上 下
44 / 73
4章.プレジュ王国

43.レベル10

しおりを挟む

「まぁリオ様! やっとお目覚めになられたんですね。おはようございます」

 いつもと変わらない様子で。
 まるで何事もないかのように、エリスちゃんはリオにそう声をかけた。

 リオは、エリスちゃんのいつもと違う格好に、目を見開いて驚いて。それからすぐに自分が拘束されていることに気がついたのか、身体を動かしはじめる。

「リオ、これは……!」

 俺が言いかけた言葉は、がこん、という鉄が落ちる音にかき消された。
 リオはゆっくりと立ち上がる。拘束していた太い鎖は外されていた。きっと、能力で破壊したんだろう。
 エリスちゃんはそれを見てか、大きくため息を吐いた。

「はぁ……やはり、無効化の手錠がないと不便だな。直前に盗まれるなんて、ついてなかった。でも、だからカードを用意したんだけど」

 エリスちゃんはひとりごちて、リオの前に立つ。
 あのリオを前にしているっていうのに、エリスちゃんは笑みを浮かべていた。

「――エリスさん、エルマーさん。スズさんに何をしているんですか?」

 リオの静かな声が、広い空間に響く。
 言葉に一切の動揺がない。この疑いたくなるような状況を、一瞬で理解したんだ。
 エリスちゃんは、リオに向かって、にっこりと笑った。

「リオ様。今まで騙していて、申し訳ありません。実は僕、プレジュ王国の人間なんです。使用人として王宮に潜伏して約三年、ずっと治癒能力者をさらう機会をうかがっていたのですが、このたびついに、スズ様を拉致することに成功しました。大人しくして頂ければ危害は与えませんので、ご理解頂けませんか?」

 煽るような丁寧な言葉に、聞いているこっちがハラハラしてしまう。リオは驚いたように目を見開いて、俺を見た。
 それからすぐに、リオは床を蹴った。
 目の前に現れたリオが、俺に手を伸ばしてくる。俺の腕を拘束している鎖にリオの指が触れて、がこん、という鉄が落ちる音と共に、一瞬で拘束が解けた。

「スズさんっ、逃げましょう――うわっ!」

 突然、リオの身体が浮いて、そのまま壁に勢いよく激突した。
 エリスちゃんの口元が笑っている。きっと、能力を使ったんだろう。
 それからすぐに、ものすごい破壊音がして、思わず耳をふさぐ。大理石の壁が破壊されて、ガラガラと崩れはじめている。今度はリオがやっているんだろうけど、何が起きてるのか正確には分からない。

「――やべぇ。とりあえず避難するぞ……」
「え、ちょ、ちょっとッ!」

 エルマー様に腕を引っ張られて、広い部屋の隅に移動した。
 直後に、砕かれた大理石が部屋中に降りはじめる。
 エリスちゃんとリオの戦いがはじまってしまったらしい。

「あわわ、わわわ……っ!」

 降ってくる大理石の破片を何とか避けながら、宙に浮いている二人を見る。
 そばにいるエルマー様は、苛立たしげに舌打ちをした。

「クソッ、あいつ……ッ! 考えなしにやりやがって……!」
「ちょ、ちょっと! エリスちゃん大丈夫なんですか!? 言っちゃ悪いですけど、リオはレベル10だし、割と敵に容赦ないですよ!?」
「あいつも10だ」
「は!?」

 言われた言葉に、思わず聞き返してしまう。
 エルマー様は、忌々しそうにエリスちゃんを見ながら、もう一度口を開いた。

「エリス――エルレインは、浮力のレベル10持ちなんだよ」
「レ、レベル10……? あれ、レベル10って珍しいんじゃなかったでしたっけ……? うう……なんかもうよく分かんなくなってきた……。と、とにかく危ないからすぐに二人を止めてくださいよ、エルマー様ッ!」
「いや、それは絶対無理……」

 エルマー様はめずらしく弱気なことを言って、ひきつった表情で俺を見た。

「言っただろ……? エルレインは浮力のレベル10なんだよ。対して俺は重力のレベル9。相性が悪すぎるんだ。だから俺は、エルレインに逆らえなくてこんなことになってんだよ……」

 エルマー様がそう言ったと同時に、どごんと激しい音が響いて、身体がびくんと震える。
 激しい地震のような揺れが続いて、うまく立っていられない。
 一体何が起きているんだ、と戦っている二人を見て、目を見開く。
 能力で無理矢理浮かせられているらしいリオは、防戦一方だった。勢いよく向かっていく大理石をギリギリのところで避けて、けれどエリスちゃんに近づくことさえできない。
 リオの傷がどんどん増えていくのが分かる。
 リオも、能力の相性が悪いんだ……!
 そう気がついて、慌てて二人の近くへ走った。

「やめろよ! リオに酷いことするな! 言うこと聞くからッ!」

 大声で叫ぶと、エリスちゃんは可愛く微笑んで、俺を見た。

「そう? なら、やめてあげる。これ以上は、不毛だし」

 そう言って、エリスちゃんはそっと砕かれた床に降りる。能力を解除したのか、宙に浮いていたリオが勢いよく降ってきたので、慌てて受け取めると、勢いで尻もちをついた。

「ス、スズさん……」
「うわっ、傷だらけ! 待ってろ、すぐ治すからな!」

 すぐに治癒能力を使う。
 身体中についたリオの細かい傷が、元通りに治っていく。全て完治すると、リオは再びよろよろと立ち上がった。
 それを見てか、エリスちゃんはまた、深くため息を吐いた。

「……話ぐらい聞けばいいのに。あなたはもっと冷静かと思ってた。所詮、子どもだな」
「う、うるさい……っ、スズさんと僕を国へ帰せ……っ」
「ふふ、まあいいでしょう。そんなあなたのために、わざわざカードを用意したんだから」

 エリスちゃんはそう呟いて、にっこりと笑った。

「――ねぇ、リオ? ヴィラ―ロッドにいた妹さん、ずいぶん可愛らしい方だったね? 賢いあなたなら、僕が何を言いたいのか分かるよね?」

 その言葉に、リオは身体を大きく跳ねさせた。

「い、妹に……何を……?」
「まだ何もしてないよ。ただ、あなたの行動に賭かっていることを、遠回しに伝えただけ」
「も、もう……何かしたんじゃ……」
「……だから、そこまで非道じゃないって。ノアアーク王じゃあるまいし」

 エリスちゃんは、少し苛々した口調で言った。
 リオの顔がみるみる蒼白になっていく。俺はすぐにリオの手を引いた。

「……リオ、落ち着こう。大人しくしていれば、ミリアちゃんには危害はいかないと思う。それより、少し落ち着いて、エリスちゃんの話を聞いてみないか?」
「は、はい……すいません、僕……」

 リオはおずおずとうなずいて、ぺたりと床に座りこんだ。
 それを見て、エリスちゃんは呆れたように肩をすくめる。

「はぁ、ようやく話ができる」

 エリスちゃんはそう言って、真っ直ぐに俺を見た。

「……スズ様。あなたをさらったのは、たった一人、どうしても、治癒していただきたい方がいるからなんだ」
「治癒してほしい、人……?」

 たずねかえすと、エリスちゃんはうなずいた。

「我がプレジュ王国の国王。おそらく、あなた方の国の王――ノアアークが消したい最後の一人。この狭い世界に存在する、唯一の歴史の証人である我が王を、どうか治して頂けないでしょうか、スズ様」

 エリスちゃんは、はっきりとそう言った。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

侯爵令嬢のひそやかな計画

恋愛 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:1,571

チート?な転生農家の息子は悪の公爵を溺愛する

BL / 連載中 24h.ポイント:965pt お気に入り:5,110

【R18舐め姦】変態パラダイス!こんな逆ハーレムはいらない!!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,050pt お気に入り:166

異世界へようこそ、ミス・ドリトル

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:25

最低なふたり

BL / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:23

【R18】花嫁引渡しの儀

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:89

【BL】できそこないΩは先祖返りαに愛されたい

BL / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:558

【完結】おじさんはΩである

BL / 完結 24h.ポイント:14,222pt お気に入り:704

尽くすことに疲れた結果

BL / 完結 24h.ポイント:276pt お気に入り:3,013

度を越えたシスコン共は花嫁をチェンジする

恋愛 / 完結 24h.ポイント:248pt お気に入り:1,942

処理中です...