魔法使いの日常

天使の羽衣

文字の大きさ
1 / 15

その依頼、住み込み希望

しおりを挟む
 王都の片隅、表通りから一本入った静かな小道に、その店はあった。
 
 石畳の路地には野良猫が昼寝をし、干された洗濯物が風に揺れている。そんな穏やかな日常に、ほんの少しだけ不思議を混ぜたような場所だった。

 店の扉には、木製の看板が掲げられている。筆跡がどこか柔らかい手書き文字で、こう書かれていた。

 《魔法に関するお悩み、お引き受けします》

 店の主は、アリスという名の魔法使い。
 
 黒い三角帽子もローブも身に着けていないが、銀色の髪と落ち着いた眼差し、そして漂う空気で、人はすぐに彼女が「普通ではない」と気づく。

 彼女はこの場所で、今日も変わらぬ日常を過ごしていた。
 
 朝に水を替え、薬草を干し、少し遅めの朝食をとりながら、帳簿に目を通す。午後には予約の相談客が二、三組。合間には紅茶を淹れて、一息つく。

「静かすぎるのも、退屈ね……」

 独りごちたそのとき、店の扉に取りつけられた小さな鈴が、チリンと音を立てた。

 現れたのは、見知らぬ男。年の頃は四十代半ば、金糸の刺繍が施された赤い上着に、輝く宝石の指輪をいくつもつけている。貴族、それもかなりの上位に違いない。

「ここは、何でも引き受けてくれるのかね?」

 扉を閉めるなり放たれた問いに、アリスは微笑みを返す。

「基本的には。命に関わることと、法に触れること以外なら、だいたいはお引き受けしています」

「そうか。ならば――私の娘に魔法を教えてくれないか?」

 アリスは一瞬だけ目を細めた。魔法の指導はたまにある依頼だ。しかし、この男の視線と物言いが、なにやら引っかかる。

「構いませんよ。週に何度ほど通わせる予定で?」

「通わせるんじゃない。住み込みで頼みたい。娘を、そちらに預けたいのだ」

「……住み込み?」

 思わず聞き返す。カップを置く手が止まった。

「君の店で暮らしながら、魔法を学ばせたい。衣食住の費用はこちらで持つ。君には、娘に魔法を教えてもらえればいい」

「事情は……聞いても?」

「そのうちに話そう。ただ、私には君しか頼れる相手がいないのだ」

 その声音には、虚勢ではない切実さがにじんでいた。

 アリスは少しだけ考えるふりをしてから、うなずいた。

「わかりました。お引き受けします。ただし、うちのやり方に口出しは無用ですよ?」

「もちろん」

 男は満足そうに名刺を差し出した。

「では、明日。娘を連れてまいります。――侯爵家より、よろしく頼みますよ、魔法使い殿」

 アリスは名刺に記された名を見て、静かに息を吐いた。

「……また面倒くさそうなのが来たなあ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

真実の愛は水晶の中に

立木
恋愛
学園の卒業を祝うパーティーの最中、レイシア・マレーニ侯爵令嬢は第三王子とピンク髪の女、その取り巻きたちによって断罪されようとしていた。 しかし断罪劇は思わぬ方向へ進んでいく。 ※AIイラスト使用 ※「なろう」にも重複投稿しています。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

処理中です...