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3巻
3-3
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「おはよう……あ、もう昼過ぎか」
僕が自分のベッドから身体を起こし、すぐにアリアスの部屋に赴いたところ、侍女のメルアと出くわした。そこで咄嗟に挨拶をしたのだが、時間を考えるとなかなか間抜けなものになってしまった。
でも、メルアは楽しそうに、そして可愛らしく笑った。
「たっぷり寝られましたか?」
メルアが上目遣いでいたずらっぽく言う。
僕は照れ隠しに軽く頭をかいた。
「うん。充分寝られたよ」
「そう。それはよかった。でも気をつけてくださいね」
「えっ、何が?」
心当たりがない僕が問い返すと、メルアがまた可愛らしく笑った。
「これから危ないところへ行くんですよね?」
僕はこれから行く予定のところを思い出した。
「ああ、そうか。でも大丈夫だよ。大した相手じゃないと思うし」
すると、メルアは少しだけ真面目な顔で、人差し指を一本僕の目の前に立てた。
「カズマさんが強いのはわかっています。けれど、だからといって油断したら危ないですよ?」
「うん。わかった。決して油断せず、相手を侮ることなく行くよ」
「ならいいです」
メルアが満面の笑みを浮かべる。
そこへアリアスが続きの間から、レノアとギャレットを伴って現れた。
「カズマ、もういいの?」
僕は力強くうなずいた。
「もう大丈夫だよ。たっぷり寝られたから」
「そう、ならいいけど……」
アリアスはまだ心配そうであった。
だが、すぐにレノアがそれを打ち消した。
「殿下、どうぞご心配なく。カズマにはわたくしがついておりますので。それに、我らが不在の間はギャレット氏が万全の体制で殿下を警護してくださいますので、こちらもどうぞご心配なく」
ギャレットは、自分の胸を力強く叩いた。
「殿下、どうぞご心配なく! 不肖このギャレット、我が命に替えましても、殿下をお護りいたします!」
どうやら、僕が寝ている間にレノアがいろいろと手配してくれたようだ。
ギャレットとのコミュニケーションも取れているようだし、やっぱり心強いな。
「準備はいいかな?」
レノアが僕に向かって笑みをこぼした。
「もちろん!」
僕は即答した。
「では出発するとしよう。ロッソ・スカルピオーネのアジトはわかっているからね」
そうなのか。やっぱりレノアは凄いや。
僕はレノアと目と目を見交わし、大きくうなずいた。
「敵のアジトってここからどれくらいなの?」
居館の前庭で僕は馬に飛び乗ると、同じく馬に跨ったレノアに尋ねた。
「ここから馬で五時間ってところだね」
レノアは馬腹を軽く蹴り、馬を緩やかに歩ませる。
「結構あるんだね」
僕が同じように馬腹を蹴って横に並ぶと、レノアがさらに手綱を使って速度を上げた。
「都市部にはアジトを置かないさ。いつ官憲に囲まれるかわからないからね」
僕も速度を上げて追いつき、うなずいた。
「そうか。田舎なら周囲を見渡せる広々としたところに建物を建てられるものね」
「そういうこと。むろん都市部にも小さな拠点はある。でも、本部アジトは別さ」
「じゃあ、僕らはその本部があるところに行くんだね?」
「その通り。一番上を叩かなければ意味がないからね」
「わかった。それで、その本部はなんていう町にあるの?」
「町っていうか、村だね。タルノ村というそうだ」
「了解。じゃあ急ごう」
僕たちはちょうどそこで、大きくて立派な居館の門を潜った。
アリアスの居館を護る門衛たちが、僕を見て一斉に敬礼をする。
彼らの英雄を見るような目が、僕には眩しく映る。
少し照れくさかったものの、彼らに敬礼を返した。
一つの戦いが終わり、僕は英雄になった。
だけど、もうすでに新しい戦いが始まっている。
この三か月間は、ただひたすら護る戦いだった。
これからはそれだけじゃない。
その一歩を今、僕は踏み出した。
心が躍り、血が湧きたつ。
どうやら僕は、受け身は得意じゃないらしい。
馬腹を強く蹴る。
馬が呼応して力強く大地を蹴る。
速度が一気に上がり、風が顔を強く叩く。
あのときと同じだ。
強大なグリンワルド師団の真っ只中を駆け抜けたあのときと。
全身がぶるっと震える。武者震いだ。
そのとき、僕の横を並走するレノアが笑いかけてきた。
「まだ早いよ。気持ちはわかるけどね」
確かに、まだ敵地までは五時間もある。
でも、武者震いが止まらない。
レノアは、そんな僕の気持ちを推し量ったのか笑う。
「やっぱり君は攻勢の人らしいね」
攻勢か……ずばりだ。その通りだと思う。
「うん。そうみたいだ」
僕も笑みを浮かべながら答えると、レノアが大きくうなずいた。
「君がひとところにとどまって、ただひたすらに護るなんてのはもったいないよ。そんなの宝の持ち腐れだ。君は本来、こういう仕事の方が向いている。そうだろ?」
レノアはよく僕を理解してくれているみたいだ。
「そうだと思う。例のアルデバラン脱出も、目的地に向かって前に進んでいたからね。ひとところにとどまってただ迎え撃つっていうのは、僕の性に合わないんだと思う」
「そうだろう。この三か月間というものは、実にもったいなかったと思うよ。君の特性を活かしていなかった。でもこれからは違う。悪いけど僕は今後、参謀として君という最強戦力を大いにこき使わせてもらうよ」
レノアはにやりと笑った。
僕も顔をほころばせて、にんまりと笑う。
「その方が僕もいい。だから、レノアは存分に僕をこき使っていいよ」
「わかった。ではそうさせてもらおう!」
レノアは馬腹を力強く蹴った。馬が一気に速度を上げる。
僕も馬腹を蹴り、手綱をしごく。
どんどんレノアとの距離が縮まっていく。
やがて並び、そして一気に追い抜いた。
レノアが負けるものかとばかりに、さらに馬腹を蹴る。
だが僕も、さらに速度を上げるよう手綱をしごく。
僕らはそうして競り合うようにして街道を行き、敵の拠点を目指した。
「よし、あの村で少し休憩するとしよう」
レノアが地平の彼方に見えてきた小規模集落を指さした。
「大丈夫? 疲れた?」
僕は乗馬のスキルレベルが圧倒的に高い。
体力のスキルに至っては、もっとだろう。
だから僕に疲労はない。
いや、もちろん睡眠の耐性に関しては……今後の課題の一つだけど。
とにかく、僕に疲れは一切なかったが、常人のレノアはそうではないはずだ。
だが、レノアは爽やかな笑みを見せた。
「いや、疲れてはいないよ」
「そうなの?」
「ああ、これでも僕だってそれなりに修羅場は潜っている。ベルガン帝国に敗れた父に代わって配下の者たちを結集し、敵の包囲網を突破したこともあるんだ。もっとも、君がしでかしたあの途方もない敵中突破とはくらべものにならないけどね」
ああ、そうか。レノアも若いけれど歴戦の強者だったんだ。
だったら休憩しなくても……
僕はレノアの横顔をちらりと見た。
確かに疲れた素振りはない。でも本当は疲れているのかも。それを押し隠して、そう見せないようにしているだけかも。
だったら、このままレノアの言う通りに休憩した方がいいな。
僕はそこからは無言でレノアのあとをついて村に入っていった。
村に入ると、レノアが周囲をキョロキョロしはじめた。
僕が首を傾げていると、レノアが遠くの建物を指さした。
「ああ、あった。あの店だ」
店? ああ、せっかくだからお店で休憩しようということか。
悪くない。どうせなら美味しい飲みものを渇いた喉に流し込みたいし。
ただ、レノアの言葉に少しだけ引っかかった。
「今、あの店って言った? なじみの店か何かなの?」
すると、レノアが朗らかに笑った。
「いや、違うよ。初めて行く店だ」
「じゃあなんで……」
レノアはにやりとすると、店の前で軽やかに馬から下りた。
そして、馬をつなぐためのロープを店の前の柱に結わえつけると、そのまま店の中に入っていってしまった。
僕は慌てて同じように馬を柱にロープでつなぎ、レノアのあとを追って店の中へ入る。
レノアは店に入ると、またもあたりを見回した。
やがて、一番奥のテーブル席に座る男に目を留め、彼のもとへずんずん大股で歩いていく。
僕も彼の後に続き、その男の前で止まった。
男もレノアに気づいた。
男は無言で親指を立て、自らの後方を指さした。
そこは、ビロードのカーテンが下ろされている。
レノアは無言で男にうなずくと、その光沢のある紫色のカーテンを引いた。すると、さらにその先には部屋があり、レノアはそこへ入っていった。
僕も、男のギョロリと見定めるような視線を浴びながら、奥の部屋に入る。
そこには、大きなテーブルがあり、三人の男女が椅子に座っていた。
「首尾はどうか?」
レノアが空いている椅子に腰かけながら、三人の男女に問いかけた。
三人は一斉に首を縦に振り、まず左端の男が話し出した。
「どちらも上々にございます」
レノアはうなずき、同時に僕に対して空いている隣の椅子に腰かけるよう手で示した。
僕がその椅子に腰かけると、三人の男女を紹介してくれる。
「カズマ、こちらは僕の配下の三人だ。左からベルトール、シモーヌ、アッザスだ」
それにあわせて、三人は一斉に首を垂れた。
先ほど口を開いたベルトールは、この中で一番年長だろうか。落ち着いた雰囲気を備えた四十過ぎの大人の男って感じだ。この中ではリーダー格のような気がする。
シモーヌはなかなかの美人だと思う。これまた大人の雰囲気だけど、三十歳くらいだろうか。あんまり女性に年齢は聞いちゃいけないし、もしかしたら永遠に謎となるかもしれないな。あと、なんか色気が凄いような……
アッザスはこれまた三十歳くらいかな。身長も横幅もかなりある。筋骨隆々で相当強そうだ。
僕は三人を自分なりに分析したところで、頭を下げた。
「よろしくお願いします。カズマ・ナカミチです」
「ええ、もちろん存じ上げております。カズマ様は英雄でいらっしゃいますので」
柔らかに微笑むシモーヌに、真正面から目をじっと見て言われたため、僕は照れてしまう。
「あ、いや……様とかはやめてください」
シモーヌは手を口元に当てて笑い、レノアを見た。
レノアがうなずいたのを確認し、シモーヌは再び口を開いた。
「わかりました。では、今後はカズマさんとお呼びしますね」
「あ、はい。それでお願いします」
その後、レノアがベルトールに先ほどの話を改めて振った。
「ロッソ・スカルピオーネの全容も、ゼークル伯爵の手勢のことも、というわけだな?」
ベルトールは自信たっぷりに笑みを湛えた。
「左様にございます。ほとんどすべてをつまびらかにいたしました」
凄いな。ほとんどすべてって、なかなか言いづらいと思うんだけど……
だが、レノアは当然だと言わんばかりにうなずいた。
「よし。ではまず、ロッソ・スカルピオーネについて教えてくれ」
「はい。敵のアジトはここから一キロほどのところにございます。現時点での敵の総数は百二十人あまり。中はかなり要塞化しております」
「百二十か……」
僕が思わず声に出すと、レノアがすかさず反応した。
「物足りないかな?」
僕は肩をすくめる。
「う~ん、だいぶ少ないような気はするけど、要塞化しているって言うし、どうなんだろう?」
僕の返事に、三人は驚きの表情を浮かべた。
「……さすがは英雄殿ですな。百二十を少ないと仰るとは……」
ベルトールが半ば呆れた表情となった。
シモーヌは肩をすくめる。
「よく考えれば、まあ当然ね。だって、グリンワルド師団を退けたくらいですもの」
アッザスは大きくうんうんとうなずいている。
「そうだな! さすがは英雄だ。我らとは次元が違う!」
アッザスのあまりに大きな声に、僕はびっくりして少し腰を浮かした。
「おい、声が大きいぞ。一応我らは密談をしているのだ。話すならばもう少し声をひそめろ」
年長のベルトールが、すかさずアッザスをたしなめた。
「すまねえ、ベルトールの兄貴。次は気をつける」
アッザスは恐縮している。
ベルトールはアッザスをひと睨みしてから、レノアに向き直る。
「失礼いたしました。では、敵のアジトでわかっていることについて、ご説明させていただきます」
「ああ、頼む」
レノアはいつものように笑みを浮かべて鷹揚にうなずいた。
すると、ベルトールはアッザスに合図を送る。
アッザスは大きな紙をテーブルの上に広げた。
「こちらが敵のアジトの見取り図となります」
ベルトールが説明した。
「凄い……こんな情報まであるんだ……」
僕は驚き、声を上げた。
しかし、ベルトールは首を横に振る。
「いえ、すべてではありません。残念ながら、アジトの奥の方はわからずじまいでして」
確かに、見取り図は奥の方の一部が空白となっていた。
そこへレノアが見取り図を見ながら、ぼそっと呟いた。
「入り口は一つか」
ベルトールがうなずいた。
「はい。正面入り口のみとなっているようです。裏口の類はありません」
「それは好都合。入り口から討ち入れば、敵に逃げ場はなくなるということだからね」
レノアはにやりと笑って、僕を見た。
僕も笑い返す。
「うん。僕にとってはやりやすいかな。一網打尽にできそうだ」
だが、ベルトールが水を差した。
「アジトにはいろいろと仕かけがあるようです。英雄殿といえども、気をつけられた方がいいでしょう」
確かに。調子に乗ってはいけないな。
敵のアジトは要塞化していると言うし、油断大敵だ。
すると、引き締まったであろう僕の顔を見て、レノアが口を開く。
「大丈夫だ。カズマは調子に乗るタイプじゃない。それに、僕もついているしね。それで、ベルトール、敵のアジトの要塞化とはどういうことか?」
「ご覧の通り、正面の入り口を入りますと、左に行く道しかございません。そして、建物の外周に沿ってしばらく行くと右に曲がり、さらに外周に沿ってという感じで、判明している限りではずっと一本道となっているのです」
「なるほどな。敵が侵入しても迎え撃ちやすいようになっているわけか」
「はい。また、この建物は二階建てとなっておりまして、二階部分から一階に対して攻撃が仕かけられるようになっているようです」
「二階の見取り図はないのか?」
「申し訳ございません。二階についてはまったく……」
ベルトールがすまなそうに頭を下げた。
レノアは右手を上げて、ベルトールに頭を上げるように合図した。
「いや、仕方がない。急なことでもあるしな。これだけわかっただけでも大したものだ」
「はっ、痛み入ります」
「他にわかっていることはあるか?」
ベルトールは見取り図のある部分を指さした。
「このあたりに落とし穴があるようです。お気をつけください」
入り口を入ってすぐ、左に曲がったところだ。覚えておこう。
「現在わかっておりますのは、以上となります」
「よく調べてくれた。大変だったろう」
レノアがねぎらいの言葉をかけると、アッザスがうんうんと大きくうなずいた。
「そりゃあもう大変でしたぜ。時間がなかったですからね。大急ぎでしたよ」
「あんたはほとんど何もしてなかったじゃない」
シモーヌが鼻で笑った。
「いや、そんなことはないぜ、姉御。なあそうだろう、兄貴」
アッザスは慌てて、ベルトールに助けを求めた。
兄貴と呼ばれたベルトールは肩をすくめた。
「まあそうだな。まったくというわけではない。だが、一番の手柄はシモーヌで間違いない」
「いやまあ……そうだろうけどさ……」
アッザスが悔しそうに言うと、レノアが面白そうに問いかけた。
「シモーヌは何をしたの?」
「いえね、敵の下っ端を色仕掛けで落としたんですよ。それで、この見取り図やらを手に入れたってわけです」
シモーヌは得意げに胸を反らした。
「なるほどね。シモーヌらしいや。でも三人ともありがとう。おかげでやりやすくなったよ」
ねぎらうレノアに三人は笑みを浮かべ、深々と首を垂れた。
レノアはそれを鷹揚な態度で受けると、僕に向き直った。
「ということなんだけど、どうかな?」
僕はにっこりと笑った。
「うん。この見取り図通りに気をつけながら進んで、あとは出たとこ勝負ってことでいいんじゃないかな」
レノアもにっこり笑う。
「そうだね。おそらくこのアジトはずーっと一本道だと思う。罠には気をつけなきゃいけないだろうが、道に迷うことはなさそうだ」
「うん。わかりやすくていい。気をつけるのは主に天井と床かな?」
そこへ、ベルトールが口をはさんだ。
「いえ、もしかすると横壁から急襲されることも考えられます。ですので、三百六十度全周囲に気を配られた方がよろしいかと」
「わかりました。充分に気をつけます」
僕はうなずいた。
「先陣は君でいいかな?」
レノアがまたも僕の顔を見つめて言った。
「もちろんだけど……レノアも来るつもり?」
僕の問いかけに、レノアが笑う。
「当然だよ。何があるかわからないからね。ここは僕ら全員で行こう」
「英雄殿のお役に立てるかはわかりませんが、わたくしは回復魔法に長けております」
ベルトールが首を垂れつつ告げる。
「わたしは攻撃魔法が得意なの。一本道だからあまり活躍できそうもないけど、何かあったら後ろから援護するわね」
今度はシモーヌがなまめかしく首を傾けながら言った。
そして、アッザスが得意げに両腕に力こぶを作った。
「俺は見ての通りの力自慢だ。英雄殿の背中は俺に任せてくれ」
最後に、レノアがにやりと微笑んだ。
「僕は頭脳労働が主なんだけど、それ以外に補助魔法が得意なんだ。なので、いろいろと君の役に立てると思うよ」
僕が自分のベッドから身体を起こし、すぐにアリアスの部屋に赴いたところ、侍女のメルアと出くわした。そこで咄嗟に挨拶をしたのだが、時間を考えるとなかなか間抜けなものになってしまった。
でも、メルアは楽しそうに、そして可愛らしく笑った。
「たっぷり寝られましたか?」
メルアが上目遣いでいたずらっぽく言う。
僕は照れ隠しに軽く頭をかいた。
「うん。充分寝られたよ」
「そう。それはよかった。でも気をつけてくださいね」
「えっ、何が?」
心当たりがない僕が問い返すと、メルアがまた可愛らしく笑った。
「これから危ないところへ行くんですよね?」
僕はこれから行く予定のところを思い出した。
「ああ、そうか。でも大丈夫だよ。大した相手じゃないと思うし」
すると、メルアは少しだけ真面目な顔で、人差し指を一本僕の目の前に立てた。
「カズマさんが強いのはわかっています。けれど、だからといって油断したら危ないですよ?」
「うん。わかった。決して油断せず、相手を侮ることなく行くよ」
「ならいいです」
メルアが満面の笑みを浮かべる。
そこへアリアスが続きの間から、レノアとギャレットを伴って現れた。
「カズマ、もういいの?」
僕は力強くうなずいた。
「もう大丈夫だよ。たっぷり寝られたから」
「そう、ならいいけど……」
アリアスはまだ心配そうであった。
だが、すぐにレノアがそれを打ち消した。
「殿下、どうぞご心配なく。カズマにはわたくしがついておりますので。それに、我らが不在の間はギャレット氏が万全の体制で殿下を警護してくださいますので、こちらもどうぞご心配なく」
ギャレットは、自分の胸を力強く叩いた。
「殿下、どうぞご心配なく! 不肖このギャレット、我が命に替えましても、殿下をお護りいたします!」
どうやら、僕が寝ている間にレノアがいろいろと手配してくれたようだ。
ギャレットとのコミュニケーションも取れているようだし、やっぱり心強いな。
「準備はいいかな?」
レノアが僕に向かって笑みをこぼした。
「もちろん!」
僕は即答した。
「では出発するとしよう。ロッソ・スカルピオーネのアジトはわかっているからね」
そうなのか。やっぱりレノアは凄いや。
僕はレノアと目と目を見交わし、大きくうなずいた。
「敵のアジトってここからどれくらいなの?」
居館の前庭で僕は馬に飛び乗ると、同じく馬に跨ったレノアに尋ねた。
「ここから馬で五時間ってところだね」
レノアは馬腹を軽く蹴り、馬を緩やかに歩ませる。
「結構あるんだね」
僕が同じように馬腹を蹴って横に並ぶと、レノアがさらに手綱を使って速度を上げた。
「都市部にはアジトを置かないさ。いつ官憲に囲まれるかわからないからね」
僕も速度を上げて追いつき、うなずいた。
「そうか。田舎なら周囲を見渡せる広々としたところに建物を建てられるものね」
「そういうこと。むろん都市部にも小さな拠点はある。でも、本部アジトは別さ」
「じゃあ、僕らはその本部があるところに行くんだね?」
「その通り。一番上を叩かなければ意味がないからね」
「わかった。それで、その本部はなんていう町にあるの?」
「町っていうか、村だね。タルノ村というそうだ」
「了解。じゃあ急ごう」
僕たちはちょうどそこで、大きくて立派な居館の門を潜った。
アリアスの居館を護る門衛たちが、僕を見て一斉に敬礼をする。
彼らの英雄を見るような目が、僕には眩しく映る。
少し照れくさかったものの、彼らに敬礼を返した。
一つの戦いが終わり、僕は英雄になった。
だけど、もうすでに新しい戦いが始まっている。
この三か月間は、ただひたすら護る戦いだった。
これからはそれだけじゃない。
その一歩を今、僕は踏み出した。
心が躍り、血が湧きたつ。
どうやら僕は、受け身は得意じゃないらしい。
馬腹を強く蹴る。
馬が呼応して力強く大地を蹴る。
速度が一気に上がり、風が顔を強く叩く。
あのときと同じだ。
強大なグリンワルド師団の真っ只中を駆け抜けたあのときと。
全身がぶるっと震える。武者震いだ。
そのとき、僕の横を並走するレノアが笑いかけてきた。
「まだ早いよ。気持ちはわかるけどね」
確かに、まだ敵地までは五時間もある。
でも、武者震いが止まらない。
レノアは、そんな僕の気持ちを推し量ったのか笑う。
「やっぱり君は攻勢の人らしいね」
攻勢か……ずばりだ。その通りだと思う。
「うん。そうみたいだ」
僕も笑みを浮かべながら答えると、レノアが大きくうなずいた。
「君がひとところにとどまって、ただひたすらに護るなんてのはもったいないよ。そんなの宝の持ち腐れだ。君は本来、こういう仕事の方が向いている。そうだろ?」
レノアはよく僕を理解してくれているみたいだ。
「そうだと思う。例のアルデバラン脱出も、目的地に向かって前に進んでいたからね。ひとところにとどまってただ迎え撃つっていうのは、僕の性に合わないんだと思う」
「そうだろう。この三か月間というものは、実にもったいなかったと思うよ。君の特性を活かしていなかった。でもこれからは違う。悪いけど僕は今後、参謀として君という最強戦力を大いにこき使わせてもらうよ」
レノアはにやりと笑った。
僕も顔をほころばせて、にんまりと笑う。
「その方が僕もいい。だから、レノアは存分に僕をこき使っていいよ」
「わかった。ではそうさせてもらおう!」
レノアは馬腹を力強く蹴った。馬が一気に速度を上げる。
僕も馬腹を蹴り、手綱をしごく。
どんどんレノアとの距離が縮まっていく。
やがて並び、そして一気に追い抜いた。
レノアが負けるものかとばかりに、さらに馬腹を蹴る。
だが僕も、さらに速度を上げるよう手綱をしごく。
僕らはそうして競り合うようにして街道を行き、敵の拠点を目指した。
「よし、あの村で少し休憩するとしよう」
レノアが地平の彼方に見えてきた小規模集落を指さした。
「大丈夫? 疲れた?」
僕は乗馬のスキルレベルが圧倒的に高い。
体力のスキルに至っては、もっとだろう。
だから僕に疲労はない。
いや、もちろん睡眠の耐性に関しては……今後の課題の一つだけど。
とにかく、僕に疲れは一切なかったが、常人のレノアはそうではないはずだ。
だが、レノアは爽やかな笑みを見せた。
「いや、疲れてはいないよ」
「そうなの?」
「ああ、これでも僕だってそれなりに修羅場は潜っている。ベルガン帝国に敗れた父に代わって配下の者たちを結集し、敵の包囲網を突破したこともあるんだ。もっとも、君がしでかしたあの途方もない敵中突破とはくらべものにならないけどね」
ああ、そうか。レノアも若いけれど歴戦の強者だったんだ。
だったら休憩しなくても……
僕はレノアの横顔をちらりと見た。
確かに疲れた素振りはない。でも本当は疲れているのかも。それを押し隠して、そう見せないようにしているだけかも。
だったら、このままレノアの言う通りに休憩した方がいいな。
僕はそこからは無言でレノアのあとをついて村に入っていった。
村に入ると、レノアが周囲をキョロキョロしはじめた。
僕が首を傾げていると、レノアが遠くの建物を指さした。
「ああ、あった。あの店だ」
店? ああ、せっかくだからお店で休憩しようということか。
悪くない。どうせなら美味しい飲みものを渇いた喉に流し込みたいし。
ただ、レノアの言葉に少しだけ引っかかった。
「今、あの店って言った? なじみの店か何かなの?」
すると、レノアが朗らかに笑った。
「いや、違うよ。初めて行く店だ」
「じゃあなんで……」
レノアはにやりとすると、店の前で軽やかに馬から下りた。
そして、馬をつなぐためのロープを店の前の柱に結わえつけると、そのまま店の中に入っていってしまった。
僕は慌てて同じように馬を柱にロープでつなぎ、レノアのあとを追って店の中へ入る。
レノアは店に入ると、またもあたりを見回した。
やがて、一番奥のテーブル席に座る男に目を留め、彼のもとへずんずん大股で歩いていく。
僕も彼の後に続き、その男の前で止まった。
男もレノアに気づいた。
男は無言で親指を立て、自らの後方を指さした。
そこは、ビロードのカーテンが下ろされている。
レノアは無言で男にうなずくと、その光沢のある紫色のカーテンを引いた。すると、さらにその先には部屋があり、レノアはそこへ入っていった。
僕も、男のギョロリと見定めるような視線を浴びながら、奥の部屋に入る。
そこには、大きなテーブルがあり、三人の男女が椅子に座っていた。
「首尾はどうか?」
レノアが空いている椅子に腰かけながら、三人の男女に問いかけた。
三人は一斉に首を縦に振り、まず左端の男が話し出した。
「どちらも上々にございます」
レノアはうなずき、同時に僕に対して空いている隣の椅子に腰かけるよう手で示した。
僕がその椅子に腰かけると、三人の男女を紹介してくれる。
「カズマ、こちらは僕の配下の三人だ。左からベルトール、シモーヌ、アッザスだ」
それにあわせて、三人は一斉に首を垂れた。
先ほど口を開いたベルトールは、この中で一番年長だろうか。落ち着いた雰囲気を備えた四十過ぎの大人の男って感じだ。この中ではリーダー格のような気がする。
シモーヌはなかなかの美人だと思う。これまた大人の雰囲気だけど、三十歳くらいだろうか。あんまり女性に年齢は聞いちゃいけないし、もしかしたら永遠に謎となるかもしれないな。あと、なんか色気が凄いような……
アッザスはこれまた三十歳くらいかな。身長も横幅もかなりある。筋骨隆々で相当強そうだ。
僕は三人を自分なりに分析したところで、頭を下げた。
「よろしくお願いします。カズマ・ナカミチです」
「ええ、もちろん存じ上げております。カズマ様は英雄でいらっしゃいますので」
柔らかに微笑むシモーヌに、真正面から目をじっと見て言われたため、僕は照れてしまう。
「あ、いや……様とかはやめてください」
シモーヌは手を口元に当てて笑い、レノアを見た。
レノアがうなずいたのを確認し、シモーヌは再び口を開いた。
「わかりました。では、今後はカズマさんとお呼びしますね」
「あ、はい。それでお願いします」
その後、レノアがベルトールに先ほどの話を改めて振った。
「ロッソ・スカルピオーネの全容も、ゼークル伯爵の手勢のことも、というわけだな?」
ベルトールは自信たっぷりに笑みを湛えた。
「左様にございます。ほとんどすべてをつまびらかにいたしました」
凄いな。ほとんどすべてって、なかなか言いづらいと思うんだけど……
だが、レノアは当然だと言わんばかりにうなずいた。
「よし。ではまず、ロッソ・スカルピオーネについて教えてくれ」
「はい。敵のアジトはここから一キロほどのところにございます。現時点での敵の総数は百二十人あまり。中はかなり要塞化しております」
「百二十か……」
僕が思わず声に出すと、レノアがすかさず反応した。
「物足りないかな?」
僕は肩をすくめる。
「う~ん、だいぶ少ないような気はするけど、要塞化しているって言うし、どうなんだろう?」
僕の返事に、三人は驚きの表情を浮かべた。
「……さすがは英雄殿ですな。百二十を少ないと仰るとは……」
ベルトールが半ば呆れた表情となった。
シモーヌは肩をすくめる。
「よく考えれば、まあ当然ね。だって、グリンワルド師団を退けたくらいですもの」
アッザスは大きくうんうんとうなずいている。
「そうだな! さすがは英雄だ。我らとは次元が違う!」
アッザスのあまりに大きな声に、僕はびっくりして少し腰を浮かした。
「おい、声が大きいぞ。一応我らは密談をしているのだ。話すならばもう少し声をひそめろ」
年長のベルトールが、すかさずアッザスをたしなめた。
「すまねえ、ベルトールの兄貴。次は気をつける」
アッザスは恐縮している。
ベルトールはアッザスをひと睨みしてから、レノアに向き直る。
「失礼いたしました。では、敵のアジトでわかっていることについて、ご説明させていただきます」
「ああ、頼む」
レノアはいつものように笑みを浮かべて鷹揚にうなずいた。
すると、ベルトールはアッザスに合図を送る。
アッザスは大きな紙をテーブルの上に広げた。
「こちらが敵のアジトの見取り図となります」
ベルトールが説明した。
「凄い……こんな情報まであるんだ……」
僕は驚き、声を上げた。
しかし、ベルトールは首を横に振る。
「いえ、すべてではありません。残念ながら、アジトの奥の方はわからずじまいでして」
確かに、見取り図は奥の方の一部が空白となっていた。
そこへレノアが見取り図を見ながら、ぼそっと呟いた。
「入り口は一つか」
ベルトールがうなずいた。
「はい。正面入り口のみとなっているようです。裏口の類はありません」
「それは好都合。入り口から討ち入れば、敵に逃げ場はなくなるということだからね」
レノアはにやりと笑って、僕を見た。
僕も笑い返す。
「うん。僕にとってはやりやすいかな。一網打尽にできそうだ」
だが、ベルトールが水を差した。
「アジトにはいろいろと仕かけがあるようです。英雄殿といえども、気をつけられた方がいいでしょう」
確かに。調子に乗ってはいけないな。
敵のアジトは要塞化していると言うし、油断大敵だ。
すると、引き締まったであろう僕の顔を見て、レノアが口を開く。
「大丈夫だ。カズマは調子に乗るタイプじゃない。それに、僕もついているしね。それで、ベルトール、敵のアジトの要塞化とはどういうことか?」
「ご覧の通り、正面の入り口を入りますと、左に行く道しかございません。そして、建物の外周に沿ってしばらく行くと右に曲がり、さらに外周に沿ってという感じで、判明している限りではずっと一本道となっているのです」
「なるほどな。敵が侵入しても迎え撃ちやすいようになっているわけか」
「はい。また、この建物は二階建てとなっておりまして、二階部分から一階に対して攻撃が仕かけられるようになっているようです」
「二階の見取り図はないのか?」
「申し訳ございません。二階についてはまったく……」
ベルトールがすまなそうに頭を下げた。
レノアは右手を上げて、ベルトールに頭を上げるように合図した。
「いや、仕方がない。急なことでもあるしな。これだけわかっただけでも大したものだ」
「はっ、痛み入ります」
「他にわかっていることはあるか?」
ベルトールは見取り図のある部分を指さした。
「このあたりに落とし穴があるようです。お気をつけください」
入り口を入ってすぐ、左に曲がったところだ。覚えておこう。
「現在わかっておりますのは、以上となります」
「よく調べてくれた。大変だったろう」
レノアがねぎらいの言葉をかけると、アッザスがうんうんと大きくうなずいた。
「そりゃあもう大変でしたぜ。時間がなかったですからね。大急ぎでしたよ」
「あんたはほとんど何もしてなかったじゃない」
シモーヌが鼻で笑った。
「いや、そんなことはないぜ、姉御。なあそうだろう、兄貴」
アッザスは慌てて、ベルトールに助けを求めた。
兄貴と呼ばれたベルトールは肩をすくめた。
「まあそうだな。まったくというわけではない。だが、一番の手柄はシモーヌで間違いない」
「いやまあ……そうだろうけどさ……」
アッザスが悔しそうに言うと、レノアが面白そうに問いかけた。
「シモーヌは何をしたの?」
「いえね、敵の下っ端を色仕掛けで落としたんですよ。それで、この見取り図やらを手に入れたってわけです」
シモーヌは得意げに胸を反らした。
「なるほどね。シモーヌらしいや。でも三人ともありがとう。おかげでやりやすくなったよ」
ねぎらうレノアに三人は笑みを浮かべ、深々と首を垂れた。
レノアはそれを鷹揚な態度で受けると、僕に向き直った。
「ということなんだけど、どうかな?」
僕はにっこりと笑った。
「うん。この見取り図通りに気をつけながら進んで、あとは出たとこ勝負ってことでいいんじゃないかな」
レノアもにっこり笑う。
「そうだね。おそらくこのアジトはずーっと一本道だと思う。罠には気をつけなきゃいけないだろうが、道に迷うことはなさそうだ」
「うん。わかりやすくていい。気をつけるのは主に天井と床かな?」
そこへ、ベルトールが口をはさんだ。
「いえ、もしかすると横壁から急襲されることも考えられます。ですので、三百六十度全周囲に気を配られた方がよろしいかと」
「わかりました。充分に気をつけます」
僕はうなずいた。
「先陣は君でいいかな?」
レノアがまたも僕の顔を見つめて言った。
「もちろんだけど……レノアも来るつもり?」
僕の問いかけに、レノアが笑う。
「当然だよ。何があるかわからないからね。ここは僕ら全員で行こう」
「英雄殿のお役に立てるかはわかりませんが、わたくしは回復魔法に長けております」
ベルトールが首を垂れつつ告げる。
「わたしは攻撃魔法が得意なの。一本道だからあまり活躍できそうもないけど、何かあったら後ろから援護するわね」
今度はシモーヌがなまめかしく首を傾けながら言った。
そして、アッザスが得意げに両腕に力こぶを作った。
「俺は見ての通りの力自慢だ。英雄殿の背中は俺に任せてくれ」
最後に、レノアがにやりと微笑んだ。
「僕は頭脳労働が主なんだけど、それ以外に補助魔法が得意なんだ。なので、いろいろと君の役に立てると思うよ」
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