放課後、学園のアイドルからダンジョン探索に誘われた

LABYRINTH

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【一章】僕が最強モンスター職を手に入れるまで

力不足

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 おそらく僕たちは尾行されていたんだ。学校が終わってから、この山頂付近のダンジョンに来るまで。

 じゃあ、僕たちが探索している間、藤崎は何をしていた?

 まさか井戸の周辺でぶらぶら暇をつぶしていたわけじゃあるまい。

 ダンジョンに足を踏み入れたか。その可能性は高いだろう。


「この前もすっぽしてくれたなぁ、われぇ。校舎裏に来いっつう約束じゃったろーが」


「あの……最近は忙しくて……」


「井戸の下はなんじゃ? われら何しちょったんじゃあ?」


「井戸の下……?」


 僕はすっとぼけた調子で返した。

 ひょっとしてまだ何も知らないのか。

 ならば、すべてを犠牲にしてもその秘密だけは守らなくてはいけない。


「何があってもいいだろ……お、お前の知ることじゃない」


 声は震えていたが、藤崎には効果あったみたいだ。

 彼はニヤリと笑うと、両手の拳をぽきぽきと鳴らした。


「グミヤマ、言うようになったのぉ。人のモンに手を出すと、性格までずうずうしくなるもんなんかいのぉ」


「ひ、人のモン⁉」


「わしの女じゃ! 花火ちゃんはわしの女じゃ!」


「ふぇっ⁉」


 藤崎が僕の胸ぐらを掴んで引き寄せた。奴はゴリラ並の巨体なので、僕の足は浮いていた。

 ぐっとさらに引き寄せられ、ラクダみたいに長いまつげが、目の前に接近する。


「てめぇには一発お見舞いしてやらんと気が収まらんのんじゃ!」


「なんでそうなるのっ⁉」


 藤崎は拳を振りかぶっていた。

 顔に一発ぶち込まれる。そう思ったのだが、


 ━━スカッ!


 不発。

 なんだろう僕の方が自然と避けていたのだ。

 というより、今のパンチ、蚊がとまれる程トロく感じた。

 だから嫌でもかわしてしまったのだ。


 そうか、と思った。探索を続けていたから、僕も着実に強くなっていたんだ。

 やはりダンジョン内での成長は現実にも影響を及ぼしているらしい。


「なにぃ~⁉ グミヤマのくせに生意気な!」


 それから藤崎は何度も拳を叩き込もうとしてきたが、まるで当たりそうもなかった。ショージキ余裕だ。


「はぁはぁ……てめっ、グミヤマァ!」


 埒が明かないと悟ったのか、藤崎は僕の腹めがけてのパンチ。胸ぐらを掴まれた状態では、さすがに避けられない。

 僕はお腹に力を入れて、筋肉を固めた。


「ぐっ……⁉」


 声を漏らしたのは藤崎だ。その表情が徐々に歪んでいく。

 僕は痛くも痒くも感じなかった。


「離せよ!」


 藤崎の肩をドンと押すと、藤崎が吹っ飛ぶ━━とは言わないまでも、よろよろと後ろに倒れて尻もちをついた。


「グミヤマァ……てめぇ、やり返すようになったんかぁ……」


 藤崎は肩を手で押さえながら、顔を真っ赤にしている。怒りで顔面がぶるぶる震えていた。


「やり返すだなんて、そんな?」


「じゃかあしんじゃ!」


 藤崎は立ち上がるやいなや、荒ぶる闘牛のように突進してきた。

 しかし、それを避けるのはちっとも難しいことではない。ゼリーマンの攻撃の方が遥かに素早く苛烈だった。


「よっと」


 さっと突進をかわす。そこまでは良かったんだが、藤崎は勝手に僕の足先に蹴っつまずいてしまった。

 バタンと前のめりに華々しく倒れ込む。


「グミヤマ! てめぇ、なにすんじゃい!」


「ええっ⁉ そっちが勝手に!」


 ちょうどその所へ、井戸の方から花火さんたちの声がした。


「ごめ~ん。グミ、待った? 汗拭きたいのにボディシートが切れちゃっててさぁ」


 井戸の縁に手がかけられ、その姿をあらわす。


「あれ? グミ、何やってんの? そこに倒れてる人は?」


「えぇと……」


 口ごもっていると、すっくと藤崎が起き上がってきた。

 鼻血がだらだらだ。倒れた拍子に、顔面を地面に打ち付けたのだろう。


「おぉ、花火ちゃ~ん!」


 こんなキャラだったのかと違和感を感じるくらい藤崎は猫なで声になっていた。


「グミヤマに付きまとわられて大変だったじゃろぉ! 今からわしが退治してやるけぇなっ!」


「はっ、あんた誰?」


 花火さんの冷徹な一言。すごく煙たそうな顔をしている。

 一瞬、藤崎が固まるのがわかったが、そんなことではめげないのか、


「ほらっ、わしじゃよ! 覚えてるじゃろ?」


「花火ちゃん」星蘭さんは首を傾げながらも、「もしかしてこの前グループワークで一緒になったぁ……」


「うん! うん!」


「グループワーク? あぁっ……」


「うん! うんっ!」


 藤崎は期待の目でふたりを見比べている。


「ふ……ふ……ふじ……」


「そう! そう!」


「ふじ……ふじやま?」


「そうそう、日本を象徴する大霊峰の! って、なんでマウント富士なんじゃ~い!」


「「………………」」


 花火さんと星蘭さんは、今世紀最大のキョトン顔で見つめ合っている。

 世界は蝉の鳴き声さえ聞こえなくなるほどの静寂に包まれていた。


「「……………………?」」


 助け舟を出さなくちゃ。もちろんふたりに。


「花火さん、星蘭さん、今ウケるところですよ! 藤崎くんが一世一代の大ノリツッコミをしたんですから!」


 それでふたりはポンと手を打ち合わせた。


「「あぁ、そういうこと」」


「なぁにが一世一代の大ノリツッコミじゃ、たわけ! いたって軽い気持ちじゃわ! 場を温める程度の!」


 癇に障ったらしい。藤崎は鼻息を荒くして、さらに血をのぼらせた。


「まぁまぁ、みなさん」星蘭さんはなだめるように両手をひらひらさせた。「この際、富士山でもなに山でもいいじゃないのぉ~」


「よくなぁいんじゃぁ~っ!」


「星蘭さん、山の方が違ってるんですよ。正解は藤崎ですってば」


「で、その藤崎がうちらになんでこんなことおるんよ」


 花火さんが声色を変えて藤崎を睨みつけた。藤崎が一歩引き下がるほどの凄みがあった。


「だから……わしはグミヤマを追っ払ってやろうと……」


「そんなこといらん。それより何を知っとるん」


 花火さんが藤崎をにらみ上げた。いきなり核心に迫り過ぎだが、いい質問だ。

 僕と星蘭さんはその後ろで目を見合わせた。返答いかんによっては今後の対応が変わってくる。


「だ、ダンジョンじゃろ? 花火ちゃんたちが井戸の下に入ってくけぇ、後を追ってみたら、あんなとこ。おかげでググりまくったわ!」


 藤崎は呆気なく吐いてしまった。


「はぁ……(ガク⤵)」


 なんだ。ダンジョンのこと知ってたのか。

 僕たち三人は同時に頭を抱えた。

 うまく誤魔化して切り抜けられるかと思ったが、実際に中に入られたのでは無駄だ。言い訳のしようもない。


「それで、それを知ってあんたはどうするつもりなん?」


 花火さんはあくまで強気だ。ざっと藤崎の元へ踏み込んだ。ここで引いたら負けだと思ったのだろう。

 正しい判断だ。しかし藤崎は基本的にアホだが、これでいて機転が利くところがある。弱みを握っているのは自分だと感づいたらしい。


「花火ちゃんの望みはようわかっちょる。こそこそ隠れてこないなことしとるってことは、誰にも言われたくないんじゃろ?」


「うちらと交渉しようっての? あんたの望みはなに?」


「話が早くて助かるのぉ。わしの望みは……」


「望みは?」


 僕と星蘭さんは固唾をのんで、二人を見守った。

 まさか付き合えとかデートしろとか言うんじゃないだろうか。身勝手で、目的のためには手段を選ばないような奴だが、さすがにそこまでは……。


「わしを仲間に入れてくれ!」


「やだ」


 即答だった。

 一瞬、ぽかんとした藤崎だったが、すぐに取り乱しはじめた。


「なんでじゃ⁉」


「理由なんて別にええじゃろ!」


「えぇ? 三人より四人の方がええに決まっとるじゃろ!」


「はん、知らないの? 探索のメンバーは三人までなんよ。これ以上は無理じゃけ」


 ハッタリだ。探索メンバーに人数制限なんてないはずだ。

 でも、ダンジョンについて知ったばかりの藤崎にそこまでの知識はなかったらしい。


「じゃ、じゃあ、そこのグミヤマを外せばいいじゃろ!」


「………………」


 花火さんは厳しい目で藤崎を見返しながら沈黙した。

 僕は目を閉じる。心拍数が上がっていた。


 多分、考え直しているのだろう。ノージョブの役立たずな僕を外すメリットはいくらでもある。デメリットは、僕がダンジョンの事を言いふらす危険か。

 ならば言うことはひとつだ。


「花火さん、僕は誰にも言わないから大丈夫ですよ。それに一人でも探索くらい……」


「グミははずさん」かき消すように花火さんの透き通る声が響いた。「見たところあんたはグミより弱そうだし、わざわざ弱いのを入れるメリットなんてあるん?」


 藤崎はなぜか、ほう、と感心したような顔をしていた。


「じゃあ、わしがダンジョンのことを言いふらしてもええっちゅうことじゃな?」


「花火さん! だめだよ!」


 僕は叫んでいた。しかし花火さんはこちらに振り向きもせず、


「別に構わんよ。うちらがやることは今後も変わらんし」


 藤崎はしばらくの間、拳を固め、不機嫌そうな顔で睨みつけていた。

 バクバクと心臓が鳴り続けている。


「ふん、まぁええわ」吐き捨てるように藤崎は言った。「面白そうな遊び場も見つかったことじゃし。しばらくは黙っといちゃる。しばらくはな」


「そう。あんたも仲間を探して楽しんでみたら? 攻略情報なら格安で売ってあげてもええよ」


「そいつはありがとさん」


 藤崎は顔に似合わない皮肉な笑いを浮かべた後、僕を横目で睨みながら、


「おい、グミヤマ。今にお前の鼻っ柱をへし折ってやるけぇ、せいぜい楽しんでおくことじゃな」


 大股でゆっくりと去っていく藤崎だった。

 姿が見えなくなると、星蘭さんと花火さんは、気が抜けてみたいに、ふぅとため息をついた。

 僕の頭の中はいつまでもぐるぐる回転していた。いや、鉛みたいに重く鈍っていただけかもしれない。


「あっ、いけない! お母さんに買い物頼まれていたんだった!」


 星蘭さんが用事を思い出したので、ここで解散することになった。

 残された僕と花火さんも、ぼちぼち帰ることになった。

 

「花火さん……」


 途中で重圧に耐えきれず、僕は訊いてしまった。核心的な疑問だ。


「なに?」と花火さんは気の抜けた顔をしている。


「どうして僕を仲間にしてくれているんです? なんなら四人パーティーで編成した方が安定するし」


 もちろん藤崎と行動を共にするのは嫌だ。でもふたりにとっては、僕だって似たような存在のはずだ。それがふたりに増えたところで変わらないだろう。

 それが僕の考え。だから花火さんの返答は意外なものだった。


「うちは三って数字が好きなんじゃ。よく知らん奴を今さら入れたくないし。それにあんたも、いないよりいた方がええんじゃ」


 花火さんは怒ったように言うと、駆け出していってしまった。

 女々しいことを訊いて、いい加減怒らせてしまったらしい。
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