放課後、学園のアイドルからダンジョン探索に誘われた

LABYRINTH

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【二章】終わらない夏休み

マリンちゃん

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 気がつくと、病室にいた。といっても病室だとわかるのはもう少しあとのことだ。

 薄暗いダンジョンから一転、天国のように真っ白な天井は変な気分にさせられる。


「目が覚めたんですね」


 横から女性の声がした。

 驚いて首をひねり、声の方に目を向ける。

 二十代中頃か後半くらいの綺麗な人が、

丸椅子に腰掛けて僕を見つめていた。

 ナースではなさそうだ。


「は、はい……」


 いきなり誰ですかと訊くのも不躾と思い、とりあえず肯定してみる。そんな気が回る程度には頭ははっきりしていた。

 女性の僕を見る目が、化け物を見るそれでないことも気を鎮めてくれる一因だった。


「気分はどう?」


 女の人はどこか疲れたような目元をしているが、僕の顔を見て少しだけ笑った。

 笑顔でなければ、どこか冷たい印象を与えそうな顔立ちだ。

 よく言えば、仕事ができる美人といった印象。丸の内でキャリアウーマンでもしてそうだ。

 質のいいレディーススーツを着ているし。

 そんなことを思いながら、シーツをはいで上体を起こした。


「大丈夫です。意外とすっきりしている」


 僕も相変わらずぎこちない笑顔で返す。

 すると一瞬の沈黙があり、「え?」と思った直後、女性の雰囲気ががらりと一変した。


「はぁ~ん、よかったぁ。このまま死んじゃうのかと思ったぁん」


 なんかぶりっ子みたいな鼻にかけたような声が飛び出してきた。

 グーで握った両手を顔の前に出して、ふるふると首を左右に降っている。

 印象が変わったというか、若干こっちが引いてしまうくらいオーバーすぎる身振り手振りだ。


「あぁと、えぇと、僕はキリルです。具味山キリル」


「そんなの知ってるに決まってるじゃなぁいのよん♡」


 起き上がった僕の背中を手ですりすりしている。

 おかしい。距離の詰め方がおかしいぞ。僕のぎこちない笑顔に何か“隙”を感じとったのだろうか。

 そもそも。こっちが自己紹介したのに、自分は名乗らないだと? 

 この女、まともじゃないぞ。


「あの、すみません。どなたですか?」


「えっ⁉︎」女性は目を丸くした。


「えっ⁉」僕も目を丸くする。


「聞いてないの? お父さんから」


「ち、父からっ? 特になにも聞いてないですよ!」


 僕の反応を見て、女性は少し考え込むような顔をした。

 その表情を見て、ようやくピンときた。心当たりがないわけではなかったのだ。


 もしかするとギルド関係の人なのではないだろうか。

 ふと、自分の死んだ後はギルド長に頼れと言った父親の話を思い出す。


「私は佐伯《さえき》。とりあえず名刺渡しておくね。あの人、自分の息子に何も話してないの?」


 女性のどこか呆れたような顔から、手元の名刺へと目を落とす。


【協同組合 尾道ダンジョンギルド 代表 佐伯マリン】


「まだ設立中って段階だけどね。利潤の追求よりも、組合員の生活を守り向上させていくことを目的としてギルドを立ち上げたの。一応はね」


「一応?」


「難しい話はおいといて。それより私のことは、マリンちゃんって呼んでにゃ♡」


 佐伯さんはぎゅっと僕の手を握り、顔を近づけてきた。

 図らずもいい匂いがして、頭がくらっとする。

 僕は目をそらしつつ、わざとらしくため息を吐いた。


「はぁ……わかりましたよ、佐伯さん」


「マリンちゃん!」


「え………………」


「マリンちゃんっ! はいっ、呼んで!」


「マリン……ちゃん」照れを隠すように僕は声色を変えて、「あのっ、ところで……」


「お父さんのこと?」


 珍奇なやりとりをしつつも、僕の気持ちは察していたのだろう。マリンちゃんは、ぶりっ子フェイスから少し真面目な顔に戻っていた。


 僕は、どんな返答が来ても大丈夫なよう心構えをしながら深く頷く。


「大丈夫、まだ生きてるよ。別の病室で寝てるにゃ」


「病室? まだ……ですか」


 今が八月の何日かわからないが、僕よりかなり先に地上に戻ったのは間違いない。


「後で案内するから、その時顔を出そうね」


 どこかはぐらかすような言い方。

 嫌な予感がした。まだ生きているという言い方も気になる。でも一刻をあらそうような状況でないことは確かなようだ。

 それだけでも、僕の不安は少し和らいだ。


「安心して、あなたもお母さんもね。家族の面倒はちゃんと見るって約束してあるから……」


 マリンちゃんが、そこまで言った時だった。

 仕切られたカーテンの向こうで、ガラガラと病室のドアがスライドする音が聞こえた。


「来たかな?」


 佐伯さんが腕を伸ばして、病室のカーテンを少しだけ開けた。


 一瞬だけ、隙間から見えた。

 入り口のところで、淡いブルーのスカートが窓から吹き込む風で揺れていた。

 さしこむ鮮烈な日光で、その青い色彩がぱっと目に焼き付くようだった。


「花火さん……?」


 少し痩せた、多分やつれたんだろうと思うその顔は、前髪を一直線に切り揃えらていて、以前よりも幼く見えた。


 ぱたん。ドアはすぐに閉められてしまった。


 まさか僕がもう目覚めているとは思わなかったのだろう。

 気のせいとか幻覚かと思えるほど一瞬の出来事だった。


 慌ててベッドを抜け、扉の外へ飛び出すも、廊下に花火さんの姿はなかった。

 無理に追いかけない方がいいのかも。そう思いながらとぼとぼと病室に戻った。

 隣の病床で老人のしきりに咳き込む声が響いていた。 


「昨日の夜、ちみが運び込まれてきたって電話が病院から来て、花火ちゃんと星蘭ちゃんにメールしたんだけど。一番乗りは彼女ね。このっ、幸せもの!」


 くいくいと小突いてくる肘を軽く払いながら僕は、ベッドに腰を下ろした。


「……ところで今、何日ですか?」


「それ聞いちゃう? 八月の~」


 マリンちゃんは十本指を立てた。


「あぁ、やばい……」


 僕は頭を抱え込んだ。夏休みの半分が終わってしまった。

 しかも、花火さんのあの顔だよ。

 申し訳なさしかない。

 嬉しいとかそんな問題じゃないだろ。


「少し話しすぎたにゃん? 疲れたでしょ」


「いえ……元気ですよ。身体は」


「そういえばこの瓶に入った液体、ちみの?」


 マリンちゃんは、小瓶を詰め込んだハローズ(スーパーマーケット)のビニール袋を机の上にごとりと置いた。


「かなりの量ね。その瓶と一緒に倒れているところを神主さんが見つけてくれたって、警察からは聞いてるにゃん」


 ウォリスだ。

 僕はそこでようやく理解した。

 【地下5階層】で力尽きた時、彼が地上まで運んでくれたのだろう。この小瓶の山と一緒に。

 さりげなく小粋な真似をしてくれたもんだ。


「それって大事なアイテム? なになに?」


 マリンちゃんは興味津々の目で見ている。

 正直に答えて理解してもらえるだろうか。


「あぁ、これね。ドラゴンに刻まれた聖痕の力を鎮めるためですよ。いやぁ、デーモンと合体するわドラゴンに襲われるわ大変でした!」


 なんて言って理解してもらえるわけないだろ。


 すでに僕が人間かどうか疑わしい存在であることも、今はとにかく隠しておくべきかもしれない。

 いや、冷静に考えて黙っておくべきだよな。

 人を殺めたという話にも繋がってくるし、今は核心に迫る話は避けておきたい。


 小瓶の蓋を開けて、中身の水を飲みながらわざと明るく答える。


「回復アイテムですよ。かなり効くやつ」


「それってもしかして……」


 マリンちゃんは僕の膝に手を置いて身を乗り出してきた。目はきらきらというよりぎらぎらしている。

 アップで見ると、やや目尻の小じわが目立つ。


「アンチエイジングの効果ある?」


「いや、ないでしょ。わからないけど。飲んでみます?」


「うわっ、なにこれくさっ。硫黄臭? でも、美容の為には我慢するしかないか」


「温泉の水ですからね。あと美容に効果があるなんてひとことも言ってません」


 既にマリンちゃんは大事な水をぐびぐび飲み干しながら、


「ぷはあっ。えっ、おんせんっ⁉ それってダンジョンの中にあるにゃん⁉」


 ずっとスルーしてたけど、この世代の女性がにゃんとかイタイタしさが半端ない。言葉の端々に隠しきれないジェネレーションギャップを感じるし。もしかして多少若く見えるだけで二十代ですらないのかもしれない。


「キリル君! 私も温泉入りたいです! 美肌! 美肌!」


「ははは……」


「そうそう」マリンちゃんはまた急に真面目な顔に戻ると、「話は戻るけど花火ちゃん、毎日泣いてたみたいにゃん」


「もう面識はあるんですね」


「今後の話とかあったからね。重苦しい話を長々とするのもあれだから、何回か集まって少しずつ話してたにゃ」


 なるほど。マリンちゃんは日に日にやつれていく二人を見ていたわけか。

 ノーメイクで少し赤く腫れた花火さんの目元が思い浮かんで、胸がきゅっと苦しくなる。


「いろいろと迷惑かけちゃいましたね」


「ちみはもう死んだんだって思ってたみたいだし。たぶん、気持ちの整理がまだついてないんじゃないかな」


 そりゃそうか。僕だって今生きてここにいるのが不思議なくらいだ。後でメッセージでも送っておくか。
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