ハサミの唄

六日町 やよい

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第一話 理想と現実の幸せのカタチ

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「じゃあ、今日はサクラの結婚を祝って……カンパーイ!」
グラスのぶつかる音と、祝福の声が狭い店に響いた。
今日は、結婚の前祝いにと、学生時代の友人たちが集まっていた。
「ありがとう。」
まだ準備中だけどね。と言うと、サクラは控えめに笑った。
「細かいことはいいじゃない!ここまできたら結婚したも同じでしょ!」
——それは、そうかもしれないけど。

サクラは盛り上がる宴の最中、ほんの少しの違和を感じていた。間違いなく自分に向けられている祝辞なのに、まるで、他人事のようだった。
だけど、自分のためにみんながこうして祝福してくれている——そう思えば、サクラは間違いなく「幸せなんだ」と思えた。

それでもどこか、やっぱりまるで、夢を見せられているかのような気分でもあった。
誰もがきっと、幼い頃から自然と、何の疑いの余地もなく、「いずれ大人になれば、素敵な人と巡り合って、結婚をして家庭を持つ」のだと思っているに違いなかった。
それは、誰に教えられたでもないけれど、まるでそれが当然の手にする「幸せ」なんだとでもいうように、そう、誰もが囁いていたようにも思う。
そして、その背景には当然、誰もが羨むような素敵な恋愛があって、ロマンチックなプロポーズがあるのだと思い込んでいた。
綺麗な夜景の見えるレストランで、大きなバラの花束と共に告げられる愛の言葉。「ずっと一緒に居たい。結婚しよう。」——だなどと。
もちろんそれは、普通、物語の中にしか起こり得ない事象で、例えこの現実に起こり得たとしても、まるで自分には無関係なところでおこる事象なのだろうと、今まで生きてきた経験と日々の中で、なんとなくは分かっていた。
でも、そこからそう遠くはない自分が見ていたベタな夢からは目を覚まし、サクラは与えられた夢で、その続きを見ることにしたのだ。


***


「俺らも三年経つし、そろそろ結婚する?」
それが、プロポーズの言葉だった。
もちろんここは、夜景の見えるレストランではなく、寂れた住宅街に佇むアパートの一室だ。目の前には、見たこともないような真っ赤なバラの花束ではなく、見慣れた真夜中の天井だった。
事を終えて、寝に静まる前の区切られた空間で。まだ覚めていた目を、ふと横に倒して、サクラは自分に植え付けられた幸せの定義が、夢の中ではない、この現で目を覚ましたのだと実感した。

「……うん。」
「よかった。」
そう、これでいいんだ。

「愛してるよ。」


***


それから間もなくして、少しずつ結婚の準備を進めていった。
与えられたこの幸せの中で一生を過ごす——それはずっと夢見ていた幸せのはずなのに、なんだか少し、いつも遠かった。
その音さえ鳴れば、美しい讃美歌が奏でられるのに、ずっと何かが引っかかったまま、鳴ることはないピアノみたいに。
でも、その何かが外れてしまったら、不協和音が聞こえてきそうな気もしていた。
だから、今日も、たぶん明日も、一生それが外れることはない。
仮に、本当は外せたとしても。


***


夜も更けて、帰路に着く友人たちの背中を見送る中、サクラは「私は幸せなんだ」と改めて思うことにした。
確かに、彼のことは好き。それは、多分間違いなく事実。
でも、違うのは、己の存在。嫌われないように、ただ取り繕った仮の姿。
蛹から羽化した自分が蝶ならば、間違いなく幸せだろう。ただ、それが彼の瞳におぞましい蛾の姿として映ったときは、もう蛹には戻れないのだ。だから、怖かった。
でも、そう思うのは傲慢なのかもしれない。お互いもういい大人なのだから、嫌なところの一つや二つあるかもしれないと——きっと承知の上で、受け止めるつもりで結婚に踏み切ってくれたのだろう。
それだけで充分幸せじゃないか。
それに、自分のために、こうして祝ってくれる友人もいる。

信じよう。私が一生、蛹のままで居られるように。
間違って羽化してしまっても、きっと私は美しい蝶であって、きっともっと幸せでいられるんだと。
もし結果、どうなってしまっても、それまでは己の中の何かが弾けてしまわないように精一杯努めよう。そう、ただそれだけのこと。
それに、よく考えてみれば、それは当たり前のことかもなのしれない。
自分の理想を勝手に押し付けておいて、挙句に受け止められないなんて私のことを愛してないの?と勝手に失望している——そんな場面を想像して、本当に勝手に落胆しているような気さえする。
たとえ仮の姿でも、幸せだと思える相手と一緒なら、それが本当に幸せだということなのかもしれない。

「これが、マリッジブルーってやつかな……。」
私は左手の薬指に光る婚約指輪をぼんやり眺めた。
たぶん、私は間違ってない。
私はちゃんと、幸せになれる。

風に乗って懐かしい声が聞こえたような気がした。
やっぱり——私はちゃんと幸せなんだ。
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