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1.初めての夜に
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「セレナ嬢、君を愛することはない。俺からの愛情は期待しないでくれ」
今日結婚式を挙げたばかりの新婚ホヤホヤの夫、アルバートはガウンを羽織っただけの姿で新婚の二人のために用意された寝室に現れた。
まだ湿り気のある紺色の髪をかき上げ、引き締まった胸筋をチラリと覗かせ、色気をダダ漏れさせながら、初夜の場でいきなりそんなセリフを吐いた。
君を愛することはない…
一瞬、あまりの色気にぽやっと仕掛けて、言われた言葉を心で反芻して、はっと我に返った。
ほとんど初対面のアルバートと初めてを致さないといけないと、さっきまで緊張して強張っていた顔から表情が抜け落ちる。
小説でよくあるその定番のセリフは第三者として読んでいるだけなら、これからの展開を思ってワクワクしていたが、実際に自分に向けられると腹が立つたことこの上ない。
「はぁ~?それはこっちのセリフなんですけど。そもそもほとんど初対面なのに、あなたはわたしに愛されていて、わたしがあなたに愛されたいと思っていると思っているんですか?」
今夜の為に薄々ぴらぴらの恥ずかしい夜着を無理矢理侍女たちに着せられて、不安と恥ずかしさでいっぱいいっぱいだったところに信じられないセリフでプチっと切れた。
親同士が決めた政略結婚なのだから、最初から愛情がある訳ない。
愛情が芽生えればいいけれど、相性もあるのだから難しいかもしれない。
けれど、せめてお互いを尊重し合える夫婦になれればいいと思って嫁いできた。
喜んで嫁いできた訳じゃない。
アルバートの父サイファ侯爵がこの縁談を持ってくるまではシルキード子爵家の長女として家を継ぐつもりでいたのだから。
「王子妃候補の男爵令嬢にみんなで懸想して、家同士で決められた婚約を台無しにして。振られたのに操を捧げて、親を困らせて。ばっかじゃないの?あなたは平民じゃないのよ。政略結婚は貴族の義務なの。貴族の義務を果たしなさいよ。果たせないなら、さっさと貴族なんてやめて家を出てけばいいのよ。あなたのせいで無理矢理結婚させられて、こっちは大迷惑なのよ」
「えっ…」
そんな風に責められると思っていなかったのか、アルバートはポカンとしている。
さっきまでは冷徹そうな表情を浮かべていたのに、今はきょとんとした水色の瞳がこちらを見つめる。
無駄にイケメンなのが余計に腹立たしい。
「愛さないけど、やることやりますって?それとも好きじゃないから無理ってこと?」
「いっいや、それはその…」
思っていた展開じゃないのか、アルバートはしどろもどろになる。
「どっちなの?それによってはこれからの対処が変わるんですけど」
「むっ無理かと…」
小さな声でモゴモゴ言うから、聞き取り辛い。
「聞こえない!もっとはっきり喋りなさいよ!」
セレナより頭一つ分背の高いアルバートを腰に手を当て見上げると、視線を彷徨わせている。
心なしか、体が小さくなった気がする。
「とっとにかく、今夜は無理だ」
アルバートは気まずそうに目を逸らして早口でそう言い捨てると、部屋を出て行った。
はあ?
初夜をすっぽかすだと?
ホッとする気持ちもちょっとあるけれど、考えれば考えるほど、ムカつく。
夫に大切にされない妻は屋敷内で舐められる。
枕元に置いてあったベルを引っ掴むと、扉をバンっと勢いよく開いた。
チリンチリンチリン
夜の静かな廊下にベルの音が鳴り響く。
初夜の真っ最中、呼ばれるなどとは思ってもいなかったのか、想像通りなのか。
慌てたように、この屋敷、サイファ侯爵家のメイド長と執事が駆けつけてきた。
「何か不手際がございましたか?」
流石サイファ侯爵家の執事。瞳に焦りを滲ませつつも、静かに尋ねる。
「アルバート様が初夜を放棄なさいました。サイファ侯爵様にそうお伝えください」
執事とメイド長は目をしばし見開いた後、すっと表情を引き締めると二人揃ってすっと頭を下げた。
「かしこまりました」
初っ端から契約書のプランBを発動させることになるとは…!
腹立ち紛れに、新婚夫婦用に設置された大きなベッドにダイブして布団に潜り込んだ。
無理なら無理ともっと前もって言えばいいのに!
結婚が嫌だったからだろうけど、婚約から結婚までの約半年。
領地で問題があって対処しているとかで領地に行ったきりで、結婚式の前日の昨日が初めましてだった。
シルキード子爵家の侍女たちはそれを主人が蔑ろにされてると腹を立てていて「今まで会いに来なかったのを後悔させてやりましょう!」と張り切ってセレナを磨き上げていたところにやって来たのだ。
結婚相手との初対面だというのに、ニコリともせず、冷ややかな眼差しで挨拶だけしてすぐに帰って行った。
一体何しに来たのか。結婚式前に一度は会ったという実績でも作りたかったのか。
形のよい目鼻立ち、涼やかな水色の瞳、背が高くすっきり引き締まった体躯。
評判通りのイケメン振りに一瞬、ぽけっと見惚れてしまった自分が腹立たしい。
わたしの緊張して過ごした時間を返せ!
今日結婚式を挙げたばかりの新婚ホヤホヤの夫、アルバートはガウンを羽織っただけの姿で新婚の二人のために用意された寝室に現れた。
まだ湿り気のある紺色の髪をかき上げ、引き締まった胸筋をチラリと覗かせ、色気をダダ漏れさせながら、初夜の場でいきなりそんなセリフを吐いた。
君を愛することはない…
一瞬、あまりの色気にぽやっと仕掛けて、言われた言葉を心で反芻して、はっと我に返った。
ほとんど初対面のアルバートと初めてを致さないといけないと、さっきまで緊張して強張っていた顔から表情が抜け落ちる。
小説でよくあるその定番のセリフは第三者として読んでいるだけなら、これからの展開を思ってワクワクしていたが、実際に自分に向けられると腹が立つたことこの上ない。
「はぁ~?それはこっちのセリフなんですけど。そもそもほとんど初対面なのに、あなたはわたしに愛されていて、わたしがあなたに愛されたいと思っていると思っているんですか?」
今夜の為に薄々ぴらぴらの恥ずかしい夜着を無理矢理侍女たちに着せられて、不安と恥ずかしさでいっぱいいっぱいだったところに信じられないセリフでプチっと切れた。
親同士が決めた政略結婚なのだから、最初から愛情がある訳ない。
愛情が芽生えればいいけれど、相性もあるのだから難しいかもしれない。
けれど、せめてお互いを尊重し合える夫婦になれればいいと思って嫁いできた。
喜んで嫁いできた訳じゃない。
アルバートの父サイファ侯爵がこの縁談を持ってくるまではシルキード子爵家の長女として家を継ぐつもりでいたのだから。
「王子妃候補の男爵令嬢にみんなで懸想して、家同士で決められた婚約を台無しにして。振られたのに操を捧げて、親を困らせて。ばっかじゃないの?あなたは平民じゃないのよ。政略結婚は貴族の義務なの。貴族の義務を果たしなさいよ。果たせないなら、さっさと貴族なんてやめて家を出てけばいいのよ。あなたのせいで無理矢理結婚させられて、こっちは大迷惑なのよ」
「えっ…」
そんな風に責められると思っていなかったのか、アルバートはポカンとしている。
さっきまでは冷徹そうな表情を浮かべていたのに、今はきょとんとした水色の瞳がこちらを見つめる。
無駄にイケメンなのが余計に腹立たしい。
「愛さないけど、やることやりますって?それとも好きじゃないから無理ってこと?」
「いっいや、それはその…」
思っていた展開じゃないのか、アルバートはしどろもどろになる。
「どっちなの?それによってはこれからの対処が変わるんですけど」
「むっ無理かと…」
小さな声でモゴモゴ言うから、聞き取り辛い。
「聞こえない!もっとはっきり喋りなさいよ!」
セレナより頭一つ分背の高いアルバートを腰に手を当て見上げると、視線を彷徨わせている。
心なしか、体が小さくなった気がする。
「とっとにかく、今夜は無理だ」
アルバートは気まずそうに目を逸らして早口でそう言い捨てると、部屋を出て行った。
はあ?
初夜をすっぽかすだと?
ホッとする気持ちもちょっとあるけれど、考えれば考えるほど、ムカつく。
夫に大切にされない妻は屋敷内で舐められる。
枕元に置いてあったベルを引っ掴むと、扉をバンっと勢いよく開いた。
チリンチリンチリン
夜の静かな廊下にベルの音が鳴り響く。
初夜の真っ最中、呼ばれるなどとは思ってもいなかったのか、想像通りなのか。
慌てたように、この屋敷、サイファ侯爵家のメイド長と執事が駆けつけてきた。
「何か不手際がございましたか?」
流石サイファ侯爵家の執事。瞳に焦りを滲ませつつも、静かに尋ねる。
「アルバート様が初夜を放棄なさいました。サイファ侯爵様にそうお伝えください」
執事とメイド長は目をしばし見開いた後、すっと表情を引き締めると二人揃ってすっと頭を下げた。
「かしこまりました」
初っ端から契約書のプランBを発動させることになるとは…!
腹立ち紛れに、新婚夫婦用に設置された大きなベッドにダイブして布団に潜り込んだ。
無理なら無理ともっと前もって言えばいいのに!
結婚が嫌だったからだろうけど、婚約から結婚までの約半年。
領地で問題があって対処しているとかで領地に行ったきりで、結婚式の前日の昨日が初めましてだった。
シルキード子爵家の侍女たちはそれを主人が蔑ろにされてると腹を立てていて「今まで会いに来なかったのを後悔させてやりましょう!」と張り切ってセレナを磨き上げていたところにやって来たのだ。
結婚相手との初対面だというのに、ニコリともせず、冷ややかな眼差しで挨拶だけしてすぐに帰って行った。
一体何しに来たのか。結婚式前に一度は会ったという実績でも作りたかったのか。
形のよい目鼻立ち、涼やかな水色の瞳、背が高くすっきり引き締まった体躯。
評判通りのイケメン振りに一瞬、ぽけっと見惚れてしまった自分が腹立たしい。
わたしの緊張して過ごした時間を返せ!
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