうぜ。あの娘の反感を買いたくないだけだろ」
アタリは笑って返すのみだった。最後まで嫌味なやつだ。
そんなことよりも寒い。俺は身震いをした。雨風で急速に体温が奪われていく。
「安心してください。このあたりでは海水の方が温かいらしいですよ。くくっ」
そんなの少しの差だ。この状況で海に沈められれば波に飲まれて一巻の終わり。両手が縛られたこの状況では陸地まで泳いで進むことも絶望的だ。
ならばこう思うのが道理ってやつだ。どうせ死ぬなら、ここで一矢報いるしかないだろう。
「うおおおおおおおぉぉぉぉぉ!」
俺は立ち上がりながら、魔法を唱えた。俺が得意とする高速連続詠唱だ。自分の敏捷強化とアタリの動きを鈍化するバフデバフの同時がけだ。
こんな芸当、他に誰ができるってんだ。
もちろん目的はひとつ。ただ一発、頭突きをお見舞いしてやるためだけに。後のことはもうどうなってもいい。
仲間を思い続けた俺が一回くらい自分のために行動したっていいだろう?
「悲しいですね。ここまで差がついてしまうとは。かつては同じ場所に立っていた二人だと言うのに」
「へぶっ⁉︎」
確実に頭突きは決まるものと思っていた。しかし、俺の額がアタリの額を打つ瞬間、彼は残像を残しながら横に身をかわし、俺の腹に膝蹴りを食い込ませたのだ。
俺は胃液を吐きながら、よろよろと後ずさった。
カッと雷鳴で視界が一瞬白く閃く。アタリのどす黒く歪んだ顔が浮き上がった。
「この海があなたの墓場です。同時に私のね」
アタリが意味深な言葉を吐いた瞬間、彼の手が俺のこめかみを掴んだ。恐ろしいほどの力で俺は船首の先端へと押し込まれていく。
もう後がない。俺の体は船から飛び出していた。
足が宙に浮かんだその時、俺はアタリの言葉の本当の意味を理解した。
アタリは過去を捨てようとしている。
田舎の農民の出という血筋や出自を彼自身は呪っていたのだ。この世界には実力だけでは上り詰めることのできない透明な壁は確かに存在する。
要するに世間には貴族の出だとでも流布つもりなのだろう。過去を捨て、虚飾で塗り固められた新しい人生を手に入れようとしているのだ。
それには過去のすべてを知る俺が邪魔というわけだ。そして、俺を消す真っ当な理由を作り出すため、仲間たちの印象を操作してきたに違いない。
「くそ、詐欺師め。そんなに名誉が欲しいか」
「やっと気づきましたか。その言葉が仲間たちに聞こえなくて安心しましたよ」
「仲間? お前にとっちゃ踏み台、階段の間違いだろ。口先だけで天まで登るつもりか」
「あなたには心から感謝していますよ、アル。君はとても高い場所まで私を運んでくれた」
アタリは右手で俺のこめかみを掴んでいたが、ほんの一瞬だけ、その左手が彼の胸元で輝くネックレスに触れた。
おそらく無意識にそんなことをしたのだろう。
だがそれがきっかけとなり、雷に打たれたように俺はあることを思い出していた。
同時に、こんな言葉が口を突いて出た。まさしく一矢報いるつもりだった。
「俺はお前を仲間とは思わねえ!」
アタリは眉をひそめ、ほんのわずかに首をかしげた。
「はっ? 何を今さら?」嘲るように笑うと、「情けない最期の言葉だ。今生の別れです。さようなら」
雷鳴が轟いた瞬間、アタリが手を離した。
俺の体は真っ暗な海へと落ちていく。
その時、パンと何かが小さく爆発するような音も闇の中に響き渡っていた。
俺は後悔したね。もっと早く気がつくべきだったと。
仲間たちの、俺を見る目が変わっていたことに。
俺の名前はアル・ウェイン。両親から貰った素敵な名前だが、悲しいことに、長いことその名で呼ばれた覚えがない。
「なにぼけっとしてんだよ、おっさん!」
「なぁ、おっさん! はやくしろよ!」
「むりむり。コイツまじ生理的に受け付けないんですけど」
冒険の仲間たちからの扱いは、まあ、こんなもんだ。
でも、それも慣れたもんだと思った。なんだかんだで命を預け合う旅のパーティ。世間では第一級、Sランクに位置付けられる名パーティ【紺碧の海猫】の中では古株になる俺への一種の愛情表現なんだろうと思っていた。実力主義の、いつ死んでもおかしくない、入れ替わりの激しいパーティの中で、俺は俺なりに仲間たちのことは目にかけていたしな。
戦闘技術にしてもサバイバル技術にしても、人生相談だって、先輩として与えてやれることは惜しみなく与えてきた。そのつもりだった。
そういうわけで、自分の能力とか立場に胡座をかいたつもりもなかった。
確かに俺のパーティ内での役割、つまりジョブは【アデプト】という、ちょっと自慢できる類のものだった。
錬金術師《アルケミスト》や付与術師《エンチャンター》や強化術師《エンハンサー》などの各クラスを修めたものが到達できる上位の職業、それがアデプトだ。
要するにごりごりの補助系職であり、地味だがパーティにとってはこれ以上の縁の下の力的存在はないといのが一般的な見解だ。
俺の知る限りアデプトにまで到達した人間は世界に数十人といないはずだ。
才能には恵まれなかったが、運と年の功ってやつだろう。
なのにあいつらときたら。
言い訳ぐらいさせてくれ。
俺は立場をわきまえていた。能力を鼻にかけるわけでもなく、恩義を期待するわけでもなく、つい前に出たがる勇者のよき補佐役として一歩引いた冷静沈着な役柄を全うしてきたつもりなんだ。
なのになぜ?
正直、年齢的にも限界は感じていた。気づけば歳も四十手前、同年代の冒険者たちは次々に引退している。故郷に戻るものや次世代の若者を育成する立場に身を置くものも多い。
こうして仲間たちとの別れの日はいつかは訪れるとは覚悟していた。でも、今ではないと思っていた。あと、五年。五年は一線で戦える。そう思って、中年の体に鞭打って頑張ってきた。
俺としてはもっと華々しい散り方というのを期待していた。冒険者たるもの、やはり旅の中で死にたいものだ。できるならまったく歯が立たない強大な魔物を相手にして、仲間たちの犠牲になって散りたかった。自爆魔法を発動する心の準備はいつでもできている。
でも、こんな捨てられ方ってありかよ。
なによりリーダーである、勇者アタリが俺をかばってくれるもんだと思った。
同郷の旧友であり、駆け出し冒険者時代から幾多の苦難をともにしてきた唯一無二の仲間だ。
でもそう思っていたのは俺の方だけだったことが、海に投げ捨てられた瞬間にわかった。
考えれば考えるほどムシャクシャする。
なんであいつだけ老けないんだよ。俺だけおっさん。あいつは今でも髪はふさふさだし、腹も出ていない。まだまだ十代のガキみたいに動けるし、若いねーちゃんからはモテる。
不公平だろ。まぁ、それが生まれ持った才能というならそれでもいい。ただ公平なら不公平なりに情けをかけてくれてもいいんじゃないか。
俺は間違ったことを言ってるか?
ちくしょう。
もっと早く異変に気がつくべきだった。仲間たちの、俺を見る目が変わっていたことに。
天井から吊り下げられた魔晶石のランプがカラカラ音を立てて大きく揺れた。
ここはサラン海峡を越えた先の海の上。次なる大陸へ向けての、まさに冒険のまっただ中だった。
俺たちパーティーは夕食を取りながら、新大陸ではどのように冒険を進めていくかについて作戦会議を開いていた。
俺の行く末を暗示するように、海が荒れはじめていた。ギイギイと軋むような船の音が大きくなる。そのことはわかっていたが、乗客である俺たちの関心ごとではない。
Sランクパーティとなれば、それなりに金もある。ということで、高い金払って雇った上等の船がまさか時化《しけ》ごときで損壊する心配はないのだ。
「はふはふっ、はふっ」
作戦会議もそこそこに、俺は炙りたての骨つき肉との格闘に夢中になっていた。
俺の専らの心配ごとと言えば、この食いもんというやつだ。関心事というよりは、完全に悩みの種だ。
子どもが親を選べないように、我々には生まれつきの特質がある。特に冒険者はよくユニークスキルと呼ぶが、必ずしも生き抜く上で利点になるものばかりではない。真実は逆で、特質を運良く利点にできた冒険者たちが名をはせるというだけである。
みんなには黙っていたが、『食いしんぼう』というのが、情けなくてどうしようもない俺の先天的な特質だった。これが冒険に役立ったことはあまりない。せいぜい質が悪い食い物でも美味しくいただけるとか、多少腐ったものでも腹を壊さないといったくらいだ。
それよりも、すぐに腹が減るというデメリットの方が遥かに大きかった。動けばすぐには腹が減る。寝ててもすぐに腹が減る。一日中、食べ物のことが頭から離れない。日に十回は食事をとる必要があるし、一食でも抜けば、食べ物の幻覚を見ながら動けなくなる。そんな神の悪戯のごとき特質であった。
たぶん仲間たちはそんな俺のことを単なる大食漢のぽっちゃりおじさんとしか思っていないだろう。しかし、こればかりは仕方ないのだ。【食いしんぼう】としてこの世に生を受けてしまったのだから。
実際このことは、何度も仲間に説明してきた。しかし、その度にたちの悪い冗談としか受け取られることはなかった。
ちなみに勇者の特質は【超人】。なんでもスーパーにこなせてしまうという馬鹿げた能力だった。彼が自らそう話しているし、俺から見ても間違いはなさそうだった。事実、彼の力で我々【紺碧の海猫】はSランクに上りつめたようなもんだしな。
まったくこつこつ真面目に努力してきた自分が情けなくなる。それくらい、彼の力はバケモノ級だった。俺がひいひい言いながら這いつくばって階段をひとつ登る間に、アタリは涼しい顔をしてとんとんとんと三段とばしで駆け上がっていくようなやつなのだ。
「むしゃむしゃむしゃむしゃ」
気がつけば仲間たちの冷ややかな視線が、じーっと俺に注がれていた。
盗賊《シーフ》の若い娘なんかは、死肉を貪る醜悪な獣でも眺めているような嫌悪感を顔にはりつかせている。
中には嘲笑するような半笑いの者もいる。
勇者アタリがそれだった。
最近、といってもここ半年近く、彼はよくそんな表情で俺のことを見ていた。
理由はわかっていた。半年前、新しくパーティに加入してきた駆け出しアルケミストの少女、ミャンが原因だ。
はっきり言って彼女は天才だ。五年もすれば、俺は追い抜かれるだろう。14歳とは思えないほど内面もしっかりしているし、冷静で芯の優しさもある。
しかし、俺は妬んでもないし、焦ってもいなかった。逆だ。彼女を本当の娘のように可愛がっていたし、世界最高峰の補助系能力者に育てあげるつもりでいた。
だから五年。その五年で彼女を一人前にし、俺は潔く身を引こう。そう計画していたのだ。
そんなミャンだけが、むしゃむしゃと肉にかぶりつく俺のことを邪気のない目で見つめてくれていた。にこにこと楽しそうに。よく彼女の食べる分まで俺にくれることもあった。彼女だって腹を空かせているだろうに。
要するにそれくらい優しい子なのだ。もしかすると彼女だけが俺のことを尊敬してくれていたからかもしれない。
「あなたは本当によく食べますね。まるで豚みたいだ」
嘲るように勇者アタリが言い、みんながせせら笑う。そんな中でも彼女は義憤を押し殺したような顔で唇を噛み締めていた。
まだ駆け出しだという自覚があるのかもしれない。あるいは、どんな時も冷静さを失うなという俺の言いつけを守っているからか。
だから、というのはおかしいかもしれないが、俺が一杯の赤ワインを飲み干した直後、激しい眠気に襲われて机に額をぶつけた時も、彼女だけが静かに駆け寄って来てくれたわけだ。「大丈夫ですか⁉︎」と俺を心配する声は、流石に震えていたがな。
「う……うぅ……」
目を覚ました時、意外にも俺はまだ船の上にいた。予想ではとっくにあの世にいるものと思っていた。
「どんな気分ですか? 自分で調合した眠り薬を飲まされる気分は?」
勇者アタリは軽蔑の目で俺のことを見下ろしていた。
粗野で粗暴な田舎者は由緒ある称号や名誉を手にしたあたりから口調まで嫌味ったらしくなってしまった。
海の上は本格的な時化がはじまり、うねるような波が船にぶつかり砕ける音が続きていた。星明かりのひとつも見えない闇の広がる世界に時折雷鳴が轟いている。
船首の先で、俺は両手を縛られていた。おまけに上下の服も脱がされている。大事にしていた高レアリティのアクセサリーもない。
防御に弱い後衛職、装備にはかなり金をかけてきた。こいつらは少しでも“もと”を取るつもりらしい。
「気分もくそもあるかよ。俺を海に捨てるつもりか?」
冷たい風と氷のような大粒の雨が俺の頬を激しく打つ。もちろん勇者アタリも例外ではない。このいけ好かないやつらは、わざわざ俺に恨みつらみがこもった別れを告げるために同じ雨に打たれているらしい。
「なんだよ、まったく。へっ。なんとも感動的な別れじゃないか、これは」
「眠ったまま荒れた海に捨てるのは流石に悪いと思いましてね。起こしてあげましたよ」
「パーティに貢献してきた報いがこれか? 一言やめてくれって言えばよかったものを」
「あなたがおとなしく引き下がるとは思えなかったものでね」
「はぁ」俺はやるせなくてうなだれた。「お前は俺のことわかっちゃいないな。昔からいつもそうだったけどよ」
「そういうあなたは昔から変わらず大食らいですね。今では役立たずになったって言うのに、食費ばかり圧迫している自覚はないのですか?」
「そう見えるのは、強さと引き換えにお前の目が濁ったからだよ。いや、懐の小ささまでは成長できなかったからかな、田舎勇者さまよ」
田舎勇者という言葉が気に入らなかったのか、アタリは口元には笑顔をたたえつつも、眉間に深いしわを寄せた。
「心外ですね。あなたを追放しようってのは、なにも私個人の意見ではないんですよ。あくまで私“たち”の総意です。いわばこれは極めて合理的な決断というわけだ」
確かに、かつての仲間たちは鼻つまみ者でも見るかのような目で俺を睨んでいる。
しかし、そこにミャンの姿はなかった。
「ミャンをどうした。あいつに何をしたんだ」
「人聞きが悪いですね。よいこはよいこらしく、おねんねしていただいているだけですよ」
「眠らしたのか……俺の薬で……」
「彼女は有望なんですよ。枯れ果てたあなたより余程ね」
「んなことは知ってるさ」
「唯一あなたを慕っている彼女にこの別れは酷すぎると判断したまでです」
「最後くらい腹を割って話そうぜ。あの娘の反感を買いたくないだけだろ」
アタリは笑って返すのみだった。最後まで嫌味なやつだ。
そんなことよりも寒い。俺は身震いをした。雨風で急速に体温が奪われていく。
「安心してください。このあたりでは海水の方が温かいらしいですよ。くくっ」
そんなの少しの差だ。この状況で海に沈められれば波に飲まれて一巻の終わり。両手が縛られたこの状況では陸地まで泳いで進むことも絶望的だ。
ならばこう思うのが道理ってやつだ。どうせ死ぬなら、ここで一矢報いるしかないだろう。
「うおおおおおおおぉぉぉぉぉ!」
俺は立ち上がりながら、魔法を唱えた。俺が得意とする高速連続詠唱だ。自分の敏捷強化とアタリの動きを鈍化するバフデバフの同時がけだ。
こんな芸当、他に誰ができるってんだ。
もちろん目的はひとつ。ただ一発、頭突きをお見舞いしてやるためだけに。後のことはもうどうなってもいい。
仲間を思い続けた俺が一回くらい自分のために行動したっていいだろう?
「悲しいですね。ここまで差がついてしまうとは。かつては同じ場所に立っていた二人だと言うのに」
「へぶっ⁉︎」
確実に頭突きは決まるものと思っていた。しかし、俺の額がアタリの額を打つ瞬間、彼は残像を残しながら横に身をかわし、俺の腹に膝蹴りを食い込ませたのだ。
俺は胃液を吐きながら、よろよろと後ずさった。
カッと雷鳴で視界が一瞬白く閃く。アタリのどす黒く歪んだ顔が浮き上がった。
「この海があなたの墓場です。同時に私のね」
アタリが意味深な言葉を吐いた瞬間、彼の手が俺のこめかみを掴んだ。恐ろしいほどの力で俺は船首の先端へと押し込まれていく。
もう後がない。俺の体は船から飛び出していた。
足が宙に浮かんだその時、俺はアタリの言葉の本当の意味を理解した。
アタリは過去を捨てようとしている。
田舎の農民の出という血筋や出自を彼自身は呪っていたのだ。この世界には実力だけでは上り詰めることのできない透明な壁は確かに存在する。
要するに世間には貴族の出だとでも流布つもりなのだろう。過去を捨て、虚飾で塗り固められた新しい人生を手に入れようとしているのだ。
それには過去のすべてを知る俺が邪魔というわけだ。そして、俺を消す真っ当な理由を作り出すため、仲間たちの印象を操作してきたに違いない。
「くそ、詐欺師め。そんなに名誉が欲しいか」
「やっと気づきましたか。その言葉が仲間たちに聞こえなくて安心しましたよ」
「仲間? お前にとっちゃ踏み台、階段の間違いだろ。口先だけで天まで登るつもりか」
「あなたには心から感謝していますよ、アル。君はとても高い場所まで私を運んでくれた」
アタリは右手で俺のこめかみを掴んでいたが、ほんの一瞬だけ、その左手が彼の胸元で輝くネックレスに触れた。
おそらく無意識にそんなことをしたのだろう。
だがそれがきっかけとなり、雷に打たれたように俺はあることを思い出していた。
同時に、こんな言葉が口を突いて出た。まさしく一矢報いるつもりだった。
「俺はお前を仲間とは思わねえ!」
アタリは眉をひそめ、ほんのわずかに首をかしげた。
「はっ? 何を今さら?」嘲るように笑うと、「情けない最期の言葉だ。今生の別れです。さようなら」
雷鳴が轟いた瞬間、アタリが手を離した。
俺の体は真っ暗な海へと落ちていく。
その時、パンと何かが小さく爆発するような音も闇の中に響き渡っていた。
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絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
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・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
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ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
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