1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ

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5巻

5-3

   第二章 潜入? 



 僕らが一昼夜をかけて走り切り、王都ミラベルトに到着したのは、まだほの暗い明け方であった。
 だが、まだアリアスの居館まではもう少しある。
 御者ぎょしゃが最後のひと踏ん張りとばかりに、手綱たづなを振る。
 木製の車輪が石畳を激しくたたく。
 まだか。まだ居館は見えないか。
 レノアは疲れ切って、気絶したように僕の隣で眠っている。
 ゴトンッ! 
 最高速で駆け抜けているため、ちょっとしたものを踏んでも馬車は大きくねる。
 でも、レノアは起きない。
 いや、それでいい。レノアは頭脳担当だ。疲れていてはあまり意味をなさない。少しでも眠って、元気を取り戻してもらわねば。
 そのとき、はるか先にアリアスの居館の尖塔が見えた。

「あれだ! 居館だ!」

 すると、瞬時にレノアが目を覚ました。

「よし! やっと着いたか。ワイズマンめ! 僕がなんとしても捕えて、目にものを見せてくれる!」

 早い。目を覚ましてから一瞬だ。頼もしいけど……少し前のめりなような。
 そうこうするうち、居館がもう目の前まで迫っている。
 レノアが馬車から身を乗り出し、居館を守る衛兵たちに向かってさけぶ。

「開門! 開門! 僕はレノア・オクティスだ! 開門してくれ!」

 レノアの大音声だいおんじょうに、衛兵たちがあわてて門を開けようとする。
 だが馬車はかなり速いまま進んでいる。間に合うか? 
 と、開く門の隙間すきまい、ギリギリのところを馬車がすさまじい勢いで駆け抜けた。
 間に合った!
 馬車は全速力で前庭を抜けると、ようやく速度を落とす。
 そして、玄関に横づけした。
 到着だ。

「ご苦労様!」

 走り切った御者ぎょしゃにねぎらいの言葉をかけながら、僕たちは馬車から飛び降りた。
 そして、出迎えた執事が急いで開ける扉の向こうに駆け込んだ。

「殿下はどこにおられるか!」

 レノアがさけぶ。
 エントランスで待っていたアリアスの侍女メルアが、その問いに答えた。

「こちらです!」

 僕らはメルアの案内で奥へ進む。
 急いで肩で息をしていたレノアが、歩く速度を落とすとともに深呼吸をする。
 僕もそうしよう。
 ゆっくり大きく息を吸い込み、さらに時間をかけてす。それを三回ほどかえした。
 そのタイミングで、メルアが前方の扉を指さした。

「こちらのお部屋です」

 脇に控える従者二人が、息を合わせて両開きの扉を開く。
 大した怪我けがじゃないと聞いたけど、本当だろうか。
 僕はドキドキしながら扉の向こうをのぞる。
 そこには、満面の笑みを浮かべたアリアスが待っていた。

「そんなに血相を変えて。大した怪我けがじゃないのに」

 アリアスは元気そうに両手をひらひらと振った。
 だがそこで、アリアスの脇に控える護衛のギャレットが、部屋の中に入った僕らをとがめた。

「むう、そのような汚い格好かっこうで殿下のお部屋に踏み入るとは……先に風呂にでも入って着替えてこんか!」

 確かに汚いかも……汗はかいたし、丸一日お風呂に入っていないし。もしかするとちょっと臭いかも。僕はレノアと顔を見合わせた。
 だが、アリアスがけらけらと笑った。

「気にしなくていいわよ。汚い格好かっこうくらい。わたしのことを心配してかけつけてくれたのよね?」
「そうではありましょうが……」

 ギャレットが食い下がるも、アリアスは即座に却下きゃっかした。

「いいの。それより、変わったお連れさんがいるのね」

 アリアスの視線の先には、ゼロスがいた。
 ゼロスはわずかに首をれた。

「お初にお目にかかる。ゼロスと申す」

 すると、アリアスの目が大きくまんまるに見開かれた。
 それはかたわらのギャレットや、メルアたちも同様だった。

「しゃべることができるの!?」

 アリアスの問いに、レノアが答えた。

「はい。彼とは完全に会話ができます」

 そう聞いて、アリアスが喜んだ。

すごい! すごいわね! しかもなんて綺麗きれいなの? ビロードのようだわ」
「おめにあずかり痛み入る」

 すごい。会話が成立しているだけじゃなくて、完璧な言葉遣いだ。僕よりも上手いくらいだ。

「ゼロスっていうのね。よろしく。わたしはアリアスよ」
「カズマたちから聞いております。どうぞお見知りおきを」

 ゼロスは低くつややかな声で答える。

「ううむ。見事だ。美しい言葉といい堂々とした仕草といい、立派な王侯貴族のようだ」

 ギャレットが感嘆の声を上げた。
 ゼロスが苦笑している。
 そこへ、助け舟のようにレノアが割って入った。

「それよりも殿下、お怪我けがのほどはいかほどで」

 アリアスが肩をすくめた。

「大したことはないわ。かすり傷よ」
「典医によれば、しばらくすれば傷も残らず治られるとのことだ」

 ギャレットが言葉を継ぐ。
 それならよかった。傷が残らないのはなによりだ。
 横を見ると、レノアも少しほっとした顔をする。
 だがすぐにその表情を引き締めた。

「犯人はワイズマンだと聞き及びました。申し訳ございません! わたくしが愚かにもあのような者を信用してしまったばかりに!」

 レノアはそう言うなりひざまずき、左手を胸に当てて首をれた。
 アリアスは滋味深じみぶかい笑みを口元にたたえた。

「そんなに自分を責めないで。大した怪我けがじゃなかったのだから」
「はっ! しかし……」

 レノアがさらなる反省の弁を続けようとするのをさえぎり、アリアスはあごに人差し指を当て、天井を見上げて思い出すようにして言った。

「それにね、実際にわたしに怪我けがを負わせたのはワイズマンじゃなくて、一緒にいたゼークル伯爵の方なのよ」
「ゼークル! あやつが真犯人でしたか!」

 レノアが顔を上げ、さけんだ。
 アリアスはうなずいた。

「ワイズマンは確かにそのとき、ゼークル伯爵と一緒にはいたんだけどね。どちらかというと不本意って感じだったのよ」

 僕は言葉の意味を測りかねたため、アリアスに問いかける。

「不本意ってどういうこと?」

 アリアスはまたも思い出すように上を見た。

「そうねえ……そのときの状況っていうのが、出合いがしらだったのよ。それでね、ワイズマンはしまったって顔をしたんだけど、そのすきにゼークル伯爵がワイズマンの腰の短剣を抜いてわたしに斬りつけたの」
「出合いがしらって、どこで?」
「地下牢に向かう階段ね」
「地下牢ってことは、ゼークル伯爵はそこに入れられていたんだね?」
「そうよ。わたしはゼークル伯爵に聞きたいことがあったの。だから、地下牢に向かって階段を下りていたんだけど、そうしたら彼らが上がってきちゃったのよ」
「上がってきちゃったって……それは、ワイズマンがゼークル伯爵を逃がそうとしたってことだよね?」

 アリアスが首を縦に振った。

「おそらくそうね。いえ、それ以外は考えられないわね。きっとそうよ」

 レノアが冷たい声音こわねで言う。

「……つまり、やはりワイズマンは我らの敵ということですね」

 レノアの声には明らかな殺気が込められていた。
 だが、アリアスはそのことに気づかないのか、気づいていないふりなのか、明るい感じで答える。

「でも、そういう感じじゃなかったわ」
「しかし殿下……」

 レノアが困惑の声を上げるも、アリアスは平然とした口調で告げる。

「だって、ワイズマンは怪我けがをしたわたしに、すかさず治癒ちゆ魔法をかけてくれたのよ」

 え? どういうこと? 
 ワイズマンは、元々ゼークル伯爵の一味だったけど、僕らに寝返った。
 だけどそれはカモフラージュで、やっぱりゼークル伯爵配下の敵だった……ってことじゃないの? 
 敵だったらアリアスに治癒ちゆ魔法はかけないよね? うん? どういうことだろう。さっぱり訳がわからない。
 戸惑とまどっているのは僕だけじゃなかった。レノアもそうだった。

「殿下、話が見えないのですが……」

 アリアスは肩をすくめた。

「わたしにもはっきりとしたことはわからないわ。でも、彼がわたしにあわてて治癒ちゆ魔法をかけてくれたのは動かしようがない事実よ」

 それを聞き、レノアが渋面じゅうめんを作った。

「ということは、ワイズマンはゼークルに弱みを握られたか何かで仕方なく脱獄を手伝ったものの、殿下を傷つけるつもりはさらさらなく、あわてて治療ちりょうを施したということでしょうか?」

 アリアスは、レノアの言葉を注意深く聞き終えると、ゆっくりとうなずいた。

「おそらくだけど、そういうことだと思うわ」

 レノアが深いため息をいた。

「殿下のお言葉とはいえ、容易には信じることはできません。普通に考えればこれは計画的犯行です。カモフラージュして一旦我らに捕まり、すきを見て脱出する際に殿下を害する、というものです」
「でも、だとしたら治癒ちゆ魔法はかけないわよね?」

 アリアスの言葉に、レノアは答えにきゅうした。
 少し間をけてから軽くせきばらいをすると、気を取り直して口を開いた。

「仮にそうであったとしてもです。結果的に殿下にお怪我けがを負わせた責任が、ワイズマンにはあると考えます」

 レノアは断言した。だけど、僕にはそうは思えなかった。

「ちょっと待ってよ。確かにアリアスは怪我けがをしてしまったけれど、それは予測不能だったんじゃないかな。だとしたら、責任は大してないような」

 だが、レノアは冷たい表情で首を横に振った。

「危険人物であるゼークルの脱獄を手引きしたのが事実なら、もうそれだけで責任重大だ」
「それはそうだと思うけど、アリアスの怪我けがに関してはちょっと違うんじゃないかな」
「見解の相違だね。僕は責任大ありだと思う。考えてもごらんよ。ワイズマンが脱獄を手引きしなければ、殿下が怪我けがを負うことはなかったんだ。そうだろう?」
「それはそうだけど……」

 さらに何か言おうとする僕を、レノアが右手を上げて制した。

「とにかく、まずはワイズマンを捕らえることだ。そのことは君も同意してくれるだろう?」

 僕はうなずいた。

「うん。それは間違いない。僕も直接ワイズマンから事情を聞きたいし」
「では、早速やつを捕える手立てを施そう」

 僕は驚いた。

「何か算段があるの?」

 するとレノアは口の端を上げ、自信たっぷりな表情を浮かべた。

「当然、算段はあるさ!」


         *


「で、なんでここに?」

 僕はかたわらで、腰の高さほどの生け垣に身を隠して、泥棒のようにこそこそと周囲に目を配り続けているレノアに向かって言った。
 レノアはまだキョロキョロとあたりをうかがいながら、小声で答えた。

「ゼークルたちの逃げ込む先は、ここしかないと思ったからさ」
「え? ここに彼らが?」

 僕は驚き、生け垣から少しだけ顔を出して前方を見た。
 僕らのいる生け垣の前には大きな道路が寝そべっており、その向こうにはとても高いへいがそびえたっている。
 そしてへいの先には、とても大きく立派なやかたが鎮座していた。
 僕はその、やかたというよりかは要塞と評した方が適切なんじゃないかと思うような巨大な建物に圧倒されていた。

「でもここは、ゴート公爵のやかただよ?」

 そう。この目の前の要塞のようなやかたの持ち主は、オルダナ宮廷内で圧倒的な存在感を誇るゴート公爵だった。
 ここに、ゼークル伯爵たちが潜伏しているはずだと、レノアは言う。僕にはその理由がわからなかった。
 レノアは、目だけはキョロキョロと動かして人に見つからないかと注意しながら、得意げな表情を浮かべた。

「そうさ。だからここなのさ」

 僕にはまだよく事情が飲み込めていない。だからそれが顔に出たのだろう。レノアが僕の顔を見て苦笑した。

「いいかい? ゼークルたちは殿下にお怪我けがを負わせた後、居館から脱出したとはいえ、そう遠くには逃げられなかったはずなんだ。なぜなら、事件後すぐに警笛けいてきが鳴らされ、またたく間にあたり一帯に非常線が敷かれたからだ」

 確かに僕もそう聞いている。事件のとき、アリアス警護の人たちはまさかの出来事に動転し、ゼークル伯爵たちを取り逃がしてしまったものの、その後何もしていないわけじゃなかった。すぐに救護の者を呼び、同時に警笛けいてきを鳴らして他の警備兵とともに、犯人を捕まえようと必死に周囲を捜索したらしい。それに、オルダナ警察とも連携して、すぐに非常線を張ることに成功したとも聞いていた。
 レノアが言葉を続ける。

「なにせ殿下はオルダナ王妃の姪御めいごにあたられる御方だからね。王都ミラベルトは厳戒態勢となった。そんな状況では、王都の外には到底逃れられない。となれば当然、やつらはまだ王都にひそんでいるはずだ」

 なるほど。ミラベルトの中にゼークル伯爵たちがいることはわかった。でも――

「だからってなんで、ゴート公爵のやかたに逃げ込んだって思ったの?」

 レノアは周囲にひと気がまったくないことにほっとしたのか、ようやくこちらをまっすぐに見つめて答える。

「ゼークルにとって最大の庇護者ひごしゃが、ゴート公爵だからさ」

 うん? 僕はレノアの言い回しに若干引っかかった。

「ゼークルにとって――って言った?」

 レノアはにやりと口の端を上げた。

「言ったね」
「それはつまり、ゴート公爵にとっては違うってこと?」

 レノアは、僕の回答に満足げににんまりと微笑ほほえんだ。

「その通り。人間関係というのは実に厄介やっかいなものさ。片方の思いと、もう片方の思いとは、必ずしも一致しないものなのだからね。それゆえに恋愛というやつは……ああ、これはまた別の話だった」

 レノアは最後に脱線しかけたものの、言わんとしていることは僕にもわかった。

「ゴート公爵は、ゼークル伯爵の庇護者ひごしゃだなんて思っていないんだね?」

 レノアがうなずいた。

「僕はそう考えている」
「でもさ、だったらなぜゴート公爵はゼークル伯爵をかくまうの? 庇護者ひごしゃじゃないんだったら、そんなことしなくていいんじゃないかな」

 これは正直意味がわからない。ゴート公爵がゼークル伯爵の庇護者ひごしゃでないのなら、かくまう理由なんてないはずだ。そんなことをすれば、明確に僕らと敵対することになる。
 しかも、アルデバランの王女であるアリアスに怪我けがを負わせた犯人をかくまうってことにもなるわけだし。
 ゴート公爵にとってメリットがあるとは、僕には到底思えなかった。
 だがレノアは、目の前のやかたにゼークル伯爵がかくまわれているはずだと言う。これは一体どういうことなんだろうか。
 僕はおそらく難しい顔をしていたらしい。レノアが苦笑しながら説明を始めた。

「そこが本件の肝要なところさ。ゴート公爵は決してゼークル伯爵を好いてはいない。それどころか嫌っているとすら、僕はにらんでいる」
「それなら……」
「まあ聞いてほしい。ゴート公爵はゼークル伯爵を嫌っている。だからといって逃げ込んできたゼークル伯爵を拒絶することは、ゴート公爵にはできない」

 レノアはそう断言した。だが僕にはレノアの言っていることが難しすぎて、まったくわからなかった。
 僕は眉間みけんに深いしわを寄せる。
 レノアはそれを見てまた笑った。

「なんかおかしい?」

 僕は渋面じゅうめんのままレノアを軽くにらみつけた。
 レノアは笑いを収めて、肩をすくめた。

「まあ、これも人間というものの玄妙げんみょうさだね。つまり、ゴート公爵にとっては相手が誰かはあまり意味をなさないんだ」

 僕の頭からは、もうすでに先ほどから湯気ゆげが噴き出している。
 レノアの言っている意味がぜんぜんわからない。一体どういう意味でレノアは言っているんだろうか。
 だから、僕は素直に言った。

「ダメだ。まったくわからないよ。僕にもわかるように説明してくれないかな?」

 レノアはにっこりと微笑ほほえんだ。

「わかったよ。つまりね、こういうことさ。逃げ込んできたのがゼークルであろうが、僕であろうが、誰であってもゴート公爵は受け入れるしかないってことなのさ」

 いや、ぜんぜんわからない。誰であろうがって、どういうこと? 
 僕の頭の中のクエスチョンマークがレノアには見えたのだろう。
 彼は改めて苦笑した。

「その理由は、ひとえに彼の人柄ひとがらにあるんだ」

 僕は首をかしげる。

「ゴート公爵の人柄ひとがら……それって、質実剛健?」

 レノアは人差し指を一本、上げた。

「そのとおり。ゴート公爵は気難しい人物ではあるが、まっすぐな心根の御仁ごじんだ。誰よりも男らしく、卑怯ひきょうなことを決して好まない。だからさ、自分を頼りに逃げ込んできたら、それが誰であろうと追い返すことなどできはしない性格ってわけさ」
「そういうことか。やっとわかったよ。じゃあ、ゴート公爵は不本意だけどゼークル伯爵をかくまっているってこと?」
「僕はそう思っている」
「それは以前、ベラルクス大公園で発動させた、レノアの特殊技能である鷹の目オーヌ・デ・ファルカオを使って得た情報なのかな?」

 レノアはこくりとうなずいた。


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