立つ風に誘われて

真川紅美

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1、出会ったのは

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 レオンを訪ねてきたのは、黒色の詰襟の制服を隙なく身にまとった二人の軍人だった。レオンが入ってきて一切の乱れなく敬礼を返して直立不動の体勢をとったことから、軍にいたころのレオンより階級が低い、下っ端の雑用係のような軍人であることがよくわかる。
「何の用か」
 淡々と表情無く、神官服を着ながらもソファーにゆったりと腰を掛け、足を組んで見せたレオンに軍人たちの表情がこわばる。恰好が格好でなければ上官の立ち振る舞いが板についている。その雰囲気も、神官にあるまじき威圧感に富んだもので、びりびりとした緊張感を一人で放っている。
 そして、それだけの動きで軍人の顔色をなくさせたレオンを、ぎょっとしたようにお茶を持ってきた神官が見る。
「た、総帥閣下がその……」
「俺の答えは決まっている。戻るつもりはない」
「ですが……」
「君たちの任務が達成されず叱責される。俺は知ったこっちゃない。いいな」
 かたくなな言葉の合間にそっと退出する神官の気配を探りながらレオンはこわばる軍人の表情を観察して心の中でため息をついた。
「ご考慮いただいても……」
「考慮する余地はない。第一、切り捨てたのは閣下だ。俺はその言葉に従ったまでのこと。それなのに手元に置いておこうとするなど言語両断。公私を混同する人についていきたいとも思わない」
「その言葉はっ」
「撤回もせん。そのまま伝えておけ。これ以上俺の周りをひっかきまわしてくれるのであれば、他国にわたることも考えている。頭を潰すか、それとも、おとなしく引き下がるか。そのどちらかだと言っておけ」
 話は以上だ。と立ち上がり、部屋を出ようとしたレオンが扉の前に立ち止まり、そして悠然と振り返った。
「そんな強張った顔をして暗殺任務を請け負ってくるなんて、お前らはよほど新しい兵士なんだな」
 懐に手を差し入れた状態で固まる兵士と視線を合わせて、レオンはすっと目を細めた。
「殺す任務を請け負うということは殺されるという覚悟も決めたのか」
 かつかつと、神官が立てるには厳つすぎる足音を立てて、近づくと、その正面に仁王立ちをする。
「貴方が俺たちを殺せるとは思えない」
「どうして?」
「どうしてって……なあ?」
「だって。神官……」
「服に仕込んでねえと思ったか。馬鹿野郎ども」
 そう言って腕を一閃して袖口に仕込んである細いスローイングダガーを抜いて二人の間に投げつける。
 ぼす、と間抜けな音を立ててソファーに深々と刺さった鋭いそれに、二人の顔が一気に青ざめた。
「誰に喧嘩売ったのか、もう一度聞きなおしたほうがいい。銃、剣、その他武器を床に置け」
 おかなければ、次は股間にでも当ててやろうか。ともう片腕のダガーをちょうど彼らの腰かけている部分に投げつけ、刺すと、彼らは顔をこわばらせて武装を解除し始めた。
 暗器が三つに袖口の短剣が一本、銃が一丁に帯剣している軍剣が一振り。
「重たかっただろう」
「……貴方がはいと応じてくれれば俺たちは……」
「誰が、できそこないは死んで来い、と怒鳴る母親の下につきたいと思うか」
 ぼそ。とつぶやいて、暗器、短剣、銃を回収して、軍剣は返した。
「これで首をはねられなかっただけ温情を見せた訳だ」
「そ、そ、そんなこと誰が望むかっ」
「アシル。ダメだって」
「何がだめだ。そんなに恩着せがましく言われるぐらいなら首でもなんでもはねりゃいいだろう!」
「そうか」
 すっと表情を消したレオンが素早く回収した銃を抜いて、眉間を打ち抜いた。
「……え」
 暗殺用に特別に作られたものなのだろうか。銃声はほとんどせず、驚いた顔をして後ろに倒れたアシル、と呼ばれた若い軍人が二、三歩後ろによろめいてソファーに腰かけるように倒れた。
「っ」
「……二度は言わない。首をはねないだけこちらは温情を見せた。ここにいるのは神官服を着た物騒な一般人だ。このことを告発するのであれば、俺が握る母のスキャンダルすべてぶちまけて隣国にわたってやる。着ているのは何もお前たちだけじゃない。奪われたくなければ、せいぜいおとなしくこの村周辺で国境を越えてくる秘密の使節団の取り締まりをするこったな」
 最低限の抑揚でそういったレオンは回収した武器を抱えて背中を見せて、部屋を出た。
「レオン」
「……すいません。ヤりました」
「……」
 あきれた顔をしたのは扉の前に待っていた司祭だった。
「その短気さは、父親そっくりだ」
「……物心つく前に死んだ親父なんて知りません。お手数をおかけしますが……」
「わかっている。レイス君からつけられた君の護衛がどうにかするだろう」
「……あんのくそ兄貴……」
「そう言ってやるな。こういう憂いはなくなる」
「……教会だから、夜に墓に埋めりゃいい話でしょう」
「笑えないな」
「……」
 ひょい。と肩をすくめたレオンは、低い声を保って、ため息をついた。
「これからもっと増えるでしょう」
「ああ。そうだね」
「……」
「君が気に病むことではないよ。レオン。それを含めて引き受けたんだ」
 いつものように微笑む司祭だが、その微笑みはこの状況にはそぐわない。どこか黒いものを含んでいるようなその笑みに、ようやくレオンも片方を釣り上げるように笑ってうつむいた。
「失礼します。この武器も隠しておきますよ」
「それはたのもうか」
「ええ」
 むき出しの武器を持っていた手ぬぐいで包んで荷物のようにしたレオンが部屋に戻るのを見送って司祭は厳しい表情を作ってため息をついた。
「中に一人死体だ。もう一人は震えていることだろう。調教して差し上げろ」
「御意」
 影の中。そう答える声とともに動き出す複数の気配。
 レオンがやらかした後処理に動く彼らに司祭はやり切れなさそうにため息をついて、礼拝堂へ踵を返すのだった。
「……」
 礼拝堂から離れた建物の一室。ひときわ日当たりの良い部屋に入る。
 部屋に戻ったレオンは、日をさえぎるように床板を二枚外して窓に立てかけると、革のアタッシェケースを引っ張り出して、その中に回収した武器をしまっていく。
 武器が痛まないように柔らかい布を敷いて、その中に納めていくその光景は、宝物や宝石をしまっているようにも見えるが、昼間の光の陰で行われるにふさわしいものだ。
「……っぐ」
 そして、最後の一つに手をかけた時、不意に、息を詰まらせて片手で口を押さえて体を揺らめかせたレオンがあたりを見合して、桶を見つけるとそこへ足早に向かって体を折るようにして、えづきはじめた。
「はっ、ぐっ」
 胃の中身を吐き出して、苦しさに肩で息を吐いたレオンが口の中の味に顔をしかめて、おいてあるピッチャーからコップに水を汲んで、含むと口の中をゆすいだ。
「はっ、はっ……」
 震える手を隠すようにコップから手を離して壁に体を預けて、息を整える。
 ぼんやりと天井を見上げるその表情は心ここにあらずの表情で、どこか危ないものを匂わせている。
 しばらく天井を見上げていたレオンだったが、ふっと糸が切れたように体から力抜け、瞼がすとんと落ちた。
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