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40話
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自転車を押しながら帰路を辿った。きこきこと金属の軋む音が絶えない。
その途中、隣を歩いていた杏がぱたりと携帯電話を閉じた。
「自転車は示談金で直してくれるみたい。だから、その。気にしなくていいから……」
「示談金?」俺は杏の横顔を見つめた。
「ほら、事故の。あのトラックの運転手」
「あぁ……」一瞬納得しかけて、「あいつ、そんな話してたのか」
俺は額を手で押さえた。
それがトラックを突っ込ませた真意なのではないかと勘ぐりたくもなる。きっと相当な額をふっかけたに違いない。
まったく勝手なことを、と言いかけて俺は言葉を飲み込んだ。
命を救われたは良いものの、それから俺と杏はどこかぎこちなくなっていた。何か話しても、俺の言葉は行き場をなくしたように宙を漂って消えてしまう。
だから躊躇ってしまったのだ。
それを察したのか、杏が振り絞るような声で小さく呟いた。まるで独り言のように。
「でも……生きてて良かった」
俺は顔を上げ、排気ガスの混じる空気を吸い込んだ。
「それはだって……」
「あっ! いや、そうじゃなくて!」
俺が言い切る前に、杏はぶんぶんと首を振って否定した。彼女は照れたように顔を赤くしながら、
「私が生きていて良かったってこと!」
「委員長が……?」
「ほら、だってあなたに血を捧げれば、血を吸い尽くされて私は死ぬんだって」
「……妹がそう言ったのか?」
こくりと頷く杏。
もしかして、杏は自分が死んでもいいと思って……。
俺が横顔を見つめると、杏はさらに否定の言葉で繋げた。
「誤解しないでよ。あそこで死なれたら残りの人生ずぅっと後味が悪いじゃない」
気がつくと足が止まっていた。それにつられたように彼女も立ち止まる。
自分はさぞ真剣な顔で彼女の顔を見ていただろう。
頭上には太陽が煌めき、俺たちは永遠のように長い間見つめ合っていた。
しかし結局のところ、杏の方がするりと交わすように歩き出したのだった。
気まぐれな風のように。
「でもさ。あなたかばけものだったなんて驚きね」
杏は思い出したように言ってくすくす笑った。
俺も自転車を押して、彼女の後ろを歩き始めることにした。
「それ本当に驚いているのか?」
「だって私、吸血鬼モノ好きだもん。助けてくれた時、映画みたいでカッコよかったよ」
「映画? それってまさか……」
「わかる?」
「いや、言わなくていい。好みの話で喧嘩はしたくないもんな」
「ねえ、太陽浴びても大丈夫なの?」
「専用のクリームがあるからな」
「へえ、便利なんだね」
なぜだろう。いつからか、ぎゅっと胸が締め付けられるような気がしていた。それは時間が経つに連れ、ずきずきと強まる痛みに変わっていた。
俺は耐えきれず、杏の背中に呼びかけた。
「なぁ」
「なに?」と杏は振り返らなかった。
「そんなに気を張って生きてて辛くはないのか? いつも一生懸命で突っ走ってさ」
「なに?」
「つまりだな。俺は見ていて胸が痛むんだ。もっと自分のことを思いやって欲しい。なんていうか、そんな自分ばかり犠牲にするな」
「ずっとこれで来たんだもん。今さら変えられないよ。弟のお手本になって、引っ張って行かないと。学級だってそう」
「だが、まわりから背中を押される存在でもいいんじゃないのか。もし辛い時があれば俺が……」
「大きなお世話。私は変わらないよ」
杏はくるりと身体を翻し、そこで初めて顔を向けた。身体の背中で腕を組むように鞄を提げながら、弾むように足を運んでいる。
鮮烈な日差しで、その表情まではよく見えなかった。でも多分、笑っているのだろう。
その透き通る空の下、彼女は天まで突き抜けるような声で、
「でも……うん、確かに息抜きもいいかもね。こんな晴れた休日なんて特に。たまにはね」
情けない俺は返答に困ることしかできない。
どうしていいかわからずにいると、杏が近づいてきて俺の手を握った。
「ほんと鈍いやつ。ねぇ、これからどこ行く?」
その途中、隣を歩いていた杏がぱたりと携帯電話を閉じた。
「自転車は示談金で直してくれるみたい。だから、その。気にしなくていいから……」
「示談金?」俺は杏の横顔を見つめた。
「ほら、事故の。あのトラックの運転手」
「あぁ……」一瞬納得しかけて、「あいつ、そんな話してたのか」
俺は額を手で押さえた。
それがトラックを突っ込ませた真意なのではないかと勘ぐりたくもなる。きっと相当な額をふっかけたに違いない。
まったく勝手なことを、と言いかけて俺は言葉を飲み込んだ。
命を救われたは良いものの、それから俺と杏はどこかぎこちなくなっていた。何か話しても、俺の言葉は行き場をなくしたように宙を漂って消えてしまう。
だから躊躇ってしまったのだ。
それを察したのか、杏が振り絞るような声で小さく呟いた。まるで独り言のように。
「でも……生きてて良かった」
俺は顔を上げ、排気ガスの混じる空気を吸い込んだ。
「それはだって……」
「あっ! いや、そうじゃなくて!」
俺が言い切る前に、杏はぶんぶんと首を振って否定した。彼女は照れたように顔を赤くしながら、
「私が生きていて良かったってこと!」
「委員長が……?」
「ほら、だってあなたに血を捧げれば、血を吸い尽くされて私は死ぬんだって」
「……妹がそう言ったのか?」
こくりと頷く杏。
もしかして、杏は自分が死んでもいいと思って……。
俺が横顔を見つめると、杏はさらに否定の言葉で繋げた。
「誤解しないでよ。あそこで死なれたら残りの人生ずぅっと後味が悪いじゃない」
気がつくと足が止まっていた。それにつられたように彼女も立ち止まる。
自分はさぞ真剣な顔で彼女の顔を見ていただろう。
頭上には太陽が煌めき、俺たちは永遠のように長い間見つめ合っていた。
しかし結局のところ、杏の方がするりと交わすように歩き出したのだった。
気まぐれな風のように。
「でもさ。あなたかばけものだったなんて驚きね」
杏は思い出したように言ってくすくす笑った。
俺も自転車を押して、彼女の後ろを歩き始めることにした。
「それ本当に驚いているのか?」
「だって私、吸血鬼モノ好きだもん。助けてくれた時、映画みたいでカッコよかったよ」
「映画? それってまさか……」
「わかる?」
「いや、言わなくていい。好みの話で喧嘩はしたくないもんな」
「ねえ、太陽浴びても大丈夫なの?」
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「へえ、便利なんだね」
なぜだろう。いつからか、ぎゅっと胸が締め付けられるような気がしていた。それは時間が経つに連れ、ずきずきと強まる痛みに変わっていた。
俺は耐えきれず、杏の背中に呼びかけた。
「なぁ」
「なに?」と杏は振り返らなかった。
「そんなに気を張って生きてて辛くはないのか? いつも一生懸命で突っ走ってさ」
「なに?」
「つまりだな。俺は見ていて胸が痛むんだ。もっと自分のことを思いやって欲しい。なんていうか、そんな自分ばかり犠牲にするな」
「ずっとこれで来たんだもん。今さら変えられないよ。弟のお手本になって、引っ張って行かないと。学級だってそう」
「だが、まわりから背中を押される存在でもいいんじゃないのか。もし辛い時があれば俺が……」
「大きなお世話。私は変わらないよ」
杏はくるりと身体を翻し、そこで初めて顔を向けた。身体の背中で腕を組むように鞄を提げながら、弾むように足を運んでいる。
鮮烈な日差しで、その表情まではよく見えなかった。でも多分、笑っているのだろう。
その透き通る空の下、彼女は天まで突き抜けるような声で、
「でも……うん、確かに息抜きもいいかもね。こんな晴れた休日なんて特に。たまにはね」
情けない俺は返答に困ることしかできない。
どうしていいかわからずにいると、杏が近づいてきて俺の手を握った。
「ほんと鈍いやつ。ねぇ、これからどこ行く?」
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