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第42話 人殺し
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何を言ってんだこいつは。俺は今まで一度だって人間は殺していない。それをこいつ、何言ってやがんだ?
そう思ってソルスを睨みつけていると、しばらく俺たちのやり取りを黙って見ていた千弦が、口を開いた。
「お前は人殺しが嫌なのか?」
突然横から問われたためか、俺は少し慌てた。
「え、いや、そりゃそうだろ。ていうか人殺しに限らず、犯罪は嫌いだ」
「犯罪は嫌いか。ならお前は今までにどんな犯罪も一切してこなかったのか?」
そう言われると――つい今日もしているな。キセルしちゃったわ。不可抗力だけど。
「そりゃあ軽微な犯罪は、生きてりゃ多少なりとはしちまうけどよ。だからって人殺しは話が別だぜ。違うか?ああ、そう云やあ、お前らはそうじゃねえのか。だってヤクザだもんな」
すると千弦が鼻で笑った。
「ヤクザだからといって、頻繁に人殺しをしているわけでも、快楽的にしているわけでもねえさ」
「人殺しをしていることは否定しないのかよ」
「しない。必要とあればするからな」
怖いことを平然と言うな。やっぱりヤクザだ。
と、千弦が表情を引き締め、決意のこもった顔となった。
「すまないが、やはり来栖を引き渡してくれ。値段は言い値でいい。いくらでも払う」
「さっき断っただろ」
「そこを押して頼む。やはり俺は来栖を許せそうにない。奴を殺したところで葉子は戻って来はしない。それはわかっている。だがやはり許せねえんだよ。奴が生きていると考えただけで、全身の血が沸き立つんだ。怒りが血を沸騰させやがるんだ。これは奴が生きている以上続くだろう。俺の血はいつまで経っても治まらねえってことだ。だから、奴を殺させてくれ。頼む」
ちっ、気持ちはわかるけどよう。一体俺は今日、何回舌打ちをすればいいんだ。
「ダメだ。警察に引き渡せば、来栖も刑罰を受ける。それでいいじゃねえか」
「よくねえよ。来栖は、死刑には決してならないんだからな」
死刑にはならない――おそらくそれは事実だろう。昔の聞きかじりだし、なにせ俺が十五歳だった時のおぼろげな記憶だから詳しくは憶えていないが、死刑になるには確か二人以上殺していないとダメだったはずだ。何故そうなのか、その意味は俺には理解できないが、それが日本の司法制度の慣例だと聞いたことがある。だから来栖は死刑にはならないと、千弦は言っているのだろう。
「どうしても来栖を殺したいってわけだ」
「当然だ。俺は大事な人を奪われた。奴が生きているのは、俺には耐えられそうもない」
「気持ちはわかるが……」
「お前はさっきから気持ちはわかると言っているが、本当にわかっているのか?今までに誰か、大事な人を奪われた経験はあるのか?」
大事な人を奪われた経験――つまりは殺された経験か。確かに俺にはそんな記憶はない。何人か恋人関係になったことのある女性たちはいたが、彼女たちを殺されたことはなかった。
「そんな経験はない。だがなくても、想像は出来るさ」
「想像で片づけられちゃたまらねえ。現実は、想像なんかよりも百倍も重いんだ」
そうかもしれない。俺には千弦の気持ちは、理解できないのかもしれない。
だがそれでも――
「確かに来栖は、死刑にはならないかもしれない。だがそれでも重い刑罰は受ける。それじゃあダメなのか?」
千弦は間髪を入れずに言った。
「ダメだ。葉子がいなくなり、来栖が生きている。そんなのは承服できねえ」
「じゃあもしも来栖の死刑が確定しているとしたら、警察に引き渡しても納得するのか?」
千弦は考えた末、うなずいた。
「それならするだろう。そりゃあ出来るなら俺自身の手で来栖を殺したい気持ちはあるさ。だが、死刑で間違いないというのだったら、俺は納得出来ると思うぜ」
俺は天を見上げ、雲に隠れて姿を消した月を眺めて苦悩する。
死刑なら納得するか。来栖が死ぬのならば、納得できるのか。どうしたらいい。
だがどれだけ眺めても、月は答えちゃくれない。
代わりに千弦がさらに言った。
「おかしいと思わないか?何の罪もない葉子はこの世からいなくなり、にもかかわらず来栖は生き続ける。何でだ?そんなの理不尽だと思わないか?」
俺は顔を下ろし、千弦を見る。千弦はまっすぐな瞳で、俺に訴えかけている。
「それは俺も思わないでもない」
「そうだろう。おかしいんだよ。この国の法律がおかしいんだ。殺人も一人だけなら決して死刑にはならないなんて、おかしいだろうよ。それは一体どんな理屈なんだ?いいか、葉子は二十五歳でこの世を去った。若すぎると思わないか?たった二十五年しか生きられなかったんだぞ」
「思うよ。そりゃあな」
「たった二十五年生きて、そこから先の人生すべてをいきなり理不尽に奪われたってのに、来栖はのうのうと刑務所の中で生きていく。そんなの納得できるわけねえだろうが!」
確かに、俺もそう思う。何故二人以上じゃなければ、死刑にはならないのか。どんな理屈があればそんなことになるのか、俺にもまったく理解できない。だがそれでも――
「それが法律なんだったら、従うしかないだろう」
「従えねえよ、そんなの。理屈が通らねえんだからな。俺だけじゃないと思うぜ。世間一般の奴らだって、多くは俺と同じなんじゃねえかな」
確かにな。実際、俺もそうだし。
「昔はよう、仇討ちっていうのがあっただろう。恋人を殺されたり、親を殺された者は、殺した者を仇討ち出来た」
仇討ち――江戸時代以前の話だ。確か明治の世になって、廃止されたはずだ。
「昔はな。今は出来ない」
「そうだ。今は出来ない。それは近代社会になって国家が復讐権を国民から取り上げたからさ」
そう思ってソルスを睨みつけていると、しばらく俺たちのやり取りを黙って見ていた千弦が、口を開いた。
「お前は人殺しが嫌なのか?」
突然横から問われたためか、俺は少し慌てた。
「え、いや、そりゃそうだろ。ていうか人殺しに限らず、犯罪は嫌いだ」
「犯罪は嫌いか。ならお前は今までにどんな犯罪も一切してこなかったのか?」
そう言われると――つい今日もしているな。キセルしちゃったわ。不可抗力だけど。
「そりゃあ軽微な犯罪は、生きてりゃ多少なりとはしちまうけどよ。だからって人殺しは話が別だぜ。違うか?ああ、そう云やあ、お前らはそうじゃねえのか。だってヤクザだもんな」
すると千弦が鼻で笑った。
「ヤクザだからといって、頻繁に人殺しをしているわけでも、快楽的にしているわけでもねえさ」
「人殺しをしていることは否定しないのかよ」
「しない。必要とあればするからな」
怖いことを平然と言うな。やっぱりヤクザだ。
と、千弦が表情を引き締め、決意のこもった顔となった。
「すまないが、やはり来栖を引き渡してくれ。値段は言い値でいい。いくらでも払う」
「さっき断っただろ」
「そこを押して頼む。やはり俺は来栖を許せそうにない。奴を殺したところで葉子は戻って来はしない。それはわかっている。だがやはり許せねえんだよ。奴が生きていると考えただけで、全身の血が沸き立つんだ。怒りが血を沸騰させやがるんだ。これは奴が生きている以上続くだろう。俺の血はいつまで経っても治まらねえってことだ。だから、奴を殺させてくれ。頼む」
ちっ、気持ちはわかるけどよう。一体俺は今日、何回舌打ちをすればいいんだ。
「ダメだ。警察に引き渡せば、来栖も刑罰を受ける。それでいいじゃねえか」
「よくねえよ。来栖は、死刑には決してならないんだからな」
死刑にはならない――おそらくそれは事実だろう。昔の聞きかじりだし、なにせ俺が十五歳だった時のおぼろげな記憶だから詳しくは憶えていないが、死刑になるには確か二人以上殺していないとダメだったはずだ。何故そうなのか、その意味は俺には理解できないが、それが日本の司法制度の慣例だと聞いたことがある。だから来栖は死刑にはならないと、千弦は言っているのだろう。
「どうしても来栖を殺したいってわけだ」
「当然だ。俺は大事な人を奪われた。奴が生きているのは、俺には耐えられそうもない」
「気持ちはわかるが……」
「お前はさっきから気持ちはわかると言っているが、本当にわかっているのか?今までに誰か、大事な人を奪われた経験はあるのか?」
大事な人を奪われた経験――つまりは殺された経験か。確かに俺にはそんな記憶はない。何人か恋人関係になったことのある女性たちはいたが、彼女たちを殺されたことはなかった。
「そんな経験はない。だがなくても、想像は出来るさ」
「想像で片づけられちゃたまらねえ。現実は、想像なんかよりも百倍も重いんだ」
そうかもしれない。俺には千弦の気持ちは、理解できないのかもしれない。
だがそれでも――
「確かに来栖は、死刑にはならないかもしれない。だがそれでも重い刑罰は受ける。それじゃあダメなのか?」
千弦は間髪を入れずに言った。
「ダメだ。葉子がいなくなり、来栖が生きている。そんなのは承服できねえ」
「じゃあもしも来栖の死刑が確定しているとしたら、警察に引き渡しても納得するのか?」
千弦は考えた末、うなずいた。
「それならするだろう。そりゃあ出来るなら俺自身の手で来栖を殺したい気持ちはあるさ。だが、死刑で間違いないというのだったら、俺は納得出来ると思うぜ」
俺は天を見上げ、雲に隠れて姿を消した月を眺めて苦悩する。
死刑なら納得するか。来栖が死ぬのならば、納得できるのか。どうしたらいい。
だがどれだけ眺めても、月は答えちゃくれない。
代わりに千弦がさらに言った。
「おかしいと思わないか?何の罪もない葉子はこの世からいなくなり、にもかかわらず来栖は生き続ける。何でだ?そんなの理不尽だと思わないか?」
俺は顔を下ろし、千弦を見る。千弦はまっすぐな瞳で、俺に訴えかけている。
「それは俺も思わないでもない」
「そうだろう。おかしいんだよ。この国の法律がおかしいんだ。殺人も一人だけなら決して死刑にはならないなんて、おかしいだろうよ。それは一体どんな理屈なんだ?いいか、葉子は二十五歳でこの世を去った。若すぎると思わないか?たった二十五年しか生きられなかったんだぞ」
「思うよ。そりゃあな」
「たった二十五年生きて、そこから先の人生すべてをいきなり理不尽に奪われたってのに、来栖はのうのうと刑務所の中で生きていく。そんなの納得できるわけねえだろうが!」
確かに、俺もそう思う。何故二人以上じゃなければ、死刑にはならないのか。どんな理屈があればそんなことになるのか、俺にもまったく理解できない。だがそれでも――
「それが法律なんだったら、従うしかないだろう」
「従えねえよ、そんなの。理屈が通らねえんだからな。俺だけじゃないと思うぜ。世間一般の奴らだって、多くは俺と同じなんじゃねえかな」
確かにな。実際、俺もそうだし。
「昔はよう、仇討ちっていうのがあっただろう。恋人を殺されたり、親を殺された者は、殺した者を仇討ち出来た」
仇討ち――江戸時代以前の話だ。確か明治の世になって、廃止されたはずだ。
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