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4章.プレジュ王国
43.レベル10
しおりを挟む「まぁリオ様! やっとお目覚めになられたんですね。おはようございます」
いつもと変わらない様子で。
まるで何事もないかのように、エリスちゃんはリオにそう声をかけた。
リオは、エリスちゃんのいつもと違う格好に、目を見開いて驚いて。それからすぐに自分が拘束されていることに気がついたのか、身体を動かしはじめる。
「リオ、これは……!」
俺が言いかけた言葉は、がこん、という鉄が落ちる音にかき消された。
リオはゆっくりと立ち上がる。拘束していた太い鎖は外されていた。きっと、能力で破壊したんだろう。
エリスちゃんはそれを見てか、大きくため息を吐いた。
「はぁ……やはり、無効化の手錠がないと不便だな。直前に盗まれるなんて、ついてなかった。でも、だからカードを用意したんだけど」
エリスちゃんはひとりごちて、リオの前に立つ。
あのリオを前にしているっていうのに、エリスちゃんは笑みを浮かべていた。
「――エリスさん、エルマーさん。スズさんに何をしているんですか?」
リオの静かな声が、広い空間に響く。
言葉に一切の動揺がない。この疑いたくなるような状況を、一瞬で理解したんだ。
エリスちゃんは、リオに向かって、にっこりと笑った。
「リオ様。今まで騙していて、申し訳ありません。実は僕、プレジュ王国の人間なんです。使用人として王宮に潜伏して約三年、ずっと治癒能力者をさらう機会をうかがっていたのですが、このたびついに、スズ様を拉致することに成功しました。大人しくして頂ければ危害は与えませんので、ご理解頂けませんか?」
煽るような丁寧な言葉に、聞いているこっちがハラハラしてしまう。リオは驚いたように目を見開いて、俺を見た。
それからすぐに、リオは床を蹴った。
目の前に現れたリオが、俺に手を伸ばしてくる。俺の腕を拘束している鎖にリオの指が触れて、がこん、という鉄が落ちる音と共に、一瞬で拘束が解けた。
「スズさんっ、逃げましょう――うわっ!」
突然、リオの身体が浮いて、そのまま壁に勢いよく激突した。
エリスちゃんの口元が笑っている。きっと、能力を使ったんだろう。
それからすぐに、ものすごい破壊音がして、思わず耳をふさぐ。大理石の壁が破壊されて、ガラガラと崩れはじめている。今度はリオがやっているんだろうけど、何が起きてるのか正確には分からない。
「――やべぇ。とりあえず避難するぞ……」
「え、ちょ、ちょっとッ!」
エルマー様に腕を引っ張られて、広い部屋の隅に移動した。
直後に、砕かれた大理石が部屋中に降りはじめる。
エリスちゃんとリオの戦いがはじまってしまったらしい。
「あわわ、わわわ……っ!」
降ってくる大理石の破片を何とか避けながら、宙に浮いている二人を見る。
そばにいるエルマー様は、苛立たしげに舌打ちをした。
「クソッ、あいつ……ッ! 考えなしにやりやがって……!」
「ちょ、ちょっと! エリスちゃん大丈夫なんですか!? 言っちゃ悪いですけど、リオはレベル10だし、割と敵に容赦ないですよ!?」
「あいつも10だ」
「は!?」
言われた言葉に、思わず聞き返してしまう。
エルマー様は、忌々しそうにエリスちゃんを見ながら、もう一度口を開いた。
「エリス――エルレインは、浮力のレベル10持ちなんだよ」
「レ、レベル10……? あれ、レベル10って珍しいんじゃなかったでしたっけ……? うう……なんかもうよく分かんなくなってきた……。と、とにかく危ないからすぐに二人を止めてくださいよ、エルマー様ッ!」
「いや、それは絶対無理……」
エルマー様はめずらしく弱気なことを言って、ひきつった表情で俺を見た。
「言っただろ……? エルレインは浮力のレベル10なんだよ。対して俺は重力のレベル9。相性が悪すぎるんだ。だから俺は、エルレインに逆らえなくてこんなことになってんだよ……」
エルマー様がそう言ったと同時に、どごんと激しい音が響いて、身体がびくんと震える。
激しい地震のような揺れが続いて、うまく立っていられない。
一体何が起きているんだ、と戦っている二人を見て、目を見開く。
能力で無理矢理浮かせられているらしいリオは、防戦一方だった。勢いよく向かっていく大理石をギリギリのところで避けて、けれどエリスちゃんに近づくことさえできない。
リオの傷がどんどん増えていくのが分かる。
リオも、能力の相性が悪いんだ……!
そう気がついて、慌てて二人の近くへ走った。
「やめろよ! リオに酷いことするな! 言うこと聞くからッ!」
大声で叫ぶと、エリスちゃんは可愛く微笑んで、俺を見た。
「そう? なら、やめてあげる。これ以上は、不毛だし」
そう言って、エリスちゃんはそっと砕かれた床に降りる。能力を解除したのか、宙に浮いていたリオが勢いよく降ってきたので、慌てて受け取めると、勢いで尻もちをついた。
「ス、スズさん……」
「うわっ、傷だらけ! 待ってろ、すぐ治すからな!」
すぐに治癒能力を使う。
身体中についたリオの細かい傷が、元通りに治っていく。全て完治すると、リオは再びよろよろと立ち上がった。
それを見てか、エリスちゃんはまた、深くため息を吐いた。
「……話ぐらい聞けばいいのに。あなたはもっと冷静かと思ってた。所詮、子どもだな」
「う、うるさい……っ、スズさんと僕を国へ帰せ……っ」
「ふふ、まあいいでしょう。そんなあなたのために、わざわざカードを用意したんだから」
エリスちゃんはそう呟いて、にっこりと笑った。
「――ねぇ、リオ? ヴィラ―ロッドにいた妹さん、ずいぶん可愛らしい方だったね? 賢いあなたなら、僕が何を言いたいのか分かるよね?」
その言葉に、リオは身体を大きく跳ねさせた。
「い、妹に……何を……?」
「まだ何もしてないよ。ただ、あなたの行動に賭かっていることを、遠回しに伝えただけ」
「も、もう……何かしたんじゃ……」
「……だから、そこまで非道じゃないって。ノアアーク王じゃあるまいし」
エリスちゃんは、少し苛々した口調で言った。
リオの顔がみるみる蒼白になっていく。俺はすぐにリオの手を引いた。
「……リオ、落ち着こう。大人しくしていれば、ミリアちゃんには危害はいかないと思う。それより、少し落ち着いて、エリスちゃんの話を聞いてみないか?」
「は、はい……すいません、僕……」
リオはおずおずとうなずいて、ぺたりと床に座りこんだ。
それを見て、エリスちゃんは呆れたように肩をすくめる。
「はぁ、ようやく話ができる」
エリスちゃんはそう言って、真っ直ぐに俺を見た。
「……スズ様。あなたをさらったのは、たった一人、どうしても、治癒していただきたい方がいるからなんだ」
「治癒してほしい、人……?」
たずねかえすと、エリスちゃんはうなずいた。
「我がプレジュ王国の国王。おそらく、あなた方の国の王――ノアアークが消したい最後の一人。この狭い世界に存在する、唯一の歴史の証人である我が王を、どうか治して頂けないでしょうか、スズ様」
エリスちゃんは、はっきりとそう言った。
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