138 / 138
138 冒険へ
しおりを挟む「ふう~、あれから一週間か……」
俺は庭で犬と遊ぶマールを眺めながら、隣に座るリリーサに話しかけた。
話しかけたといっても、それはほとんど独り言のようなものだった。
だがリリーサは構わず、俺に返事をくれた。
「そうねえ、結局黒幕の正体は掴めずじまいだったわねえ……」
「ああ。メイデン王子もメラルダ夫人も、自分たちが黒幕にいいように操られていたことなど、微塵にも思っていなかったらしいからねえ」
「間抜けね。ざまあないわ」
「まあそう言うなよ。黒幕が上手くやったってことさ」
「あら、貴方。敵を褒めるの?」
俺は思わず肩をすぼめた。
今回の件は、俺自身色々と下手を打ったところがある。
でも、それを差し引いても黒幕は見事だったと思う。
俺はその旨をリリーサに率直に告げた。
するとリリーサも、それ以上俺を責め立てるようなことはしてこなかった。
「ネルヴァたちはいつ頃復帰予定なのかしら?」
「当分無理らしい。数ヶ月はかかるんじゃないかな」
「ひどい奴らね。あんなに痛めつけるなんて」
「そうだな。でもあの生き残った悪魔……何て言ったっけ?」
「ジャイロかしら?」
「そうそう、そのジャイロが言うには、トリストは二人を悪魔に引き入れようとしていたらしい。そのためには徹底的に痛めつけて弱らせる必要があったんだそうだ」
「悪魔に引き入れるなんて可能なの?」
「ジャイロの話が本当なら、可能なんだろうね……」
俺はそこで、ふと悪魔とは何なのか考えてみた。
正直今まで、悪魔のことなんて考えたことも無かったけど、実際に彼らは存在した。
いたとしても、せいぜい魔物に毛が生えた程度だろうくらいに思っていたけど、そんなんじゃなかった。
普通に知能があって、会話が成立していた。
そしてジャイロが言うには、ネルヴァたちを悪魔にしようと企んでいたらしい。
だとすると……。
もしかして悪魔って、そもそもは人間だったってことはないか?
だからネルヴァたちを悪魔にしようとしていたんじゃないのか?
俺はそこで薄ら寒いものを感じ、身体がぶるっと震えた。
そこへ後ろから声がかかった。
「やあ、姉様。それにアリオン。ああ、マールはお庭だね」
ファルカンであった。
ファルカンは相も変わらぬ美貌で笑みを浮かべて立っていた。
「あら、ファルカン。遊びに来たの?」
「ええ、姉様」
するとマールがファルカンの来訪に気づき、早速声を掛けてきた。
「ファルカン!いらっしゃい。こっちで遊びましょ」
「そうだね。じゃあ」
ファルカンは笑みを残して庭に出て行った。
俺はその背を見つめながら、先程感じた寒気の正体について考えた。
今の寒気は一体何だ?
俺は悪魔に対してぶるったのか?
それとも……。
いやいやいや、そんな馬鹿な。
相手は子どもだ。
何で俺がファルカンを怖がる必要が……。
え?
子ども?
ちょっと待て。
いや、いくらなんでもそれは……。
ないな。
ないない。
ふう、俺は一体何を考えているんだ。
まったく、疲れているんだな。
俺は顔を上げて暖かな陽光を全身に浴びながら、一つ大きなため息を吐いた。
するとそのため息を聞きつけたリリーサが、眉をしかめた。
「何よ。ため息なんて吐いちゃって」
「ああ、別に大した意味はないよ。ただちょっと疲れているみたいでさ」
「ふうん。まあいいけど。ところで貴方、これからどうする?」
「そうだなあ。とりあえずは冒険者として、ランクを上げていこうかなって思っているんだけど」
するとリリーサが自らの顔の前で両掌をパンと勢いよく合わせた。
「いいわね!それ!」
俺は一瞬で全てを悟り、頭を掻いた。
「いやいや、リリーサは仕事があるでしょ」
「だからそんなの他の者たちに任せておけば大丈夫なのよ。そういうわけだから、わたしも行くわよ」
「いやいやいや、ダメに決まっているでしょ」
「何でよ。わたしだってパーティーの一員よ。参加しないわけにはいかないわ」
「いや、ダメだって」
「うるさいわね。行くって言ったら行くのよ!いいわね。これは決定事項よ!」
俺は疲れもあるのか、ここでついに諦めた。
「わかったよ。だけど、また危ない目に会うかもしれないから、そう言うときはちゃんと言うこと聞いてくれよ?」
「いいわ。一応貴方がパーティーのリーダーだし。でも理不尽な要求だったら聞かないわよ」
「そんな要求したこともない」
「だったらいいじゃない。で、どうする?早速行く?ギルドって何処で受けてもいいんでしょ?だったらこの近くにもあるんじゃないの?」
「まあ確かにあるけど……」
「決まりね。マール!ファルカン!わたしたちちょっと出かけてくるわね!」
リリーサは早速マールたちに大声で告げた。
マールたちは顔を見合わせて、不思議そうな顔をしている。
「おい、ちょっと!」
「何よ。善は急げよ。さあ、さっさと行くわよ。腕が鳴るわ~」
はあ~。
でもまあ仕方がない。
俺もこの一週間、のんびりし過ぎたし。
よし、こうなったら行くか。
俺は仕方なしに立ち上がった。
リリーサはすでに鼻息荒く立っている。
「準備はいい?だったら行くわよ!」
「ああ、行こう。せっかくだったら目標はSランクだ」
「良いわね!それ!よーし、じゃあ出発よ!」
リリーサは颯爽と力強く歩き出した。
俺もすかさずその背を追う。
そんな俺の背中を誰かが冷たい視線で見つめているような気がしたものの、気にしはしない。
どうせ気のせいだ。
それよりもまたワクワクするような冒険が始まるかもしれない。
俺の心はそちらの方に向いていた。
さあ、行こう。
父さんの背中を追って。
俺はきっと、いつか父さんのような立派な冒険者になるんだ。
そうして俺は、再び冒険者になるという夢の一歩を踏み出したのであった。
1
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(16件)
あなたにおすすめの小説
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
パワハラ騎士団長に追放されたけど、君らが最強だったのは僕が全ステータスを10倍にしてたからだよ。外れスキル《バフ・マスター》で世界最強
こはるんるん
ファンタジー
「アベル、貴様のような軟弱者は、我が栄光の騎士団には不要。追放処分とする!」
騎士団長バランに呼び出された僕――アベルはクビを宣言された。
この世界では8歳になると、女神から特別な能力であるスキルを与えられる。
ボクのスキルは【バフ・マスター】という、他人のステータスを数%アップする力だった。
これを授かった時、外れスキルだと、みんなからバカにされた。
だけど、スキルは使い続けることで、スキルLvが上昇し、強力になっていく。
僕は自分を信じて、8年間、毎日スキルを使い続けた。
「……本当によろしいのですか? 僕のスキルは、バフ(強化)の対象人数3000人に増えただけでなく、効果も全ステータス10倍アップに進化しています。これが無くなってしまえば、大きな戦力ダウンに……」
「アッハッハッハッハッハッハ! 見苦しい言い訳だ! 全ステータス10倍アップだと? バカバカしい。そんな嘘八百を並べ立ててまで、この俺の最強騎士団に残りたいのか!?」
そうして追放された僕であったが――
自分にバフを重ねがけした場合、能力値が100倍にアップすることに気づいた。
その力で、敵国の刺客に襲われた王女様を助けて、新設された魔法騎士団の団長に任命される。
一方で、僕のバフを失ったバラン団長の最強騎士団には暗雲がたれこめていた。
「騎士団が最強だったのは、アベル様のお力があったればこそです!」
これは外れスキル持ちとバカにされ続けた少年が、その力で成り上がって王女に溺愛され、国の英雄となる物語。
お荷物認定を受けてSSS級PTを追放されました。でも実は俺がいたからSSS級になれていたようです。
幌須 慶治
ファンタジー
S級冒険者PT『疾風の英雄』
電光石火の攻撃で凶悪なモンスターを次々討伐して瞬く間に最上級ランクまで上がった冒険者の夢を体現するPTである。
龍狩りの一閃ゲラートを筆頭に極炎のバーバラ、岩盤砕きガイル、地竜射抜くローラの4人の圧倒的な火力を以って凶悪モンスターを次々と打ち倒していく姿は冒険者どころか庶民の憧れを一身に集めていた。
そんな中で俺、ロイドはただの盾持ち兼荷物運びとして見られている。
盾持ちなのだからと他の4人が動く前に現地で相手の注意を引き、模擬戦の時は2対1での攻撃を受ける。
当然地味な役割なのだから居ても居なくても気にも留められずに居ないものとして扱われる。
今日もそうして地竜を討伐して、俺は1人後処理をしてからギルドに戻る。
ようやく帰り着いた頃には日も沈み酒場で祝杯を挙げる仲間たちに報酬を私に近づいた時にそれは起こる。
ニヤついた目をしたゲラートが言い放つ
「ロイド、お前役にたたなすぎるからクビな!」
全員の目と口が弧を描いたのが見えた。
一応毎日更新目指して、15話位で終わる予定です。
作品紹介に出てる人物、主人公以外重要じゃないのはご愛嬌()
15話で終わる気がしないので終わるまで延長します、脱線多くてごめんなさい 2020/7/26
異世界に転生した社畜は調合師としてのんびりと生きていく。~ただの生産職だと思っていたら、結構ヤバい職でした~
夢宮
ファンタジー
台風が接近していて避難勧告が出されているにも関わらず出勤させられていた社畜──渡部与一《わたべよいち》。
雨で視界が悪いなか、信号無視をした車との接触事故で命を落としてしまう。
女神に即断即決で異世界転生を決められ、パパっと送り出されてしまうのだが、幸いなことに女神の気遣いによって職業とスキルを手に入れる──生産職の『調合師』という職業とそのスキルを。
異世界に転生してからふたりの少女に助けられ、港町へと向かい、物語は動き始める。
調合師としての立場を知り、それを利用しようとする者に悩まされながらも生きていく。
そんな与一ののんびりしたくてものんびりできない異世界生活が今、始まる。
※2話から登場人物の描写に入りますので、のんびりと読んでいただけたらなと思います。
※サブタイトル追加しました。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
パーティーを追放されるどころか殺されかけたので、俺はあらゆる物をスキルに変える能力でやり返す
名無し
ファンタジー
パーティー内で逆境に立たされていたセクトは、固有能力取得による逆転劇を信じていたが、信頼していた仲間に裏切られた上に崖から突き落とされてしまう。近隣で活動していたパーティーのおかげで奇跡的に一命をとりとめたセクトは、かつての仲間たちへの復讐とともに、助けてくれた者たちへの恩返しを誓うのだった。
世界最強の賢者、勇者パーティーを追放される~いまさら帰ってこいと言われてももう遅い俺は拾ってくれた最強のお姫様と幸せに過ごす~
aoi
ファンタジー
「なぁ、マギそろそろこのパーティーを抜けてくれないか?」
勇者パーティーに勤めて数年、いきなりパーティーを戦闘ができずに女に守られてばかりだからと追放された賢者マギ。王都で新しい仕事を探すにも勇者パーティーが邪魔をして見つからない。そんな時、とある国のお姫様がマギに声をかけてきて......?
お姫様の為に全力を尽くす賢者マギが無双する!?
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。
主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
ハーレム要素はしばらくありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
この世界に生きていながら『殺す覚悟』すらない。
『殺す覚悟』すらないのに、冒険者を語る。覚悟の無い人間には何の権利も無い世界よね?
とりあえず序盤しかよんでませんが…
主人公のやってることって、合法的な窃盗といか違法アップロードと大差ないように思えます。
剣は基本的に高額です。コピー元の剣はおそらく自分たちで購入したのでしょうし、仲間内にしか渡してないのでしょうが、それでも武器屋が本来得られるはずだった利益を大きく奪っているはずです。
どう考えても、自分たちで危険を冒して獲た宝石をコピーすることの方が、他人が精根込めて造った作品をコピーすることより遥かに真っ当だと思います。
主人公は自分の努力を主張しながらも、他人の努力を一切理解していません。もしもわずかでもそのような思いがあれば、仲間が努力の果てで獲た成果や職人の努力の結晶である作品を、ここまで蔑ろにしておきながら、自分こそが正しいなどという顔は恥ずかしくて出来ないでしょう。
ただ、コピー能力というのは実に倫理観を問われる能力ですので、このようなスキルで無双する作品を書くとするなら、そもそも倫理観の破綻した人間を主人公に据えるというのは、コロンブスの卵というか妙手だとも思います。
???。せっかくの勘働きが……。
急激に力を持ったために、弊害がでそう。
能力に振り回される未来が見えるかな?。
力を磨き上げていかないととんでもないことになるかもしれませんね。
人生には落とし穴が、あるんだぞー。