転生君主 ~伝説の大魔導師、『最後』の転生物語~【改訂版】

マツヤマユタカ

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第三十七話 見張り塔からずっと

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「それでは、当日の状況を順を追って説明してくれ」

 ロンバルドたちは、ようやく係争地エスタの最南端に設けられている七カ国監視団本部に到着した。

 そして本部中央に位置する見張り塔最上階から、ひしめき合うローエングリンの兵たちを見下ろしつつ、駐在監視員からの報告を受けていた。

「はい、かしこまりました」

 日に焼けてなのか、内臓でも悪いのか、どちらとも判別しがたい浅黒い顔の小男が、緊張の面持ちで答えた。

 七カ国監視団本部駐在監視員のエルネスである。

 エルネスは手に持ったファイルをめくりながら、ローエングリンとレイダムの軍事衝突が起こった日の経緯を説明し始めた。

「まず初めに申し上げておきたいことは、当日はとても深い霧に包まれていた、ということです」

「深い霧、か」

「大変な濃霧でした。伸ばした手の先がはっきりと見えないくらいの霧です。エスタはたしかに川の中洲に位置するため霧が発生しやすい土地ではありますが、これほどの霧はわたしがこのエスタに赴任してからの二年半の間でも見たことがありません。またわたしよりも長くこの地に駐在する者たちに聞きましても、皆一様にこのように深い霧は見たことがないと申しております」

「その濃霧の中で、全面衝突が起こったのか?」

「いえ、いきなり全面衝突が起こったわけではありません。まず最初はローエングリン陣営で騒ぎが起こりました」

「ローエングリン陣営で?詳しく聞かせてくれ」

「はい。その日未明、ローエングリン陣の最右翼、つまり我々が今ります本部のすぐそばの対岸で騒ぎが起きました。まず、数十人単位の小規模な小競り合いのような音が聞こえました。ご存知のように無用の挑発を避けるため、五十年前の講和時に大規模な砦のたぐいを建設してはならないとされているため、ローエングリンの陣も簡単な柵と堀だけの防備しかありません。ですので濃霧の中奇襲をかけて兵糧庫を焼くなどの行為は、数十人単位でも可能ではあります。もっとも当然条約違反ですので大変な罰金が科せられますが」

「たとえ小競り合いだとしても、アルターテ川を越えて攻め込んだとなれば重大な条約違反になる。濃霧だからといって、好機到来だと攻め込むような馬鹿は、レイダム連合王国にはおるまい」

「はい。我々も騒ぎが聞こえてきたときは、ローエングリン兵たちが酒でも飲んで喧嘩でもしているのだろうとばかり思っておりました。しかしよく耳を澄ましてみますと、罵声の中に互いの剣と剣がぶつかり合う刃音が混ざっておりました。そのため酒の上での喧嘩とはいえ、これでは人死ひとじにが出てしまうのではないかと皆で心配していたのです」

 エルネス駐在監視員はそこで一旦話しを区切り、ロンバルドに断った上で傍らのコップを手に取り、一息に飲み干した。そして一つ大きく息を吐き出した後、あらためて話し始めた。

「そこへ突然、七か国監視団本部にローエングリンの使者が物凄い勢いで飛び込んできました。そしてその者は、大声でこう訴えたのです。レイダムによる奇襲を受けた、と。それを聞いた瞬間、我々は凍りつきました。それはつまり五十年にわたる安寧あんねいの時が終わりを迎えたことを意味するからです。しかし我々には為すべきことがありました。それはローエングリンの言い分が、果たして真実なのかどうかを検分することです」

「うむ。賢明な判断だ」

「ありがとうございます。我々は早速、他の六カ国の監視員たちと共に川を渡り、ローエングリン陣地に入りました。そして実況検分を始めたのです」

「で、どうだったのだ?」

「そこには三人のローエングリン兵のしかばねと、数十人もの怪我人がおりました。そしてレイダム兵の鎧兜を着けた十八体の亡骸なきがらもあったのです」

 すると、それまで一言も発せずロンバルドの後ろに控えていた副官のシェスターが、突如口を開いた。

「一つたずねるが、その数十人ものローエングリン兵の怪我は、命に関わる『重体』といえるほどの怪我だったのか?それとも命には別状がない『重症』だったのか、どっちかね?」

 このシェスターの問いは、重要であった。

 両軍の死体がそれぞれあったとはいうが、これはいくらでも偽装が可能であった。

 死体をどこからか調達し、それに両軍の鎧兜を着せれば偽装は完了する。

 故に重要なのは死体ではなく、怪我人の方であった。

 両軍あわせて二十一人の死者が出るような戦闘行為がもしも本当にあったのならば、当然数十人の怪我人の中に、命のきわの重体患者がいるはずであった。

 だがもしも偽装ならば、死なない程度の重傷者はいるかもしれないが、重体患者はいないだろう。

 何故ならば、いくらなんでも偽装のために致命傷を好き好んで受ける者など、いるはずがないからである。

「はい、それなんですが、たしかに刀傷がありました。ですが致命的な傷かどうかは、医師ではないわたしたちには判断出来かねます。そこで我々は、本部駐在の医師を呼ぼうとしたのですが――」

「邪魔が入ったか」

 シェスターが低く鋭い声音で、戸惑うエルネスに切り込んだ。

「はい。実はそうなのです。医師を呼ぼうとしたその時、将軍がお見えになられたのです」

「将軍?ああ、たしかゴルコス将軍、だったかな?」

 ロンバルドの問いかけに、シェスターが後背より答えた。

「今現在、エスタ西岸に布陣しているのは第七軍団です。ですから将軍といえば第七軍団の軍団長バルク・ゴルコス将軍になりますね」

 エルネスは、シェスターの回答に無言でうなずき同意した。

「ゴルコス将軍か。会ったことはないが評判は聞いている。猪突猛進を絵に描いたような人物らしいな?」

 その問いに、またもシェスターが答えた。

「ええ。よく言えば猛将なのでしょうが、実際は単なる突進馬鹿です。前進ばかりで後退を知らず、今まで味方に散々な被害を出しています。もっとも戦果もそれなりには大きいのですがね」

「最も上官にはしたくないタイプだな」

「それに見た目も最悪なのですよ。でっぷりと肥え太っていて、自力では歩行出来ないためにいつも輿に乗っている上に、顔と声がガマガエルそっくりで、近づくと周囲の者たちの不快指数が跳ね上がると評判です」

 シェスターの罵詈雑言を、エルネスは笑顔で小さくうなづきながら肯定していた。

 それを見たロンバルドが、苦笑まじりに言った。

「酷い言われようだが、どうやらシェスターの人物評は当たっているようだな。それでそのガマガエル将軍が来てからどうなったのだ?」

 ロンバルドは、脱線しつつある話しを元に戻した。

 エルネスはゆるんでいた顔を引き締め、あらためて報告を続けた。

「はい。将軍は突如輿に乗って現れ、わたしたちにはわき目もふらずに、大層興奮した面持ちで、そのまま大声を張り上げて演説を始めました。レイダムの振る舞いは卑怯であり、許すべからざる行為だとかなんとか、とにかく煽りに煽った挙句に、亡くなった英霊に報いるためにと言い、この場で全軍の突撃準備を命じたのです」

「いきなりか!」

 ロンバルドは、思わず大きな声を張り上げた。

「はい。わたしたちも唖然としましたが、すぐに持ち直して将軍に思いとどまるよう進言いたしました。将軍の側近の方たちも同じく驚いた様子で将軍をなだめようとなさっていましたが、将軍は自らが発した進軍命令に興奮している様子で、まったく聞き入れてくれませんでした。そうこうするうちに将軍は伝令部隊を呼び寄せ、全軍による突撃準備の命令を伝え、伝令部隊をはなってしまいました。もうそうなってしまっては後の祭りで、われわれにはもう何一つ出来ることはなく、遺体や遺留品等を本部に持ち帰るのが精一杯でして、その後はただただ戦況を見守ることしか出来ませんでした。大変申し訳ありません」

「いや、君には何の落ち度もない。その状況では誰であっても何も出来まい。君が気に病むことはない」

「ありがとうございます」

「それで、全軍突撃を開始して、エスタを占領したのだな?」

「ローエングリン軍は勢い込んで東の川を渡ってレイダム側の陣地に攻め込み、緒戦こそ奇襲を受けたレイダムが押し込まれましたが、その後はレイダムの必死の防戦により膠着こうちゃく状態となったため、およそ五時間に渡る戦闘の後、ローエングリンは中州であるここエスタに後退して、現在に至ります。両軍の総戦死者数は、推定ですが千人は下らないかと思われます」

「戦死率一割を超えているのか!さぞ苛烈な激戦だったのだろうな」

 両軍ともに一つの軍団の構成人数は、兵糧等を輸送する輜重しちょう隊などの非戦闘部隊を除くと約五千人であった。

 つまり両軍あわせて一万人による戦闘において千人の死者を出したということは、致死率が一割を越えるということであり、大変な激戦が行われたということだった。

「はい。それはもう、凄まじいものでした。先ほど申し上げました通り、レイダムは突然の攻撃を受けて最初は押し込まれましたが、レイダムの兵士たちにしてみれば、突然の奇襲攻撃を受けたも同然です。それにより同胞が目の前で倒れていく様を見て、皆底知れぬ怒りを覚えたのでしょう。渾身こんしんの逆撃を加えてローエングリンの突進を止めました」

「つまり両軍ともにそれぞれ奇襲を受けたと思い、それに対する反撃だと思って戦っていたというわけだな。それは苛烈な戦闘になるわけだ」

「ええ。退がることを知らないゴルコス将軍が、さすがに撤退を命じたくらいですから」

「うむ、よくわかった。報告ご苦労」

 ロンバルドは、結果的に長広舌となったエルネスをねぎらった。

 エルネスは威儀いぎを正して深々と頭を下げ、きびすを返してすみやかに退室した。

 ロンバルドはエルネスが退室したのを見て、後方のシェスターに向き直って問い質した。

「ゴルコス将軍が、仕組んだものだと思うか?」

 シェスターは、大きくかぶりを振って答えた。

「まさか。あの馬鹿将軍に戦略など何もないですよ。裏に黒幕がいるに決まっています」

「そうだろうな。おそらく将軍は、計画を知りもせず行き当たりばったりで突撃したのだろう。もちろん黒幕は、そうなるであろうことを予測、もしくは将軍のすぐ側でそそのかしたか――」

「おそらく黒幕は、将軍のすぐ側にいるでしょうね。計画を確実なものにするために」

「そうだろうな。では、その黒幕とやらに会いに行くとするか」

「乗り込みますか。ローエングリン本陣に」

「鬼が出るか、蛇が出るか。行って見てのお楽しみだな。もっとも不愉快なガマガエルには、出来れば会いたくはないがね」

 ロンバルドは言うなり、シェスターと顔を見合わせて大いに笑い合った。

 この時、彼ら二人にはほんのわずかの不安もなかった。

 ましてや恐れなど、何一つなかった。

 故にこの後、彼ら二人が途轍とてつもない惨劇に遭遇することになるなど、夢にも思っていなかった。
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