魔法使いの日常

天使の羽衣

文字の大きさ
8 / 15

アリス昔話

しおりを挟む
 その日、王都は久しぶりの雨だった。

 午前の授業は中止。窓の外では、灰色の空から静かに雨が降り続けている。アリスとリリィは、店の奥の居間で紅茶を飲んでいた。

「こんな日も、悪くないわよね。静かで、心が落ち着く」

 アリスがつぶやくと、リリィは頷いた。

「……はい。雨の音って、なんだか優しい」

 二人の間には、少しだけ穏やかな空気が流れていた。

 リリィが店に来て数日。最初の緊張は薄れ、今では朝の準備や店の掃除も手伝ってくれるようになった。ココアの甘さも、ちょっとだけ減らせるようになった。

「ねえ、アリスさん」

「ん?」

「アリスさんって、いつから魔法使いなんですか?」

 ふいに聞かれて、アリスは少しだけ眉を上げた。だが、拒むこともなくカップを置き、昔を思い返すように言葉を紡ぐ。

「そうね……本格的に魔法を学んだのは、十歳のときだったわ。親に連れられて、田舎から王都まで来て。初めて見た魔法学校は、それはもう大きくて……最初は、すごく怖かった」

「怖かった、んですか? アリスさんが?」

「ふふ。今では想像できないでしょうけどね。でも、そう。私、誰とも話せなかった。いつも一人で、図書室にこもって魔導書ばかり読んでた」

「……なんか、少し似てますね」

 リリィの言葉に、アリスは驚いたように目を見開き、それから小さく笑った。

「そうね、似てるかもしれない。私も、自分が何をしたいのかわからなくて、ずっと“言われた通りに”魔法を学んでた。でもね……あるとき、気づいたの。私は“人の役に立つ魔法”が使いたいんだって」

「人の役に立つ……」

「そう。それで学校を出てから、あちこち旅をして、最終的にこの店を開いたの」

 アリスはそう言いながら、窓の外に目をやる。

 雨粒が窓を打ち、外の街並みをぼやけさせている。

「私は、魔法って“誰かの助けになる”ためにあると思ってる。火を灯すのも、傷を癒すのも、心を支えるのも全部。魔法でしかできないことじゃなくて、“魔法だからできる優しさ”が好きなの」

 その言葉を聞いたリリィは、静かに息をのんだ。

 どこかで聞いたことのあるような、でも、誰からも教えてもらえなかった“魔法の意味”。

「……お父様は、私に“強くなれ”って言うんです。自分を守るための魔法を覚えろって。私は、怖くてたまらなかった。でも、アリスさんの話を聞いて……ちょっとだけ、救われた気がします」

 リリィの声は、かすかに震えていた。けれど、その目には確かな強さが宿っていた。

「ありがとう、リリィさん。話してよかったわ」

「私の方こそ……ありがとうございます」

 二人の間に、ぽつりと静寂が降りた。

 それは気まずいものではなく、心を通わせた者同士にしか訪れない、やさしい沈黙だった。

「ねえ、次の授業では、“癒しの魔法”をやってみましょうか」

「癒し、ですか?」

「うん。リリィさんの“想い”がこもった魔法、きっと誰かを温かくすると思うの」

「……やってみたいです」

 リリィが頷いたそのとき、遠くで雷が鳴った。

 けれど店の中は、雨の音に包まれて、心地よい安心感に満ちていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

嘘はあなたから教わりました

菜花
ファンタジー
公爵令嬢オリガは王太子ネストルの婚約者だった。だがノンナという令嬢が現れてから全てが変わった。平気で嘘をつかれ、約束を破られ、オリガは恋心を失った。カクヨム様でも公開中。

真実の愛は水晶の中に

立木
恋愛
学園の卒業を祝うパーティーの最中、レイシア・マレーニ侯爵令嬢は第三王子とピンク髪の女、その取り巻きたちによって断罪されようとしていた。 しかし断罪劇は思わぬ方向へ進んでいく。 ※AIイラスト使用 ※「なろう」にも重複投稿しています。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

処理中です...