魔法使いの日常

天使の羽衣

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封印の名残と知らなかったアリス

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 翌朝、リリィはなんとなく寝つけないまま、いつもより早く目を覚ました。カーテンの隙間から差し込む朝日が、部屋をやわらかく照らしている。

 階下に降りると、アリスはすでに湯を沸かしていた。棚の前で何かを探している背中が、どこか遠くに感じられる。

「……おはようございます」

「おはよう。ちょっとだけ早いのね、今日は」

 アリスはいつも通り微笑んだけれど、その目元には少し疲れが滲んでいた。

 リリィは言葉を選びながら、口を開いた。

「昨日の人……カイルさん。アリスさんと昔、旅をしてたって……」

 アリスの手が、ぴたりと止まる。しばらく沈黙が落ちたのち、彼女は椅子に腰を下ろして、紅茶をゆっくりと注いだ。

「……そうね。あの人とは、封印の調査隊で一緒だったの。もう、十年以上も前の話よ」

「“封印”って……昨日、ちらっと言ってた“あれ”のこと?」

「ええ。王都から東にある、グレイ峡谷。そこに、ある“魔力の核”が眠っているの。古代に滅びた精霊王国の遺産だって言われてる」

「精霊……?」

「その核は、生きているのよ。意思を持ち、感情を持ち、何より強大な力を持っている。かつて暴走しかけたとき――私が、それを“眠らせた”」

 その言葉には、何か重く沈んだ響きがあった。

「アリスさんが……?」

「当時は、もう少し無茶がきいたから。でも代償も大きかった。……私は、それ以来、精霊の声を聞けなくなったの」

 リリィの目が、驚きに見開かれる。

「魔法使いが、精霊の声を……?」

「聞こえなくても魔法は使える。でもね、どこかでずっと、ぽっかりと穴が空いてるような感覚があるの」

 アリスは紅茶を一口飲んでから、目を伏せた。

「だから、この店を始めたの。壊れたものを、少しでも直せる場所でありたかった。私自身の、心も含めてね」

 リリィは静かに、手のひらを握った。

「私……アリスさんのこと、まだ全然知らなかった」

「知らなくていいのよ。あなたは、あなたのままでいてくれれば」

 けれどそのとき、リリィの胸にはある決意が芽生えていた。

(私は、知りたい。アリスさんのすべてを。悲しみも、痛みも。全部――背負えるほど強くなりたい)

 その日は、珍しく依頼人が来なかった。午後は穏やかな風が吹き抜け、リリィはひとりで魔法の練習に励んだ。

 アリスはそんな姿を、遠くから見つめていた。

 自分の過去が、またこの子を巻き込むかもしれない。

 それでも――

「……どうしてこんなにも、守ってあげたいと思うのかしらね」

 アリスの言葉は、窓の外に消えていった。
 
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